三枚重ねの真実 〜繰り返す後悔〜

一 千之助

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 原点 一枚目の真実

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「なんで……っ! やめてっ! ライルを放せっ!!」

「兄様っ! 兄様ーっ!!」

 今のライルは知らない、ハルトの前世。

 父親が領地経営に失敗し自殺。多額の借金を抱えた公爵家に群がった債権者は、根こそぎ全てを奪っていく。嫡男であるハルトだけ親族に守られたものの、平民の母子は売られてしまった。
 泣き叫ぶ弟妹を救えず、悲しみで身悶えるハルトを嘲笑うかのように事は最悪へと転がっていく。

 義理の母や妹は花街に売られた。弟のライルは鉱山奴隷に。家屋敷や領地も売り払われ、ハルトは親族の家に引き取られた。
 血筋だけはピカ一な彼を政略に使おうという魂胆な親戚は、ハルトを飾り立てて連れ歩く。その親戚の思惑どおり、眉目秀麗で正しい血筋の彼を慕う多くの貴族令嬢達。
 家屋敷や領地を失えど、父亡きあとのハルトは公爵である。身分目的な富豪らの思惑も絡まり、彼は秋波を送ってくる御令嬢らの中から裕福な下級貴族の娘を選んで婚約した。
 莫大な結納金が親族に払われ、ハルトを養ってくれた親戚も御満悦。
 これで義理は果たしたと、ハルトは結婚した妻に頭を下げて頼み込む。
 自分には家族がいるのだ。その行方を調べて助けてくれと。恥も外聞もなく必死に頼んだ。

 ハルトの妻は快く頷いてくれる。

 夫の家族ならば自分の家族も同然だと。

 懐深い妻の優しさに感激したのも束の間、ハルトに届いた報せは義母の死と妹が遠国に売られたという事実だった。
 あれから五年たっている。元は平民だったといえ、父公爵に嫁ぎ愛された義母だ。苦界の凄絶さに耐えられず、二年も保たずに自死したらしい。
 妹も年頃で売りに出され、しばらく前に遠国の貴族に買われてしまったとか。その国は一夫多妻の国で、妾は奴隷も同然。生きている可能性は低いと専門家の説明を受け、ハルトは絶望に項垂れた。
 
「……ライル。ライルはっ?!」

 最後の希望に取りすがるハルト。しかし、報告に訪れた男性の顔が硬質さを増し、その状況が悪いことをハルトに察せさせる。

「まさか……?」

「いやっ! 生きておられます。生きておられますが………」

 口ごもる男性が語ったのは壮絶な弟の状況。

 粗末な食事に過酷な労働。しかも見目のよい少年だ。荒くれな男どもの中に放り込まれ、どのような末路を辿ったかは御察しだろう。義母同様、幼かった弟の心は、それに耐えきれなかった。

 それでも良い。生きてくれただけでと、ハルトはライルを迎えにいく。

 しかしそこに在ったのは、絶望で塗りつぶされた光景。

「……ライル?」

「………………」

 胡乱な眼差しで宙に視線を彷徨わせる少年。

 ハルトの大切な弟は、見るからに満身創痍で心も無惨に壊されていた。

「……なんで」

 ふらつく足取りのハルトがライルにすがりつき、膝を着いて平伏すようにその腰を抱きしめる。皮と骨ばかりな細い身体。

「なんでぇぇぇっ!!」

 部屋に迸る絶叫。それにも反応しない弟。

 父の死を経て家族に襲いかかった数々の不遇が、ハルトの瞳に昏い輝きを一閃させた。





「よろしいのですか? 代償は、貴方の未来ですよ?」

「承知しております。この身一つで賄えるなら容易いこと」

 ハルトの住む国には一つの伝説がある。

 黄泉がえりの物語が。

 それは妻を失った男が、妻を取り戻すために時を遡るお話。ただの御伽噺だ。誰もがそう思っていた。
 だが、伝説には常に真実も隠されている。どこまでが真実で、どこからが御伽噺なのか確かめる術はない。
 
 ハルトはこの御伽噺に執着し、何十年も調べ上げた。己の半生をかけて没頭し、結婚した妻との子供に爵位を譲ることで得た資金を湯水のごとく注ぎ込み、彼は一縷の希望を掴み取った。

 それが深い森の中に棲む魔女の一族だ。

 彼女達は俗世を捨てて生きている。探求と研究に心血を注ぎ、何度も人生を繰り返しながら。
 その方法が黄泉がえりと呼ばれる逆行なのだ。逆行を繰り返すために、彼女達は外界と隔絶した結界を森に張っていた。
 結界外で逆行を行う場合、対価が必要だと識る彼女らは、ハルトの決意に眉をしかめる。

「……生命を代償にする魔術です。私どものように結界内の時間を固定していない貴方は、黄泉がえった瞬間、残りの寿命を削られます。……三十年残るかどうか。それでもやるのですか?」

 最後の確認をする魔女に、老齢なハルトは頷いた。

「何十年でもくれてやります。私に家族を救わせてください」

 極寒に燃える昏い瞳。

 魔女はしかたなさげな嘆息を零し、結界の内から外のハルトに黄泉がえりをかけた。

 ……待っていろ、ライル。必ずお前達を助けてやるから。

 こうして時間を遡ったハルトは、父親を助けて領地経営に粉骨砕身する。
 学びに貪欲で頼もしい嫡男様。人が違ったかのような変貌ぶりが、新たな悲劇を巻き起こすことを、今のハルトは知らなかった。





「…………ここ。あっ!」

 気がついた時、ハルトは売り払われた懐かしい我が家だった。そして、はっと顔を上げ、彼は慣れた廊下を駆け抜けていく。
 ライル達の部屋はどこだったか。小さい頃は二人同じ部屋だったよなと、彼は三階に上がる階段の手すりに手をかけた。
 しかし、ふと踊り場の姿見前で立ち止まる。そして、しげしげと己の姿を確認した。
 
 ……この顔は。十歳? そのあたりだな。本当に時を遡ったのか。ならライル達はまだ屋敷にいない。

 行くべき方向を変え、ハルトは階段を駆け下りて玄関ホールに向かう。

 本宅の玄関から飛び出して彼が探したのは庭園隅の離れ。こじんまりとした瀟洒な建物は部屋数が十もない倹しい建物だ。
 公爵家がバカでかいだけであって、決して貧しい佇まいではないが、嫡男のハルトから見れば馬小屋も同然。

 ……ここにいる。愛しの家族が。

 ハルトの眼に涙が滲んだ。
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