仔犬拾いました 〜だから、何でも言えってのっ!〜

一 千之助

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 バレました

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「……美味い」

 ふと聞こえた、素朴な称賛の声。

 それに面映ゆくなり、風月はわざと洗濯物の音をたてる。ぱんっと広げられた洗濯物を甲斐甲斐しく干す少年。

 ……結構な拾い物だったか?

 ここ五年、食事など見なかった自宅。付き合いで食べる以外はいつもジャンクフード主体だった豪の身体に、優しい何かが染み渡る。
 少し塩っぱい卵焼き。ホウレン草とネギの混ぜられたソレは歯応えも良い。
 温野菜も蒸したブロッコリーと人参、生のパプリカや玉ねぎが足され、濃厚なゴマドレッシングが良く合う。
 部屋の中もスッキリ綺麗だし、いつもなら歩く度に舞う埃もない。

 ……いつぶりだ、こんな気持ち良い朝は。

 実際には昼なのだが、豪にとっては起きた時間が朝である。
 
 適材適所。お互いの足りない部分が補われ、奇妙な二人暮らしは心地好い雰囲気を醸していった。

 しかし、嵐は突然はやってくる。





「………………」

「………………」

 タバコを噛み潰しながら睨みつける豪。

 その前には、正座で丸まる風月がいた。

 事の起こりは数日前。風月を見つけた親戚の一人が、彼を脅したのだ。



『………え? 遺骨?』

『そうだ、お前の両親の墓だ。これの権利は実家にあってな? 差し押さえを食らっていない』

 にた~っと嗤う恰幅の良い風月の叔父。去年実家の跡を継いだという叔父は、風月の両親の遺骨を放棄すると言いだした。

『金も返さずに死んじまいやがって……… あんな恩知らずを家の墓に入れておけるかっ!!』

 激昂する叔父に謝罪し、両親の遺骨を捨てないでくれと必死に頼み込んだ風月は、借金返済を約束させられる。
 全額返済すれば、風月の父母の遺骨を返してくれると。

『返済って……… 待ってもらえますか? 中学校を出て働けるようになったら必ず返しますっ!』

『待てねぇなあ? 知ってっか? お前みたいな子供を欲しがる大人もいるんだぜ? なんなら俺が斡旋してやるが?』

 今どきな若者の風月だ。下卑た叔父の言葉の意味を正しく理解する。そして言葉巧みに騙され、叔父の呼び出しに応じて客を取ると頷いてしまったのだ。

 未遂で落合にバレて、ただ今、大目玉を食らっているわけだが。

「……あんなぁ? 分かってっか? 援交だのパパ活だの言葉で虚飾したって、結局は売春だぞ? あ?」

「うん……」

「お前の叔父も叔父だが、お前もお前だっ! なんのために俺が後見人になってんだっ! そういうことはいの一番に相談しろっ!!」

「……ごめんなさい」

 叔父に呼び出され、こっそり抜け出していく風月に違和感を抱いた豪は、わざと泳がせて現場を押さえる。
 風月を客に渡そうとしていた叔父は、突然現れた豪に吃驚仰天。
 それはそうだろう。黒塗りの高級車を乗りつけ、グラサンで顔を隠した質の悪そうな男だ。そんな男が突如出てきて風月の腕を掴み睨みつけてきたのだから。

『……こいつは借金の形にうちで囲ってる。それをどうしようってんだ? あ?』

 ……言い方っ!!

 声ですぐに落合だと気づいた風月は、事がバレたことに顔面蒼白。叔父の方も思わぬ輩に眼をつけられたと顔面蒼白。
 客にいたっては、すでに脱兎のごとく逃げ出していた。犯罪を犯している自覚があったのだろう。こんな恐ろしい目に遭えば、二度と風月の叔父の甘言にものるまい。

『いやあ…… はは、そうなんですかぁ…… 知らなくて。うん、分かりました、はい』

 相手におもねるような媚びた笑みで、風月の叔父も失礼しますと逃げ出していく。それを慌てて見咎め、少年は必死の形相で叫んだ。

『え、ちょっ、父さん達の遺骨はっ? どうなるの、叔父さんっ!』

『遺骨?』

 片眉を跳ね上げて陰惨な陰りを帯びる強面な男。

 竦み上がった叔父の首根っこを掴み、豪はその場で叔父を拉致すると、墓まで案内させて風月の両親の遺骨を回収した。
 骨壺の名前を確認し、満面の笑みでポロポロ泣き出した少年。

 ……こんな小っせえガキを騙そうとか。囲っておいて良かったわ、ほんと。

 もしあの時、豪が風月の後見人になっていなくば、とうに邪な親族らによって少年は骨までしゃぶり尽くされていただろう。

 考えたくもない想像に背筋を震わせて軽く頭を打ち振るい、豪は最悪の想定を脳内から追い出す

「これで分かっただろう? 俺に話せば大抵のことに片がつく。良いな?」

 未だにしょぼんっと丸まる風月の前に膝をつき、豪はその細い肩に手を置いた。

「……でも。僕みたいな子供には何にもなくて。……身体で稼げって。……身体で払えるならって、……僕も、思っ……ちゃ……て」

 しだいに小さくなる呟き。袖を絞るようにしとしとと零れる涙が、豪の胸を締め付ける。

 ……こいつは己をよく知っていた。何も出来ない、何も持たない。それでも使える物があるなら使いたい。そう思うのも人情だ。……だからってなあ。不特定多数と身体を重ねようなんて無謀の極みなんだが。

 よく知るようで知らないお子様。

 大人の汚さは筆舌に尽くしがたい。性知識の乏しい子供を欲するような輩は、大抵よろしくない嗜好も持っている。

「SMとか、スカトロとか、輪姦とか知ってっか?」

 きょんっと惚ける少年。

「りんかん……? 強姦じゃなく?」 

 ……そっちは知ってんのか。

 まあ中学生なんてそんなものかと、豪は天井を仰いだ。性に好奇心旺盛な年頃だ。だが、その知識も微々たるもの。

「………身体で払うってんなら俺が買おう。一晩、五万でどうだ?」

「……えっ?」

 眼をパチクリさせて狼狽える風月。
 それを横目に豪は上着から財布を取り出すと、適当に抜いた万札を風月の前に叩きつける。
 どう見ても五万以上あるお金を見て、風月は大きく喉を鳴らした。

「俺が買ったからには俺のモノだ。何をされても従え。文句は許さん。抵抗しようものならお仕置きだ。良いな?」

 爛々とギラつく豪の双眸。その切れるような凄まじい眼光に射竦められ、風月は小さく頷く他なかった。

 ……教えたるわ。大人の汚さを。どんなことをされるところだったのか、実践でねっとりとな。覚悟しろや。

 怯えて震えるか弱い獲物。その縋るような眼差しが豪の劣情を掻きむしる。

 こうして彼の逆鱗に触れた風月の長い夜が始まった。
 
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