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国王との遭遇
しおりを挟む「これ、無体をしてはならんっ! チイの子供はか弱いのだ」
「でも……っ、すごく可愛らしくて、ほら、おいで?」
「まあーまぁぁっ! にゃあぁぁーっ!」
泣いて母親を求める小さな子供。
それに苦笑し、千里は我が子を抱き上げる。
そこには、獣人とも人間とも違う不可思議な生き物がいた。人間に獣耳や尻尾のついたような可愛い生き物が。
手足も人間系の物に獣の体毛や爪がついた感じで、肘のあたりまでは滑らかな体毛におおわれている。
……地球でいう、物語の獣人そのものね。こちらでは獣人は完全な二足歩行の動物型だけど、この子達みたいのは何て呼んだら良いのかしら?
通常、渡り人と睦んでも、生まれてくるのは獣人ばかり。人間が生まれたことはないらしい。
これには教会も驚いていた。
「本当に…… 可愛らしい子供だな。私の嫁にならぬか?」
そっと手を伸ばす王太子。それを小さな手でペチペチと叩き、千里の腕の中の子供は、ふしゃーっと威嚇する。
その、毛を逆立てた様子がさらに可愛く、周りの大人達は、うっとり和んだ。
子供達は三歳になったばかり。後に三つ子も生まれ、千里の家は子供らの声で賑やかである。
……ほんと。まさか五人もの子供に恵まれるとはねぇ…… しかも……
千里は現在妊娠中。
王家の手も借り、彼女の出産や育児は格段に楽になった。王家としても、千里の子供は何人でも欲しいため協力を惜しまない。
そのかわり、たまにこうして交流を持たせて欲しいと、王族が勢揃いするお茶会などに招かれる。
王太子でなくても良い。どこか良い貴族家に千里の子供を迎え入れたいと、必死にあの手この手で頑張る王家。
初めて見た人間に驚き、さらに人間でも獣人でもない可愛い子供らに驚き、王家の人々は大興奮。
ぜひとも我が家の嫁にと、あらゆる利権を差し出してきた。
「それは成長したこの子達が決めることです。私は子供の自由意志を尊重します」
「そんな…… 子供の縁談は親の決めることでは?」
「そうです…… 平民でもあるまいし……」
ちらっ、ちらっと国王に向けられる貴族達の視線。助けを求められていると分かっても、国王は何も物申せない。
千里の激に触れたら大変だからだ。彼女が、夫たる獣人のストッパーになりえることを、国王は司教から報告されていた。
『あの獣人が…… 正気に返ったのですよ? 獣性に流されず、我が子を我が子として慈しめるのですっ! これはもう、奇跡としか言いようがございませんっ!!』
雌を前にして昂らぬ獣人はいない。それが我が子となれば、執着も半端ない。
この獣性は王侯貴族でも変わらず、一時預かりで教会に保管される王侯貴族らの卵から女児が生まれた場合、すぐに教会が保護する。
親に渡さず長く修道院で育て、月の物が来てから例のチャームを着けさせ、家族の元に返すのだ。
でないと雌の匂いに狂った家族が、子供に性的虐待を行ってしまうから。ここでもまた、歪なオウチの家族関係。
王侯貴族は後継ぎや政略などもあり、平民らのように子供を奪うということが出来ない。そのための苦肉の策である。
なのに、我が子を側に置いておける千里達家族は異常だった。いや、当たり前なはずのソレが、オウチという歪んだ世界では異常に映るのだ。
その要は千里という渡り人。
心地好い変革の波を感じ、国王はゆうるりと微笑む。
今、こうしている間にも獣人は、酷く脆くて柔らかな人間に驚き、怯え、恐々と子供たちに触れていた。
ちょっとしたことで簡単に傷つく人間。それを学びながら壊れ物のような生き物に感動し、その愛らしさに眼を眇める。
そんなこんなで認識の変わった王侯貴族を中心に、弱きものを庇護する意識も高まっていった。
まず、箱孔嬢などの理不尽な職種が廃止され、性的なモラルが全体的に見直される。いたすのは妻のみと法も整備。元々、肉食獣が苦手だった繊細な軽作業や接客などを、デセール王国では、兄弟を持てなかった草食系や雑食系に仕事として回してみた。
「おう、お前、草食か。気をつけろよ?」
ちゃりっと代金を払いつつ、羊獣人の頭を撫でる客。
もちろん、そんな質の良い獣人ばかりではない。中には接客が草食系なことを侮り、無理難題を吹っかけようとする善からぬ者もいた。
「これ、高すぎだろう? もう少しまけてくれよ。な?」
宝飾店で、首輪を造りにきたというハイエナの獣人が、オウム系の獣人を脅すように牙を剥く。……が、背後に現れた梟や鷲の獣人に威嚇されて押し黙った。
「御客様。うちの授業員を脅すような真似はおやめ下さいませ。せっかくの首輪でございましょう? 奥方のためにも気持ち良く御購入ください」
人好きする笑顔で、にっこり微笑む炯眼。しかし、その奥に揺らぐ、猛禽類独特の昏い光まで隠せはしない。
多勢に無勢。ハイエナの獣人は気まずそうな顔で首輪を購入し、そそくさと店を後にした。
その番だというツチブタの獣人が申しわけなさげにペコペコする。それにオウムの獣人が優しく微笑み、ありがとうございましたと頭を下げ見送っていた。
愛らしいやり取りに、ついつい眦の緩む猛禽類達。
……眼福ですね。草食や雑食系の可愛らしさは、店の良い華となります。
規律と品位をモットーに仕事していた猛禽系達は、柔らかな和みを加えてくれる雑食や草食系らの社会進出を大いに喜んだ。
各地で似たような事象が相次ぎ、雑食や草食系の権利が復権されていく。
「僕たちにもお仕事が回されるようになったと聞きました。働いても良いですか?」
「駄目だよ? アントン。君は私達の番なのだから。働く必要はないし、君がお仕事をする分、他の獣人が働けなくなってしまうだろう? 兄弟を持てなかった獣人の職を奪ってはいけないよ?」
「……ああ。そうですね。考えが足りませんでした。ごめんなさい」
素直に頷く兎獣人を抱き上げ、安堵に胸を撫で下ろす熊兄弟。
……変な風潮が出来たものだ。雑食や草食の社会進出などと。……うちの可愛い妻にまで影響を及ぼしているではないかっ!
最愛は閉じ込めて愛でまくるという、本能爆裂な獣人らには認め難い現実。そういった古臭い男どもにとって忌々しい今の風潮だが、それは、圧倒的支持を掲げる王侯貴族らにより黙殺された。
千里や、その子供達が住み良い国にする。
たったそれだけのために、国全体が動き出したのだ。
……良いことだよね? うん。
欲望に忠実過ぎる獣人らに、千里は一人、乾いた笑みを浮かべた。
「チャミー、父ちゃんのお膝においで?」
「うんっ!」
とことこと駆け寄る黒狐の女の子。
「リリア、お前もこちらに。お母さんは大きなお腹で大変だからな」
「はあーい」
ふわふわな飴色の髪を靡かせて歩く狼の女の子。
双方、父親に抱かれて満足そうだ。
微笑ましい父娘の姿に、千里は眼を細める。
世はこともなし。……なはずなのだが。
ちらりと彷徨わせた視線の先で仁王立ちするのは、騎士団の面々。王宮から派遣された千里母娘の護衛だ。その数、十二人。
彼らは交代で、千里の家周りを警備している。
『君は不用心すぎるからな。渡り人を周知する以上、護衛は必須だ』
大袈裟すぎる気もするが、そういうものかと己を納得させ、同じく王宮から派遣された侍女らに御世話される千里。身重で動きづらい今は、非常にありがたい。
「おーう、千里? 大丈夫か? 抱いて運ぼうか?」
三つ子を子守していたヒューが、心配げに腰を浮かせた。産まれて一年くらいは獣そのものな子供達。揺り籠の中で、みーみーと鳴く三重奏が可愛らしい。
この子達にも専属の乳母がつけられ、千里の子育ては格段に楽になった。
……王家の意向に従うのは癪だけどね。まあ、助かるっちゃあ助かるし、素直に受け取っておこう。
獣人三兄弟の性欲はとどまることを知らない。授乳期間の千里を孕ませるくらい、彼等の精子は強靭だった。
そんな幸せな光景に微笑む千里のせいで、オウチの世界が変わる。
まだ、デセール王国に端を発したに過ぎないが、それでも、嘆き足掻いていた神の涙が乾くくらい、確実な一歩が記された今である。
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