The アフターゲーム 〜色映ゆる恋〜

一 千之助

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 〜成就〜

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「...............いったい?」

「..........泣かせて?」

 部屋に戻ってくるなり、柏木はベッドに潜り込み背後から雅裕を抱き締めた。
 いつもと違う、壊れ物を扱うかのような柔らかな腕の中で、雅裕は彼が背中で戦慄いているのを感じる。

「ガチで死んでも良い.......... いっそ、死ぬなら今が良い」

 ……縁起でもない。

 雅裕の肩に頭を埋める柏木から、温かな何かが染みていた。

 ..........涙?

 ふぅふぅと歯を噛み締めて泣いているらしい柏木に、雅裕は何も声をかけられなかった。



「お騒がせしましたね。いや、もぅぅ、感無量で.....」

 泣き腫らした顔の柏木は失笑し、力なく雅裕の両手を取る。

「ホント、ドギーのおかげ。うん。一生手元に置いて雌犬にしようと思ってたけど、御褒美だ。これからは好きにしたら良いよ?」

「へ?」

 唖然とする雅裕にクシャクシャな顔で微笑む柏木。

「えと..... 保険は?」

「削除しとく」

「姉さんにも?」

「手は出さない」

「.....仕事は?」

「続けてくれれば嬉しいけど、辞めたいなら、それもかまわない」

 マジかああぁぁぁっっ!!

 雅裕の脳内で天使が鐘を鳴り響かせた。

「ドギーを調教させることで、毅君に触れられたらと思っていたんだけど..... まさかのセフレ昇格ですよ、奇跡です」

「はい?」

 おいおいと泣く柏木を不思議そうに見つめ、雅裕は詳しい話という惚気を聞いた。



「四年..... いや、もう五年近くですか」

「はい。片恋で、ずっと焦がれていた相手なんです。毅君は」

 この無人島に建つ地上十二階建てのビル、ユートピア。

 ここは、金さえ払うなら何でもござれな遊技場。

 地下に人間牧場があり、豊富な年齢層の奴隷らを揃えて売るのが中心な闇組織。
 性奴隷、肉便器、食肉用人体、臓器販売など、人間を商品として手広くやっている。
 各階には其々テーマのついた催しもあり、SM調教、酒池肉林、雌犬レース、他色々。

 軽く聞いただけでお腹一杯になるラインナップだ。


 ユートピア関連な拠点は世界中に存在し、殆どが企業の形をとって、裏では闇の仕事を請け負っている。

 その一つが柏木の会社だ。

 社員は全てユートピアの人間牧場生まれな奴隷達。

 ……どうりでブラック顔負けな勤務時間を平気で働いていた訳だよ。

 遊びも知らず、ただ翌日の仕事のために寮で大人しく寝てたんだな。

「殺人、強姦、復讐、見せしめ、放火..... まあ御代に見合うなら引き受けますね」

 しれっと宣う柏木。
 ちなみに殺人は一般人が一人一千万。相手の難易度により金額は上がるらしい。

 そんな中で、人気があるのが素人を拉致監禁して行わせる調教レース。
 健常な一般人を男女一組で誘拐し、客らのリクエストで調教を強要するショーだった。
 真っ当な若者達が淫蕩に耽り、過激な行為の強要で歪み壊れていく。

 その様を堪能する非常に悪辣なショーだ。

 その拉致被害者の一組が毅と円香である。

 彼等は数々の調教をこなし、リクエストを潜り抜け、見事レースを勝ち抜いた。
 勝ち抜いた者は自由を約束され、多額の賞金を手に入れる。

 しかし、その見事な調教っぷりや、毅本人の魅力に傾倒する顧客らが、解放された後の彼等をどうするか分からないため、毅は己の人生と引き換えにブギーマンへ自分達の保護を要請したのだという。

「唸るほどの金や権力を持つ者に出来ないことはないですからね。下手に解放すれば、二人はそういった輩に囚われ、今頃監禁されていたでしょう」

 ユートピア所属なれば、誰にも手は出せない。

 裏の仕事を依頼する権力者らは、ブギーマンと持ちつ持たれつなのだ。
 敏い毅はそれに気付き、ブギーマンと取引したのである。
 そして大学を卒業したら、ユートピア専属の調教師、兼ショーの出演者として働くのだとか。

 なんともはや。凄まじい話だ。

 その頃から毅に魅了されていたブギーマンは、ずっと片想いをしていた。
 毅には嫁と呼んで憚らない円香という幼馴染みがいる。
 共に拉致られ、凄絶な調教を越えてきた二人の絆につけいる隙はない。

 だから、ずっと心に秘めてきた。ときおり悪戯する程度で、外には一切出さなかった。

「なのに、彼に触れられるようになって..... ドギーの調教を頼んだあたりから、過ぎた行為にも及べるようになって.....っ!!」

 正に至福と言わんばかりの顔で、天を仰ぐ柏木。

「これも全てドギーのおかげです。だから御礼がしたい。君の借財も棒引きしましょう♪」

 ……アイツ、悪魔かと思ってたけど、ホントは天使だったんじゃないか?

 満面の笑みな柏木に唖然としつつ、雅裕の悪夢の夏休みは終わった。

 全ての問題が解決し、雅裕は日常へと戻っていく。

 だが。秋が深まる頃、なんと雅裕はユートピアでバイトをするようになっていた。





「ドギー、調子はどうだ?」

「まっかせて、稼がせて上げるよ、タケちゃん♪」

 ほくそ笑む毅と雅裕。

 ビルの五階で行われている雌犬レース。単勝、連勝で賭けられるレースは、全裸の雌犬らが八匹参加し順位を当てる競馬のようなモノだ。
 四つん這いで駆け抜けるこのレースで、雅裕は常にトップを走っていた。

 トップの報酬は、自分に賭けられた金額の二割。億の金が動くユートピアの遊技場は、上手く使えば一攫千金を狙える。

「頼りにしてるぜ? VIP席で見てっから♪ 行くぞ、円香」

「うん♪」

 肩を並べて歩く二人。

 雅裕は幸せそうなカップルに、眼をすがめた。

 毅に声をかける者の、なんと多いことか。観客らの殆どが毅を知っていた。

「少年、今夜はリクエストは有りかな?」

「ざけんな。もうショーは終いだ」

「残念だなぁ。キス一分、十本でどうだろう?」

 ピクリと毅の眉が動いた。

 ユートピアの金銭基準は一本百万。ここは彼のキスに一千万を払っても良いという者らで溢れている。
 それだけの金を平気で出せる者らがたむろうユートピア。死神の根城という通り名は伊達でない。
 そして、拉致された時の毅の艶姿に魅了された者が、星の数ほどいると言うことだ。

「はーい、はいはいっ! 毅君は、わたくしが買い上げたので、お手を触れないようにと申し上げたはずですよね~~♪」

 客と絡む毅を見て、すっ飛んでくるブギーマン。

「悋気かね? 少年が売るなら買うと言うだけだ。無理強いはしておらんよ?」

「あいにく、彼に触れる権利は、わたくしにしかございませんので! あしからず~~♪」

 盛大なブーイングを飛ばす観客達。

 しかし、全体的に楽しそうで駆け引きめいたモノがあり、険悪なムードではない。

「八割欲しくないのか? ブギーマン」

「あなたっ! まさか本気じゃないですよねっ?! わたくしが、お金で毅君を売るとでもっ?!」

 どっと笑う観客達。

 ……僕もここに馴染んできたモノだよねぇ。

 一日ワンコとしてブギーマンに侍ったり、気に入ってくれた客と一晩明かしたり、雅裕もユートピアのバイトに慣れてきた。

 何がどう転ぶか分からないものだとつくづく思う雅裕は、幸せそうに毅に絡むブギーマンを微笑ましげに見つめる。

 ..........二番手でも良いんだけどな。いつかなりたいな。

 ブギーマンは毅に片恋をしていた。そして雅裕は柏木に片恋をしている。
 あの淫靡で背徳的な激しい夏休みの調教から、雅裕の中には柏木しかいなかった。

 彼が幸せならそれで良い。..........でも、いずれは。

 こうして、新たな片恋が始まる。
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