三枚重ねの真実 〜繰り返す後悔〜

一 千之助

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 一枚目のやり直し

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「………嘘だろ? なあ、なんで笑って死ねるんだよ、おいっ!!」

 ライルは切羽詰まった形相で足元の人間を見た。

 淡い金髪を一つ結きにし、閉じたまぶたの下には翡翠色の瞳。自分の栗色とは違う、如何にも貴族然とした青年。

 碌に食事も与えられず過酷な重労働を強いられる劣悪な環境。鉱山奴隷は筆舌に尽くしがたい苦役だ。そこへライルは兄を陥れた。
 領地経営が上手くいかず、金策に喘いでいた兄。詳細を調べたライルは、架空の会社に借金をさせ兄の身柄を拘束する。
 架空の会社といえど金子は本物だ。ライルが出資し、領地経営を請け負い、父の領地を見事立て直した。
 そして領民の信頼を勝ち得たあと、ライルは声高に叫んだのだ。

『父の領地が廃れていくのを見過ごせなかっただけですよ。私は……… 死んだことにされていた次男、ライルです』

 一瞬の驚愕の後に巻き起こった怒涛の歓声。戻ってきた領主の息子は、雪崩のような歓呼で迎えられた。

 絶句して言葉もない兄を余所に。



『ライルなのか………? ああ、本当に?』 

 父親だけとはいえ血を分けた兄弟。なのに二人の間には、地味に冷たい空気が漂っている。

『俺が生きていて残念でしたね? ……あの事故で母や妹は死にましたよ。満足ですか?』

 十年前にライル母子を襲った事故。馬車が崖から落ちて大破し、深く広い河に流されたライル母子は、はるか下方の森まで流された。
 満身創痍で起き上がった少年が目にしたモノは母親の亡骸。
 妹と自分をしっかり抱きしめ、冷たい骸と化した母の腕の中で、妹も冷たく成り果てていた。

『……僕、だ……っ、け……っ?』

 うわああぁぁっ!! とか細い慟哭が昏い森を駆け巡る。涙の飛沫を飛び散らせて泣き叫ぶソレを耳にし、森の中から誰かが現れた。
 がっしりした体躯にマントの男。旅慣れた様子の男性は荷物を肩にかけたまま、眼を丸くしている。

『子供……? これは…… 母親か? 何があったんだ?』

 野太いが温かな声音。

 何があったかと問われ、ライルの脳裏に馬車を襲った男達の声が蘇る。
 複数の馬に追われ、死物狂いで走る馬車。それに飛びついた男が下卑た嗤いとともに吐き捨てた言葉。

『お前らみたいな平民が坊っちゃんに逆らうのが間違っているんだよ。公爵家は坊っちゃんのものだ。後腐れなく死んでくれや』

 坊っちゃん? 兄様のことか?

 公爵家の息子は二人しかいない。つまり、これは兄のさしがね。
 
 それ以外は覚えておらず、追い立てられた馬車は崖から馬や御者ごと突き落とされた。記憶はそこでぷつりと途切れている。



『……に、兄様がっ! 邪魔……っ、だって、僕ら……をっ?! うえっ? ううぅぅっ………っ』

『…………わかった。とりあえず俺と来い。この国を出よう』

 男性は酷く狼狽えながらライルを連れて森を出た。
 少年の辿々しい説明で、その兄とやらがライルを探している可能性を考えたのだろう。見つかったら、きっと殺される。
 川辺の大きな木の根元にライルの家族を埋めて弔い、二人は急き立てられるように国境へと急いだ。

 小さな子供だったライルを守り、育ててくれた男性。名前をガイルと言い、二人はよく親子に間違われた。

『名前も似てるし、これも何かの縁だな』

 にかっと破顔する彼に導かれ、ライルは成長し力をつける。

 そして母や妹の復讐を果たすため、彼は兄を陥れ、領地を横取りしたのだ。無能者扱いされていた兄だが、実際は領地が傾くようライルが罠を仕掛けていた。元々ここの領主の息子である。領地の弱いところをなど長く家庭教師に学んでいた。
 兄が万策尽きて困り果てるくらい緻密に仕組まれた罠。
 それは面白いほど上手くゆき、無能な領主像を作り上げ、颯爽と現れた次男が領地を救う、王道の御伽噺。
 民が熱狂するのも当然だ。そのようにライルが監修したのだから。

 ……さあ、フィナーレだよ。兄さん。

 驚愕とも驚嘆とも取れない兄の顔。

 成長した弟に言葉もなく、二人は、ただお互いを見つめ合う。

 先に口を開いたのはライルだった。
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