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三枚目の真実 〜刹那の奇跡~
しおりを挟む「まさか、刹那の奇跡に辿り着く者がいたとはねぇ……」
「事実は小説よりも奇なりだよ、まったく」
結界の森で魔女達は、外界のそぼ降る雨を眺めていた。
その外界では教会の鐘が鳴り、天に召された魂を慰める。
「ハウゼン兄様…… ごめんなさい」
「ハルトのせいじゃねぇっ!! あいつが馬鹿をやらかしたからだっ!」
「……でも、分からなくはありませんわ。愛する者を失いたくなくて。…………馬鹿なハウゼン兄様」
それぞれの複雑な胸中。
こうして突然終わってしまったハウゼンの人生。
実は、それに意味があったのだということを、後に三人は知る。
事件の三日前。ハウゼンは魔女の結界に辿り着き、懇願した。
「俺とハルトの寿命を入れ替えられないかっ?」
「また、無茶をいう。あんたら、馬鹿やるのも大概におしよ?」
「最後の情はかけた。これ以上は何も出来ない」
苦悶に震えるハウゼン。
彼は、何とかしてハルトを救いたかった。自分の生命を捧げても良い。ハルトの対価を己で支払わせてくれと。
「なら…… 俺が黄泉がえったら、対価の支払いは誰になる?」
すうっと魔女達の顔から表情が消えた。
「まさか気づくとは……」
「まいったね、これは……」
嫌そうに眉を寄せ、魔女らは軽く頭を掻きむしるとハウゼンに自分たちの仮説を語った。
「なんだと……?」
話を聞いたハウゼンは、一筋の光明を掴む。
「最後の黄泉がえりだ。これは本当に生命をかけなきゃならないが、よろしいかえ?」
一も二もなく頷いたハウゼン。
こうして彼は、巻き進んでいく。
……未来へと。
黄泉がえりとは時を操る魔術。遡るのは八歳までと決まっているが、それ以外なら、かけられた者の望む時間へも送れるのだ。
ただし未来の場合、黄泉がえりの対価がすぐに発動する。ハウゼンに与えられた猶予は一日だけ。本気で命懸けの黄泉がえりである。
「ここは…… 学園かっ!」
未来に送られたハウゼンはハルト達を探した。
魔女らの見解では、同じ事象にかかわった者らの対価は、必然の条件を満たした状態なら最後に黄泉がえった者が払うことになるだろうとのこと。
伝説の兄弟しか実例がないので、どうなるかは分からない。
しかも、続けられた魔女の説明によると、黄泉がえった時の年齢が寿命に相当されるらしい。それゆえ、ハルトよりも先にライルが死んだのだ。
そしてマリーは三十そこそこで黄泉がえりをしている。つまり今十五歳な彼女に残された時間はほとんどない。
ハウゼンが黄泉がえりで過去に戻ったとしても、二十一歳の自分は、対価によって十歳くらいで死んでしまう。ハルトとやり直すことは不可能だ。
マリーが黄泉がえりの対価で死んだらハルトは泣くだろうし、ハウゼンが対価の肩代わりをすることも出来なくなる。
ハルトが助かるなら過去に黄泉がえっても良かった。すぐに生命を絶って最愛に捧げようかとも思った。
しかしハウゼンには一つの野望があったのだ。
それだけでも叶えてやろうと、魔女らは過去へではなく未来にハウゼンを送ってくれる。
マリーの寿命の尽きる前日に。
そうして塩梅よくマリー達を見つけ、本懐を果たしたハウゼン。
彼の死に際の笑みの意味を、後にライル達は知る。
「……喜んで良いのか? 三十二歳の誕生日を。こんなおっさんになって、誕生日も何もなあ」
「喜んで良いんだよ。さっさと結婚して跡継ぎ作ってよね」
死んだような眼差しで兄を睨みつけるライル。
「それは兄さんに任すわ。嫡男様だろうが」
「僕は…… まだ死なないと決まったわけでも」
「……決まってます。縁起でもないこと言わないでくださいっ!」
マリーはすでに結婚し、子供も産まれていた。ある意味、公爵家は安泰だ。
「でもさ。なんで対価が支払われないんだ? 前は容赦なく殺されたぞ、俺」
「僕もだけど…… マリーも死ななかったし…… 死……?」
ハルトの脳裏に恋人の死に際が蘇る。ハウゼンは魔女から対価の支払いについて聞いたと言っていた。つまり、魔女に会ったのだ。
ありがとうと至福の笑みで天上へ旅立った彼。
その笑みに、ハルトもライルも覚えがあった。
ハルトが鉱山で死んだ時だ。あの時のハルトも、言語に尽くせぬ幸福感に満たされて生を全うした。
「まさか……?」
思いついたら居ても立っても居られず、ハルトは魔女の結界に向かう。
「ほんとーっに大概にしなよ、あんたら。ここは隠れ里だ。そうそう外界人が来て良い場所じゃないんだよっ!」
あからさまに嫌な顔をする魔女らを無視して、ハルトはハウゼンのことを尋ねた。
すると魔女達は一瞬呆気に取られ、次には歓喜の表情でハルト達を見た。
「アタシらの仮説は当たったんだ? あんたらが生きてるってことは、あの男、上手く対価の肩代わりをしたんだねぇ」
「そうなるだろうとは思ったけど。いやっ、これで謎の一つが解明されたわ」
にやにやとほくそ笑む魔女達。
その言葉が全てを物語っていた。
「僕らのために……? ハウゼン兄様が……?」
「……俺等はおまけだ。たぶん、奴が救いたかったのはハルトだけ」
「ハルト? そうか、あんたか」
ひょっと魔女が顔をハルトに向けた。
「あいつが望んだんだから良いんだよ」
「望み……?」
「そう。あいつの唯一の我が儘。死ぬならハルトに殺されたいって。そんで、未来に送ってやったんだ。殺してやれた? あいつ喜んだだろう?」
「あ……」
……あの、ありがとうは、そういう。
「長生きしなよー。あいつの分もね」
ぽんぽんと頭を撫でて、魔女達は結界の外にハルトらを放り出した。
「鉱山で死んだハルトと…… あいつ、同じ顔してたんだよ。だから俺も気がついた」
「そう………」
真実を知って、言葉少なに帰宅する二人。
それを見送るような影が揺らめいていたことをハルト達は知らない。
『愛しているよ、私の最愛』
その影は、泥濘む己の思考に沈んでいく。
誰にも顧みられない子爵家三男なハウゼン。
そんなハウゼンをハルトだけは慕ってくれた。兄様、兄様とまとわりつき、惜しみない笑顔をくれた。
家でも蔑ろににされ気味なハウゼンは、その笑顔の虜だった。
そして、ハルトと懇意になるにつれ、ハウゼンの扱いも変わってくる。傍系の中でもハルトと仲の良いハウゼンを誰もが尊重してくれるようになったのだ。
それもこれも全てハルトのおかげと、彼はさらに幼い従兄弟にのめり込んでいく。
『お前は僕の天使だよ、ハルト』
『ハルトも、兄様が好きぃー』
無邪気に笑いあっていた、あの日。
どこから歪んでしまったのだろう。
気づけばハルトには新しい弟妹がおり、自分に見向きもしてくれなくなった。
たまに会えたと思えば弟妹の話ばかり。ハルトが嬉しそうなので黙って聞いていたが、腹の底にざらつくどす黒い嫉妬はなくならない。
それが、どんどん溜まりに溜まって………
……ハウゼンは壊れ、暴走した。
『……それでも幸せだったよ、ハルト。ありがとう』
ほんのりと瞬いた影は、一陣の風に攫われた。
そんな影の呟きを、ハルト達は知らない。
己の欲望に忠実だった男は、最後まで最愛に己の暴力的なまでの愛を押し付けた。それこそ捨て身な絶愛を。
世はこともなく、数多の悲喜交交を呑み込んでいく。彼等の物語も、そこを通り過ぎる一つに過ぎなかった。
これもある意味、一つの幸福の形だろう。ハウゼンの死に顔が、その全てを代弁していた。
~了~
~あとがき~
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
実はこの話、ラストをキャラどもが変えてしまいまして……… 筆者の作品ではよくあることなんですが、うちのキャラども、よく暴走するんですよ。
考えていたプロットでは、マリーの黄泉がえりの理由を知ったハルト達が、ハウゼンを騙し、彼に四回目の黄泉がえりをさせ、何も知らずにノコノコやってきたハウゼンをハルトが刺し殺す。
そういったザマァを含んだ勧善懲悪モノにする予定だったんです。
……なのに。ねえ?
ハルトの奴がハウゼンに惚れてしまったみたいで、ラストを変えやがりましたぁぁーっ!
さすがにハッピーエンドに持ってはいけませんでしたが、全然違う最後に。……ま、いかっか。
楽しんでいただけたら、幸いです。
またいつか、別の物語で。さらばです。
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