三枚重ねの真実 〜繰り返す後悔〜

一 千之助

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 二枚目のやり直し 

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「………またですか」

「また、だあ?」

 そこは深い森の奥深くに張られた結界内。研究に明け暮れる魔女らは、再び訪れた外界人に眼を見張る。
 結界内の時が止められているとはいえ、外界では流れている。たった十年ていどの経過で新たな外界人が来るなど前代未聞だ。

「……ハルト様からお聞きになったのですか? そんな口の軽い御仁には見えなかったのに」

「兄上? どういうこった?」

「御存知でいらしたのでは? では、どうやって、ここに?」

 頭を斜に構え、ライルはここまでの行程を吐き捨てる。
 どうしても母親や妹を救いたかった彼は、件の伝承に眼をつけ調べたのだ。ハルトの辿ったのと同じ道を通り、彼は魔女の結界の森を突き止めた。
 ライルの説明に耳を傾け、魔女は仕方なさげな嘆息をもらす。

「御兄弟ですねえ…… ハルト様も同じことを申しておられましたよ。奴隷落ちして儚くなった義母や弟妹を救いたいと。秘術の対価にも怯まず過去へ還ってゆかれました」

「兄上がっ? まさかっ! あいつは俺を殺そうと…… ……? 俺が……? 死んだって? そう言っていたのか? どういうこったっ?!」

 据えた眼差しでライルをみる魔女。

「……なにか誤解があるようてすね。間違えたまま逆行しても碌な事になりませんし。説明しましょうか」

 そして魔女はとつとつと語った。ハルトがここを訪れて過去に戻った経緯を。

「公爵家が破産し公爵は自害。負債の返済で家屋敷や領地を失い、家族を売り払われ、ハルト様自身も爵位を売るための商品として奴隷のような暮らしをなさっていたそうです」

「そんな…… 馬鹿なっ!!」

 眼を見開いて戦慄くライル。それを無視し、魔女は話を続けた。

「ハルト様は己を高く売り払い、家族の行方を探したとか。折り悪く、花街に売られた義母や妹は死んでいて、鉱山奴隷だった貴方だけが生きていた」

「鉱山奴隷………?」

 それは奇しくもライルが兄を突き落とした地獄である。

「……無惨な状態だったらしいです。鉱山奴隷といえば、荒くれ者らの巣窟。肉体的にも精神的にもボロボロになっていた貴方を引き取り、その最後を看取った。それを機に、ハルト様は何十年もかけて伝説の中の真実を見つけました。……逆行して家族を救うためにね」

 ライルの中で、ぶわりと幸せな思い出が蘇る。

 頼もしい父親と優しい母親。そんな二人よりも甘く溺愛してくれた兄。心底嬉しそうに撫でて抱き上げてくれ、自分も兄上が大好きだった。

 楽しく過ぎていた家族の肖像。

 それを木っ端微塵にしたのは……

「じゃあ、あの男の言葉は……? 兄上が俺を邪魔だと思って、葬ろうとしていると言った、あれは……?」

 ずっと幸せだっただけに、その裏返しへの憎悪は凄まじく、文字通り憎さ百倍。母や妹の亡骸がその凶暴な憎しみの焔を煽った。
 絶対に復讐してやると…… 地獄におとしてくれると誓った、あの日。

 ……待てよ?

『お前らみたいな平民が坊っちゃんに逆らうのが間違っているんだよ。公爵家は坊っちゃんのものだ。後腐れなく死んでくれや』

 奴は兄上とは言っていない。坊っちゃんと。公爵家は坊っちゃんの物と。……公爵家を継げる男子はハルトとライルしかいない。だから、坊っちゃんというのはハルトのことだと思い込んでいたが。

 己の思考を整理して、ライルの顔色がみるみる青ざめていく。

「まさか…… 俺の勘違い? 母様やマリーを殺したのは兄上でなかったのか?」

「知らないわよ。本人にでも聞いたら? 乗りかかった船だし、秘術をかけてあげても良いわ。……でも、その対価は貴方の生命よ? よろしくて?」

「生命……?」

「そう。逆行した瞬間から、生きた年数分の寿命が削られていく。最終的に三十年あるかどうかってとこね。今まで手に入れた物や築いた財産も全て失う。それでもやるの?」

「……やる。送ってくれ。俺を過去に」

「……やっぱ兄弟だわ、アンタ達。ハルト様も二つ返事で生命を対価になさったもの」

 そうか…… 似てるのか。

 ふっと自嘲めいた笑みを浮かべ、ライルは光の洪水に包まれる。それを見送り、魔女は独りごちた。

「これで二度目か…… 一度目は偶発、二度目は偶然、……三度目は必然。 ……まさかねぇ。伝説に過ぎないわ」

 例の伝説には隠された秘話がある。それを識る魔女は、世に伝えられていない秘密を脳裏に描いて、うっそりとほくそ笑んだ。





「……え? うわっ?! 俺か? 俺、ちっせぇっ?!」

 気付いた時、ライルは公爵家の玄関に立っていた。その後ろで微笑む父上と母上。母上の腕に抱かれているマリーも幼く小さい。

 ……還ってきたのか? ああ、感謝します、神よっ!

 思わず潤む眼で家族を見上げていたライルは、ふいに父親が指差す方に顔を向けた。
 そこには馬車が止まっていて、降りてきたハルトが立ち竦んでいる。しばらく動かず固まったようだった兄は、振り向くなり全速力で駆けつけライルを掻き抱いた。
 
「あああ、感謝します、神よっ!」

 泣き笑いのような顔で小さく呟くハルト。周りの家族には聞こえなかったみたいたが、抱きしめられているライルにはしっかり聞こえた。

 ……俺と同じことを。 え? どうして?

 憮然と固まる幼いライルを余所に、いきなり泣き出した長男を慰める両親。

 何が何やら分からないまま、二枚目の後悔が紡がれていく。
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