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 首輪との遭遇

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「まずは新居か」

「だな。俺らの村はヤバい」

「せっかくだし、治安と環境の良い処を選ぼうよ」

 国境を抜けて辺境伯領の街に着いたキャラバンは、そこで解散となった。元々、仕事の依頼を受け、集まっただけの商人達だったらしく、それぞれ自分の地元に帰っていく。
 誰もがチラチラと千里を盗み見ていたが、キャラバンのリーダーだったラウルに威嚇され、蹴散らされた。
 そうして街に出た三人手招きされ、千里は素直についていく。



「まずは首輪だな。印をつけておかないと落ち着けない」

「首輪?」

 唸るようなラウルを見上げながら、呑気に呟く千里。それに小さな笑いをもらし、ショーンが自分のペンダントを摘みあげる。

「こういうのさ。誰かの妻の印。大抵、目立つ装飾品を首につけるから、通称首輪って呼ばれてるんだ」

 ショーンの首に下げられたペンダントは短く、太い鎖型の喉元すぐに大きな宝石を二つ下げていた。言われたら首輪にみえなくもないが、一見して小洒落たアクセサリーだ。
 下がっているのは豪奢な縁取りのある透き通った宝石。緑と焦げ茶なそれには、魔法も付与してあるらしい。

「防護と転移がかかっている。万一が起きた時、即、安全地帯へ避難出来る仕様だ」

「へぇぇ……」

 千里は物珍しげにショーンのペンダントを見つめる。

 異世界だなあ…… そういう便利物は助かるよねぇ。

 特に千里のようにひ弱な人間には。

 得心げに頷く彼女を連れ、三人は宝飾店を訪れた。地球の宝飾店とはかなり違いのあるお店に、千里は再び物珍しげな眼を向ける。
 まず、店構えが堅牢だった。地球でいえば昔の銀行のように、石材中心で重厚な構え。入口らしき辺りには頑健な獣人が立っている。それは入口だけでなく、建物の周囲を等間隔で並んでいた。
 ラウル達に聞けば、宝飾品の殆どは魔法が付与されており、モノによっては破格なお値段らしく、腕の良い宝飾職人は下手な王侯貴族らより資産も権力もあるとか。
 ゆえの厳重さ。商品だけでなく、店の主こそが守るべき対象。宝石はどこにでもあるが、手練れな職人は滅多にいない。拐って監禁し、無理やり付与をさせるなどという悪辣な輩は履いて捨てるほどいるのだとか。

 ……世界が変わっても、そういうのはなくならないのねぇ。

 同じ知的生命体の築く文明だ。似通った部分は、善しにつけ悪しきにつけ存在するのだろう。

 はあ……っと嘆息する千里の背にそっと手を添え、ヒューが開けた扉に招くショーン。背後に立つラウルが周囲を警戒しながら、四人は宝飾店に入っていった。

 そこで初めて、千里はここが宝飾店なのだと理解する。


 透明な硝子のはまったショーウィンドウに並ぶ光の洪水。ルースからカット済な宝石が所狭しと並び、中央のケースに溢れる完成済の宝飾品。
 チェーンや革やリボンが滝のように垂れ下がる壁も圧巻だ。それぞれ巻かれた状態の物を棒に通して横並びにしてある。ずらっと並んだ色とりどりなリボンに、千里の眼が吸い寄せられた。

「何か気に入ったのか?」

 ふわふわ揺れるリボンに手を伸ばした千里を見て、ラウルが後ろから声をかける。
 ベルベットのように滑らかで重厚なリボン。こういったシンプルな物が、地球でも千里は好きだった。

「リボンが宜しいなら、チョーカーをお勧めいたしますよ? 内に合金のメッシュを入れてチャームと一体化させましょう」

 首輪を作りに来たのだと説明を受けた店員が、人好きする笑みで千里に近寄ってくる。その言葉を聞き、少し不思議そうに彼女は店員を見つめた。

 リボン、チョーカー、チャーム。そのどれもが地球と同じような意味に聞こえる。実際、示された物を見れば地球とほぼ同じだ。
 異世界なのになぁ…… と、疑問符全開な彼女は知らない。
 この世界の言葉が理解出来ていること事態が異常なのだと。それは神から贈られた翻訳機能。
 千里の知る知識と照らし合わせて、彼女が理解しやすい変換がされている。だから、例えばオウチでは違う表現であっても、彼女の耳には地球の言葉に翻訳して聞こえるのだ。
 そして千里の口から発せられる言葉も、オウチの物に翻訳されてラウルらの耳に入る。
 無意識の異世界不思議現象。それに気づく者は誰もいなかった。……今現在は。

 そんなことを知りもせず、獣人三人は宝石を吟味し、付与を頼んでいた。

「防護と転移は必須だよな。あと一つは、どうする?」
 
「順当にいけば治癒だろう?」

「うーん…… 浄化も捨てがたくね? いくらでもチイを舐めまわせるし?」

 末っ子の発想に、あっ、とばかりな眼を見開く兄貴ーズ。

 ……良からぬこと考えてんな?

 あれやこれやと相談する三人を胡乱げに睨む千里の首に、ふわっとしたリボンが絡まった。鮮やかなスカーレット色なベルベットのリボン。
 
「フードを外して頂いても宜しいでしょうか? 毛色や目の色と合わせて選びましょう」

 紳士然とした梟の獣人。こうして働いているということは、彼も歴とした肉食獣なのだろう。

 梟って肉食なんだっけ? 分かんないや。

 千里は知らないが、梟は猛禽類だ。静かなる暗殺者と異名を持つほど音もなく羽ばたく狩人なのである。
 そんな彼は、目の前の人物に興味津々。目深に被ったフードつきマントで姿は分からないが、その小ささに眼を見張った。
 どんなに小さな獣人でもニメートル近くある。熊系などは三メートル越えるのもザラだ。こんな小さな生き物を、梟獣人は初めて見た。
 
「触んな。俺らの番だ」

「チイ? こっちにおいで」

 複数のリボンを手に立つ店員を剣呑に見据え、ヒューとショーンが静かに威嚇する。
 そのザワザワした静電気のような雰囲気に、店員は軽く肩を竦めてみせた。

「失礼いたしました。毛色や目の色に合わせようと思いまして。……奥方の顔を拝見しても?」

 獣人が庇護下の者を囲い込み守るのはオウチの常識。不用意に他人が近づこうものなら流血沙汰になるのも珍しくはない。
 そんな繊細なボーダーラインを、梟獣人は仕事柄よく心得ていた。
 見事な営業スマイルを浮かべる店員を見て、ラウルは首を振る。

「いらん。リボンを寄越せ。俺らが決める」

「リボンにすんの? チョーカーも可愛いけどさ。俺とお揃いなチェーンも良くね?」

「ああ、それも良いな。チイ? どうする?」

 そこで千里は自分のアレルギーを思い出した。

 金属アレルギー。純度の低い貴金属をつけると、赤くかぶれて水疱まで出来てしまうのだ。そう説明する彼女に、三人は瞠目する。

「アレルギーか。ああ、聞いたことはあるな。実際に持っている奴を見たのは初めてだが」

「なら、やっぱリボンか革だよなあ。……赤い革の首輪も良いな、うん」

 ヒューの眼が、チラリとショーウィンドウの一つに吸い寄せられた。そこに並ぶ多くの首輪。カラフルな首輪は、ベルトのようにバックルのついた物や、一つ穴で鍵をつけてはめるタイプなど色々ある。
 どれもが革製で、幅も厚みも千差万別。中には、幅十センチ以上の首輪もあった。日常的につけるには苦しそうである。
 そう言う千里を柔らかく見つめ、ラウルはツンと彼女の喉をつつき、淫猥な光を目に滲ませた。

 ……ああ、なんか嫌な予感がするぅぅ。

 千里の脳裏を過る凄まじい不安。それは見事に当たる。
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