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 睦月の冤罪?

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「民生委員ですか?」


 かかってきた電話の相手に睦月は驚いた。


『はい。なんでもそちらに就学前の幼児がおられるとの事で。上の賢君は来年から小学校へ通われるはずですよね? 学校説明会に来られなかったとの連絡があり、取り急ぎ御電話を差し上げたしだいです』

 睦月は、はっとした。来月の一月八日で賢は六歳になる。つまり再来年で七歳の遅生まれなのだ。
 たぶん、住民票をこちらに移す前に案内の発送が終わっていたのだろう。

「すみません、気づいていませんでした。なにぶん、引き取ったのも急だったので」

『御事情は把握しております。つきましては案内の説明や幼児の確認に御伺いしても宜しいですか?』

 把握している?

 相手の話に若干の違和感を持った睦月だが、それらは賢に必要な書類だ。

「山奥なので御足労を願うのも心苦しいかと。こちらに郵送というわけにはまいりませんか?」

『説明会を開くという意味を御理解ください。案内を一見しただけでは見落しや理解出来ない方も多々おられます。そのため、こちらからの説明が必要なのです』

 ダメか。

 睦月は軽く嘆息し、来訪を受け入れた。






「はじめまして、民生委員の香川と申します。こちらは井上。本日は宜しく御願いいたします」

 やって来たのは若い女性と老齢な男性。

 好好爺な感じの男性と違い、女性の方は、やや鋭い眼差しで睦月を見つめている。

「では、さっそくですが書類の説明を.....」

 分厚い封筒を鞄から出して書類を広げようとした香川の横で、キョロキョロしていた女性が口を開く。

「子供さんたちは?」

「ああ、庭か山か。たぶん、そこらで遊んでます」

 睦月がそう言うと、女性は席を立ち窓へと近寄っていった。
 それを怪訝そうに見つめつつ、睦月は香川の説明に耳を傾ける。

 そしてしばらくし、子供らが手を繋いで帰ってきた。

「おじさぁんっ、おなかすいたーっ」

「おいちゃー、さと、ごはん、たべゆー」

「ああああ、二人とも泥だらけじゃないかっ」

 川遊びでもしてきたのだろう。二人は膝のあたりまでびしょ濡れだった。
 にへっと笑う兄妹。

「すいません、少し席を外させてください」

 そう言うと、睦月は慌てて浴室からバスタオルを持ってきて二人を拭う。
 二人は大人しく拭かれながら、知らない大人達を見上げた。

「だれー?」

 聡子の呟きに、民生委員はにこやかな笑顔を浮かべる。

「民生委員の香川と井上です。よろしくね」

「んちゃー」

「こんにちわー」

 元気に挨拶する子供を、民生委員の二人はじっと見つめた。
 その眼差しに、睦月はそこはかとない不安を感じる。
 しかし、空気を読まない可愛らしい声が、それを掻き消した。

「おいちゃー、ごはんー」

「お昼は食べただろう? オヤツにはまだ早いよ?」

「たべゆーっ」

 ああああ、もうっ、と呟きつつ、睦月は慣れた手つきでコーンフレークを用意する。

「とりあえず今日はコレで我慢して? 叔父さんはお話ししなきゃならないから」

「あいー」

「おはなし? なんの?」

 きょんっとした顔で見知らぬ二人をチラ見する賢。

「賢ぅ、ごめんなぁ。まだ五歳だからと思ってたけど、お前、遅生まれで来年小学校上がるんだったんだよ。そのためのお話しなんだ」

 へにょりと眉毛を下げる睦月を見て、賢は民生委員の二人を睨み付ける。

「おじさんは悪くない。この人達、おじさんをいじめにきたの?」

「違う、違う。賢に必要な書類を持ってきてくれたんだ」

 あからさまに敵意を剥き出しにした幼児を、民生委員の二人は瞠目する。

 そして、そっと御互いに目配せをした。

『聞いていたのと違いますね?』

『ああ、これは持ち帰り案件かもしれん』

 とりあえず案内の説明を続け、民生委員の二人は子供達にも話をした。

「子供らの成長を見守るのが我々の仕事でして。少しお話しをしても良いかな?」

 思わず身構える賢。その緊張が伝わったのか、聡子も変な顔で香川と井上を見上げる。

「ちょっと触らせてね」

 そう言うと井上が聡子を抱き上げた。

「重いねー、沢山ご飯食べてる?」

 コクりと頷く幼女。

「そっかー、ご飯は何が好き?」

「さとは、おにくがすきー」

「お肉美味しいもんねー」

 何気なく会話を続けつつ、井上は袖をまくったり、関節を動かしたりと聡子の状態を確認する。
 そして聡子を下ろすと、賢にも声をかけた。

「賢君も立ってもらえる?」

 しぶしぶ立ち上がった賢も、抱いたり、手を広げさせたりと確認し、井上は満足そうに頷いた。

「健康そうで安心しました。成長にも問題ありません」

 何が起きたのか分からなかった睦月だが、井上の言葉に、軽い健康チェックのようなモノだっただろうと安堵する。 

「そうですか。男手一つなので、そう言ってもらえて安心しました」

 柔らかな微笑みで二人の頭を撫でる睦月。それに微笑み返す子供達。
 確認の書類にサインをもらい、民生委員の二人は睦月の家から出ていった。
 だが、それを見送る賢の眼が剣呑に輝いていたのを、香川と井上は見逃さない。



「アレは..... 虐待児特有の独占欲の眼ですよね?」

「だね。私も久し振りに見たよ。どうやら、案件に誤差があったようだ」

 二人は子供達が虐待されているとの通報を受け、さらには学校説明会が欠席だったとの報告で、今現在虐待が行われていると危惧し、郵送でも良かった書類を手渡ししに睦月の元へ訪れたのだ。
 睦月には長くカウンセリングにかかっていた経歴があり、面会した医師からは守秘義務があると言われ話を聞き出せなかったが、子供が絡んでいると説明した途端、医師はあからさまに眼を泳がせた。

 これは、不味い。

 そう感じた二人は子供らの危機だと感じ、遠路はるばるやってきたのだが、思わぬ肩透かしである。

 睦月は穏やかで優しく、子供らを可愛がっているようだった。庭に設置された遊具も多く、とても使い込まれていた。

 子供達がよく遊んでいる証拠である。

 顔色も肌つやも良く、萎縮もした様子もない。むしろ、睦月氏に、べったり甘えてる感じが微笑ましかった。

「虐待していたのは、たぶん前の保護者でしょう」

「うん。そして睦月氏に可愛がられ、依存している。このまま何事もなく成長してくれると良いが」

 虐待されてきた子供は、暖かい巣を求める。そしてそれを侵そうとすると、激しい攻撃性を見せるのだ。

 それこそ、殺人も厭わないほどの。

 賢の瞳には、その片鱗が宿っていた。

「難しいですよね。我々には忠告くらいしか出来ないし」

「まあ、なるべく気にかけておこう。彼らが幸せなら、このまま良い方へ向かうかもしれない」

 祈る事しか出来ない二人は、言葉少なに山を下りていった。




「ほんとに何もなかったの?」

「何もないよ? ほら、賢のために学校案内を届けてくれたんだって」

 しつこく聞いてくる五歳児様。

「何があったと思ったのよ? 賢、変だよ?」

 ブスくれ気味な賢の頬を撫でて、睦月は顔を覗き込む。

「なら、あんな顔しないでよ」

「あんな顔?」

「んっもうっ、いいっ!」

「賢ぅぅぅっ」

 外から帰ってきた時、睦月は不安そうな目をしていた。心許なげな睦月の顔に、賢は凄まじい庇護欲を感じる。
 賢を壊しかけた時みたいな、守ってあげなくてはならない脆い睦月を。

 おじさんをいじめるヤツは、ゆるさないんだからっ!

 賢は己の身の内に巣食う、獰猛なケダモノの存在にまだ気づいてはいない。

 むくりと起き上がったソレが、いずれ睦月に牙を剥くことも。

 子供の時間が終わり、雄の欲望が目覚めた時、賢は全ての疑問の答えを得ることになる。
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