24 / 31
24 返せなかった本
しおりを挟む「……凛音くんはさぁ、スカート履くのって、嫌じゃないの?」
綾子に言われたとおりカフェに入ってケーキを注文し、先にきたジュースを飲みながら、類がぽつりと呟くように聞いてきた。
「えっ?」
「ほら、先月までは前世の記憶とかなくて、自分のこと、普通に男の子だと思ってたんだろ? ……女の子だった頃の記憶が急に頭に入ってくるのって、どんな感じ?」
リンゴジュースにささっていたストローから口を離したあと、凛音は首を傾げる。
「……よく、わかんないよ」
「そうなの?」
「スカート履くのは……最初は恥ずかしかったけど、今は嫌じゃない、かな。リンネはいつも、スカートばっかり履いてたから……」
「それってさぁ、前世の記憶に支配されて、凛音くんだった部分は消えてきてるってこと?」
問いかけてくる類の眼差しは真剣だった。
本気で、友達として心配してくれているのだということが伝わってくる。
凛音は困って、俯いてしまう。
「よく、わかんないよ」
困って、同じ言葉しか言えなかった。
「……でも、別に女の子になりたいわけじゃない。女の子として振る舞うのも普通に感じる、ってだけで……」
がんばって言葉を紡ごうとしたけど、うまく言えない。
(女の子じゃなくなっても、シュウちゃんはずっと一緒にいてくれるって言ってくれたから……)
だから、誰かに求められない限り、スカートを履く必要性はないと思っている。
「……凛音くん、さ……アヤちゃんといる時の方が楽しそうだけど、オレともこれからも、友達でいてくれる……?」
恥ずかしそうに視線をそらしながら、類がぼそぼそした声で聞いてくる。
結局のところ、類が一番聞きたかったのはその質問の答えなのかもしれない。
「もちろん。類くんはずっと友達だよ」
前のめり気味になりながら答えると、類の顔にパッと笑顔が浮かぶ。
「ほんと? よかった!」
安心したように類が言ったところで、ちょうどケーキが運ばれてきた。
凛音はクリームのたっぷり乗ったシフォンケーキを選び、類はシンプルなチーズケーキを選んだ。
「おいしそう!」
はしゃぎながら、類はすぐに食べ始める。
「うん。いただきます」
凛音も少し遅れてフォークを手に取った。
(ずっと友達でいてほしい、ってお願いするべきなのは、僕の方だったのに……)
ふと、こうして仲良くケーキを食べている瞬間がいかに尊いかに気づかされる。
前世の記憶があるという変なやつと友達でいてくれている。
前世と変わらず一人の男の人が好きだと言っても、気持ち悪いと思わないでいてくれてる。
ついでに、一緒に女装に付き合ってくれている。
そんな優しい友達、なかなかいないと思う。
前世でも今世でも、もったいないぐらいに自分は友達に恵まれている。
(僕以外のみんなも、昔みたいに仲良くしてくれたらいいな……)
険悪だった綾子と貴希の様子が心配になって、店のガラス越しに外の様子を窺ったが、彼らが姿を見せることはなかなかなかった。
綾子と貴希がようやく店内に入ってきたのは、ケーキを食べ終わり、頼んだジュースも飲み終えて、学校の宿題の話で盛り上がっているところだった。
綾子の服はそのままだったが、貴希は着替えて、普通の男の服装に戻っている。
「すまなかった」
腰を折るほどに頭を下げられて、凛音は困惑する。
「……謝られるようなこと、僕はなにもしてないよ」
顔をあげた貴希は、複雑な感情が浮かんだ顔で凛音を見た。
ちょっと泣きそうにも見える。
「その言い方……ほんとにリンネなのか?」
凛音は苦笑した。
「タカキ、この間、お祭りの時に会ったよね?」
「…………」
「シュウちゃんの隣にいた小学生の男の子。あれが今の僕の、本当の姿だよ。……こんなの、変だよね。僕もそう思うよ。でも、僕はタカキのこと覚えてる。……よく、シュウちゃんが一人で突っ走っていっちゃって置いてかれたリンネに、『どんくさいな』とか言いながらも一緒についてきてくれたよね? あの頃はちょっとタカキのこと怖いと思ってたけど、タカキ、とっても優しかったよね」
泣きそうだった顔がさらに緩んで、目元から、涙がにじむ。
それを見られまいと、貴希は手の甲ですぐに目元を拭う。
「……まだ、信じられない」
「僕もだよ。……そうだ、リンネの遺品、タカキが引き取ってくれたって聞いたけど、あの本も、タカキの手元にちゃんと戻ったかな……?」
リンネが死ぬ三日前。貴希に本を借りた。
海外の人気のファンタジー小説の日本語版で、分厚いハードカバーの本だった。
日本語版とはいえ大人向けの難しい言葉も多い本で、すぐには読み終わらなくて、夏休みが終わる頃には返すね、と約束していた。
結局、半分ぐらいまで読んだあたりで死んだ。
「……あの本は……あの本は、リンネにやった。しおりが挟んであったの、真ん中ぐらいのページだったから……まだ読み終わってないんだろうと思って、おばさんに頼んで、棺に入れさせてもらったんだ。天国で読めるように、って……」
座っている凛音の前にひざまずき、貴希は絞り出すような声で言った。
「そっか……ありがとう、タカキ」
ちょうど目線の高さにあった頭を、凛音はそっと撫でた。
「でも、ごめん。天国の記憶はないから、小説の結末がどうなったのかはわからないや。今度本屋さんで探して読んでみるね。読み終わったら、今度こそちゃんとタカキに返すよ」
「……っ」
先ほどはいったんこらえて止まった涙が、ぼろぼろと溢れ出してくる。
化粧の跡が残る整った顔があっという間に涙で濡れた。
頭の上に置いたままだった凛音の手をはね除けるようにして、貴希は立ち上がる。
「悪い……まだ頭の中が整理できてないんだ。今日は帰らせてくれ」
そう言い残して、貴希は踵を返す。
逃げるように去っていく後ろ姿を、追うことはできなかった。
「ご、ごめん……! 本のこと、やっぱり怒ってる!?」
あわてて声だけはかけるが、貴希はチラリと振り返っただけで、店を出て行った。
「あー……大丈夫よ、凛音。別に怒ってないと思うわ。あれも長年こじらせてきたやつだから、すぐには受けとめきれないんでしょ。私がガツンとお灸を据えといたから、あとはしばらくほっときましょ」
あいている席に座り込んでメニューをぺらぺらめくりながら、綾子が呆れ気味の声で言う。
「あら、この苺のミルフィーユ、かわいい。でも、モンブランも捨てがたいわね。あんたたち、なに食べたの?」
「……オレがチーズケーキで、凛音くんがシフォンケーキだよ」
心配そうな面持ちで一連のやりとりを黙って見守っていた類が答える。
「ふむ……それもいいわね」
悩んだ末に、綾子は結局なぜか、ティラミスタルトを注文していた。
女子高生姿でそれをやっているのが、妙に似合っている。
「……アヤ、帰りに本屋に寄りたいんだけど、付き合ってもらってもいい? うちの近くだと、小さい本屋しかないから……」
「もちろんいいわよ。私も気になってた雑誌見たかったし」
「アヤちゃん、オレ、ほしい漫画あるんだけど、買ってよ」
神妙な空気に包まれていた場の空気をなごませるように、砕けた口調で類も会話に加わる。
「なんで私が、息子でもない従姉弟に漫画買ってあげなきゃいけないのよ。……で、なんて漫画?」
「あの、今アニメやってるやつ。主人公が、スイカのかぶり物して戦ってる……」
「あー、あれね。あれなら……全巻セットを予約済みで、近いうちに届くから待ってなさい。私の部屋で、特別にタダで読ませてあげるわ!」
「ほんとに!? アヤちゃん、すごい!」
「だいたいねー、本屋行っても買えないわよ。一巻なんて特に。いま大人気で、ネット書店でも軒並み売り切れてるんだから」
いつのまにか頼んでいたらしいアイスコーヒーを飲みながら、綾子はしたり顔で語る。
眩しいような気持ちでそれを眺めていたら、綾子が振り返った。
「凛音も読む?」
「うん……タカキに借りた小説、読み終わったらね」
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
ドS御曹司の花嫁候補
槇原まき
恋愛
大手化粧品メーカーで研究員として働く、二十九歳の華子。研究一筋で生きてきた彼女は、恋とは無縁ながら充実した毎日を送っていた。ところがある日、将来を案じた母親から結婚の催促をされてしまう。かくして華子は、結婚相談所に登録したのだけれど――マッチングされたお相手は、勤務先の社長子息!? 人生イージーモードだった御曹司サマが 、独占欲を剥き出しにして無自覚な子羊を捕食する! とびきり濃厚なマリッジ・ロマンス。
ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

それ以上近づかないでください。
ぽぽ
BL
「誰がお前のことなんか好きになると思うの?」
地味で冴えない小鳥遊凪は、ある日、憧れの人である蓮見馨に不意に告白をしてしまい、2人は付き合うことになった。
まるで夢のような時間――しかし、その恋はある出来事をきっかけに儚くも終わりを迎える。
転校を機に、馨のことを全てを忘れようと決意した凪。もう二度と彼と会うことはないはずだった。
ところが、あることがきっかけで馨と再会することになる。
「本当に可愛い。」
「凪、俺以外のやつと話していいんだっけ?」
かつてとはまるで別人のような馨の様子に戸惑う凪。
「お願いだから、僕にもう近づかないで」
ループももう17回目なので恋心を捨てて狼を愛でてスローライフを送りたい
箱根ハコ
BL
怪物シュタインを倒そうとした勇者パーティの補助系魔術師ルカスはシュタインを倒そうとして逆に殺された瞬間、2年前の魔術学校の生徒だった頃に戻された。そうして16回、学生からシュタインに殺されるまでの2年間を繰り返しついにパーティ全員生存ルートにたどり着くことができた。更には愛する相手であり、何度も振られてしまったレオンの幸せを祈り、彼の幼馴染であるエミリアとレオンの結婚式にまでこぎ着けた。これ以上はない最高のハッピーエンドだと越に入っていたルカスだったが、またも時間が巻き戻され17回目のループに突入してしまう。
そうして彼は決心した。レオンの幸せを願って成就したのにループから抜け出せなかったのだから自分の幸せを求めて生きていこう、と。そんな時に一匹の狼と出会い、彼とともにスローライフを送りたいと願うようになったが……。
無口系剣士☓一途な補助魔術師のループBLです。
「小説家になろう」にも投稿しています。
以下、地雷になるかもしれない事柄一覧
冒頭で攻めが別の女性と結婚します。
流血表現があります。
こちらのお話のスピンオフを開始しました。
興味ある方がいらっしゃいましたらよければどうぞ!
https://www.alphapolis.co.jp/novel/461376502/980883745

あなたと過ごした五年間~欠陥オメガと強すぎるアルファが出会ったら~
華抹茶
BL
子供の時の流行り病の高熱でオメガ性を失ったエリオット。だがその時に前世の記憶が蘇り、自分が異性愛者だったことを思い出す。オメガ性を失ったことを喜び、ベータとして生きていくことに。
もうすぐ学園を卒業するという時に、とある公爵家の嫡男の家庭教師を探しているという話を耳にする。その仕事が出来たらいいと面接に行くと、とんでもなく美しいアルファの子供がいた。
だがそのアルファの子供は、質素な別館で一人でひっそりと生活する孤独なアルファだった。その理由がこの子供のアルファ性が強すぎて誰も近寄れないからというのだ。
だがエリオットだけはそのフェロモンの影響を受けなかった。家庭教師の仕事も決まり、アルファの子供と接するうちに心に抱えた傷を知る。
子供はエリオットに心を開き、懐き、甘えてくれるようになった。だが子供が成長するにつれ少しずつ二人の関係に変化が訪れる。
アルファ性が強すぎて愛情を与えられなかった孤独なアルファ×オメガ性を失いベータと偽っていた欠陥オメガ
●オメガバースの話になります。かなり独自の設定を盛り込んでいます。
●最終話まで執筆済み(全47話)。完結保障。毎日更新。
●Rシーンには※つけてます。
15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~
深冬 芽以
恋愛
交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。
2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。
愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。
「その時計、気に入ってるのね」
「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」
『お揃いで』ね?
夫は知らない。
私が知っていることを。
結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?
私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?
今も私を好きですか?
後悔していませんか?
私は今もあなたが好きです。
だから、ずっと、後悔しているの……。
妻になり、強くなった。
母になり、逞しくなった。
だけど、傷つかないわけじゃない。
ゼラニウムの花束をあなたに
ごろごろみかん。
恋愛
リリネリア・ブライシフィックは八歳のあの日に死んだ。死んだこととされたのだ。リリネリアであった彼女はあの絶望を忘れはしない。
じわじわと壊れていったリリネリアはある日、自身の元婚約者だった王太子レジナルド・リームヴと再会した。
レジナルドは少し前に隣国の王女を娶ったと聞く。だけどもうリリネリアには何も関係の無い話だ。何もかもがどうでもいい。リリネリアは何も期待していない。誰にも、何にも。
二人は知らない。
国王夫妻と公爵夫妻が、良かれと思ってしたことがリリネリアを追い詰めたことに。レジナルドを絶望させたことを、彼らは知らない。
彼らが偶然再会したのは運命のいたずらなのか、ただ単純に偶然なのか。だけどリリネリアは何一つ望んでいなかったし、レジナルドは何一つ知らなかった。ただそれだけなのである。
※タイトル変更しました
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる