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未知との遭遇
しおりを挟む「あの……ね? なんとなく理解した感じだと、アタシは自由に暮らせないのかな? 王宮……? とか仰々しいんだけど、そこに行かなきゃいけないの? 身の安全って…… ここは、そんなに危ない世界?」
とつとつと並べられた千里の疑問。
異世界から来た少女が何も知らないのだとさとり、三人はこの世界の状況を噛み砕いて説明した。
「ここはオウチの世界と呼ばれていてな。ぶっちゃけ、女が少ない世界なんだ」
「女は数千人に一人くらいしか生まれない。その昔には誘拐や嫁拐いが横行してたほど。今は教会の尽力によって一応安定しているけど」
「だから、女だというだけでチイは危ない。それこそどこかに監禁して、子供を産まされるだけの奴隷にされかねないんだ」
うえええぇぇっ?!
女性が極端に少ない異世界オウチは、凄まじい汚濁に乱れた時代があった。
人拐いや嫁拐いが横行し、僅かながら生まれた女を巡って熾烈な争いをしていた男達。
そのあまりの無秩序さは手の施しようもなく、各国を統べる教会が苦肉の策で、子をなした女は子をなした男のモノと宣言したのである。
そうでもしないと、奪い、奪われの連鎖がおさまらない。忸怩たる思いだが、略奪者であろうと認める宣言をした教会。
これに人々は酷く反論したが、ならばどうする? 奪い奪われの泥沼を続けたいのか? と逆に反論されて押し黙った。
どこかにボーダーラインを引かねば終わりが見えない。心情的には許しがたいが、その宣言を認めれば、少なくとも既婚者が拐われることはなくなり、拐われたとしても返せと要求が出来る。
これは正式な教会の宣言だ。万一既婚者を拐ったうえで返さないとなれば、教会は強権を使える。
破門だ。魔法が蔓延し、洗礼や祝福が世界を回すオウチで、教会から破門されることほど恐ろしいものはない。
不特定多数に使える方法ではないため、教会もギリギリのボーダーラインを作ったのだろう。これが精一杯。
そんな教会の言い分に人々も納得するほかなかった。
そういった背景は未だに根深く残っている。
つまり、未婚な者を拐って子をなせば、その女性は略奪者のモノ。誰にも取り上げることは出来ない。これを悪用して、己の遺伝子を残そうとする戯け者がいないとは限らないのが、この世界である。
凄まじい世界観に絶句する千里。
「そんなこんなで、どこの国でも女は大切に保護されるんだ。それが賜り物とあれば、上を下への大騒ぎだろう」
「……今は俺達に権利がある」
「言うなショーン。ケダモノに成り下がりたいのか? 俺等の国の嫁不足は深刻だが、それは何も知らない乙女を蹂躙して良いということではない」
ああ、なるほど。
だから突然出会ったというのに、彼等は紳士的だったのか。アタシが女だから無条件に。それを別にしてもショーンやラウル達は真っ当だ。千里は、そう思った。
今聞いたとおりの殺伐とした世界観なら、もっと退廃感の蔓延る暴力的なものだろう。据え膳を前にして我慢するわけもない。実際に嫁拐いなどが横行している。
彼等が千里を我が物としても誰にも知られない状況で、三人は指一本出さなかった。これは彼等が真っ正直な証だ。持って生まれ、磨かれた品性だ。
今だって懊悩しつつも千里の意思を尊重しようとしてくれている。
この先どうなるか分からない異世界で、千里は良い出会いに恵まれた。この三人になら、ついていっても間違いはあるまい。
そんな打算めいた思考も手伝って彼女は微笑った。
柔らかで自然な笑みに、思わずたじろぐ獣人達。
彼らが女慣れしていないのも手伝って、獣人でない彼女はまるで妖精か天使のようラウル達の眼に映る。
獣臭い部分はどこにもなく、滑らかで柔らかそうな肌や髪の毛。爪も平たく艷やかだ。こんな弱々しい手で狩りが出来るのだろうか? 仕事もままなるまい。
どこもかしもも貧弱そのものな未知の生き物は、獣人から見たら奇跡の造形。まるで女神のごとき神々しさをラウル達に感じさせる。
そしてその女神は、ラウル達に思いもよらない台詞を吐いた。
「望めるならアタシ、君らの国に行きたいなあ。ダメ?」
にっこり微笑み、膝の間に両手を挟んで上目遣いな女神様。そのあざといまでの可愛らしさにラウルとヒューはノックアウトされ、無意識に首を仰け反らせる。
ただでさえ千里は小さい。まだまだ子供な部類だ。そんな華奢な生き物が、縋るように見つめてきたら獣人はひとたまりもなく庇護するだろう。
種の存続を確約してくれる女。その存在そのものが奇跡としか言い様がない。その貴重な尊い女が懇願しているのに、グラつかなくば男じゃない。
可愛い生き物のお強請りという眼福に言葉もなく、感無量な面持ちの二人。そこに割って入る強者がいた。
「ダメじゃないっ! 嬉しいっ!」
即答するのはショーン。
さっきまで悔しげに俯いていた彼は、両手をあわあわさせながら千里に詰め寄る。
それを、どうどうと宥め、ラウルが訝しげな眼差しで千里を見つめた。
「良いのか? 俺達の国はあまり裕福じゃない。……もっと豊かな国に招かれた方が……」
それも選択肢の一つだろう。人によっては、そちらが良いと思うかもしれない。同じ嫁取り合戦の生贄にされるなら、少しでも贅沢出来る方が良いとか。だが千里は違うのだ。
贅沢よりも平穏が欲しい。情欲にギラつく男たちが差し出す金銀財宝より、自分を慮ってくれる人が渡す、一杯のお茶が嬉しい。
目の前の彼等は、そういう優しい人達だと千里は判断した。
「袖触れ合うも他生の縁ってね。きっと会うべくして巡り会ったのよ。よろしくお願いします」
ぺこりと小さな頭を下げられ、困惑するラウルとヒュー。しかしそれを押しのけて、ショーンが満面の笑みを浮かべ、千里の手を取った。
「ありがとうっ! 大切にするからっ! うんと稼ぐよ、兄貴達がっ!」
何を言われているのか分からず、素っ頓狂な顔で、え? え? と繰り返す千里から、ヒューがショーンを引っ剥がす。
「だから、取り敢えず止まれっ!! 飛躍し過ぎだぞ、お前はっ!!」
「拾い物だっ! 俺達の嫁だろうぅぅっ!!」
うわああぁぁぁっっ! と雄叫びを上げつつヒューに引きずられていくショーン。それを呆然と見送る千里に軽く口ごもりながら、ラウルが苦笑した。
「……まあ、そういうことになってしまうかもしれないんだが。良いのか? チイ」
……そういうことか。えー? どうしよう?
拾い物の所有権は拾得者。今現在、千里は彼等の物ということになる。それすなわち、三人の誰かの伴侶にということだ。
千里だって、そんな理屈も分からないほど初心ではない。そうなっちゃうんだろうなあ……と、彼女は心の中でだけ嘆息した。
……ん? 三人の誰かの?
ふと、千里はショーンの叫びを脳裏で反芻する。
『俺達の嫁』
「俺達の……って?」
何気に呟かれた疑問を耳にし、ラウルが薄く眼を細めた。それは彼女を助けてくれた紳士のものでなく、獲物を捕える捕食者の眼。
そんな殺伐とした眼差しに千里は気づきもしていない。なのに、ぞわりとした寒気が彼女の背筋を這い上っていく。
……なん? 今の?
慌ててキョロキョロ辺りを見渡す千里を余所に、ラウルは軽く眼を伏せて獰猛な欲望を上手に押し隠した。
「……なんというか。我々は親がいない。意味は分かるかな?」
「いえ……」
そういや、女性は数千人に一人ぐらいの確率でしか産まれないんだっけ? だとしたら、この世界の人口はどうやって保たれているんだろう?
その答えをラウルが口にした。
「王侯貴族は魔法で保存された卵子を永久に分裂させて赤子を作っているんだよ。クローンというやつだが分かるかね?」
「あ……」
ようやく千里は合点がいく。
だがそうなると、彼らの殆どが近親者だ。生物学的にどうなのだろう?
そんな新たな疑問の答えもラウルがくれた。
「まあ、卵子でクローンで生み出しているのは王侯貴族らだけでな。平民などはスライムを利用して子をなしているんだ。もちろん嫁のいる部落もあるし、女が産まれたら大事に育てて卵子を王家に献上する。そして一族の嫁として認めてもらい、大切にされるよ」
数少ない女を民から取り上げたりはしないらしく、王家も妃は一人しか娶らない。その分、一人で多くの子供を産まねばならず、大抵の妃は後宮奥深くに閉じ込められ子づくり三昧なのだとか。
ラウルの説明に、うへえ……と渋い顔をする千里だが、それより気になったのは別のこと。
受胎スライムってなんだろう?
まだまだ続く彼らの説明。話が進むにつれ、全力で頭を抱えたくなる千里である。
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