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25 命日

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 さわさわと音を立てながら、風で葉が揺れる。
 住宅街の中にあるお寺の境内に一歩足を踏み入れると、お寺特有の、独特の空気がその場を支配していた。

 無縁仏の石塔が集まってピラミッドみたいになった場所に飾られたいくつもの風車が、くるくると回っている。

「なんでお墓って、風車が飾ってあるんだろう?」
 ふと気になって疑問を口にすると、左側を並んで歩く愁が首を傾げる。
「言われてみれば……なんでだろうな」
「昔は土葬が基本だったから、獣や鳥に荒らされないように添えられたのかもしれないな。鳥避けのあれと同じだ。現代では、水子や、死んだ子供を慰めるために供えられていることが多いようだが」
 右側の貴希が、迷うことなく疑問に答えてくれる。
「へぇ……そうなんだ。貴希はすごいね、なんでも知ってるね」
 凛音は純粋に感心したが、頭上でバチバチと剣呑な視線が交わされている気配がして、あまり穏やかではない。

 今日は8月29日。来栖リンネの命日だ。

「……リンネが死んだあとも、お墓に風車が供えられたりしてた?」
「いや、ぬいぐるみが供えられてあったはずだ。濡れないように、きちんとケースに入れられてな」
 今度は愁が答える。

「ぬいぐるみって、どの?」
 リンネはたくさんのぬいぐるみを持っていた。お気に入りの子は三体ほどいたが、その中のどれかだろうか。

「あの、ペンギンのやつだ」
「あれかぁ」
 思い出して、ふふ、と笑う。

 お気に入りの子たちの中でも、一番古いぬいぐるみだ。
 家族で旅行に行った時、水族館でママと一緒に選んだペンギンのぬいぐるみ。
 きっと、そのぬいぐるみをお墓に供えようと言ってくれたのはママだろう。

「それ以外のぬいぐるみはオレが保管している。今度、見に来るといい」
 貴希の言葉に、また愁の表情が不機嫌そうなものに変わる。
 まぁまぁ、と凛音がなだめたところで、お墓に到着した。

 墓石には、『来栖家之墓』と刻まれている。
 お墓の中には、おじいちゃんとおばあちゃんが先に入っていたはずだ。
 リンネが生まれた頃にはおばあちゃんはもう亡くなっていたのでどんな人だったのかは知らないが、リンネが五歳になる頃まで生きていたおじいちゃんにはよく遊んでもらった記憶がある。
 確か、花札を教えてもらった。
 リンネにはまだ難しくてルールを覚えられなくて、『もっと大きくなったら一緒にやろうな』と言われた。
 その約束が叶うことはなかったけど――同じお墓に入れられていたということは、死後の世界で一緒に花札をできたりしたのだろうか。

 よく、わからない。
 だって、自分はまた生まれ変わって、ここにいるから。

「お花、どう? 可愛いでしょ?」
 先に来てお墓の掃除をしてくれていたらしい綾子が、にこにこしながら言う。

 ピンクのユリに白いカーネーション、黄色いガーベラがアレンジされている花の束が、墓石の左右に飾られている。
「わぁ、かわいい!」
「綾子にしてはセンスがいいじゃないか。あまりお墓向きのアレンジには見えないが」
 両手を合わせて喜んだ凛音の横で、貴希が上から目線で冷ややかに言う。
「あんったねぇ……ほんと、いつものことながら感じ悪いわね」

「すまない、掃除と花の用意を一人で任せて。オレも手伝うべきだったな」
「ああ、シュウはいいのいいの! 凛音を連れてくるっていう、大事な役割があったんだから。……なんかお邪魔虫がついてきちゃったみたいだけど」
 貴希の方をチラリと見て、今度は綾子が毒づく。

「ところでシュウ、佐城さんには声かけてくれたんだよね?」
「声はかけたが……来るかどうかはわからない」
「私はジンパチに連絡してみたけど、連絡つかなかったわ。なんか、電話番号が変わっちゃってたみたいで」
「あいつなら、連絡がつかなくても来るんじゃないか?」
「どういうこと?」
 愁の言葉に、綾子は眉根を寄せる。貴希も不思議そうな顔をしていた。

「シュウちゃん、ジンパチの連絡先知ってるの?」
「いや、知らない。でも、一年前に会った」
「どこで?」
「ここで」
「ここ!?」
 凛音と綾子、それに貴希の驚きの声が重なった。

「リンネの命日に墓参りにきたら、あいつが先に来てて、お墓にお菓子を供えてた」
「お菓子?」
「フエラムネ、だったかな。その前の年も墓参りにきたらお菓子が供えられていたことが何度かあって、『あれはおまえか?』って聞いたら、『そうだよ』と言っていた。多分、毎年墓参りには来ているような雰囲気だった」

 綾子と貴希が顔を見合わせる。
「フエラムネって……」
「ああ」
 頷く貴希の声は、半分笑っていた。
 貴希がこんなふうに笑うなんて珍しい。
 えっ、なになに? と凛音は背伸びをして、みんなの顔を見回す。

「リンネ、好きだったよな」
「神社のお祭りで、山車の笛吹く時さぁ……リンネ、へったくそでなかなか上手く吹けなくて、『フエラムネを吹くのはこんなに得意なのに』っていってフエラムネぴゅーぴゅー吹いてたら、町内会の役員のおじいさんに怒られてて……」
 綾子の声は、最後には笑いに変わっていた。
「あったな、そんなこと」
 貴希にいたっては、いつものクールな表情が見事に崩れるぐらい笑っている。

「いや、実際、リンネのフエラムネの演奏は上手かったぞ」
 いまいち空気を読めていない愁が真顔で言い出すものだから、綾子と貴希はさらにひーひー言うほど笑っている。
 最初はきょとんとしていた凛音の顔が、次第に真っ赤に染まっていく。

「もー! そんなこと、忘れてよーっ!」
「いや、忘れてたけど、思い出したらめっちゃ笑えるわ」
 笑いすぎたせいで出てきた涙を、綾子は眼鏡をずらしながら指先で拭っている。
「バカだったな、あいつ。いや、おまえの話か」
 凛音がムッとして頬を膨らますと、貴希はなだめるように頭を撫でてきた。

「バカなところが可愛かったんだろ」
 貴希の手をどかした愁も、頭を撫でてきた。
 またしても頭上で睨み合いが繰り広げられる気配がする。

「やばい……三角関係? 三つ巴……!?」
 綾子が口元を手で覆いながら興奮気味にぶつぶつ言っている。

 お墓の前で繰り広げられているとは思えない、平和でにぎやかな光景だった。

(ごめんね、おじいちゃん。そっちに戻るのはまだ先になりそうだけど、戻ったら、また遊んでね。……それともおじいちゃんも、もうとっくに生まれ変わって、新しい人生を歩んでたりするのかな?)

 意外と身近におじいちゃんの生まれ変わりがいるかもしれない。
 そんな想像をしたらちょっと楽しくなってきて、凛音は人知れず、口元をほころばせていた。
 人生は出会いと別れの繰り返しで、悲しいこともたくさんあるけど、どこかで繋がっているかもしれないと思うのは、嬉しいことだと感じた。


「さ、お墓で騒いでいても迷惑になる。そろそろ線香をあげるか」
 ひとしきり笑って気がすんだのか、いつものすました態度に戻った貴希が持ってきた線香を取り出すと、すかさず愁がライターを出す。
「オレがつける」
「ああ、頼むよ」
 貴希は当たり前のように愁に線香の束を手渡した。
 一見相性が悪そうに見えて、なんだかんだでコンビネーションがいいのだ、この二人は。昔からそうだった。
 懐かしい気分になった凛音は、くすっと笑う。


「ねるねるねるねってなに!? お花はあんたのガラじゃないとして……せめて、ちょっと高そうなチョコレートでも持ってきたら?」
 聞き覚えのある声が近づいてきたのはその時だ。
「おお……そいつはよぉ、レイチェルが食べたいやつだろ。リンネはちょっとお高めのチョコなんかよりも、ねるねるねるねの方が喜ぶ! オレは知ってる!」
 憤慨する女の声に答えたのは、独特のマイペースそうな声だった。

 凛音は、ただでさえ大きい目をさらに大きく見開いた。
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