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4 墓標
しおりを挟む毎月、月命日には一人で兄が眠るお墓に会いに行く。
兄さんのお墓は、見晴らしのいい丘の上に広がる霊園の中にあって、家から電車とバスで一時間半くらいかかる。
バスは今も苦手だ。平坦な道であっても、短い距離であっても、乗るたびに吐き気を覚える。
もう、昔みたいに事故当時のことをフラッシュバックすることは少なくなったけど、体が無意識に拒絶反応を起こしているみたいだった。
バスから降り立つと、気持ちのいい風が吹き抜けてきて、少しだけほっとする。
今日はいい天気だ。
乾いた十二月の風はひんやりと冷たいが、それが心地よく、少し色褪せてきた緑の葉を揺らしている。
「こんにちは、兄さん」
この墓にやってくるのは、盆と年末以外では私と志岐ぐらいだ。
志岐もよく墓参りにきているようだが、花を持ってくるのは私の役目だから、志岐は花を持ってこない。
かわりに、兄さんが好きそうな洋書がいつも供えられていた。
枯れた花を取り替えて、風に煽られてなかなかつかない線香の束になんとか火をつけ、香炉に供える。
目を伏せて両手を合わせた。
静かで穏やかな時間がすぎていく。
目蓋をあげると、無機質な四角い桜御影石の墓石が目の前にあった。
この下に兄さんが眠っているなんて、いまだにピンとこない。
ここは静かでいいところだけど、こんな冷たくておもしろみもないかたちをした石の下だなんて、兄さんには似合わない。
やはり自宅の部屋の方が、兄の居場所として相応しいように思えた。
今日は花を買って帰って、兄の部屋に飾ろうか。
なんの花がいいだろう。紫のアネモネなど、兄の部屋には似合うかもしれない。
そんなことを思いながら丘を下っていくと、向こうから、スーツ姿の男が歩いてくるのが見えた。
「志岐」
声をかけると、相手は気まずそうに視線を揺らす。
「これから帰るところか?」
「ええ。あなたが月命日にくるなんて珍しいわね」
兄、玲司の墓と向き合う時は一人でいたい。お互いにそんな気持ちを持っているのは知っているから、志岐はいつも私と鉢合わせしないように、月命日の日には来ないようにしているみたいだった。
志岐が来るのはたいてい月命日の前日、あるいは翌日だ。
だから私も、志岐を墓参りに誘ったことはない。
「明日来る予定だったんだけど、急な会議が入って、来れなくなったんだ。だから今日に……。ごめん、邪魔したな」
「私はもうすんだから、別にかまわないわ」
そのまま志岐の横を素通りする。
二メートルほど通り過ぎたところで、志岐が意を決したように振り返ってきた。
「よかったら送っていくよ。駐車場のところで待っていてくれないか?」
私は少し考えて、帰りの足としてはバスよりも乗用車の方が断然いいだろうという結論を出し、彼の提案を受け入れることにした。
「寒いから、車の中で待っているわ。鍵を貸してくれる?」
「ああ……左の奥側に停めてあるよ」
「わかったわ」
何の疑いもなく、志岐は品のいいベージュのキーケースを差し出してきた。
自分で言い出しておいてなんだが、家族ではない他人に車の鍵をあっさり渡すって、不用心ではなかろうか。
彼の危機管理能力は大丈夫かと心配になる。
いや、従兄弟だから一応親戚ではあるけど、兄弟のような『身内』感覚はあまりない。
『近くて遠い他人』――それが、自分たちの関係を言い表すのにもっともしっくりくる言葉だった。
駐車場まで歩いていくと、納骨に来たのであろう喪服の集団が、ぞろぞろとマイクロバスから降りてきたところだった。
大きな霊園であるここでは珍しい光景ではないけど、私は少し苦手だ。
骨箱を抱えた人を見ると、なんともいえない感情がこみ上げてくる。
顔をそむけたら、ちょうど近くに飲料の自動販売機があるのが見えたので、二本買っていくことにした。
あたたかいミルクティーと、冷たい炭酸。
温度差の激しいふたつの缶を抱えて、志岐の車の後部座席に乗り込んだ。
集団の足音が遠のいていくと、霊園の駐車場はとても静かになる。
時折、風が木々をざわめかせる音がささやかに響いてくるだけで、驚くほど他の雑音がない。
時が止まったかのような錯覚を覚える。
私はこの感覚は、嫌いではなかった。
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