三枚重ねの真実 〜繰り返す後悔〜

一 千之助

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 三枚目のやり直し 6

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「お兄様っ!」

「マリー、ただいまっ!」

「ああ、マリー…… 元気だね?」

 あれから週末まで医務室で過ごしたハルトは、ライルとオベロンの鉄壁な守護により、ハウゼンから守られた。
 そして、一時療養として一週間の休学を申し出、その間に寮の部屋割りをライルと同室にしてくれるよう申請する。
 今回の体調不良を理由に、それはすんなり通ったようだ。

 出迎えてくれた家族と笑いながら、邸に入ろうとした二人は、くいっくいっと袖を引くマリーに止められる。

「マリー?」

 そこにいる妹の眼はいつもの無邪気なものでなく、兄達の心をざわつかせる妙な凄みを感じさせる眼だった。

「お話がございますの。ハウゼン兄様がやっている悪事について……」

 ちらりと光る剣呑な瞳。

 まさかという思いとともに、ハルトとライルは絶望に顔を歪めた。



「まさかであって欲しかったよ……」

 がっくり項垂れたハルトの前では、ライルとマリーが喧々諤々な言い争いをしている。

「馬鹿だろう、おまえっ! おま……っ! かああぁぁーっ! 黄泉がえりをするなんてっ!!」

「ライルお兄様に言われたくはございませんわねっ! 黄泉がえりをしたあげくに、ハルトお兄様を疑うなんてっ! 大馬鹿者じゃございませんのっ!!」

 ぎゃあぎゃあやらかす二人をじっとり見つめ、何とも言葉に尽くし難い感情がハルトの中に込み上げた。
 
 絶望。後悔。慚愧。あらゆる昏い感情が突き抜けていく。……しかし、その奥底に灯る不可思議な温かさ。

 ……歓び。

 ここで感じて良い気持ちではない。だがハルトは、家族を救うために黄泉がえりの秘術に挑んだ弟妹を嬉しく思ってしまったのだ。
 ハルトがそうであったように、ライルもマリーも同じ気持ちだというのが、堪らなく嬉しかった。

 しかしそこで、マリーが爆弾を投下する。

「わたくし、ハウゼン兄様と刺し違えてでもハルト兄様を助けますからっ!! 過去の大魔女様が御慈悲を残してくださったのです」

「「え……?」」

 そこで暴露されるは、隠された伝説。御伽噺の裏側。



「……つまり、マリーが寿命以外の理由で死んだ場合、私達の黄泉がえりの対価がなくなると?」

「左様です。良かったですわ。本当の意味でハルト兄様を救えます」

 にっこり微笑む妹が、兄達には悪魔に見える。

「そんな……っ、そんなら俺がっ!」

 声を荒らげて叫ぶライルに、マリーも怒鳴りつけた。

「これは最後の奇跡。わたくしのみに許された特権ですのっ! 邪魔をなさらないでっ!」

 最後の奇跡。魔女達はそのように言ったらしい。

 同じ事象に関わる者らだけに起こる過去の大魔女の慈悲。一度目は偶発。二度目は偶然。三度目は必然。必然までの条件を満たして、初めて知らされる御伽噺の裏側。

 ……なんてことだ。

 三人揃って黄泉がえりをしてしまったうえ、最後の希望だったマリーが、絶望に身を投じてしまった。もはや公爵家を託せる兄妹はいない。

「……これまでか。公爵家も終わるな」

「あ……」

 絶望的なハルトの呟きを耳にして、マリーがテーブルから乗り出した。

「それのお話もございましたの。ハウゼン兄様が公爵家を乗っ取ってしまわれて…… わたくしの家族は追い出されましたわ」

「「は……?」」

 再び、異口同音を呟く兄達。

 マリーの語った未来は、ハルトらの想像もしない凄絶なモノだった。



「末子継承? なんだ、それっ!」

「候爵家に嫡流が途絶えた場合の緊急措置ですの。……女のわたくしは不適合とされ、公爵家はハウゼン兄様のモノにされましたわ」

 何でも公爵家は、男子を失った、あるいは生まれなかった場合、傍系から末子を跡取りに譲ってもらうしきたりがあったらしい。
 すでに形骸化したしきたりだが、マリーが平民の妾の子どもということが仇となって、そのしきたりに則り、未婚のハウゼンが公爵家を継いだ。

 何気に聞いていたライルの脳裏に、ふと過去の記憶が蘇る。

『お前らみたいな平民が坊っちゃんに逆らうのが間違っているんだよ。公爵家は坊っちゃんのものだ。後腐れなく死んでくれや』

 ライルの眼が、みるみる限界まで見開いていった。

「あいつ……っ! そこまで計算してっ?!」

 思わず片手で顔をおおい、ガクガクと小刻みに震えるライル。それを見て、ハルトとマリーは不思議そうに顔を見合わせた。



「つまり…… 最初から、奴の狙いは公爵家だったってことか?」

「ハルトが欲しかったってのも本当だとは思うよ。でなきゃ別邸に監禁したりしないだろうし、俺が死んで、すぐに公爵家を乗っ取ったはずだ」

「……ハルト兄様が亡くなったと知らされてからでしたわ。ハウゼン兄様がやってきたのは」

 ハルトと共にあり、ハルトと公爵家を継ぎたかった。それがハウゼンの望みだったのだろうか。
 纏まらない思考をグルグル巡らせるハルトの横で、ライルがいくつもの思いつきを口にする。

「逆かもなあ…… ハルトが欲しかったから、公爵家が欲しかったとか? わざと家や領地を傾けて、邪魔者を排除し、ハルトを救う形に持っていけば…… 堂々と隣に立てると思ったのかも?」

 ハルトは次期公爵だった。分家の三男坊には遠い存在。それを手にしようと、綿密に錬られた計画という可能性もあった。

「だってさ…… ハルトが側にいた時のアイツ、公爵家に何もしてこなかったじゃん?」

 言われてみれば、その通りである。

 最初の時も公爵家が没落し、ハルトは売られるように結婚した。あの時のハウゼンの嘆きよう。
 当時の彼は、まだ十九歳。二十歳を成人とするこの国では子供の部類で、ハルトの横に立てる資格がなかった。
 ハルトが生きている以上、末子継承のしきたりも意味をなさない。奴にはハルトを救う術がなかった。

 呪詛のように呟いていたハウゼンの言葉。

『今は我慢してくれ。そのうち、私が正しく跡継ぎと認められたら、きっと君を助けてみせるよ』

『……私に爵位さえあれば、君に辛い思いをさせずに済んだのに』

 あれは末子継承のしきたりを知っていたからの言葉だったのか。ハルトを亡き者にすれば手に入っただろうに。

 なのに奴はハルトを殺さなかった。それが全てだ。

 公爵家を没落させたのはハウゼンかもしれない。しかし何か不具合があったのか、奴の思惑とは違う没落をしてしまったようだ。
 たぶん、ハウゼンが二十歳になるあたりを見込んで没落させるつもりだったのかもしれない。そして、家族全てを売り払い、一人きりになってしまったハルトに寄り添い、己の物にするとか。そういった計画だったやもだが。

 全ては憶測だ。なんの確証もなく、今のハルト達は奴の異常性と目的を知っている。ただ、それだけ。
 
「あんな奴のことより、マリーだ。いったい、どうしたら?」

 すでに三人とも黄泉がえりの対価がかせられた身。公爵家は後継者が早死確定している。

「跡継ぎのために、結婚を急いでみるか?」

「……で、あのサイコパスに虎視眈々と狙われる日々を暮せって? 願い下げだ」

「そうですわねぇ。わたくしも夫や子供を殺されたくございませんし……」

 あの男のことだ。公爵家の男子を根絶やしにしてでも爵位を乗っ取るだろう。

「それも、どこかしらでハルトと繋がっていたい狂気からかもだけどな。えらいのに惚れられたね、兄さん」

 深読みしだすとキリがないが、あながち妄想とも言えないのでハルトは困惑する。
 どれもこれも、全てハルトが原因なのではないかと。

「マリーを犠牲にして永らえる気はないな」

「同じく。そして、あのサイコパスに殺されてやるつもりもな」

「わたくしが黄泉がえりした意味はっ?!」

「対価の消滅がなくったって、黄泉がえりしただろうが、お前はっ! なんで、そう考えなしなんだっ! 公爵家なんて、あのサイコパスにくれてやって、旦那と幸せに暮らしたら良かったのにっ!!」

「ライル兄様のせいでしょっ! あんな未練たらたらな日記を残してっ!! わたくしが助けるしかないと思うじゃありませんかっ!」

「俺のせいっ? ってか、お前、アレ読んだのかよっ?!」

 顔を真っ赤にして怒鳴り散らすライル。

「読みましたとも。あの頃に戻りたいとか……」

「だあぁぁーっ! 黙れ、黙れ、黙れぇーっ!」

 またもや喧々諤々やらかす弟妹に、不謹慎だが幸せを感じるハルト。

 ……もう、これだけで黄泉がえりした甲斐があるな。

 刻々と迫る生命の砂時計を背負い。兄妹は人生を楽しむと決めた。
 ハウゼンも公爵家もどうでも良い。どうせ奴に奪われるのであれば、最初からリボンをかけて、くれてやる。

「良いですね、それ」

「自分の領地を傾けるようなことはしないだろうしな」

「だろ? 公には出来ないけどさ。話し合う余地くらいはありそうじゃないか?」

 満面の笑みで悪巧みをする三人。

 だがこれが、彼らの未来を大きく変えることとなる。
 
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