三枚重ねの真実 〜繰り返す後悔〜

一 千之助

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 二枚目のやり直し 6 ☆

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「どうしたの? ライル」

「別に……」

 食堂でバッタリ出会った兄。その傍らにはハウゼンがいた。

 ……ひょっとしてハウゼンの嗜好をハルトは疎んでいるのだろうか。あんな目にあわされているから、前に林で見たとき、怖いくらい憎しみの眼を向けていたのかも?

 今思い出しても震えが来る、あの時の蛇蝎を見るが如き兄の瞳。礼拝堂地下での出来事を思えば、恋人をあんな眼差しで見ていたのにも頷ける。
 好きで大勢に嬲られているわけではないだろう。恋人の望みだから耐えているに過ぎないはず。
 娼館にもたまにいた。寝盗られ嗜好というか、自分の妻や恋人を別な人間に抱かせて興奮するタイプが。ハウゼンの場合、その極地。
 とことん穢されまくったハルトが愛しくて仕方なくなる病っぽいと、聡いライルは分析する。
 なまじ前世で娼館などと懇意にしていたため、ライルはそういった特殊性癖にも理解があった。

 ……嫌なら別れれば良いのに。あれを我慢するほどハウゼンが好きなのかよ。

 思わず、じっと見つめてくる弟に首を傾げて尋ねるハルト。それにそっけない返事を返して、ライルは少し離れた席に座った。
 するとその正面に誰かが座る。
 断りもなく据わる誰かを無視し、ライルは無言で食事を続けた。……が、その相手は勝手にくっちゃべる。

「お前の兄さん色っぽいよなぁ? ストイックな感じがして泣かせたくなるぜ。ハウゼンが羨ましい」

 悪し様な劣情に塗れた下品な言葉。

 それを耳にして、ライルの手がピタリと止まる。

「なんでも、上級生の間ではニンフって呼ばれてるらしいぞ? 言われて納得だよな。まるでか弱い乙女のような人じゃないか。……俺もしゃぶってもらいたいもんだよ。お前から頼んでくんね?」

 瞬間、ライルの拳が飛び、正面の男が吹っ飛んだ。
 けたたましい音をたてて、相手は向こう側の席に雪崩込む。ぴくぴく痙攣する誰かの顎。それを見て、はたっと正気に返ったライルは、あ……っと小さく呟いて項垂れた。

 ……やっべ、昔の条件反射が。

 一瞬の間をおいて劈く悲鳴。

 どよめく食堂に教師が分け入り、被害者を抱き起こして、加害者であるライルを引っ立てていく。

「ライルっ?!」

 連れて行かれる弟に驚き、追って来ようとするハルトをハウゼンが止めていた。柔らかな金髪を乱れさせて藻掻く兄。
 そんな一幕を生温い眼差して呆れたかのように一瞥し、ライルは教師から大目玉を食らう。



「理由は分からないし、血気盛んな若者だ。こういうのもコミュニケーションと一つだろう。だが、相手を昏倒させるほどやってはいかんっ! 分かったな?」

「はい。申し訳ありませんでした」

 ……あんたが思うような健全なコミュニケーションじゃないんだけどね。ハルトにしゃぶらせたいとか、あの野郎、次に会ったら潰してやる。

 後ろ手に組んだ手をワキワキさせつつ、ライルは職員室を出た。……と、そこに居るのは騒動の発端となった、兄。
 心配げに揺れる翡翠色の瞳が、微かに潤んでいた。

 言われて見れば、たしかにそそるタイプだろう。まだ十三歳で線も細く、風を孕んで波打つ柔らかな金髪は、弟のライルでも掻き混ぜたくなるような衝動にかられる。上級生から見たら、可愛がり倒したくなるのも頷けた。

 ……だからって複数と乱交はないよな。

 愛する恋人の望みとはいえ、まだ子供なハルトにアレはキツかろう。ハウゼンとてまだ十六。やけにコアな性癖のようだが、あれが初めてではあるまい。

 ……いったい、いつから? ずいぶん飼い慣らされてる風だけど。

 地味にムカつくライルの胸中。

「ライル…… いったい何があったの? あまりお友達と喧嘩しては駄目だよ?」

 そっと頬を包むように撫でられ、ライルは思わずげんなりと眼を据わらせた。

「兄さんにしゃぶってもらいたいんだってさ。面倒だから、殴って黙らせただけだよ」

「……え?」

 惚けたように丸く見開くハルトの眼。

 ……ニンフか。何か分かるかも?

 ハルトは妙な甘さを感じさせる。守ってやりたいような、その顔を驚愕や恐怖に染めてみたいような。そんな小動物的雰囲気を兄は持っているのだ。
 しかも造作の整ったお人形のごとき男の子。前世ではライルが幼いこともあり、すごく頼りになる大人のように見えたが、人生一周済みの今は、そんな弟フィルターも外れていた。

 ……これ、野放しにしたら不味いタイプだな。ハウゼンの気持ちも分かるわ。徹底的に躾けたい獲物に見えてんだろうな。まあ、その遣り口がえげつないが。

 幼いハルトを恐怖や苦悶で怯え切らせ、その後、優しく甘やかして依存させる。パニック状態になるまで追い詰められたハルトは、ハウゼンの言いなりだった。それが狙いで仲間らと遊んでいるに違いない。
 彼の性癖とも合致する、すこぶる効率の良い洗脳方法だ。

 ……怖い、助けて、許してと、声が嗄れるまで泣かせるのが殊の外好きなんだろうな。相手を追い詰めて、自分にすがらせることを興奮とするタイプか。

 これが合意のプレイならまだしも、ライルが見た限り、ハルトは完全な被害者だ。
 あの日、天井から吊るされた兄は、最初から許して助けてと泣き叫んでいた。合意であったなら、あんなことは口にすまい。
 ハウゼンにお願いされて事に自ら及んだとしても、その恐怖や苦楽は消せない。最終的に追い詰められ、ハルトは完全なパニック状態に陥っていた。

 ……助けるべきか? 人様の恋愛に口を挟みたくはないが。

 ハルトが前世で自分達親子を殺したのだという疑惑を払拭出来ないライルは、ここで選択を誤った。

 実害がない限り、放っておいても良いと考えてしまったのだ。
 平民に落ちてから悪どい手口に身を染めすぎた彼は、愛する者を手に入れようとし、手段を選ばないハウゼンにも共感してしまう。
 過去の自分とて、兄に復讐を果たすため、散々悪辣な手段を用いてきた。それと重ねてしまったのだ。

 ……古今東西、戦争と恋愛は手段を選ばないものだしなぁ。ご愁傷さま、ハルト。変な男に惚れた、お前の負けだよ。

 そう心のなかで独りごち、ライルは兄の手を振り払うようにその場を後にした。
 職員室の前で佇むハルトの後ろから、ハウゼンが忍び寄っているとも知らずに。



「ハルト?」

 びくっと大きく揺れたハルトの肩に、ハウゼンの指が食込む。

「……俺のモノなんじゃなかったのか? 行くなといったよな? どうして?」

「あ…… その…… だって、弟なんだよ? 心配じゃない。……ごめんね?」

 切なげに寄せられた眉。最愛な恋人の見せる感情の揺れがハウゼンには忌々しくて仕方がない。

 学園に入学してきたハルトは、親戚関係で部屋割りが決められるためハウゼンと同室になった。和やかに仲良く生活していたが、十二歳のある日、突然、ハルトが真っ赤に赤らめた顔で告白してきたのだ。

 ……ハウゼンが好きだと。

 ハウゼンこそが、幼い頃から抱いていた恋心。次期公爵となる遥か高みの人間を懸想する下世話な劣情。
 叶うべくもない虚しい気持ちを、幼いハルトにもよおしていた。どこもかしこも暴き尽くして己のモノとしたい雄の激情を。
 そんな自分の前に差し出された可愛い最愛。これを我慢出来る男が存在しようか。

 その日、告白されたハウゼンは、まだ幼いハルトと睦んだ。怖がらせないよう、優しく優しく愛撫し、身も心もトロトロにしてから貫いた。
 
 そして一年。

 ハウゼンは隠し部屋で行われる、同好の士の淫らな宴にハルトを招いた。ここは歴代の生徒会役員が、日頃のストレスを発散するのに使った遊戯部屋。

 そういった特殊な性癖を持つ者にのみ鍵が譲られ、ふとした切っ掛けから鍵を手に入れたハウゼンは、仲間と爛れたひと時を愉しんでいた。

『ここでね。みんなの愛する者を交換したり、共有したりするんだ。ふふ、怖いかい?』

 眼の前で行われる狂乱の宴に真っ青なハルト。

 今日は誰かの奴隷を連れてきているらしい。前からも後ろからも串刺しにされ、二本の剛直で揺さぶられる下級生。さらには、その口にも捩じ込まれた一物が、涎まみれで根元まで入っている。
 ばちゅばちゅと濡れた音が響き渡り、熱く滾った男達の興奮した呼吸と呻き声。

 思わず後退るハルトの腕を背後から掴み、ハウゼンは、うっとりと呟いた。

『ああいうことを君としたい…… ああ、穢されて堕ちる君は、どれほど美しいだろうか。そんな君を抱きたい……』

 夢心地な顔でハルトにキスをし、ハウゼンは怯えきった最愛の眼を覗き込む。

『俺を愛しているんだよな? 出来るね?』

『……は……、はい。貴方が…… 望むなら……』

 ひゅーひゅーっと囃し立てる周りの生徒達。

『愛されてるねぇ、ハウゼンっ!』

『こんな泥沼に自ら浸かろうなんてな。普通は逃げるぞ?』

『眉目秀麗でお硬いと噂の次期公爵様を落とすとは。やるなあ、ハウゼン』

 どろりと淫靡な光景にそぐわぬ朗らかさ。

 こうして仲間達から祝福され、ハウゼンの最愛として狂乱の宴に身を投じたハルト。

 ときおり、憎悪の眼差しを浮かべるハルトの胸中を、今は誰も知らない。 
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