仔犬拾いました 〜だから、何でも言えってのっ!〜

一 千之助

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 惚れられました

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「今どきパスワードかよっ! 面倒なことしやがってっ! 馬鹿じゃねぇのか、お前ーっ!」

 悪態をつく青柳にしたり顔をし、風月は豪とした会話を思い出す。

『指紋認証ってのは楽で便利そうだが、実際は無防備に鍵を手で持ち歩いているようなもんなんだよな。なんのかんのいって、やっぱ鍵は、しまっておける脳内が一番良いのさ』

 豪にそう言われ、指紋認証だった自分のスマホにパスワード設定もしておいた風月。今さらながら豪には感謝しかない。
 起動しないスマホに焦れて、青柳が、仲間に押さえつけさせた風月の髪を掴んだ。

「おいっ! これを開けろよっ!!」

 あまりに子供じみた行動。それが犯罪に当たることも理解してはいないのだろう。……過去の風月のように。
 カツアゲや万引きとか、援交とか、耳触りの良い軽い言葉に虚飾されようと、どれもこれもが犯罪なのだ。
 それを身を以て知る風月は、自分でも驚くほどの怒りが腹の底から湧き上がる。

「……嫌だ。誰が買い物なんてさせるもんかっ! お金も渡さないっ! バラすならバラしやがれぇぇーっ!! お前らがしてることは、恐喝であり、詐欺であり、強盗にも等しい犯罪なんだからなぁぁーっ!!」

 通る電車の騒音で掻き消される風月の叫び。

 近くの三人には聞こえたと思うが、外までは届かなかっただろう。そのはずだった。なのに……

「よく言ったっ! それでこそ、拾った甲斐があるぞっ、風月!!」

 突然、倉庫の扉が開き、薄暗い室内に光が射しそむる。そこで仁王立ちするのは、獰猛な笑みを浮かべた豪だった。
 
「……どうして?」

 呆然とする風月は、視界の中にいる豪の姿が信じられない。

 どうやら彼は警官を同伴してきたらしく、警官達は風月を押さえつけていた三人組を引っ剥がしてくれた。
 離せと暴れる青柳らを余所に、豪は仔犬へ駆け寄ると、その無事を確かめる。

「大丈夫だったか? 何もされてないな?」

「うん…… でもどうして?」

「カードだよ」

 にっと悪い笑みを浮かべ、豪は説明した。

 あのカードが登録されているのは豪と風月の端末のみ。それ以外からカードの番号が入力された知らせが事務所に入り、何かあったのだと察した豪は、急ぎ、風月のGPSを辿って、ここまで来たらしい。
 昨今の風潮も伴い、こういった不正使用は秒で処理される。この辺は電子社会の恩恵だろう。豪は、しっかりカードの使用端末の固定をしていた。
 かっ飛ばす車の中で通報し、GPSの示す場所が駅近なこともあって、駅の交番から警官も駆けつけ、今に至ったようだ。

「あのカードを使うのは、俺かお前しかいない。お前がわざわざ別の端末から使う理由はないからな。……焦ったぞ? 本当に何もされてないな?」
 
 よく見れば豪は息を切らせていた。その肌は汗で湿っている。ぎゅっと抱きしめられた風月は、豪から香る汗の匂いで緊張の糸が切れた。

「こわ……っ、こわ…か…た。僕の過去を、バラすって……」

 ……あいつらが? 

 風月の身体ごしに、青柳達を睨めつける豪。

 ……三人がかりで、こんな小っせえのを倉庫に連れ込みやがって。あ? そこに落ちてる財布、風月のだよな? 金か? ……金で良かった。こいつに何かされてたら、俺ぁ…… お前らブッ殺してたぞ?

「そうか…… へえ……」

 ぎらりと光るケダモノの双眸。だが、続いた言葉を耳にして、その獰猛な光が消え失せた。

「も……、豪さんと暮らせなく……、なく……なるかと思って…… こわか……た…ようぅ……」

 ……は?

 思わぬ告白に硬直する大の男。そんな豪の動揺も知らず、風月は、彼の背中にすがりついて、わんわん泣き続ける。

 ……来てくれた。また、僕を助けに来てくれた。いつでも僕を助けてくれる。豪さん、大好きぃ。

 脳内ただもれな仔犬の呟きは豪の耳に拾われ、豪もまた、間に合って良かったと心から神に感謝した。

 ……あ~、セフレとかどうでも良いわ。コイツが欲しくて堪らなくて、結局は俺も言葉で虚飾して強がってただけさな。

 離したくなくて、側に置いておきたくて、恩着せがましく借金の肩代わりをしたり、泣くまで虐めて快楽に酔わせたり。どれもこれもが、ただただ、風月を手に入れたいがための悪足掻き。
 
 くるくるよく働くコイツが気に入った。美味い飯に餌付けされた感も満載だ。そして何より、全幅の信頼を寄せて咲う無邪気な子供に勝てるわけがない。
 生粋の悪党でもない限り、そんな子供を裏切れないし、愛しく思わないわけもない。
 なかには鬱陶しく思うタイプもいるだろう。だが、風月は、そういうタイプではなかった。
 控えめで慎ましく、それでいて言うことは言う、さっぱりした性格だった。
 何もせず、お互い勝手なことをして、傍にあっても気にならない。それが当たり前で、沈黙すら苦にならない。
 そんな甘やかに香る空気みたいな心地好い人間に、人は短い一生のうち、どれだけ出会えるだろうか。
 空気のような……とは、よく悪い意味で使われる言葉だが、空気がないと生き物は生きていけないことを豪は知っている。

 だからこそ、風月にも内緒で豪は画策していた。

 逃げられない鎖で繋いでしまおうと。

 そんな騙し討ちを企んでいたところに、告白という不意打ちだ。さすがの伊達男もこれには跪く他ない。

 豪は後を警察に任せ、後日事情聴取に赴くことを約束して、豪は風月を休ませたいと警察に頼んで帰宅する。



「あ~…… そのな? 卒業式に言おうと思っていたんだが……」

 自宅に戻った二人はソファーで隣り合わせに座り、落ち着かない様子の豪が、何度も深呼吸しながら風月を見つめた。

「今度、海外に行くって話はしたよな?」

「うん。お仕事でしょ?」

「……それに、一緒に来るかとも聞いたよな?」

 そういや、そんなことも言っていた。

「実は下見のつもりだったんだよ。お前が中学を卒業したら祝いに海外旅行へ連れてってやろうかなって思っててさ」

「え………」

 ふくりと笑う豪に、風月は言葉も出なかった。

「これからもずっと一緒に暮らすんだし、節目のお祝いはしてやりたいじゃないか」

 ……ずっと?

「二年もしたら、借金は返し終わるだろう? そうしたら、また旅行に行こう。晴れて身綺麗になったお前に、俺からのプレゼントだ。うちの会社に就職するも良し、何かやりたい仕事があるなら、それをするでも良し。俺の飯さえ忘れなけりゃ、好きなことやってかまわないぞ?」

 ……ほんとに、ずっと?

「……ずっとだ。お前、目力あんなあ? 何を考えてるのか、丸分かりだぞ?」

「ーーーーっっ!!」

 一心不乱に豪をガン見していた己に気づき、風月は慌てて顔を隠した。それでも耳まで真っ赤な赤面を隠しきれはしない。

 ……この様子じゃあ、たぶん、さっきの言葉は覚えてないな、コイツ。緊張の糸が切れて無意識に口走っただけか。

『も……、豪さんと暮らせなく……、なく……なるかと思って…… こわか……た…ようぅ……』

 豪の脳裏にリフレインする甘美な台詞。

 ……あんな目にあって心配していたのが、俺と暮らせなくなるかもしれないことだとか。……人の気持ちにトドメ穿ちやがって、こいつはぁぁーっ!!

 重なり合ったお互いの気持ちに、ドストライクで打ち込まれた強靭な楔。お互いを繋いで離さないソレを自覚しながら、半年後、豪は風月を連れてアメリカに飛んだ。





「行くのって、アメリカのどこなんですか?」

「ミシシッピ州だ。あの有名なミシシッピ川のある街だな」

 それを聞いた途端、風月の眼が輝く。

「トムソーヤの島があるとこっ?」

「よく知ってるな。好きな口か?」

「うんっ!」

「そうか。観光に足しても良いな。アメリカの土地は半端なく広い。同じ州に何度行っても別な場所で楽しめるから」

 うわあ……っとワクテカしつつ、風月は初の海外旅行に胸を膨らませた。

 そして着いた先で観光して回る二人。

 遊雅な船でお目当てのトム・ソーヤー島も巡り、夜にはドレスアップしてカジノなど、風月は今まで知りもしなかった世界に足を踏み入れた。
 風月は持ち金のチップを少し増やした程度で終わったが、豪はディーラーとガチでやり、風月のチップまで溶かしてくれる。

「あ~、馬鹿やったなあ。こういうとこは勝てないようになってるって分かってんのに熱くなっちまう」

「そういうモンなんですねぇ。なのに、なんで皆来るのかな?」

「確率って奴だよ。ほとんど目の無い中に、少しだけある一攫千金の目を射貫きに、みんなやってくるのさ」

「へえ~、僕には向かなさげだな」

 風月を軽くエスコートし、豪は見晴らしの良いテラスの席に案内する。
 そこにはすでに飲み物や料理がスタンバっていた。

 旅の最後を飾るのに相応しいシチュエーション。

 このテラス席を確保するのに苦労したと肩を竦める豪を労って、風月は晩餐を楽しむ。

 これが、後の布石とも知らずに。
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