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分かっていた結末
しおりを挟む「だぁかぁらぁーっ! 離れろーっ!」
本日は金曜日。要は賢の監視に里中家を訪れていた。
「なんで?」
「そうよ、良いじゃない」
「.....いや、恥ずかしいから、出来たら離してもらえると」
訪れた里中家のソファーで、賢は横抱きにかかえた睦月の唇を息が止まりそうなほど深く貪っていた。
聡子も服の上から睦月の一物を指や舌で撫で回している。
赤面する睦月の呟きは聞こえていないらしい。都合の良い耳だ。要は、じっとりと眼を据わらせた。
彼は睦月の許可を得て合い鍵をもらい、いつでも抜き打ち訪問する権利を手にしていた。
そして、それは正解だったと溜め息をつく。
無言で入ってきた要に最初に気づいたのは睦月。
半ばソファーに押し倒されていた睦月は、涙眼で喘ぎながら、要の姿に眼を見張り、必死に賢の服を引っ張る。
「まさ......っ、ぁっ、ふぅ.....っ、んんっ」
しかし賢は意図を察せず、煩わしそうな顔をして、さらに睦月の唇を貪った。
手足をバタつかせる睦月に眼を細め、その前をはだけさせようとしたところで、後ろから要に怒鳴り付けられたのである。
「とりあえず座れっ!」
二人は渋々なれど、要の前で正座した。
「あのなあ。するなとは言わん。限度をわきまえろ」
これまで要が訪れた時、必ず賢も聡子も居留守をつかった。
大抵は睦月と絡まっている最中だったらしい。
なので鍵をもらったのだが、今までの抜き打ち訪問は濡れ場への突撃皆勤賞だった。
うんざりして言葉もない要だが、言うべきことは言っておかねばなるまい。
鬼のような形相で仁王立ちする要を見て、賢はぶつくさと文句を吐き捨てる。
「もう、抱き潰してないし。睦月だって歩けるくらい元気になったんだし。ちょっと愛おしんだって良いじゃないか」
「健康な人間が歩けなくなるほど衰弱させたのは誰だっ! 日がな一日、盛ってるじゃないか、お前らはっ!」
思わず要は、がーっと気炎を上げた。
日常生活の束縛がゆるみ、兄妹同伴だが散歩に出たりとするうち、睦月は、みるみる生気を取り戻していった。
聞けばまだ三十八。いくらでも取り戻せる年齢である。
油断するとキツくなる二人の束縛を、定期的に訪れる要が無理やりほどき、とりあえず睦月は呼吸が楽になった。
「ごめんね、要君。賢達も悪気はないんだ」
あんたも、キッチリ拒絶しろやーっっ! と、叫びたい要だが、このか細い身体で抵抗しても無駄だろう。
むしろ、それが賢の劣情を煽り業火にしかねない。だから、素直に与えるしかないのだと納得もする。
キレた賢は歩く凶器。下手な対応をすると元の木阿弥になる可能性も高い。
「まあ、仕方無いっすよ。だからこうして週末は俺がお邪魔してるわけですしね」
面倒見の良い要は、毒を食らわば皿までと、激情の激しい兄妹をコントロールしてくれる。最初は三人の明け透けで爛れた生活に赤面もしたが、今や何とも思わない。
睦月はともかく、賢などただのお猿だ。聡子も同様。飼い主に懐いて腰を振っているようなものだと要は考える。
………うちの犬も、お袋にの脚にそういうことしてたしな。
ならば要のやりたいようにやるしかない。と、彼は毎週、賢らに雷を落とす。泊まり込みでやってきて、賢らに仕事を与えつつ、夜になれば気を利かせ、二階の客間に引っ込んだ。
待ちかねた兄妹が睦月を抱き締めて地下に向かうのを黙認する。
そして翌日、睦月の診察をして、過ぎた感じを受ければお説教をかますのだ。
「抱き潰せるのが週末しかないのに、手加減なんか出来るかっ!!」
「そうよっ、普段は一回で我慢してるんだから、週末くらい好きなだけやらせてよっ!!」
毎日やってて足りないとか。絶倫、淫乱にもほどがある。
その一回だって、散々睦月を啼かせてからの一回だろうが。おまえらにとっては一回でも、睦月にとったら無限地獄だわ。
睦月と兄妹のカウンセリングの結果、どうやら兄妹は睦月が失神するまで果てさせないと満足出来ないらしい。
睦月が果てる=睦月を悦ばせているという歪んだ図式。
その図式を幼い兄妹に植え付けたのが睦月自身なので、彼は自業自得だと諦めて、全てを受け入れてしまう。
素直に受け入れてもらえないと、兄妹は自分達を否定されたような気持ちになり、さらに睦月を責め苛むからだ。
なぜ分かってくれない? こんなに睦月が好きなのに。悦ばせたいのに。どうして?
睦月は、狂暴で身勝手な愛情に翻弄され、執拗な調教に絶叫をあげつつも、それが愛情なのだと兄妹に錯覚させたのは自分の行った賢への調教である。
種が見事に成長し、巨木となって自分に返ってきた。そう思うと、抵抗できず、睦月は兄妹にされるがまま。
そして兄妹も従順な睦月が幸せなのだと勘違いし、さらに貪るように彼を求める。
惨憺たる悪循環。
だが、そんなの要には関係ない。
睦月が抗えない以上、矯正すべきは、やりたい盛りの兄妹の方である。
「おまえら..... そんなに睦月を殺したいのか?」
低く呟く要に、二人はギクッと肩を揺らした。
病的な兄妹の束縛で睦月が衰弱し、死にかかったのは記憶に新しい。
「だいたい、二人がかりってのが、そもそも無茶苦茶なんだよっ! 土曜は賢、日曜は聡子とかにしてみたら、どうだ? それぞれ独り占め出来るぞ?」
要の提案に、二人は眼を見開いた。
……悪くない。
賢と聡子は顔を見合わせて、小さく頷く。
こんな試行錯誤が繰り返され、さらに数年。
「綺麗だよ、聡子」
「睦月ぃ、あんまり誉めるな、俺の立場がない」
ウェディングドレスをまとう聡子の横に立つのは要。
全てを知った上で、彼は聡子に惚れ、思いきり良く里中家に婿養子に来てくれることとなった。
独り占めな日を決めた二人だが、賢と違って、聡子は寂しくて仕方なかったとか。
それで近場の要を襲い、絆された要は相手をしているうちに聡子に惚れたらしい。
超淫乱で床上手な聡子だが、その心は純真で睦月一筋。
性に奔放なれど、想う相手にしか身体を開かない一途さに心打たれたという。
叔父と姪では不毛な未来しかない。この先、必ず睦月の方が早く亡くなる。その時、聡子の隣に自分が居たいと、彼は熱心にアプローチした。
すでに赤裸々な関係だ。聡子の病的な全てを知る要に怖いものはない。
睦月との関係も認める。自分をまぜてくれるなら、その性交渉も厭わないと要は宣った。
この言葉に盛大な遺憾を示したのは睦月だが、賢が悪戯する事で黙らせる。
「聡子の一生がかかってるんだよ、睦月。手伝おう?」
賢の言葉に黙らざるをえない睦月だった。
そして聡子も、要なら良い。ここに一緒に住んでくれるならと、そのプロポーズに応じたのだ。
地下室も案内し、本格的な調教部屋に瞠目する要の股間が膨らんでいたのは秘密だ。
類は友を呼ぶ。要にもそういった嗜好があるのだろう。さぞかし聡子を可愛がってくれるに違いない。
そんなこんなで、トントン拍子に話は進み、今日の良き日を迎えた。
まさか花嫁の父親をやれるとは。遥のせいで女性恐怖症だった睦月には感慨深い。
「今日から家族だね。仲良くやろう」
「うるせぇのが増えるな。俺らの邪魔はすんなよ?」
忌々しげな賢だが、彼にとっても要の存在は頼もしく、いつしか己の暴走のストッパーとして彼を頼っていた。
あれから賢もだいぶ落ち着き、どれだけ睦月を暴いても満たされなかった飢えを感じる事はない。
満たされていなかったのは心だった。
常につきまとう不安。この手の中に感じていないと拭えない焦燥感。
睦月を死なせかかった事で、それがストンと埋まる。
睦月は死ぬような目にあっても傍にいてくれた。実際、殺されても傍にいると。殺されても構わないと。
それは幼い頃の賢と同じ気持ちだった。
『壊されててもいいっ! ぜったいに離れないっ!!』
賢の顔がくしゃりと歪む。
なんの事はない。望んだモノは、すでにこの腕の中にあったのだ。
それが分からなかった。自分は子供だった。
「さ、式が始まるよ」
微笑む愛しい人。
抱きたいという欲求はなくならないが、暴きたいと思わなくなった賢は、行為そのものが穏やかになる。
時々、そういう殺伐とした気持ちにもなるが、我が家の地下室が、それを満たしてくれた。
たまになら抱き潰しても良い。要も、そう言ってくれた。
『我慢も過ぎると毒だしな。まあ、ほぼ健康体に戻ったし、月一くらいならハメを外しても良いんじゃないか?』
己をコントロール出来るようになった賢の手綱を、要は慎重に緩める。
そして、聡子を要に渡すべく教会の入り口付近へ向かう睦月の腕を掴み、賢は淫猥に囁いた。
「今夜は地下室で.....」
その囁きに一瞬眼を見開いた睦月が、悪戯げに笑う。
「久し振りに鞭でイカせてあげようか?」
蠱惑的に眼を伏せて、彼は薄い唇から舌を覗かせた。
「.....良いね。上手にイカせてくれたら、御褒美に、たっぷり薬を呑ませてやるよ。そして俺のモノも..... 深々とね」
睦月の目元に朱が走り、小さな舌先がチロリと唇を舐めた。
ああ、堪らないな。こうした色っぽいやり取りも、要がいなければ、きっと失っていたのだろう。
花もかくやな笑顔で睦月を抱き寄せ、賢は聡子の元へ向かった。
身内だけの式で披露宴もしていない二人は、なぜか新婚旅行にも行かず、そのまま里中家に戻ってくる。
「いやぁー、聡子におねだりされて。初夜は地下室が言いと」
満面の笑みな新婚二人。
賢と睦月は顔を見合せ、どちらともなく笑いだした。
「ここは新婚さんに譲らないとねぇ」
「仕方無いな、楽しんでこい」
二人を見送り、賢は睦月をかき抱く。
「俺のモノだ」
「賢もね。私のモノだよ」
ピッタリと身体を合わせ、二人は口づけた。
複雑怪奇に絡まり、拗れた家族は、要の適切なメスにより余分な糸を落として、収まるところにおさまった。
こうして、奇妙な関係の家族は、奇妙な関係のまま長く幸せに暮らす事となる。
「じーじ? 寝てるのー?」
交通事故で睦月が儚くなった翌日。
賢も、その後を追うように亡くなった。
聡子の子供にも欲情することはなく、本当に幸せそうに睦月は余生を送り、笑顔で旅立ったのだ。
睦月、享年五十六歳。賢、三十八歳。
早すぎる二人の死に、聡子は泣き崩れたが、要は知っている。
賢の手に握られていた注射器を彼は咄嗟に隠したから。
中には何も入っていない。それこそが賢の死因である。
大量の空気。
それを血管に打ち込むだけで、人間は死に至るのだ。
賢の心を埋めてくれたのは睦月だ。唯一を失い、賢の心は壊れたのだろう。
そこまでは要にも分かる。しかし彼は、賢と睦月の秘めやかな会話を知らない。
『壊されても良い。貴方といたい』
『殺されても良い。ずっと傍にいる』
以前に睦月は、自分は死んだら地獄に堕ちるだろうと言っていた。
……堕ちるならば共に。
自殺者は地獄に堕ちるのだと、どこかの宗教は宣う。好都合だった。
空気を血管に注ぎながら、賢は動悸が激しくなり、気が遠くなる。
「逃がさないよ、睦月」
そして彼は至福の笑みで旅立った。愛する人の元へ。
早すぎる二人の死に、涙したのは妹夫婦だけ。
後は音もなくしんしんと降り積む沈黙が、彼らの墓石に染み入るのみ。
死は二人を分かてない。
最愛を見つけた彼らは、何時までも共にある。
~了~
~あとがき~
最後まで既読、ありがとうぞんじます。
囚われた睦月 ~後編~ の終わりも、ある意味幸せなのだろうと思ったのですが、メリーはハッピーエンドとは言えない。さらには睦月の早死には見えている。
なので、真のハッピーエンドに向かわせるため、要を登場させました。
これも、賢の終わりが病的ではありますが、どうしてもこうなると思ったので、敢えて御都合主義な余命を残す事はしませんでした。
睦月なしで彼が生きていけるとは思わないので。
老衰だと賢が躍起になって延命させるに決まっている。だから事故死を選択です。
これにて終幕。番外編的な何かを書くかもしれませんが、作者的には終わったと思っています。
では今度こそ。読んでくださった皆様に感謝を込めて。さらばです。
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