三枚重ねの真実 〜繰り返す後悔〜

一 千之助

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 一枚目のやり直し 2

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『……母も妹も死んだ。あんたに殺されたことは知っている。この家を得るために俺が邪魔だったんだろう? なあ? それなら俺だけを殺したら良かったのに……っ! なんでだっ! なんで母さん達まで……っ!』

 しだいに荒らぐ語尾。絶叫にも近い弟の声を耳にして、兄たるハルトは微かに眼を細めた。
 まるで子供の癇癪を見守るような態度のハルトに神経を逆撫でられ、ライルはくわっと眼を剥き、拳を握り締める。
 それは真っ直ぐに突き出され、兄を壁までふっ飛ばした。

『……がっ! ………っ!』

 大きな音をたてて壁にぶつかり、ハルトが低く呻きながらずるずる崩折れる。そんな兄にツカツカと詰めより、ライルの口角が不均等に上がった。

『今度はアンタがいなくなる番だよ。なあに、領地は俺に任せておいてくれ。アンタはさあ……? 弟に領地を奪われて失意の果てに失踪するんだ。置き手紙くらいは書かせてやるよ。俺って優しいだろう?』

『………………』

 崩折れたまま見上げるハルトの唇から一筋の線が引かれ、床に滴った。ポツリポツリと描かれる血花を無言で見つめ、ライルは従者にハルトを連れて行かせる。
 家臣をまとめるため、ライルに家督を譲ると素直に手紙を書き、ハルトは僅かな荷物と共に質素な馬車へ詰め込まれた。 

『逃げようとしても無駄だからな? 少しでも領地の足しになるように、しっかり鉱山で稼いでくれよな』

 鉱山といえば極悪な労働環境の代名詞。働く者の殆どが奴隷だ。普通の人間では務まらず、数日で逃げだしてしまう。ゆえに逃げられない奴隷らを使って仕事をさせる。
 そんな冷酷な話を聞いてもハルトは眉一つ動かさなかった。達観するかのように穏やかな兄が鼻につき、ライルは獰猛な顔で馬車の窓に手をかける。
 その彼が口をひらくより早く、ハルトが微笑んだ。
 まるで花が綻ぶごとく優美な微笑。
 思わず毒気を抜かれ、唖然とする弟をじっと見返し、彼は薄い唇に弧を描いた。

『……ありがとう。領地を頼むね』

 それが合図だったかのように馬車が走り出す。

 遠ざかる馬車を見えなくなるまで見送りつつ、ライルは兄の呟いた言葉がずっと脳裏に谺していた。





『……死んだか。まあ、保った方だな』

 あの別れから七年。

 ハルトの訃報がライルに届く。

 容赦無い重労働で酷使され、徐々に衰弱しているとの報告は受けていた。食も細く、荒くれ者揃いな鉱山奴隷らの捌け口にされているとの話も。
 
 ……ざまあみろだ。苦しみ抜いて死にやがれ。

 届く報告が惨ければ惨いほど、ライルは腹の底から嬉しくなる。兄を苦しめているだろう無骨な奴隷どもを褒めてやりたいくらいだ。
 倒錯めいた愉悦に心の奥底を撫でられ、ふと彼は穿たれた小さなトゲに触れてしまった。
 どんなに振り払おうとしても振り払えない疑問。地獄へ陥れた自分に向けられた兄の微笑。ありがとうと呟いて微笑ったハルト。
 解せぬ思いが心に蟠り、兄の訃報を聞いたライルは、死に顔を見に行くのでと埋葬を遅らせた。

 そして対面した彼は顔を凍りつかせる。

 小さな部屋には冷たくなったハルトが横たわり、その死に顔は満足そうな笑みを浮かべていたのだ。

 ……なんで?

 ……骨までしゃぶり尽くす過酷な労働や、粗末な食事。あまつさえ奴隷達の慰み者にされて、なぜ笑える? なんで? なあっ?!

 胸元まで迫り上がる疑問と憤怒。

 さぞ打ちひしがれて苦悶に喘いで死んだに違いないと期待したライルは、信じられない面持ちで限界まで眼を見開いた。

「………嘘だろ? なあっ、なんで笑って死ねるんだよっ! おいっ!!」

 ライルの叫びはハルトに届かない。

 後に彼は知る。なぜに兄が笑って死んでいったのか。

 元凶が十七年前にあったことを。
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