三枚重ねの真実 〜繰り返す後悔〜

一 千之助

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 IFの世界 〜果たされた望み〜

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 ☆これは別の選択肢になった話です。ハルトがハウゼンに惚れず、逆にハウゼンを利用とした別物語。IFの世界線です。


「マリーを犠牲にして生き残る気はないな」

 時はハウゼン達の悪事が暴露され、ようよう平穏を取り戻した頃。
 
 未来の憂いが晴れた公爵家三兄妹は、現実を見据えた。
 このままではどのみちハウゼンの手に公爵家は落ちる。今回の事は不問にされたし、奴に瑕疵は与えられなかった。
 事には多くの貴族が絡んでおり、公にすることを阻まれたせいだ。早死に確定なハルト達に為す術はない。
 上手く結婚し子供が生まれたとしても、その子供や伴侶すらあのサイコパスに付け狙われる。それぐらい、奴のハルトに対する執着心は半端ない。

 どうにもならない現実。

 ………せめて対価を払うのがマリーでなく自分であれば。喜んでこの命を捧げるのに。なぜに、最後の黄泉がえりの人間が支払わねばならないのか。

 悄然と項垂れるハルト。側で見守るライルやマリーも気持ちは同じだった。

 そこでふと、ハルトは思い当たる。

 ……最後の者が対価を支払う? ……ひょっとすると?

 突然、がたっと立ち上がったハルトに驚き、ライルとマリーが兄を見つめた。

「ひょっとしたら…… 手があるかもしれないぞ?」

「「え?」」

 剣呑に眼を輝かせ、ハルトは己の頭にひらめいた仮説を二人に語る。



「それは……っ、たしかに有るかもしれないが、賭けも良いとこだぞ、ハルトっ!」

「そうですよっ? 不確定要素しかないじゃないですか。そんな無謀なことは……」

「黄泉がえりの対価で、どうせ命はないものだし、何よりこれは、僕がやらないと意味はないんだよ。分かるだろ?」

 押し黙る二人。それが答えだった。

 起死回生の一手。

 ハルトはハウゼンを尖塔に呼び出し、最後の賭けに身を投じる。





「……話とは?」

「そうだねぇ。何から話そうか……」

 ふふっと蠱惑的に嗤い、ハウゼンの胸をつつきながら、つい…っと指を滑らせハルトは語った。
 黄泉がえりで過去に逆行し、ハウゼンの企みを暴いたこと。そうして今回の事件に至り、もう思い残すこともないと。
 公爵家にはライルもマリーもいて安泰。自分が黄泉がえりの対価で早死になっても後悔はないと甲高い声で嗤うハルトを、凍った眼差しで凝視するハウゼン。

「魔女の秘術? その対価で早死に……?」

「そうさっ! 僕の命はあと一年もないっ! ふふっ、素敵な人生だったよ」

 踊るような歩調で手すりに身体を乗り上げ、ハルトは極上な笑みを浮かべた。まるで春風のように朗らかな笑みを。

「あはははっ、これで僕は自由だ! ねえ、ハウゼン? ざまあみろっ!! もう君は僕を手に入れられないよっ!!」

 ふわりと尖塔から身を踊らせ、落ちていく最愛に驚愕の顔ですがるハウゼン。

「ハルトぉぉぉーーーっ!!」

 ……ああ、良い顔だ。本気で、ざまあみろだね。

 手すりから身を乗り出して手を伸ばすハウゼンが最後に見たものは、辛辣に眉を跳ね上げ、勝ち誇った笑みで大地に吸い込まれていく最愛。
 それが無情にも地面に叩きつけられた瞬間、ハウゼンは固く眼を閉じた。
 しばらくして恐る恐る眼を開けた彼が見たものは、遠い地面で弾けたかのように血を流すハルトの姿。

「ハル……トっ、う……、うおおおぉぉっ!!」

 床に崩折れて慟哭するケダモノ。

 その咆哮は長く轟き、様子見で遠く離れていたライルらの耳にまで届いた。

「……やったみたいだな」

「ハルト兄様…… う……ぅ…」

 兄の死を悟り、泣きぬれるライルとマリー。

 ハルトの死は事故と判断され、厳かな葬儀が行われた。多くの涙に見送られ、彼の短い生涯は閉じる。

 その墓石の前で呆然と佇み、ハウゼンの心は空っぽだった。

「ハルト…… なぜ…… 余命が短くとも、自殺する必要はなかったじゃないか。少しでも俺と……」

 いや。だからこそだろう。ハウゼンは唇を噛み締める。

 残り少ない生命だからこそ、ハルトはハウゼンに見せつけるよう死んだのだ。お前のせいだと。ざまあみろと。そう知らしめ、叫んで、心の底から幸せそうに死んだのだ。
 それがハウゼンの不幸に繋がると知っていたから。真実を語り、ハウゼンの眼の前で生命を断つという、すこぶる残酷な死を選んだのだ。

 そんなに俺が憎かったのか、ハルト……

 ハルトの思惑は大当たりと云わざるを得ない。
 最愛から死をもってしても離れたいと思われるほど嫌われ、憎まれ、とどめと言わんばかりに眼の前で自裁された。
 あの時に見た、勝ち誇ったハルトの顔。
 
 ハウゼンの胸は夢破れ、心が粉々に砕け散る。

 もはや涙も出ない。空虚が体内を満たし、脳内をも蝕んでゆく。なぜ自分は生きているのか。ハルトは死んでしまったのに。
 ハルトのいない世界など生きている意味がない。そう一人ごちたとき、ふとハウゼンの脳裏に最愛の面差しを持つ少年が過った。

 あの忌々しい弟が。

 アレを囚えて弄ぶのも悪くない。そう考えた時、さらに過去のハルトが蘇る。

『兄様っ! ハウゼン、兄様ーっ!』

『ハルトっ!』

 無邪気に懐いてくれていたハウゼンの天使。

 それもこれも全てを奪ったのは、あの下賤腹の弟妹だ。あいつらさえいなくば、ハルトの心も関心もずっとハウゼンのモノだった。
 
 ……もっと無抵抗な幼いうちに殺してしまえば良かったな。当時は、そんなことを思いつきもしなかったが。

 自嘲気味に嗤ったハウゼンの眼が、みるみる驚愕に見開いていく。

 ……昔?

『魔女の秘術? その対価で早死に……?』

『そうさっ! 僕の命はあと一年もないっ! ふふっ、素敵な人生だったよ』

 ……黄泉がえり? そうだ、それだ。過去に戻って、あの忌々しい弟妹を殺してやる。そして、ハルトと二人で幸せに。
 ……秘術の対価は寿命を半分取られるらしいが、知ったことか。自分の寿命がいくつなのか知らないが、欲しいだけくれてやる。ハルトとまた睦まじく過ごせるなら、惜しくはない。

 獰猛な眼に昏い光を宿し、ハウゼンは魔女の結界を調べ、探し当てた。
 ハルトの残していた日記などに詳細な場所が記してあったため、見つけるのは容易かった。





「……またか。望みは黄泉がえりかえ?」

 うんざり顔な魔女達。聞くまでもないと言いたげな彼女らにハウゼンは頷いた。

「対価は寿命と知っている。俺を過去に戻してくれ」

「はいよ。もう、どうとでもなれだわ」

 そう苦虫を噛み潰しつつ、魔女はハウゼンを黄泉帰らせた。

「あの男、ずいぶんと姑息なことをやるもんだねぇ」

「良いんじゃないか? そういう捨て身は嫌いじゃないよ」

 ふふ…っとほくそ笑む魔女達。

 その頃、ハウゼンは八歳で自宅に戻っていた。



「帰って……きた? 本当にっ?!」

 だっと走り出し、彼は公爵家に向かう。



「ハルト様は……っ!」

 はあはあ息を荒らげて尋ねるハウゼンに、訝しげな顔をした執事が答えた。
 
「坊っちゃんなら中庭におられますが……」

「ありがとうっ!」

 最後まで聞かずに飛び出したハウゼン。

 ……ハルト、ハルト、ハルトっ! 生きて? 生きてるんだなっ! ここではっ!

 ぱっと飛び出した中庭には一面の月見草。

 ハルトの好きだった花だ。これの種を持ち込んだのはハウゼン。あっという間に中庭で増えた月見草を、幼いハルトはとても喜んでくれた。

「ハルト…… どこに……?」

「……兄様?」

 声につられて振り返ったハウゼンは、そこに天使を見つける。

 柔らかな淡い金髪を風になぶらせ、きょとんと立つ小さな天使を。

「ハルトっ!」

 思わず飛びつくように抱きしめたハウゼンは、腹部に焼け付くような痛みを感じて硬直する。
 よろ…っと傾いだ彼は、燃えるような熱さを手で押さえて言葉を失った。
 そこには大量の血が流れ、今もボタボタと零れ落ちている。

「……ハル…ト? なんで……っ?」

 小さな天使の両手にしっかり掴まれているナイフ。ハウゼンが抱きしめる瞬間に取り出したらしいソレは、真っ赤な血で生々しく濡れていた。

「なんで? 自分のやったこと覚えてないの? 黄泉帰った者はねぇ、過去の記憶を持っているって言ったでしょ? 僕もだよ。何回も繰り返した過去の記憶を全部持ってるの。全部ねっ!!」

 そこに現れたのは天使ではない。

 心の底からハウゼンを憎み、引き裂く悪魔だった。それも最愛の悪魔。この爪から逃れる術をハウゼンは知らない。
 大量の血が流れてゆき、ハウゼンは頭がぼうっとしてきた。そして最高の至福に酔う。

 ……ハルトに殺されるなんて。なんたる福音、なんたる僥倖。

 うっとり幸せに浸るハウゼンを知らず、ハルトはさらに話した。

「同じ事案で蘇った者は、三人目以降が寿命以外で死ぬと、他の者はその対価を払わなくて済むんだ。つまり、お前が死ねば、削られた僕達の寿命は失われない。そのためにお前を煽って黄泉がえりさせたのさ。まんまとハマってくれて、ありがとうね」

 満面の笑みで喜ぶハルト。

「僕の寿命が後一年もないなんて、大嘘さ。マリーが死ぬ前に黄泉がえりしてもらわないとならなかったから…… お前の眼の前で死んでやったんだ。執念深いお前のことだから、黄泉がえりしてでも僕を追ってくると思ったよ。案の定だったねぇ? あはは、ご愁傷さまっ!!」

 してやったりな顔をしているハルトだが、それも今だけだ。ハウゼンは、にたりと口角を歪める。

 ……お前が基本的に善人なことは知ってるんだよ。今は興奮で我を忘れているんだろうが……

 しばらくしたらハルトは思い出すだろう。自分が人を殺したことを。それは深々とハルトの胸に食い込み、消えないトゲとなる。
 一生物の傷を負ったとは知らないハルト。それを知るハウゼンは、あまりの出来過ぎた結末に心から満足する。
 ハルトの説明どおりなら、この生命で最愛を救うことが出来たのだ。こんな風に殺さなくても、それをハルトが望むなら喜んで捧げたのにと、ハウゼンは小さく笑った。

「……ありがとう、ハルト」

「………っ?!」

 ああ。ハルトを救えて、良い人生だった。

 倒れたハウゼンの周りで月見草の花びらが舞い踊る。ふわりと起きた風圧が、その花びらをどこかに運んでいった。

 ……ありがとう、だって? なんで、笑って死ねるんだよっ! おかしいだろうっ!!

 その答えをハルトは知っているはずなのに思い出しもしない。

 過去にライルが抱いたのと同じ疑問をハルトに残し、深々とトゲを穿つことに成功したハウゼンは、満足げに虹の橋を渡った。

『愛しているよ、私の最愛』

 謎の笑顔を残して死んだハウゼンは、結局、己の欲望全てを満たして人生を終える。彼の望みは、眼の前で死んでしまったハルトを生き返らせたかっただけ。
 あとはオマケだと思っていたら、ハルトに殺されるというプレゼントまでついてきた。ハルトの心に、一生残れるチャンスが。

 これまた過去のハルトのように、心の中でだけ祝杯をかかげるハウゼン。

 こうして、ハルトの謎の笑顔から始まった物語は、ハウゼンの謎の笑顔を残して幕を閉じた。

 最後まで己の我儘を貫き通した男達の、拗らせきった生き様に乾杯。




 ~あとがき~

 ちょいとエピソードです。

 これが、本来考えていた結末でした。

 結局、ハウゼンは幸せに死ぬんですけどね。うん。

 な~んかムズムズして気になって仕方なかったので、ついつい書いてしましました。
 
 皆様の暇つぶしにでもなれば、幸いです。
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