珠玉の欠片 〜塵も積もれば山となる〜

一 千之助

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 ここは異世界 9

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「トム、これは?」

「バナナ。……すごいな、バナナってこんな風に実るんだ?」

「名前は知ってるのに実り方は知らないのか? 変な奴」

 木に登ったカイルがナイフで根本を削り、紐で支えておいたバナナの房をゆっくりと下におろす。それを受け取ったトムは、自分の身体ほどに大きく、幾つもの房が連なるバナナの塊に感動していた。

 ……地球のは十本くらいの房だったけど。異世界だからかな? それとも地球でもこんな風に実っていたのかな?

 地球でも同じとは知らないトム。

 多少の黄色味はあるが、全体的に緑なバナナ。まだまだ固く、香りも青臭い。

「これは、放っておくと黄色くなるんだ。さらに放っておくと茶色くなって、茶色い方が甘いな」

「へえ…… すごい」

 ここは、通称『実りのダンジョン』第一層。拓けた巨大なドーム空間に多くの果樹が生えていた。

 天井や周囲は岩壁で、地面に近づくにつれ苔むし、絡んだ蔦が生い茂っている。大人の背丈より遥かに大きな木々に、トムの見知った果実や木の実が鈴なりで揺れていた。
 流れる小川が植生を割るように流れ、中央に位置する深い森に、このバナナの木が何本も生えている。
 見渡す限り一面の濃い緑。見かける魔物も角兎や針鼠など小さな物ばかりで、ダンジョン初心者なトムは胸を撫で下ろした。

 ……それにしても広いなあ。うちの村より広そうだ。地下なのに明るいし、この光はどこから来てるんだろう? まるで、前にネットで見た大きな温室みたい。

 湿った空気に穏やかな風。行ったことはないが、きっとあのネットの温室の中もこんな感じなのだろうと、トムは無意識な懐かしさを抱く。

「こんだけあれば三層まで保つな。今回は長丁場だから、現地調達で食料を集めるぞ」

「トム達の練習にもなるし、頑張って採取しろよ」

 がしがしとカイルやトムの頭を掻き回すダレス一行。
 今回彼らは、カイルの頼みで例のダンジョンを訪れた。トムの熱烈な希望と、カイルがトムを楽しませてやりたいと懇願してきたからだ。

 十日ほどかけてゆっくり回るつもりで、装備もしっかり用意している。
 体験組の二人も、それぞれ個人装備。食事や野営その他、このダンジョンの探索を色々教わる予定だ。

「いつもコレを採取してから行くんだよ。コレ食べてると体調も良い。滋養があるんだと思う」

 ……バナナは栄養が豊富だって、お母さんが言ってたっけ。やっぱり、そうなのかも。

 漠然とだがダレスらも気づいているっぽい。身体は正直だ。何より、この世界の人間の知らない果実。その効果は、食べ慣れている人々よりもハッキリと感じることだろう。
 同じ薬でも、薬慣れしていない人の方が慣れている人より効き目が高い。それと同じだ。

 バナナは日持ちするので、ダレス達はダンジョンでの携帯食にしているらしい。ここで刈り取り、引きずりながら先に進むのだとか。
 青いうちは引きずっても平気だし、最初は焼いて食べる。焼くと甘みが増すのだという。
 
「皮ごと火に焚べれば勝手に焼けるし、楽な食べ物だよ」

 そういうと、ショーンが折り取ったバナナを人数分焚き火に投げ込んだ。やることなすこと初めてばかりで、カイルやトムは眼を輝かせる。

 ダレス達の探索についてきた初心者二人。

 カイルが兵士見習いの試験に受かり、来月から領都に滞在するようなるため、最後の一月をトムと楽しみたいとダメ元でダレスに頼み込んだのが発端だ。
 村の連中と一緒だとカイルは落ち着けない。ちょっと眼をはなせばトムにちょっかいをかける輩ばかり。おちおち探索や狩りも出来やしない。
 カイルの悋気に囲われたトムは、彼が駄目だといえば素直に従った。

 近いとはいえ、村から半日かかる距離である。子供二人では親が許さないし、村の若者が一緒ではカイルが許さない。その結果、トムは一度もダンジョンに潜ったことがないのだ。

 おかげで、トムの渇望は募るばかり。

 ……イチゴ、桃、バナナ、他にも色々、食べたいモノが眠る宝箱。ううう、行きたいぃぃーっ!!

 なのでトムも積極的だった。自分は将来冒険者になる予定だと話し、ダンジョンを体験したいと切実な顔で語る。それを聞いたダレスはもちろん、カイルまでがギョっと眼を剥いた。

「ちょっ、まっ! お前っ! 初耳だぞ、それっ!」

 食ってかかるカイルを三白眼で見据え、トムも負けずに言い返す。

「カイルに言ったらそうやって止めると思って言わなかったのっ! まったく」

 歳を経るにつれ、カイルの束縛は高まっていた。生まれた時からの幼馴染み。赤ん坊の頃はその背中におぶわれて眠っていたこともあるトムである。
 そんな少年は、兄弟同然のカイルに束縛されていても気づかない。心配性だなあ、とか、甘やかされてるなあ、とか、明後日な方向に考えていた。
 おかげで一人ヤキモキしなくてはならないカイルは、たまったものでない。
 
「俺、結婚するつもりなんだからなっ? 分かってるか、トムっ?」

「分かってるよ? 嫁にしたいんでしょ?」

 さらっと答えるトムから、そういった色めいた雰囲気を全く感じないカイルは、肯定されているのに、なぜか憤る。

 ……本当に分かってんのかぁぁぁーーーっ?!

 うがーーーっと頭を掻きむしって、わちゃわちゃするカイルを、トムは無感動な眼で眺めるだけ。
 それを黙って見つめていたダレス達は、哀れなモノを見る視線でカイルを見つめた。

「……なんつーか。力一杯空回り?」

 さすがのショーンもカイルの状況に同情したらしい。

「うーん……? ……というか。すでに熟年夫婦?」

 はいはいと軽く流すトムの態度は、まるで何十年も連れ添った夫婦のソレにダレスは見えた。

「ときめきなしで、それは…… まだ若いのに」

「無知なだけだよ。ああいうのに限って、いざとなったら可愛い反応するんだ。ねぇ? サマンサ?」

 レナが潤み悩ましい視線を恋人に流す。すると、その意を察したサマンサが、もうっ! と、頬を膨らませてレナの背中を叩いた。

「サマンサも、そういう口だったのか」

「知らないってのは強いからね。こっちの誘いを不発に終わらせる天才で、私も泣かされたものだよ」

 胡乱な眼差しを宙に馳せるレナ。

 心の中でだけでお疲れ様と呟き、ダレスは、未だに喧々囂々な子供二人を見た。



「だいたいなあっ? 俺は反対だからな、冒険者になるなんてっ! お前が十二歳になる頃には、俺が養えるよう頑張るからっ! 働こうなんて思うなっ!」

 この異世界アトロスでは、子供は十二歳で働きに出る。今はお小遣い稼ぎ程度に畑仕事を手伝うトムだが、いずれ職を決めなくてはならない。
 ダレスらは別として、冒険者など荒くれ者の代名詞だ。そんな野獣の群れに愛するトムを投げ込みたくないカイル。
 百歩譲って、今まで通りに畑仕事を手伝うくらいは良い。許そう。だが冒険者など論外だ。
 そう、ぎゃーぎゃーわめくカイルの頭をバチコーンっと引っ叩き、トムは物理的に黙らせる。

「だから聞けってのっ!! 僕だって荒事をやる気はないってっ!」

 トムは己の非力さを知っていた。それを鍛えようとも思わない。人には向き不向きがあるのだとダレスは言った。トムもそう思う。なので無駄な努力はしない。
 トムがなりたいのは、このダンジョン専門の冒険者だ。

 まだ構想でしかないそれを、トムはカイルやダレス達に語った。
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