来世で会おうと君は言った

四条夏葵

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21 僕だけが知らない君のはなし

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 ひとしきり大騒ぎしてなんとか衣装合わせを終えたあと、三人は、少しだけ暑さがマシになってきた夏の夕暮れの風を感じながら、部屋でアイスを食べた。

 冷房で冷えた体をほぐすために冷房をいったん切って窓を開けたのだが、まだ外は暑そうだ。
「もうすぐだねー」
 アイスの棒の先を舐めながら、綾子が呟いた。
「コスプレイベント?」
「それもなんだけど、リンネの命日」
「……あ」

 凛音はあわてて、綾子の部屋のカレンダーに視線を向ける。
 来栖リンネが海に流されたのは、8月29日。夏休みが終わる三日前のことだった。

「夏休みが終わって学校行ったら、リンネが来てなくて……リンネの席に白いお花が飾ってあって泣いたなー。リンネが亡くなったっていうのはその前日に聞いてたんだけど、お葬式とかもまだだったから、その時は全然実感とかわいてなかったんだよね」
「……みんな、きっとびっくりしてたよね?」
 自分が死んだあとの話を聞くというのは不思議な感覚だ。
 おそるおそる、凛音は尋ねる。

「うん。そりゃあもう。どうして? って感じだったよ。リンネと仲が良かった子たち以外も、けっこう泣いてた」
「…………」
「……先生がさ、『こういうことがあったから子供たちだけで海とか川に行かないように』ってホームルームでみんなに言ってて、それで、私たち六人で海に行ったことがクラスの子たちに伝わっちゃったんだけど、最期にそばにいたのが誰かって話になって……森倉、自分から『オレが助けられなかったせいでリンネを死なせたんだ』って言い出したんだよね」
 シャク、と残っていたアイスが口の中で音を立てる。
 冷たい何かが、胸のあたりまで落ちてくる感じがした。

「……そんなこと、言わなくてもいいのに」
「そうだよね。あとから思えば、あいつバカだなぁ、って感じだったよ。でも、あいつ真面目だからさ。ごまかすこともできずに、本当のことしか言えなかったんだよ。……それで、その直後は『人殺し』のレッテル貼られて、いじめみたいなことされてたなぁ」

「いじめられてたの? シュウちゃんが!?」
「うん。っていっても、あくまでも小学生レベルの軽い嫌がらせだったけどね。まぁでも、森倉は真面目でバカだけど強いから、全然気にしてなかったみたいだけど。……あいつにとってはさぁ、クラスメイトから嫌味言われたりのけ者にされることより、リンネがいなくなったことの方がショックだったみたいで……一時期は誰とも喋んなかったなぁ……」
「そんな……」
 愕然とした声が凛音の口からこぼれる。
 それ以上なにを言ったらいいのか、わからなかった。

「佐城さんだけは心配して森倉に声をかけ続けてたけどね。結局、私たちはそれから顔を揃えても気まずくなるだけで、みんなで遊んだのは、リンネが海に流されたあの日が最後になった」

 一人、また一人と愁のもとから去って行く幻影が思い浮かぶ。

(シュウちゃんの周りには、いつだってたくさんの友達がいたのに……)
 友達と呼べるほど仲がいい子じゃなくても、愁に親しげに声をかけてくるクラスメイトはたくさんいたのに――。
 それがある日をきっかけに反転するというのは、どんな気持ちだったのだろう。

 想像しかできないけど、愁と出会う前のリンネはいつもひとりぼっちだったので、ひとりぼっちの寂しさはなんとなくわかる。

「……タカキも、リンネが死んだせいでシュウちゃんと仲が悪くなっちゃったの?」
「貴希?」
「うん……お祭りの日にね、偶然タカキと会ったんだけど、すごく……その、嫌な感じだった」
 慎重に言葉を選びながらも結局露骨な感じになってしまった凛音の発言に、綾子が「あーはっはっ!」となぜか愉快そうに笑い出した。

「大丈夫。それは、リンネのせいじゃないよ。あいつが性格悪いのは、元からだから」
「で、でも、昔はあんなあからさまにシュウちゃんに突っかかったりしてなかったっていうか……!」
「それはさぁ、昔は『シュウには敵わない』みたいなコンプレックスがあったからだよ。でもあの一件以来、シュウはすっかり無口になっちゃって友達も減らしちゃって、水泳の方では有名になったけど学校の成績は落ちちゃって……対するタカキの方は私らと遊ぶ時間が減った分、塾に通う日数増やして、中学も高校も進学校に進んで優等生の部類になっちゃって……『シュウなんて相手にならない』みたいな見方に変わったから見下すような態度になっただけだよ」

「……なんか、あの二人もいろいろあったんだね」
「男同士には男同士の複雑な感情があんのよ」
 持ったままだったアイスの棒をぽいとゴミ箱に捨てると、綾子はテーブルの上に置いてあった炭酸ジュースのペットボトルを手に取る。

 プシュ、という音のあとに蓋が開いて、綾子は一気にそれを煽った。
「男同士といえば……ジンパチはいま、どうしてるの?」
 リンネたちのグループは、男三人、女三人の面々で構成されていた。
 ジンパチ――宮田仁八はグループ内のムードメーカーで、いつもくだらないことを言ってみんなを和ませていた。

「ああ、あいつ? あいつはねぇ、確か中学の途中で引っ越しちゃったんじゃなかったかな。親の仕事の都合だかで……ええと場所は……」
 棚からファイルを引っ張り出して、綾子はそれをパラパラとめくる。
 はがきケースらしいファイルには、年賀状やら暑中見舞いやらが納められているのがチラリと見えた。

「そうだ、軽井沢だ! 引っ越したあと、いっぺんだけハガキもらったんだ! そのあとは連絡取ってないけど」
 ほれ、と綾子がそのページを見せてくれたので覗き込むと、深い森の中に一筋の光が差し込んでいる幻想的な写真のポストカードが挟まっていた。
「親が別荘の管理人の仕事をすることになったので軽井沢に引っ越しました。パラグライダーができる場所も近くにあるから、よかったら遊びにきてね……?」
 書いてある文字を、凛音はそのまま読み上げた。だいぶ汚い字だったが、かろうじて読むことができた。
 メッセージの下には、住所と会社名がセットになったスタンプが押してある。

「パラグライダー? ってなに?」
 同じく覗き込んでいた類が、不思議そうに聞いてくる。

「パラシュートみたいなやつを背負って、山の斜面を駆け下りて、空を飛ぶスポーツじゃなかった?」
「ジンパチ……そんなのできるの?」
「う……そうね、よく考えたら、あの肥満体型で大丈夫なのかと心配になるわね……」
「ひまん?」
「太ってたってことよ。食べるの好きだったからねー、あいつ。みんなで遊ぶ時は、いつもお菓子の袋抱えてたわ」
「でも、優しくて、いつもみんなにお菓子わけてたよね?」
「見た目でかくて威圧感あるくせに気が弱くて、『デブ』って言われてよくいじめられたたなぁ。で、シュウがいつも助けにいってたのよね」
「シュウちゃん、正義感強いから」
 ふふ、と笑ってから、凛音は「あ」とあることに気づく。

「アヤ、また『シュウ』って呼ぶようになったんだね」
 ぴたりと動きを止めて真顔になったあと、綾子は苦笑いを浮かべる。
「あっはは、ほんとだ! 凛音につられて、つい」
「じゃあさ、レイチェルのこともレイチェルって呼びなよ」
「いやよー。あの子、けっこう気難しいんだから」

 辛い思い出もたくさんあったはずだけど、綾子は今もこうして笑っている。
 みんなも、リンネが死んだあと、嫌だったこととか悲しかったこととかたくさんあったかもしれないけど、楽しい思い出もちゃんと残っていたらいいな、と思った。



「……ねぇ、リンネのお墓参り、みんなで行きたいって言ったら、またみんなに嫌な思いさせちゃうかな……?」

 そろそろ帰りなよ、と言いながら綾子が立ち上がったところで、凛音は意を決して切り出した。

「うーん、どうだろ。それ、凛音的には平気なの?」
「僕?」
「うん。だってさ、凛音は生きてこうしてここにいるのに、みんな死んじゃったリンネのためにお線香とかお花をあげにいくんだよ。それってなんか……寂しくない?」
 そんなこと、考えたこともなかった。
凛音はパチパチと目を瞬かせる。

「どんな理由であれみんながまた集まってくれるなら、僕は嬉しいよ。……きっとリンネも」
「……そっか。そうだね。リンネはそういう子だった!」
 神妙な表情から一転、パッと笑った綾子は、今は黒い凛音の頭をくしゃくしゃとかき回すように撫でてくる。

「私から、みんなに声かけてみるよ!」
「ほんと? アヤ、ありがとう!」
「アヤちゃん、なんだかんだで優しいよな」

「あったりまえでしょー。あ、その前に、あさってのコスプレイベントもよろしくね!」
「……それ、ほんとにオレも行かなきゃだめ?」
 嫌なことを思い出した、とばかりに類のテンションが下がる。

「考えてみなさい、類。小一の夏は一度しかないのよ?」
「うん。だから?」
「小一には小一にしかない良さがある! ついでに言うと、子供は成長が早いから、来年にはあの衣装は着れなくなっている可能性が高い! つまり、今しかないのよ! 今を大事にしないと!」
 舞台女優かというほどの大仰な身振りで、綾子は力説してくる。

「……アヤちゃんに変な衣装着せられそうになってるって、ママに相談してもいい?」
「そ、それはやめて――っ! 類が女装したことは、私と凛音だけの秘密にしておくから――っ!」
 今度は悲鳴じみた声をあげて、綾子は類にしがみついている。相変わらず忙しそうだ。

「……凛音くん、これ、信用してもいいやつ?」
 困った類は、一応綾子とは付き合いが長い凛音に尋ねてくる。

「大丈夫だよ。アヤは昔から、自分の欲望と友達と家族は絶対に裏切ったりしないタイプだから」
 前世からの友達のよしみだ。凛音も力強く援護の言葉を送った。

「……それ、ほんとに大丈夫?」

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