三枚重ねの真実 〜繰り返す後悔〜

一 千之助

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 二枚目のやり直し 7 ☆

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「またかっ!」

 学園を卒業し、領地経営に勤しむハルトとライル。

 ライルが危惧していたような危険な未来も訪れず、両親は健在で妹のマリーは女学院に通っていた。 

 まるで絵に描いたかのような幸せな風景。

 そんな順風満帆な二度目の人生は、ライルが思っていたのと違う昏さを伴ってきた。
 普段は跡取り然としたハルトが、ときおり夢遊病のように邸を彷徨うのだ。これはハルトの側近とライルしか知らない。両親にも知らせられない。

「こちらですっ!」

 慌てて駆け込んできたハルトの側近筆頭ロバートと連れ立ち、ライルは兄の下へと向かう。

 やってきたライルの視界で、ハルトははらはらと涙を零していた。
 廊下の隅に蹲り、何かを抱きしめるかのように己の身体を抱きしめて。

「……兄さん? おい、大丈夫か?」

「……ライル? 大丈夫だよ、僕がいるからね。……大丈夫。……大丈夫」

 ……どっちの台詞だよ、全く。

 二十二歳にもなった兄の自称が未だに『僕』なのに呆れたながら、ふとライルは眼を眇めた。
 
 ……そういや、普段は『私』って言ってるのにな。

 そんな益体もないことを考えつつ、ライルは兄を抱き上げると自分の部屋に連れて行く。ハルトの部屋は執務室もかねているため、人が多く出入りするからだ。こんな姿の兄を見せるわけにはいかない。

 ……しゃっきりしてくれよ。我が家の命運を担う跡取り様だろうが。……また俺に爵位を奪われたいのか?

 はあ……っと嘆息し、ライルは寝台に横たわらせた兄の頭を撫でる。
 この状態になると、いつもハルトはライル達を呼ぶのだ。

『ライルはどこ? マリーは? ああっ! 誰かっ! 二人を助けてっ!!』

 か細く叫ぶハルトが、弟妹を探すように彷徨う。

『兄さんっ?!』

 側近らに喚ばれてやってきたライルとマリーは、変わり果てた兄の姿に狼狽えた。
 そんな二人に抱きつき、泣きじゃくるハルト。

『良かった…… 生きてた。大丈夫、兄様が二人を守るからね』

 ……何から?

 疑問符全開なライルとマリーを余所に、ハルトは眠るよう意識を失う。
 そこからずっとハルトの夢遊病は続いている。毎日ではないが、たまに。
 ライルは、その法則も何となく分かってきた。

 ハウゼンだ。

 ハウゼンに喚ばれて出かけるたびに起きる、兄の異常事態。出先から戻ってきたハルトは死んだような眼をしており、大丈夫、大丈夫と小さく呟く。
 そしてライル達を見て、ほっとしたかのように頬を緩めるのだ。ガタガタ震えて弟や妹を抱きしめる兄。

 ……野郎、ハルトに何してやがる?

 何をされているのかは想像がつくものの、それと今のハルトとの関連性が分からず、腸の煮えくり返るライル。
 だが、何の手立ても立てられないまま数年が過ぎ、ハルトにも縁談などが舞い込んできた頃。

 突然、ハルトが姿を消した。

 しかも必死の捜索が行われるなか、それを嘲笑うかのように公爵領が傾いていく。

 ……なんでだよっ! 今回、俺は何もしてねぇぞっ?!

 我が家を陥れるかのように次々と起きる不具合。脳内で叫びつつ、ふとライルの鼓膜に魔女の言葉が蘇った。
 
『公爵家が破産し公爵は自害。負債の返済で家屋敷や領地を失い、家族を売り払われ、ハルト様自身も爵位を売るための商品として奴隷のような暮らしをなさっていたそうです』

 ……あれは。事実? 俺が何をせずとも、公爵領は傾いていくのか? ってことは、毎回、公爵家を陥れるようとする誰かがいるっ?!

 点と点が線で繋がれ、ライルの脳裏に優しい兄の面影が浮かんだ。
 
 ……ハルトは知っていたはずだ。ああ、そうだよっ! なんで思い出さなかったんだ、俺ぇぇっ!!

 逆行した日に見た、兄の苦悶の姿。あの時、ハルトは何と呟いていたか。

『でも…… ある意味、チャンスか? 今の私は黒幕を知っているのだから。鉱山に送られなかったら、きっと知らないままだった。ライルに感謝だな』

 鉱山送りにした自分に感謝するなど、馬鹿だろうと兄を毒づいた、あの日。

 愕然と眼を見張り、ライルは力なくその場に崩折れた。

 ……知ってたんだ。ハルトは全てを知っていた。それで公爵家が陥れられないよう奮闘した。俺やマリーを守ろうと。両親を失うまいと。
 
 二十六にもなって、未だ兄に甘やかされ守られていたことを知り、ライルは懊悩で顔を歪める。

 ……一人、背負い込んで。本当に馬鹿だろう、あんたっ!!

 そして知り得た情報を精査し、ライルの眼が獰猛な光を一線させた。
 前世と違う兄の行動。それらを集め、整理すれば、自ずと答えは導き出される。

「ハウゼンか」

 兄の言っていた黒幕。それがハウゼンなのならば辻褄が合う。
 奴の目的は分からないが、ライルやマリーを殺そうとしたのは奴で間違いない。だから、それを止めるためハルトは奴に近づいた。
 どうやってか知らないが、ハルトは奴を止められたようだ。今になって前世と同じことが起き始めた、この時間差は、きっとハルトの努力によるものだろう。
 そして消えた兄。これにも奴が関与しているのは明らかだ。
 揃って起きた領地問題。これらも全てハウゼンが糸を引いているに違いない。

「黄泉がえりを舐めんなよ? 遣り口は知っているんだ」

 不均等に口角をあげた残忍な笑みを浮かべたまま、ライルは邸を出ていった。



「おう、ライル。久しぶりじゃねぇか」

「良い儲け話でも持ってきたのか? お前の持ってるくる仕事は美味いからな」

 前世でも慣れ親しんだ仲間達。

 前世の知識を駆使し、未来を知っていることをアドバンテージとしたライルは、幼い頃から最悪に備えていた。
 母や妹を守ろうと。危険な場所に立ち入り、美味い儲け話を餌にしてゴロつき共を集め、巧妙に手なづけた。
 それが一介の商会にまでなり、裏でヤバい仕事を請け負う一大組織に上りつめるなど、さすがのライルも思わなかったが。

 ……前んときは商会だけだったもんな。まあ、けっこうな悪事も働いたけどさ。

 その商会の会頭はライルだ。

 これで、前回は公爵領を救った。裏の仕事に手慣れた荒くれ共の集まりだ。ライルの商会が盗賊になど怯むわけはない。
 ことごとく蹴散らしまくり、公爵領地に平穏をもたらした。

 ……その盗賊らも今思えば。仕込みだったんだろうな。やけに脆い連中だったし。

 護衛を排除した荷馬車を襲うだけなのだ。武器さえあれば素人にだってやれる。

 ……それもこれも、全ては。

 ギリ…っと奥歯を噛み締め、ライルは仲間達に命令する。

「ランスタッド子爵家を洗え。特に三男のハウゼンの動向を」

 それを耳にして、仲間達は首を傾げた。

「ランスタッドって、飛ぶ鳥を落とす勢いのアレか?」

「えらく羽振りの良い家だよな」

 ざわざわどよめきつつも、承知と答える仲間達。

 ……無事でいてくれ、兄さん。

 ハルトが失踪してから七年。この答えに至るまで時間がかかり過ぎた。領地問題が起きなくば、未だに分からなかったかもしれない。
 だがそこで、ふとライルは嫌な予感が胸中を過った。

 なぜに今さら事が起きたのか。

 小さい頃のライル達が侮られたのは分かる。簡単に殺せると思われたのは。だが、今は成長して一端の男だ。当然、反撃もするし、唯々諾々とやられはしない。それはハウゼンとて知っているだろう。

 ……何かが起きた? 公爵家を陥れないといけない何かが?

 胸に湧き上がる嫌な予感。

 そんなライルを余所に、ハウゼンは別宅の地下に囲ったハルトを愛でていた。
 全身をベルトで括られ、芋虫のように転がる最愛。その悲惨な姿がハウゼンをゾクゾクさせる。

「ああ、可愛いね。俺だけを見て? 他は何も考えないで?」

 後ろ手に二の腕と肘を通るベルト。それが胸の上下をキツく締め、さらには膝と足首もベルトでギッチリ拘束され、ハルトは身動き一つ取れない。
 そんな恋人を愛おしそうに抱き上げて、ハウゼンは椅子に座り、己の猛りの上に突き落とす。

「ふ…ぐぅ……っ! う……っ、うぅぅ……っ!」

 膝裏から太ももを抱きしめ、ハルトの膝が胸につくほど深く折り曲げた体勢で、ハウゼンは狭い柔肉を堪能した。
 咬まされた口枷で言葉を封じられ、黒いリボンの目隠しが、ハルトの恐怖を煽る。見えない状態でされる恐ろしさ。
 それは今のような情交であったり、空を切る鞭や、灼熱の蝋燭の滴りであったりと、無抵抗なハルトを怯えさせるに足るものばかり。

 今日は何をされるのかと戦々恐々な毎日の中、ハルトの自我が壊されてゆく。

 楽になりたいと。もう駄目だと挫けそうになるたび、ハルトの脳裏を過るのは可愛い弟妹。

 ……死ねない。僕が死んだら、ライルが…… んく……っ 僕さえここに居れば…… ハウゼンは何も……しな……い……

 だが、その諦めと未練をハウゼンは敏く察した。

「……君の中に誰かがいるね? 俺以外の誰かが。公爵家の家族? それとも領地の民? ああ、やはり邪魔だな、あれらは……」

 珍しく目隠しを外されたハルトの顔を覗き込んで、そう忌々しげに呟くハウゼン。
 ハルトの心の中も隅々まで支配したい彼は、その邪魔者たちの排除に動く。
 毎回だ。公爵家を陥れ、傾けたのはハウゼン。それもこれもハルトの唯一でありたいがため。少しでもハルトの気持ちを揺らすモノを、ハウゼンは悉く排除していた。

 この暴走を止めるためにハルトはハウゼンに愛を囁いたのだ。貴方が好き、貴方が一番……と。そうすることで、ハウゼンはハルトを支配することに夢中となり、公爵家になど目もくれなかった。

 なのに、なぜか今、ハウゼンの気持ちが公爵家に動いている。

 ……そんなっ! 僕を与えたら満足するんじゃ? なんでぇぇっ?!

 驚愕に見開かれたハルトの眼。

 それの示すことを曲解し、ハウゼンは殊の外優しく最愛を抱きしめた。

「……分かるよ。葛藤してるね? 優しい君は家族か俺かを選べないんだろう? こうして側にいるのだもの。君は気づいてないかもしれないけど、すでに俺を選んでいるんだ。だから、君の心の重荷を取り除いてやろう」

 甘く囁くハウゼンの言葉で、ハルトの頭が沸騰する。

 ……このキチガイがぁぁーーーっ!!

 そんなことは分かっていたはずなのにと、ハルトは前世の鉱山で会ったハウゼンを思い出していた。
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