三枚重ねの真実 〜繰り返す後悔〜

一 千之助

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 三枚目のやり直し 2

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「お兄様っ!!」

 黄泉がえって目覚めたマリーは、ばっと起き上がると寝台から飛び出した。そして血相を変えて兄達を探す。

「あら、マリー。どうしたの?」

 びゅんっと駆け抜けていく娘に母親が声をかけた。温室で摘んできたのだろうか。彼女は朝露を含んだバラを携えている。

「お母様……?」

 あまりの懐かしさでマリーの眼が涙に滲む。

 過去に傾いた公爵領地を建て直そうと必死に奔走した両親。
 幸い支援してくれる誰かが見つかり何とか凌いだものの、その時の心労がたたったのか、マリーが婿をとると、安心したかのように相次いで亡くなった。
 ハルトが行方不明となり、ライルも早くに身罷り、二人は失意の中でも必死に足掻いた。そしてマリーが結婚し、緊張の糸が切れたのかもしれない。

 それも、これも、全ての元凶は……っ

 ぐっと唇を噛み締め、マリーは母親にしがみついた。

「お母様ぁ…… お兄様達は、どこですか?」

 半ベソでスカートを握る娘を不思議そうに見下ろし、母親は困ったような顔で答えた。

「ハルトとライルなら学園よ? 週末しか帰ってこないわ。寂しいのかしら?」

 ……そうだった。……と、いうことは、今のわたくしは八歳なのかしら?

 これもまた黄泉がえりの不文律。

 黄泉がえった者は、必ず八歳からのやり直しになる。ゆえに二回目、ライルが黄泉がえった時、ハルトにはラグが生じたのだ。ライルが八歳の時間に戻されたから。
 今回はマリーが八歳の時間。
 すでにハルトとライルは学園にいる。そこまでは、前回のやり直しの軌跡を引き継いで。

 当然、学園にいる兄達も困惑していた。



「これは……っ?! また還ってきたのか? なんでっ?!」

 ライル十一歳。ハルトは十四歳。

 同じく、寝台で目覚めたライルが狼狽える中、ハウゼンの腕の中で目覚めたハルトは硬直していた。

 ……なんで? 僕は死んだんじゃ?

 ガチガチに固まり、微動だにしないハルトの視界で、ハウゼンがゆうるりと瞼を上げる。
 そこに垣間見えたのは、どろりとした狂気をはらむ澱んだ光。雄の劣情にまみれた眼でハルトを射貫き、ハウゼンは、そっと口づけた。

「……おはよう。よく眠れたかい?」

「あ…… え……ぇ、まあ……」

 悪夢の再現でしかないハルトは、眼をキョドらせつつ曖昧に答える。そんなハルトを訝しむ炯眼。

「……どうしたの? 昨夜も可愛がってあげたのに。足りなかったかい?」

「や、そんな…… 少し、恥ずかしかっただけで……」

 言われてハルトは、抱きしめられた掛布の下が全裸なことに気がついた。途端に羞恥で染まるハルトの顔。

 ……気のせいか。いつもの可愛いハルトだな。

 その、頬染める恥ずかしげな姿に視線を和らげ、ハウゼンは腕の中の最愛を抱きしめ直す。

「……これだから堪らない。週末前には、また皆で楽しもうね。……君を帰らせるのは業腹なんだけど、仕方ないしね」

 ちゅっ、ちゅっとキスの雨を降らし、ハウゼンは寝台から出ると支度を始めた。
 一人残されたハルトが、掛布の下で、ガチガチ震えているとも知らずに。

 ……なんで? 何度繰り返したら終わるんだ? 前は鉱山で…… その次はハウゼン本人に…… そして、また……? ああ、神様っ! もう許してくださいっ!!

 前回、せっかく守り抜いたにもかかわらず、ライルは早逝してしまった。何もなくとも死んでしまった。
 それを追うように両親も亡くなったと聞く。残されたのはマリーだけ。その結末がハルトの心を挫いた。
 今までハルトが頑張ってこられたのは、家族の幸せのためである。それが望めないと知った今、ハルトはハウゼンの常軌を逸した責め苦に耐えられる自信がない。

 ……でも、まだライル達は生きている。どうしよう、どうしたら良い? 僕が犠牲にならないと、ハウゼンは簡単に暴走する。また、ライル達に酷いことをするかもしれない。……誰か、助けて。

 涙目で嗚咽を堪えるハルト。

 それを見たハウゼンは具合が悪いのかと心配し、今日は授業を休むよう命じた。
 真っ赤な顔でポロポロ泣いているのだ。そう思うのも可怪しくないだろう。過度の緊張と興奮でハルトは熱も上がっていた。

「……うん、熱っぽいな。先生には連絡しておくから。昼に食べやすそうな物を持ってくるよ」

 そう言い残して出ていくハウゼンを横になったまま見送り、ハルトは肺の中の澱んだ空気を全て吐き出した。

 ……もう、無理だよう。あんな酷いことされたくない。……どうしよう。

 はらはらと泣き濡れるハルト。彼はすでに何回もハウゼンの仲間らに輪姦されている。毎週末、自宅に帰る前日を狙って行なわれる嗜虐の宴。
 思い悩むハルトの耳に、ふと窓の開く音が聞こえた。

 ………?

 何の気なしに眼を向けたハルトの視界に映ったのは、少し逞しくなった弟。
 ぽかんっと眼を見開いた兄を無視して、ライルは開けた窓をよじ登り、お猿のように部屋の中へ忍び込んできた。

「よ? 元気?」

 にかっと笑う弟の屈託ない笑みに押され、涙の引っ込んだハルトは、ライルから衝撃の事実を聞く。



「お前も黄泉がえりの秘術を……っ?」

 こくっとライルは頷いた。

「母さんやマリーを助けたくてね。……魔女らから聞いたよ。兄さんも同じ理由で黄泉がえりしたって」

 ついでに、似たもの兄弟だと呆れられたことは黙っておく。そして、胸の奥につかえていた気持ちをライルは吐露した。

「……兄さんが俺達を殺そうとしてたと。誤解してた。ごめん」

 謝って許されることではない。人為的に公爵領を傾け、全てを奪い取り、実の兄を鉱山奴隷達の慰み者にし嗤っていたのだ。
 その時は、それが正しいのだと思った。ざまあみろと。当然の報いだと。
 だが、こうしてやり直したことで、それらが冤罪なのだと分かった。無実の兄を貶めた鬼畜の所業。
 項垂れるライルを見て、ハルトの心がぶわりと歓喜に彩られる。

 ……分かってもらえた? すごく嬉しい。

 これまでの苦労が一瞬で報われた気分だ。

 だがそこでハルトは気づく。

「黄泉がえりの秘術をしたって…… じゃあ前回お前が三十ほどで死んでしまったのは……?」

「……たぶん、黄泉がえりの対価。真実に気づくのが遅くて、間に合わなかったんだろ」

 ……自分より何年も早い。どういうことだ?

 憮然と佇む兄を見て、ライルが顔を上げる。

「細かいことに拘っている場合じゃねぇっ! このままいったら、またハルトはハウゼンの餌食だ。公爵家も危ない。あいつ、めちゃくちゃ金持ってんだよっ!!」

「……かね?」

 こっくりと頷き、ライルは前回調べたことをハルトに語った。

 元々、公爵家の傍系で裕福な子爵家だが、その七割は貴族同士の繋がりで得た資金だった。よくよく調べてみると、いくつかの別邸で行なわれる倶楽部。それが財源の中心。
 それ以外は普通の貴族。可もなく不可もない程度の質素な家。

「……その倶楽部は紳士の集まり。可愛い子供らを愛でる倶楽部だ。……分かるよね?」

 ハルトの背筋が、ぞっと凍りつく。

 ハウゼンの行う、同好の士の集まり。それの本格的な物を子爵家は複数の別邸で開催していた。そして、人に言えぬ性癖を持つ者達の支援や融通を受けて、子爵家を大きくしている。
 ああ、それで…… と、ハルトは前回自分の監禁された別邸を思い出す。
 やけに色々と揃いすぎた邸だった。あそこも、そういった悍ましい催しに使われていた一つなのだろう。
 それに最初の人生で、ハルトを貴族らに売り飛ばすことへの躊躇のなさ。お前は商品だと言い放った叔父の顔。今思えば、あれが叔父の裏の顔だったのか。 
 心当たりがありすぎるハルトは、絶句したまま項垂れる。

「公爵家が狙われるのは何でか分からなかったけど。ハウゼンと子爵家は、そういった形で支援や資金を得ているんだ。特に、ハウゼンに流れる援助はすごかった」

 それは半分ハルトのせいである。だが、今のハルトは知らない事情。
 未来のハルトに心酔する推しや、マリーによる公爵家の援助など、ハウゼンには途切れることのない潤沢な資金が流れ込んでいた。

 だがそれを知らずとも、ハウゼンが公爵家に執着した理由をハルトは知っていた。

 次は自分が説明する番だなと、ライルを静かに見つめる兄。

「君が僕を鉱山に送った時。僕は全てを知ったんだよ」

 顔をくしゃくしゃにしてハルトは語った。最初から。全てを。

 ここで、ようやく拗れていた兄妹の気持ちが通う。
 
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