来世で会おうと君は言った

四条夏葵

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最終話 空の彼方

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 はいけい、親愛なるパパ、ママ。
 お久しぶりです。リンネです。
 連絡するのが遅くなっちゃってごめんなさい。私、生まれ変わったよ。
 ウソみたいな話だと思われるかもしれないけど、パパとママなら信じてくれるって、私は信じています。

 ママ、私が死んだあと、あの本をシュウちゃんに渡してくれてありがとう。
 おかげでシュウちゃんに本を貸すという約束を果たすことができました。
 シュウちゃんはりちぎな人なので、生まれ変わったあと、私にあの本を返してくれました。
 また、何度も読み返しています。
 あの本の女の子みたいに、私、なれたかな?

 私は今月、十一才になりました。
 リンネよりも長生きすることができました。
 なんだかフシギな気分です。
 最近は水泳をがんばっています。
 このあいだの大会では、二位をとりました。
 もう、おぼれて死んだりしません。
 コーチはなんと、シュウちゃんです。
 シュウちゃんは大学を卒業したあと、スイミングスクールではたらいています。
 少しきびしいけどとてもていねいな先生だと評判です。
 シュウちゃんは、泳ぐのが苦手な人を助ける仕事をえらんだみたいです。とてもりっぱです。いまでも大好きです。
 来週、スイミングスクールの進級試験があります。よかったら、遠くから応援していてください。

 本当は、パパとママに会いに行こうかと何度も思ったんだけど、今の私のすがたを見たらきっとびっくりしちゃうので、やめました。
 いつまでも、思い出のなかのリンネのすがたを大切に思ってくれていると、とってもうれしいです。

 私はいま、毎日を楽しくすごしているので、どうかもう、かなしい思いはしないでください。
 今まで、ありがとうございました。

 そういえば、私が死んだあと、犬を飼ったと聞いたのですが、テンちゃん? はお元気ですか?
 気が向いたら、写真を送ってほしいな。

 それでは。

 
 来栖リンネ




 ずいぶんまとまりのない内容になってしまった気がするが、無事に手紙を書き終えたことににっこりしていると、愁が肩越しに覗き込んできた。
「書けたのか?」
「うん。……これでいいと思う?」

 リンネの両親に手紙を書くことにしたので、送る前に見てほしい、と頼まれた愁は、凛音の部屋にきて、本を読みながら手紙を書き終わるのを待っていた。
 愁は凛音が貸した本を机の隅に置くと、かわりに便箋を手に取って、真面目な顔で読み始めた。

「いいんじゃないのか?」
 緊張しながら愁が読み終わるのを待っていた凛音に、便箋が返される。
「ほんと? よかった!」
「あとは、宛先の住所の漢字を間違えるなよ」
「う……がんばる」
 綾子に教えてもらった元両親の住所はやはり北海道のもので、その中には、画数が多くて難しい漢字も含まれていたのだ。

 宛名を書いている間、愁は、後ろからじっと見守ってくれていた。
 途中、ちょっと文字のバランスがおかしくなってしまったところもあるが、なんとか読める字で書けた。
「よし、書けたよ!」
「切手は?」
「これ! 花火の切手シール。綺麗でしょ?」
「いいんじゃないか?」
 二十五歳になった愁は、相変わらず、再会した頃と同じぐらいクールだったが、頼もしさが増して、そこがカッコいい、と凛音はひそかに思っている。

「今から出しに行くのか?」
「まだ外、暑いかな?」
「暑いだろうが、今行けば、夕方の集荷には間に合うだろう」
「それじゃあ、今行った方がいいね」
「帽子を忘れるなよ」
 部屋の壁に引っかかっているキャップを手に取って、愁は凛音の頭にかぶせてくる。
 白地に黒い刺繍でロゴが入ったキャップは、リンネなら絶対にかぶらない、いわゆる野球帽のようなタイプだったが、そんなことはもう、凛音も愁も気にしたりはしない。

 十一歳になった凛音は、身長も伸びて、細いながらも男の子らしい体格に成長し、声も昔ほど高くはなくて、リンネのイメージとはすぐに結びつかない感じになっていたが、愁は相変わらず、なにかあればすぐに相談に乗ってくれるし、仕事の時以外なら遊んでくれる。

 変わったのは凛音だけじゃない。
 前世からの友達は全員、今は社会人になってしまった。
 レイチェルは洋服関係の会社に就職して、アヤは漫画雑誌の編集者、タカキは銀行員。
 ジンパチは、今はエジプトの方で日本人向けの観光ガイドをしているらしい。去年はメキシコにいると聞いた気がするけど。
 みんな、それぞれの人生を歩んでいる。

 もし、リンネが死なずにあのまま大人になっていたなら、どんな仕事をしていただろう?
 昔は、将来の夢を聞かれたら、花屋さんになりたいと答えていた気がする。でも、図書館の司書さんなんかも似合いそうだな。

 いまは。
 黒崎凛音の将来の夢は――。

 外を歩いていたら、飛行機の音が聞こえて、視線を空に向ける。
「見て、愁さん、すごい綺麗な飛行機雲!」
「ほんとだな」
「いいなぁ、あそこから見る景色は、どんななんだろ」
「凛音の将来の夢は、飛行機のパイロットだったな」
「うん! 世界中の空を飛び回るんだ!」
 今はもう遠くの空へと飛び去っていった飛行機の影を指さして宣言する。

 リンネより高く、遠くまで飛ぶこと。
 リンネが見たことのない景色をたくさん見ること。
 それが、今の凛音の夢だ。

「大丈夫か? 最近は、飛行機の事故も多い。気をつけろよ」
 まだ本当にパイロットになれたわけでもないのに、愁は深刻そうな顔で言い出した。
「もーっ、愁さんは相変わらず心配性なんだから!」
 愁の腕を軽く叩いて、止まっていた足を先に進める。
 その手首に嵌められたブレスレットのホタル玉が、きらりと光る。

「世界のどこにいたって、愁さんが僕を必要とするなら、すぐに飛んでいくよ」
 にっこり微笑んで言えば、少しくすぐったそうに、愁は目を細める。

「そうだな。おまえは、そういうやつだった」

 立ち昇る陽炎が、まだ見ぬ未来の幻影を映し出していた。
 物語は、まだ続く。


END
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