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襲い来る混乱 2
しおりを挟む「…………………………」
自分の腕の中で眠る最愛をニヤけた顔で見つめ、そうっと手を解いたカイルは、寝間着にポンチョをはおって廊下の窓から外に出る。
左右の棟は母屋のリビングを通らねば外に出られないからだ。母屋を通れば誰かしらに気づかれる恐れがあった。
外に出たカイルの前には三人の人外。
《……行くぞ?》
……応。
彼らが指を閃かせると、それぞれ風に巻かれ、ひゅるんと姿を掻き消した。
「……おごっ! ……………」
拠点から半日かかる街。通称国境の街に不似合いな男達。豪奢な衣装に身を包み、真夜中に集まっていた彼らを、人外三人が無言で屠る。
頭を潰され、首を刎ねられ、尽く床に付した犠牲者達。それをカイルは褪めた眼差しで見つめた。
《……これだな》
無惨な屍と化した男どもから煙のように立ち上る何か。それは下卑た笑みを浮かべる教会関係者らが談合する光景を映し出す。
『《珠玉》とは、こんなに稀有な力を持つスキルだったのですねぇ』
『無属性の魔石とか。これは教会が管理して分配すべきモノでしょう』
『さなり、さなり。早急に本人を招喚するか、教会に帰属させるべきですな。……抵抗するようなら力尽くにでも』
月に金貨三十枚にもなるトムの魔石。その希少価値を知った権力者どもが動き出したのだ。
煙から記憶を読み取り、カイルの顔が獰猛に歪む。
さらには、その魔石が集まって出来上がる大きな魔石に興味の尽きない各学術ギルド。
『三年分で、両手に抱えるような大きさの魔石になったそうだ。惜しくも競り負けてしまったが……』
『王宮には勝てないよ。でも…… 本人に頼んで、また同じ様な魔石を作らせることは可能だろう?』
『あれを何に使ったんだろうな。なんの音沙汰も無い。少しでも情報が欲しいな』
月に僅かしか出回らぬ無属性の魔石。それも競売で競られて、中々手に入らない今の状況に焦れ、直接交渉するため、本人と接触したい魔術師関係。
冒険者ギルドは、以前トムから預かった大きな魔石を競りにかけた。その結果、国王が魔石を競り落としたが、実りのダンジョンと引き換えで人外らに奪われたことまでは知らないようだ。
冒険者ギルドが黙秘を貫いているため、《珠玉》のスキルを持つ者の素性は一般に知られていない。しかし洗礼を施した教会は知っている。
それを独占しようと沈黙している教会だが、人の口に戸は立てられない。どこからか漏れた情報を頼りに、色々な所から交渉人の皮を被った工作員がやってくるようになった。
苦々しげな顔を隠さず、血の海に沈めた骸を踏みつける人外ら。
《我が子の半身に邪な企みをはかろうとは…… 生かしておく価値はない》
《そのとおりです。お前、半身の番になるのだから、ちゃんと知っておくのですよ?》
《こうして集めた情報を有効に使え。今のところ水際で食い止めているが、いつ出し抜かれるか分かったものではない》
凄惨な殺害現場を目撃しても眉一つ動かさず、カイルは真摯な眼差しで頷いた。
……ああ、ありがたいよ。俺が手を汚すまでもなく片付けてくれて。トムに近寄る不埒者は全て俺が始末する。
無理やり虐殺現場を連れ回され、最初は酷く驚いたカイルだが、その記憶を読み取ってからというもの、彼は言い知れぬ怒りに打ち震えた。トムを利用しようと様々な所が動いていることに。
その現実は、簡単にカイルから世の倫理感を捨てさせる。こうして問答無用でブチ殺される様を見ても何も思わない。
彼らにだって家族がおろう。やむにやまれぬ事情があったかもしれない。上の命令に逆らえず、致し方なしにやってきた可能性もある。
……だが、それがなんだ?
カイルが残忍に眼を眇めた。
どんな経緯があろうと、それは彼の最愛を害する理由にならない。如何なる綺麗事を並べようと慈悲を請われようと、トムに仇なす者を許す気など欠片もない。
まだ、本能の暴走でトムに不埒を働いた人外達の方がマシだ。少なくとも三人には切実な理由があったうえ、害意は全くない。むしろ今では、トムのためにアレコレと裏で暗躍してくれていた。
この三人が工作員らを潰しておらねば、今頃トムの拠点に大事が起きていただろう。
《今のところ、教会関係者と学術系ギルドの関係者のみだな。あとは、冒険者の中に少し不穏な動きがある》
……不穏?
《副マスとやらが止めているが、トムをポーターにして大々的なダンジョン攻略をしたいようだ。基本的に個人を尊重するギルドとしては異例だな。それを押してでも深くまで探索したいと、ギルマスが強権を発動しようとしています》
……ちくしょう。俺達を、そっとしておいてくれよ。
《同感だ。もうじき、我が子も生まれる。いよいよとなったらダンジョンに逃げ込め。最下層に匿ってやろう》
完全に利害の一致している人外らとカイル。
こうして情報や揉め事を共有し、人外に感化された始めたカイルは変わってきた。
「あ? お前、殺されてぇのか、テオ。トムに触んな」
「凶暴だねっ? トム、こんな野蛮な夫は苦労するよ?」
すっかり拠点に馴染んだテオは、職人用の寮が建つまで母屋の客間を陣取っている。元々同じ村の住人だ。気安くトムを撫でたり抱きしめたりもする。
その全てが忌々しく、カイルは無意識に腰のナイフへ手を伸ばした。
……ホントに、いつか始末してやるからな? お前。
ダンジョンに事故はつきものだ。実りのダンジョンといえど、深層は危険地帯。
にっと酷薄な光を浮かべたカイルの昏い笑みにも気づかず、トムはベタベタ触ってくるテオを両手で押しのけていた。
「んもーっ! 僕にはカイルがいるのっ! カイルが良いのっ! 君はお呼びじゃないよ、テオっ!」
ぷんっと膨れる最愛のいじらしさ。
それが、昏い淵に堕ちそうになるカイルを幾度となく救う。真っ向からテオを拒絶するトムの姿に感動し、カイルは頬をニヤけさせた。
……俺が良いって。うああぁぁっ! 俺もだよぅぅぅ! トム、最高っ!
一人、心の中でだけジタバタする思春期様。
「可愛いなあ、トムぅぅっ! 大丈夫、私はいつまでも待つからぁーっ!」
「何が大丈夫っ?! うわわっ、触んなぁぁーっ」
ぎゅーっとトムを後ろから抱きしめて、持ち上げるように頬ずりするテオを見て、カイルのこめかみにピキキっと見事な青筋が走った。
「何してやがるか、お前ぇぇーっ! そこになおりやがれぇぇーっ!!」
「ぎゃーっ! カイルの御乱心んんーっっ!」
しゃっとナイフを引き出したカイルに追い回されて叫びまくるテオ。もはや、この拠点の名物と化している日常的な風景。
しかし、そこに漂う微かな本気。
あわよくば事故を装おうと、ほくそ笑むカイルの口角が上がる。しかし、それを聡く察知するトムが暢気な声をかけた。
「カイルぅ~っ? 僕より、テオなのぉぉ~? これ手伝ってよぉ」
それを耳にした途端、ぐるんっとカイルは方向転換。
「んなわけないじゃん? どうした? トム」
ひよひよと足取りも軽く最愛に向かう拗らせ様。それに呆れ混じりな笑みを向け、トムは心の中で一人ごちる。
……全く、世話のかかる奴だなぁ。
最近、頻繁にカイルから漂う危険な香り。
その変貌がなぜなのか分からず、トムは取り敢えず甘えてみた。自分の側に居る時のカイルは、前と変わらず、はにかみ屋な恋人に戻るからだ。
近頃のカイルはやけにピリピリして見える。それはダレス達も感じているようだった。
……俺が護るよ? な?
慈愛の眼差しに、ほんのりと滲んだ狂気の片鱗。
最愛の恋人に迫る悪意が、カイルを変えていく。
《良い面構えになったな》
《連れて行った甲斐がありましたね。番になりたいなら力は必要です》
《現実はいつだって理不尽だ。それに抗うのに慈悲は無用》
にたりと嗤う人外達。
最強の守護者らに見守られ、トムは十二歳の誕生を迎えた。
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