仔犬拾いました 〜だから、何でも言えってのっ!〜

一 千之助

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 任されました

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「……なに泣いてんだ。そんな余裕あんのかよ」

 ずびずび鼻をすする少年にティッシュを箱ごと投げつけ、豪は乱暴に冷蔵庫を開けた。
 その中身を見て、思わず涙の引っ込む少年。
 内側からライトに照らされた庫内には、酒とコーヒーと魚肉ハムソーセージしかなかったのである。
 唖然とする風月にソーセージを投げ、飯だと宣う大の男。

「俺は料理なんぞ出来んからな。何か取るか? 好き嫌いは言うなよ?」

 そう言いつつ、豪奢な棚から色んなメニューを持ってくる豪を、風月は信じられないモノを見る眼差しで見つめた。
 そんな少年を余所に、ピザ屋の宅配へ電話をかける豪。

「……そう、マルガリータのLを五枚。それとポテトとチキンを各三パック。ミネ五本と……」

 ……まだ頼むのか。

 ずらずら並べられる注文に眼を丸くする風月の視界で、電話を終えた豪は固まる少年を不思議そうに見た。

「なんだ?」

「いえ…… その。沢山食べるんですね」

「ああ? 食い切れるわけないだろうが。余る分は冷蔵庫に入れとくから、レンチンして食え」

 しれっと宣う豪に、風月は呆れ返った。

 さらにここで暮らす説明を受けて、衝撃を受けつつも少年は確信する。

「衣服はクリーニングに出すから、浴室の籠を業者に渡してくれ。ああ? そうだよ、下着もだよ。……なんだ、その目は」

「食洗機もあるが、洗うのも面倒いからな。ここに使い捨てなプラのカップや皿がある。少なくなったら補充よろしく」

 あれやこれやとされる説明に、どんどん生温い笑みが深まる風月。

 ………この人、生活無能力者だーーーっ!!

 世の中には社会に馴染めず上手く生きていけない者がいる。そういった人々を社会不適合者と呼ぶが、その反対に、外ではなく内で生活力の乏しい者もいた。
 家事炊事が出来ず、片付けが出来ず、人としての暮らしが成り立っていない者。社会不適合者と同じく、やらないのではない。出来ないのだ。
 最初から諦め、努力もしない。そこに金が加わると最悪だ。なんでも金で片付けようとする。
 マンションの入り口や応接室は業者を入れているとかで綺麗だったが、案内された私的なエリアは無茶くちゃだった。ゴミ袋の山や積み重なる衣服、散らばった書類や本で埋め尽くされて大惨事。

 ……腐海の森。

 あまりに無秩序な部屋の惨状を見て、風月は昔懐かしい某スタジオの映画を思い出してしまう。

「ゴミ袋は玄関横のダストシュートに投げ込め。あと何か質問はあるか?」

 生活費だと渡された財布を握りしめて、あわあわしながら少年は豪を見上げた。

「あ…… 買い物のお金はどうしますか? レシートと一緒においておけば良いですか?」

「ああ、レシートはここに。経理に回して選別するから」

 豪の引いた大きな引き出しの中で渦をまく伝票やレシートの海。それをチラ見して風月は目眩を覚えた。

 ……クリーニング代十六万って。月に? え?

 他にも積まれたゴミ袋の中身の殆どがプラ食器。

 ……食洗機あるのにっ? なんでっ?! 毎月のコレがなくなるだけで僕の借金返せるんじゃんっ?!

 憤慨を上手く隠し、それでも乾いてしまう笑いを止められない少年と、傍若無人に我が道を行く男性。

 こうしてなし崩し的に、奇妙な二人の共同生活が始まった。
 


「…………どういうこった?」 

「あ、おはようございます」

 今日は土曜日。土日は金融屋が暇な日だ。当然、豪の事務所も休みである。なので昼近くに起きてきた彼は、見違えるように綺麗にされた部屋の中に目を見張った。
 積み上げられていたゴミ袋もなくなり、乱雑に色々放置されて床が見えなかった部屋から物が消えている。いや、消えてはいない。
 衣服は籠へ。本や書類の類はテーブルに。埃まるけだったカーテンも洗われたらしく、少し湿った状態で揺れていた。
 床も磨かれ、チリ一つ落ちていない。

 呆然とする豪の前をパタパタと走り回り、風月はテーブルにある色々を指差す。

「一応、全て回収しました。必要、不要で分けてください。不要な物は捨てます。必要な物は仕分けして片付けます」

 そう言い、キッチンに消える少年。

 起き抜けも手伝い、ぼーっとしたままな豪は、無言で椅子に座って、風月に言われたとおりテーブルに積み上げられた物を確認した。
 重要な物はないが、取っておきたい物もある。自分でも忘れていたような物を発掘し、豪は仕分けにのめり込んだ。

 と、そこに漂う良い匂い。
 
「お待たせしました。何が好きなのかわからなかったので適当に。生活費から少し買い物もしましたよ。レシートは引き出しです」

「……おぅ」

 少年の持つトレイに眼を奪われ、豪は気のない返事を返す。
 差し出された物は立派な食事。昨日のピザ二切れと、ホウレン草を混ぜた卵焼き。蒸した温野菜のサラダにはゴマドレッシングがかかっていた。
 思わず唾を呑み込んだ豪の腹の虫が盛大に鳴り響く。

「簡単な物ばかりですけど。夕飯はどうしますか? 食べたい物ありますか?」

 両親共働きで一人っ子だった風月は、忙しい父母を助けるため家政を仕切っていた。家事炊事はお手の物。
 別に強制されたわけではない。毎日レトルトや出来合いの惣菜を文句もなく食べていた少年だが、学校で家庭科を学ぶようになって、その食生活に危機感を覚えたのだ。両親の健康も気になった。
 だからといって日々仕事に明け暮れる母親に強請るのも憚られ、風月は考えた末、自分でやろうと思い至る。

 ……やれる人間がやれば良いのだ。うん。

 現代思考の割り切りの良さ。結果、自ら料理を始め、風月は覚束ない手つきで少しずつ覚えていった。
 
 最初は酷いものだったが、継続は力だ。何度も繰り返し、失敗しても試行錯誤でそれらしくし、両親の笑顔を活力剤に没頭した数年間。
 
『上達したなあ、美味しいよ』

『本当ね、お母さん、タジタジだわ』
 
『へへ……っ』

 温かな家族団欒に一役買い、そこから延長して色々覚えてきた風月だ。ネットをググれば大抵の答えは揃っているし、質問すれば答えてくれるサイトもある。
 中学生になって起業を考えたのも両親のため。結局、家が破産し頓挫してしまったが、借金を背負っても風月に後悔はなかった。
 皆、頑張ったのだ。両親の心が折れてしまったのはショックだったが、それを責める気もない。

 ……だから家事は得意です。任せてくださいね?

 ほあ~っと湯気のたつ食事を眺める豪を優しく一瞥し、風月は掃除の続きを始めた。

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