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惚れました
しおりを挟む「ちょ……っ! ここって、あの有名デパートじゃないか?」
「超高級品ばっかな会員制のデパートだろっ? おいおい、あの転校生、ホントに何者だよ」
自分達には入れない会員制のデパートを見上げ、三人のうちの一人、青柳が忌々しげに眼を眇めた。
……くっそ気に入らねぇ。なんだよ、どっかのボンボンかよ。道理で素性を話さないわけだ。……なんか訳アリか? よし……。
中の風月が出てくるまで、三人はネットを検索し、風月関係らしい何かが出てこないか探った。
「……あった? これじゃね?」
そこには借金を苦に自殺した風月の両親の記事。名字と名前だけで、これだけ探れてしまうネットの深みよ。
「破産……? そんじゃ、あいつは一文無しの孤児だろ? なんで、あんなデパートに?」
「知らね。どっか金持ちの親戚でもいたんじゃね? 親の借金までは面倒見きれないけど、子供くらいは引き取ってやろうとか?」
一理ある。しかし、この記事によると、風月自身にも借金があったようだ。それがどうなったかまでは書かれていない。
……破産宣告か? いや、親がそれを出来なかったのはなぜだ?
世の中、そうそう甘くはない。会社を運営する母親と結婚した風月の父親は、ギャンブルが過ぎて借金し、妻にも内緒で破産宣告をした経緯がある。
一度、破産宣告をしたものは、その後十年間、何があろうとも再び破産宣告は出来ないのだ。本来、法的に色々な権利が剥奪されている破産宣告者は、誰かの保証人になったり、会社の経営などにも関わってはならないのだが、風月の母の会社は身内のみの会社だった。
杜撰な管理体制から父親も役職を持っており、そのせいで破産宣告は通らなかったのだ。それは風月にも波紋を広げる。
人の権利を主張し、擁護する昨今。そういった関係から気軽に破産宣告をする人も多いが、こういったデメリットが存在していることを知らない人も、また多い。
青柳らは手に入れた情報に悪い笑みを浮かべ、風月が出てくるのを待つ。
そして人気のないところで声をかけ、少年を繁華街の裏路地まで連れていった。三人対一人だ。風月に抗う術はない。
「お前、借金あるんだろう? なのになんで、あんな高級デパートに入れるんだよ。あそこって会員制じゃん」
裏路地奥の線路沿い。そこにある古びた倉庫に風月を連れ込み、三人は囲うように立ち、睨みつける。
ここなら大声をあげても周囲に気付かれない。通る電車の騒音が、大抵の音を聞きづらくしてくれた。
……どうしよう? どう言おうか?
一瞬、逡巡した風月だが、ここは正直に話した方が良いと考える。真っ正直に生きてきた少年は嘘が苦手だ。何を言っても墓穴を掘る予感しかしない。
「その…… 後見人の人が。お金持ちなんだ…… それのお使いに行っただけ」
ある程度予測していた説明に、青柳が得心顔をする。
「へえ? そんで借金もなくなったわけか。運が良いな? 俺達にもおこぼれをくれよ」
こちらも風月の想像通りな展開。
ベタだなと心の中でだけ呟いたが、何か起きても困るし、怪我など負ったら豪が心配するに違いない。
困った顔をしつつも、少年は懐の財布を渡した。中には千円札数枚と、万一のために忍ばせた虎の子の一万円。一万円は、カード入れの部分に折りたたんで入れてあるので気づかれないかもしれないと、風月は一縷の希望を託す。
……が、往々にして世の中は、世知辛いのだ。一万円を見つけた青柳が、嬉しそうに口笛を吹いた。
「けっこう持ってんじゃん。これからもよろしく頼むな? ……親の事件や孤児なことを知られたくなかったらさ」
風月の背筋にひやりとしたモノが這い上がる。
これが周りに知られたらどうなるだろう? こいつらみたく勝手に調べ上げて、さも本当にように、まことしやかな誹謗中傷が飛び交うに違いない。
理不尽な差別や罵詈雑言をかけられるかもしれない。豪の立場だって危うくなるかも?
未成年者の後見人だ。誰もなり手がなかったとはいえ、全くの他人な彼がそれをしていることを変に勘ぐる輩も出てくるだろう。そうしたら……
風月の借金が彼の会社で、未成年に返済させていることや、家政婦みたいに働かせていることもバレるかも? 多額の給与が風月に振り込まれているのだ。バレないわけがない。
実際、風月は国民健康保険に入り、年金も口座から払っている。これは所得を持つ国民の義務なので、やらないわけにはいかない。
そういった色々が、ずるずると芋づる式にバレる危険がある。
こんな窮地に陥っても、風月が考えるのは豪のことばかり。
……どうしよう? どうしたら? 僕は…… 僕は?
「…………………」
ここに来て、ようやく風月は己の心に気付いた。
両親を喪って途方に暮れていた自分を救い、居場所を作ってくれた豪。突然訪れた叔父の脅しからも救い、真剣に怒ってくれた豪。
さらには借金を肩代りするよう風月を囲い込み、可愛がってくれる彼に、どうして惚れずにおらりょうか。
だからこそ、週末の遊びにも抵抗がないのだ。もっと彼を悦ばせたいと思うのだ。赤裸々な悪戯を嬉しいと思ってしまうのだ。
……ああ、そっか。僕は豪さんが好きなんだ。……鈍感にも過ぎるだろう? 全く。
風月は、自分が豪を好きなことは自覚していたが、それが色恋に分類されたものだと夢にも思わず、気づかなかった。てっきり、家族を想うような親愛だとばかりおもっていた。
……親愛で、あのスキンシップを善しとはしないよね。あああ、馬鹿だろう、僕はっ!
そう納得した途端、風月は保身に走る。豪に絶対、迷惑をかけたくない。
たった半年の我慢だ。一万円は痛いけど、それで済むのなら…… と、そこまで後ろ向きに考えた風月の脳裏で、いきなり誰かが吠える。
……何でも俺に言えっ!!
パチっと眼を瞬かせ、一瞬、豪の激怒顔が見えた気がして、風月は思わずキョロキョロ辺りを見渡した。
「? どうしたんだよ?」
急に挙動不審になった風月を見て、青柳が訝しげに聞いてくる。それにしどろもどろしつつ、間抜けな声で風月は答えた。
「いや、誰かの声がした気がして……」
誰とは言わないまま、少しそわそわとする少年を見て、三人は爆笑する。
「ふっるい手口だなぁ、おいっ!」
「そんなんに騙されるかよっ! ばっかでーっ」
言われてる意味が分からず戸惑う風月だが、青柳が財布から取り出したカードを見て、眼を凍りつかせた。
青柳は、にやにやとそのカードを指に挟んでひらめかせる。
「すげぇカード持ってんじゃん。これ有名なクレジット会社のプラチナカードだろ? 上限なしな奴。良いねぇ、買い物しようか?」
「駄目だよっ! それは支払いのために預かってるだけなんだからっ! 僕のじゃないんだっ!!」
「お前が買ったことにしたら良いじゃん。借金まで肩代わりしてくれるんだから、ちょっとくらい強請れば買ってくれるだろ?」
必死に取り返そうとする風月を、左右の二人が力任せに押さえつけた。
それを嘲笑うかのように青柳達はネットショピングのサイトを開き、心から楽しそうな顔で買い物をカートにいれる。
そしてカードの番号を打つが、当然、サイトからパスワードとアドレスを要求された。
「ほら、入れろよ。知ってんだろ?」
ぐっと自分のスマホを突き出し、三人は番号を入れるよう風月に強要する。
「そ……そんなの入れたら、すぐにバレるよっ?! 君のスマホじゃないかっ! あっという間に調べられて分かっちゃうよっ?!」
「あ…… そうかも?」
「端末って個々のナンバーがあるって聞いたことあるぜ? 俺」
豪と長く暮らしたせいで、こういった知識には詳しい風月。そんなことも知らなかったらしい子供達は、風月の懐からスマホを取り出して、新たに買い物をしようと試みる。
しかし、こちらも勿論パスワードつき。ペタペタ本人の指に触らせてみたが、スマホは起動しなかった。
ざまあみろと、ほくそ笑む風月。だが、またもや少年を襲った窮地は、まだ始まったばかりである。
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