三枚重ねの真実 〜繰り返す後悔〜

一 千之助

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 三枚目のやり直し 8

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「ほら、ハルト」

「ありがと、……ん?」

 食事のトレイを運んできたライルは隣に座ると、そのまま左手でハルトの右手を包んだ。そして指を絡めて握り込む。

「……あの。これじゃあ食べられないんだけど?」

「そう? 食べさせてやろうか?」

 にっこり笑って、ライルは自分のトレイからハルトの口に料理を運んだ。

「ほら、あーん?」

「ば…っかっっ! 何もやってんだかっ!!」

 羞恥に顔を赤らめ、慌ててライルの手を振り払うと、ハルトはそっぽを向いて食事を始める。耳まで赤い兄の恥じらいが、ライルはこそばゆい。

「良いじゃん、兄弟なんだし? 兄さんの具合が悪くなった時の練習さ。俺が食べさせてやるから」

「悪くならないっ! そんなことになったら、マリーに食べさせてもらうもの。生意気な弟より、可愛い妹に食べさせてもらうほうが良いっ!」

「ひっど。俺だって可愛い弟だろ? 学園にマリーはいないんだしさあ?」

 にじり寄るようにライルが顔を近づけてくる。それを片手で押しやり、叱りつけるハルト。
 今までと違う公爵家兄弟の仲睦まじさに、周りの生徒は唖然とした。

「……あんまし仲良くないと思ってたんだけど?」

「っていうか、一方的に弟の方が避けてたよな?」

「突っ張りたい年頃なんじゃん? そこに兄貴の具合が悪くなって、改心したとか?」

「そうだよなぁ。兄弟だもんな。一週間も休学するほど兄の体調が悪いなら、心配もするよなあ?」

「部屋も同室になったってよ。遅れ馳せながら、兄弟睦まじくなったなら良いんじゃないか?」

 当たり障りの無い周囲の会話。

 それを聞きながら、ハウゼンと仲間達は渋面を隠せない。

「……なんだよ、アレ。甘っ甘じゃん。あの弟、何様?」

「俺らの可愛いニンフなのにな。……週末のお楽しみは無理か」

「それは誰かの雌犬や奴隷でやれば良いだろう。……でも、目にあまるよね、アレ」

「しかし体調不良だって聞くし、無理もさせられまい?」

「見せつけるだけでも良いよ。あの子の怖がる姿とか、めっちゃそそるしな。それだけで抜けるよ、俺」

 相変わらずな悍ましい会話の飛び交うハウゼン達のテーブル。そこで無言なハウゼンに、仲間の一人が声をかけた。

「放っといて良いのか? 君の恋人だろう?」

 それに続き、次々と弾む会話。

「そうだよ、あんな小生意気な弟、思い知らせてやれよ。ハルトは君の恋人だって」

「なんなら手伝うし? 拉致して、みんなで一撫でしてやれば大人しくなるんじゃないか?」

「いつもの手だな。ああいう生意気なガキを泣かせるのは堪らなく好きだぜ、俺」

 ハウゼンと仲間達は誰かの気に入った獲物を落とすため、よく地下室に連れ込んでいた。
 抵抗心をバキバキに圧し折り、反抗する気も起きなくなるくらい性的に痛めつける。そうして宴の新たな生贄を確保するのだ。
 彼らによって、病むほど追い詰められた生徒の数は両手に余る。
 見栄と面子を重視する貴族男性という立場から、口に出すも悍ましい方法で辱められたのだと相談も出来ない被害者らは一様に口をつぐむ他ない。

 そう。つまり、されたら最後。ハウゼンらの暴力に唯々諾々と屈する途しか残されないのだ。

「それも…… 悪くないな」

 にぃ……っと不均等に口角を上げるハウゼンを見て、彼の仲間達も卑な笑みを浮かべた。



「君っ! ライル君だっけ? よろしくね」

「よろしく」

 今日は下級生と上級生の合同授業。中級生のハルトはいない。
 そこで下級生は上級生とペアを組み、学園の色々を教えてもらう。前世でも同じ授業があった。それでライルは林の奥の古びた礼拝堂を知ったのだ。
 前世ではサボりに重宝した礼拝堂に、あんな卑猥な秘密があるなどと全く知らなかったが。
 そしてやはりというか、この上級生ロダンも礼拝堂のことを説明する。

「この奥に古びた礼拝堂があるんだけど。そこは生徒会の管轄でね。一般の生徒は近寄っていけないことになってるんだ」

 ……知ってます。

 だからこそ恰好のサボりスポット。

 だがここで、前世と違うことが起きる。

「行ってみる? 少しだけ……」

 好青年っぽかったロダンの瞳に烟る情欲。

 ……ああ、そういう手合いか。

 真面目そうな先輩だが、やはり学園の悪習に染まっているらしい。こういう熱病持ちは厄介だ。
 
 ……まあ、知らないでもないしな。適当に相手して切り上げるか。

 ハルトのことがあるため問題を起こしたくないライルは、張り倒すことを諦めて、熱病に付き合うことにした。いつもの彼なら、問答無用で殴っていただろう。
 至極真面目そうな先輩だし、少し遊んでやったら満足してくれると甘く見ていたライルは、礼拝堂近くで大勢の生徒に囲まれて目を見張る。

「ようこそ。少しおいたが過ぎたね、君。私達のニンフに手を出すなんて。お仕置きさせてもらうよ?」

 そういうと生徒達はライルを囲い込み、肩や両腕を掴んで礼拝堂の裏に連れて行った。
 案の定、そこに居たのはハウゼン。彼は忌々しげな顔でライルを睨めつける。

「……見逃してやっていたのに。ハルトの弟だからと」

「へえ……? 殺したいくらい憎んでるくせに、酔狂だな?」

 己の本心を無遠慮に抉るライルの挑発。

 ……なんで、知って?

 微かなざわつきを胸に過ぎらせたハウゼンだが、そこで地下室の鍵を取り出した時、けたたましい音が林の中を駆け巡った。

「ライルーっ!!」

 何人もの生徒や教師を連れて現れたのはハルト。

 二人はわざとハウゼンや仲間を挑発し、こういう企みを抱くよう誘導していたのだ。



『危ないよ、ライル…… それなら、僕が囮に……』

『駄目だ。ハルトの洗脳は解け切っていない。あいつが望んだら、兄さん、あいつをかばいかねない』

『……そうだねぇ。こういう荒ごとにはライル君のが向いていると思うよ?』

 上級生との合同授業が行われる前日。奴等が何かするなら、ここが狙い目だ。

 ハルトとライルは、これまでの経緯をオベロンに告白した。
 むろん全てではない。黄泉がえりや都合の悪いことは隠し、ハウゼンとその仲間がやらかしている悪行を暴露したのだ。
 固唾を呑んで聞き入る保険教諭。

「……胸糞悪いな。そんなことが代々行われてきてたなんて」

「信じてくれるんですか?」

「信じるしかないだろう? 公爵令息が嘘をつく必要もないし、君ほど真面目な生徒もいない。それに…… あの日見た、真っ青な君の顔。あれが演技などでないことは、医師である俺が一番よく理解してるよ」

 そう言い、オベロンはハルトの頭を撫でた。

 そうしてオベロンの協力により、半信半疑ながらも説明を聞いた教師や生徒達が協力してくれたのだ。

 学園に巣くう悍ましい因習を断ち切ろうと。

 それが連綿と継がれ、ハウゼンの父親が考えたような悪事に利用された。
 被害者、加害者、共に呑み込み、金を巻き上げるための温床へと。人の欲望には際限がない。
 これも、ハルトのことがなかったら、前世のライルは調べもしなかっただろう。過去の盛大なやらかしの数々が現在への道標として繋がった。

 本当ならライルが連れ込まれて、されている最中に踏み込むという予定だったのだが、ハルトが我慢出来なかったようだ。
 オベロンに窘められている兄を見て、ライルの頬が緩む。
 けれど、まあ、子爵家の証拠の類はライルの仲間が揃えていた。ここも、あの地下室を見られれば申し開きの仕様もあるまい。

「これで、あんたも終わりだな。子爵家も。俺、知ってんだよ?」

 ハウゼンに負けじ劣らぬ残忍な笑みを浮かべ、ライルは自分を拘束していた腕を振り払う。その次の瞬間、周囲にいた生徒が何人か吹っ飛んだ。

 ライルの手には厚手の靴下。

 半分くらい銅貨の詰め込まれたそれは、簡易的なブラックジャック。遠心力を利用し、子供でも扱える極悪な凶器だ。その渾身の一撃を食らったハウゼンの哀れな仲間達。
 平民暮らしが長く、前世ではあらゆる悪事に手を染めてきたライルは、こういった荒事に慣れていた。ゆえに隠し持っていた武器である。
 それで容赦なくハウゼンの仲間を殴り倒すライルの周囲に、血煙が舞い、夥しい血花が散った。
 あまりの光景に度肝を抜かれ、呆然としていた周りの人々。そこでライル慣れしているオベロンがいち早く我に返り、慌てて暴走する少年を止める。

「やめろ、ライルっ! もう良い、もう大丈夫だっ!!」

「大丈夫なんかじゃねぇよっ!! こいつらがハルトに何をやらかしたか……っ! おら、立てっ!! ハルトの痛みはこんなもんじゃねぇっ!!」

 もはや激痛で這いずることしか出来ないハウゼンの仲間達。それにライルは怯むことなく凶器を打ち据えた。憤怒の涙にまみれながら。
 何度もあがる絶叫と血飛沫。
 そこまできて、ようよう正気に返った教師や生徒が死物狂いでライルを押さえつける。
 ふーっ、ふーっ、と未だ怒りに震える弟。それを抱きしめて、ハルトも泣きじゃくった。

 脳内を支配するハウゼンの囁やき。それがライルの嗚咽と重なり、どんどん鼓膜から遠ざかっていく。

「ごめんね、僕のせいで…… こんなに汚しちゃって」

「違う、ハルト。俺は嬉しいんだ。今度こそ、本当にお前を救えた。俺らも救われた。だから……っ!」

 ぎゅうっとしがみつき、ライルは血塗れの顔で笑った。

「ありがとう、ハルト。俺達を救ってくれて。俺に救わせてくれて」

 その会心の笑みを見て、ハルトもまた笑った。もう、ハウゼンの声は聞こえない。

「こちらこそ。ありがとう、ライル……」

 こうして全ては暴かれ、学園に巣くう悪習も根絶された。それに伴い、子爵家の悍ましい倶楽部や資金源も断ち切られ、ハウゼンの家は急速に力を失っていく。

 公爵家を襲った未曾有の危機は、ようやく本当に幕をおろしたのだ。

 これには多くの貴族らがかかわっており、加害者はもちろんのこと被害者も事を表沙汰にしたくないと、箝口令が敷かれる。
 ゆえに生徒らも表向きな処罰はなく、そのまま学園に在籍しているが、社交界を揺るがした大きな事件だ。誰も口にしないとはいえ、加害者らの未来は絶望的だった。

 そして残る最後の問題。

 それを片付けるべく、ハルトはハウゼンに招待状を送る。

「……ハルトから?」

 今回の事件により、謹慎中だったハウゼン。これが、彼の絶望を塗り替えようとは、今のハウゼンも思っていなかった。
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