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 原点 一枚目の真実 4

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「義母様達が行方不明っ?! どういうことだっ?」

 義母の故郷に里帰りした三人。さすがに公爵家の嫡男を招ける家ではないと義母の実家側に泣かれ、仕方なく留守番していたハルトは、義母らの馬車が行方不明になったという報告に顔を凍りつかせる。

 ……何が起きてっ? 三人は無事なのかっ?!

 逆行してから十年。弟妹を溺愛し、積極的に領地経営に携わるハルトは、跡取りとして申し分なく成長した。誰もが公爵家の未来は安泰だと褒めそやす。
 しかしハルトの思惑は違った。多少のことで揺るがない領地にしようと彼は邁進したに過ぎない。いずれライルに渡す領地だ。少しでも豊かにしておこうとの老婆心。
 父親も健在だし、領地に翳りもない。
 今度こそ家族全員幸せになれると思ったのも束の間、突然の悪い報告。

 ……どうしてっ? ライル、マリー! そなたらを幸せにしたくて戻ってきたのにっ!!

 がっくり膝をつく息子を励まし、即座に捜索隊を組む父公爵。草の根を分けた必死の捜査が行われ、報告されたのは大破した馬車の残骸と、かなり下流の森で義母らの遺体が発見されたこと。
 誰か親切な人間が見つけてくれたのか、二人は布に包まれ、丁寧に埋葬されていたらしい。
 義母と妹は公爵家に戻ってきた。冷たい骸と成り果てて。そして今回もいなくなったライル。
 
 厳かな葬儀が行われ、二人の墓前に佇みながら、ハルトは己の無力さを呪う。
 いかに時を繰り返そうとも結果は変わらないのか。変えられないのか。三人は、どうしても無惨な死を迎えてしまうのか。
 ぎり……っと奥歯を噛み締め、ハルトは声もなく泣いた。
 依然としてライルの行方は知れぬまま。それでも一縷の望みをかけて、公爵とハルトは八方に手を尽くした。

 一年、二年と、なんの成果もなく過ぎゆく日々。

 憔悴する公爵親子をたたみかけるよう、領地が不穏な空気を孕み始める。届いた一報は流行り病の蔓延だ。
 多くの民が病に伏し、働き手が足りないところへ盗賊の被害も相次いだ。そのため流通が滞り、領地と交易していた品物が届かなくなる。
 漠然とした飢餓が領地に漂い、重苦しい不安が民らの焦燥心を煽った。

 ……どうして? なぜに、こんな立て続けに?

 好調だったはずの領地経営が一気に傾き、ハルトは父公爵ともども奔走する。しかし、それを嘲笑うかのごとく掌を返した商人達。
 食糧の調達にも足元を見られて暴利を吹っ掛けられ、さらには、ようやく調達した食糧にも襲いかかる盗賊達。
 護衛をつけたはずなのに彼等は消え失せ、ただただ積荷を奪われるしかないていたらく。

 ……何が起きて? どうして護衛が消えた? 誰か内通者か裏切り者でもいるのか? くそっ!

 どんな事情があろうと領地の飢餓は待ってくれない。そして、とうとう領民達が暴動を起こした。
 民を見殺しにする領主など要らないと。無能な貴族と命運を共にしたくないと。
 資金も底をつき、借財すら背負ってしまった公爵は、全ての責任は自分にある旨の遺書をしたため、夜半の月に向かい自害した。

 ……結局、こうなるのか? 家族全てを失い、きっと私は爵位を売るため誰かに買われるのだろう。

 絶望に打ちひしがれ、独り項垂れていたハルト。

 そんな彼の下に吉報が届く。

『領地に大量の支援が……っ! 民らが救われますっ!!』

『なんだと……? いったい、誰が?』

 借金まみれな我が家を支援してくれる家などあるわけがない。むしろ、幾らかでも毟り取ろうと暗躍する奴らばかりなはずだ。
 信じられない面持ちのハルトを余所に、その誰かは惜しみない支援を公爵の領地に与え、見事立て直す。

 そして、その誰かの正体が割れた。



「ライル……なのか? ああ、本当に?」

 眼の前に立つ立派な青年には、確かに七年前の弟の面影がある。やけに褪めた眼をしているが、時間を巻き戻してまで救おとした愛しい弟をハルトが見紛うわけはない。
 
 ……生きていてくれた。

 感激に言葉もないハルトを見て忌々しげに眼を眇めるライル。その憎悪に満ちた雰囲気を察し、何事かと訝しむハルト。

『……母も妹も死んだ。あんたに殺されたことは知っている。この家を得るために俺が邪魔だったんだろう? なあ? それなら俺だけを殺したら良かったのに……っ! なんでだっ! なんで母さん達まで……っ!』

 今にも泣き出しそうなほど顔を歪めて叫ぶライルに、ハルトこそが内心狼狽えた。

 ……なんの話だ? 私が殺した? そんな馬鹿な…… でも……

 ハルトは引き攣れる心を隠すため、敢えて平静を装う。
 なぜなら、彼は前世で三人を救えなかったからだ。ある意味、ライル達を見殺しにしたも同然。
 拭えぬ罪悪感がハルトから言葉を奪う。

 怒り狂ったライルに殴り倒されても、罵倒を浴びせられてもハルトは耐えた。これも前世の業だと。どうせ逆行の対価に余命幾ばくもない自分だ。これからを生きていくライルの怒りの捌け口にでもなれれば儲け物だと。
 しかし伝えなくては。領地が立て直されたのなら話が変わる。ライルに領主となってもらい、公爵家を渡さなくては。
 はあ……っと軽く息をつき、ハルトが顔を上げようとした時。我が耳を疑う言葉が聞こえた。

『今度はアンタがいなくなる番だよ。なあに、領地は俺に任せておいてくれ。アンタはさあ……? 弟に領地を横取りされて失意の果てに失踪するんだ。置き手紙くらいは書かせてやるよ。俺って優しいだろう?』

 にやにやと卑な笑みを浮かべる弟。

 ……夢か? 都合が良すぎだ。

 自ら領地を受け取ってくれるというライルを見上げ、あまりの安堵に放心状態なハルトは、弟の指示通り家臣らに手紙を書いた。
 ライルに爵位を譲るから領地を頼むと。くれぐれも助けてやってくれと、切々綴られた真摯な手紙。
 それをライルに渡して馬車に押し込まれた時も、半ば放心状態で実感が湧かない。
 そんなハルトの馬車にライルの手がかかった。激情も露わな弟の顔。懐かしさが込み上げて、ようようハルトは身体の力を抜く。

 ……領地の憂いも晴れたし、義母とマリーは残念だったがライルは救えた。……いや、ライル自身の力で生き残ってくれたのか。
 ……なんたる僥倖、なんたる福音。生きていてくれて、ありがとう。それだけで私は満足だ。逆行した甲斐があった。

『ありがとう。……領地を頼むね』

 ……自然に笑いが込み上げてきて止まらない。頬が緩みっぱなしだ。本当に嬉しい。ありがとう、ありがとう、ライル。
 ……送られる先が鉱山というのも前世の業だ。ライルの味わった苦しみを甘んじて受けよとの神の配剤。

 こうして、謎の笑みをライルの心奥深くに残し、ハルトは短い余生を終える。

 穿たれたトゲが抜けぬまま、弟が自分と同じ道を辿るとも知らずに。
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