仔犬拾いました 〜だから、何でも言えってのっ!〜

一 千之助

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 拾われました

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「……待って、なにしてっ?! えっ?」

「ん~? 借金の取り立て。身体で返すってたじゃん?」

 あるマンションの一室で暴れる少年と、それを見下ろす男性。
 少年の名前は松前風月。今年中学三年生の十四歳。
 対する男性の名前は落合豪。街金を営む二十八歳。

 時を遡ること二年前。彼等はビジネスで繋がった関係だった。

 昨今の風潮で、未成年が投資や起業するのは珍しくもない。そういった若い世代相手に融資をする。それが落合の仕事である。
 まあ、所詮は子供だ。その名前に保護者が連なるのも当たり前。本人らに返済出来なくば親に返済させる。比較的安全安心の穏やか取り引きばかり。
 
 が……中にはイレギュラーもあった。

 眼の前の風月のように。少年は返済前に両親を失い、返済に翳りが出てきたのだ。こういう者も極稀にいる。
 そういう場合も団体保険などで補っていたが、風月の両親は自殺で契約内容外。つまり、松前家そのものが破産&生命保険で返済せねばならない借金を背負っていた。
 両親が息子の起業に積極的だったのも、そういった背景があったのだろう。家が左向きだったとまで調べられなかった豪の失態である。
 
 こちとら慈善事業をやっているわけではない。風月個人に融資した借財は後回しにされたあげく、両親の生命保険の殆どが松前家の借財返済にあてられた。
 それどころが足りない分が出て、風月に返済義務が発生しそうになり、慌てた豪は少年を拉致し、相続放棄の書類にサインさせたのである。
 
『家を売れば少しはお金になるんじゃ? 放棄しても良いのかな?』

『あほうっ!! そんなん、とうに借金の抵当に入っとるわっ!! 良いから放棄しろっ! このままじゃお前、親の借金まで背負うはめになるぞっ?!』

 殺気すら放つほどの眼光に睨まれ、風月は書類にサインし、豪の会社の顧問弁護士に任せた。

 そして豪は途方に暮れる。

 風月の借金は七百万。親が連帯保証人になった風月個人の借財だ。未成年なこともあるし、事情が事情だし、破産宣告をすればチャラにされかねない。
 返す返すも己の調査の甘さを呪い、豪は少しでも回収出来ないかと頭を悩ませる。

 取り敢えず聞き出した親族等にも当たってみたが、誰もが風月の後見人から逃げ出した。借金つきの親戚を引き取ろうなどという奇特な御仁はいない。
 むしろ少年の両親に個人的な金を貸していた者もいて、風月を寄越せと怒鳴られる始末。
 
『あいつを働かせて返してもらわないとならんのだっ! あいつはどこにいるっ?!』

『……存じません。こちらが知りたいくらいです。もし、見つけたら御一報ください』

 そんなやり取りを電話で数回重ね、風月を放り出すわけにもいかかい豪は懊悩した。

 ……なんて厄介な。どうすんだよ、俺ぇぇっ!!

 事務所で頭を抱える豪。それをソファーに座って見つめていた風月は、申しわけなさげに俯く。

「すんません…… 僕のせいで。……その、何か仕事は出来ませんか? ここで働かせてください、タダ働きで良いですっ! 少しでも返済を………っ!」

「ああ? てめぇに何が出来んだよ? え?」

 ギラリと双眸を剥きあげ、豪は風月を睨めつけた。
 
「俺がいなきゃ、今頃お前、さらに借金ダルマになるところだったんだぞ? 金返して欲しいのは山々だがなぁ? うちは真っ当な金融屋なんだよ。未成年をこき使って俺の手が後ろに回ったら、どうしてくれんだ?」

 本人の意思とはいえ、搾取するような真似は出来ない。内心はそれでも良いかと思うが、こいつが成長すれば返済の目処も立とう。えらく気長な話だが、他に方法もない。
 しかも、親に金を貸したとかいう親戚らが豪と同じことを考えている。風月を野放しにするのは悪手だった。

 はあ……っと大仰な溜息をつき、豪は風月を連れて自宅マンションへと向かった。





「……これは?」

「契約書だ。俺がお前の後見人兼雇い主になる。支払う給料から借金を天引き。借金の利率は年利0.5%。まあ破格だが、ここに置いてやるわ。仕事は家事一般。一端になれば、普通に就職して自立しろ。それまで面倒をみてやるから」

 風月は食い入るように契約書を読んだ。給料は固定で八万。休みは土日。朝六時から夜が九時まで。うち学校に行っている時間を除いたら、実質五時間くらい。住み込みであることを考えれば悪くない給与だ。

「衣食住みてやるんだから。安いとか言うなよ? これでも苦肉の策だぞ、ほんとに……」

 ぶちぶち言う豪の背中を呆然と凝視し、風月は言い知れぬ安堵が胸に込み上げる。今にも泣きそうだった。

 突然両親を喪い、悲嘆に暮れていた風月を襲った無情の嵐。
 葬式に集まった親戚らは家中を引っくり返して風月を罵倒した。金を返せと。盗っ人の子がと。
 中には庇ってくれる身内もいたが、そんな彼らも風月を引き取ることには及び腰だった。そりゃあそうだろう。多額の借金持ちな子供だ。迷惑極まりないに違いない。
 大切な証本系は銀行の貸し金庫に預けてあったので大事はなかったが、激昂した親族は、風月の家から金目の物を根刮ぎ持ち去ってしまい、少年の手元に残ったのは両親の遺体にあった結婚指輪二つのみ。
 これだけでも取られなくて良かったと、風月は大切な形見をチェーンで首に下げて銀行へ向かった。

 そして、そこでも現実を知らしめられる少年。

 貸し金庫の中身は差し押さえを食らっていたのだ。自宅や父の会社のも同じ。銀行側の話によれば、全てを現金に替え、債務者たちに分配するという。
 そうか…… と失意に暮れて帰路についたところに現れたのが落合だった。
 いつものにこやかな顔と違い、若干硬質な彼の表情を見て風月は思い出した。自分にも多額の借金があったことを。

 ……どうしよう?

 思わず狼狽えた風月だが、落合は無言で助手席のドアを開き、顎をしゃくって風月に乗るよう示した。
 
 そして事務所で事細かな話をし、これ以上借金が増えないよう相続放棄を勧められる。少し躊躇した風月だが、豪に怒鳴られて我に返った。

 ……そうだ、このままでは新たな借金が増えてしまう。

 落合はあらかじめ顧問弁護士も呼んでいて、法的なモノは全て任せろと言ってくれた。そして無一文で身一つな風月をどうするかと頭を捻る。
 落合には何の関係もない子供だ。いや、彼に損失すら与えた疫病神だ。なのに……

 ……面倒をみてくれる……? 本当に?

 知らず伝う涙を拭いもせず、風月は声もなく泣いた。
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