10 / 31
10 アヤ
しおりを挟む「森倉せんせー、リンネちゃん? の写真とかあんの?」
凛音のたどたどしい説明を聞き終わったあと、類は『まさかぁ』とバカにして笑うでも、気味悪がるでもなく、あっけらかんと言い出した。
「……写真?」
「実在したんだろ? どんな子だったのか見たい!」
好奇心丸出しの無邪気な類の様子に、愁はあっけにとられている。
「あるにはあるが……」
てっきり、今度家から持ってくる、とでも言い出すのかと思っていたら、愁は財布の中から古そうな写真を取り出しはじめた。
「いま持ってるの!?」
びっくりしすぎて、凛音は思わず大きな声をあげてしまった。
「これぐらいだが……」
申し訳なさそうに愁が見せてくれたのは、縁の方がボロボロになり、印刷の一部がにじんでいる、古い写真だった。
「待って、シュウちゃんがなんでこんな写真持ってるの!?」
よりにもよって、七歳の七五三の時の写真だった。
写真の中のリンネは、白地に赤い花柄のついた着物を着せられ、結い上げた白金の髪にはピンクの髪飾りがついている。
神社の境内と思われる場所で、緊張した面持ちでぎこちないピースを作っている少女の姿が映っていた。
「おばさん……リンネの母さんが、葬式のあとみんなで食事した時にくれたんだ。これが一番綺麗に撮れてる写真だから、って」
『リンネちゃんは、ワンピースでもいいんじゃないかな。その方が髪の色も映えるかもしれないし』
不意に、リンネだった頃のパパの声が耳に蘇ってきた。
『あらダメよ、こういう時は、着物が基本なんでしょう? お着物を着る機会なんてそうそうないんだし、可愛い着物を選んであげましょうよ。美容院で着付けもしてくださるっていうし、せっかくの機会よ』
柔らかな声で反論するママの声も。
いつもはパパの主張に穏やかに従うママだが、この時ばかりは絶対に譲らなかった。
着物や髪飾りを選んでくれたのもママだ。
生まれも国籍も日本なのに、いつも『ガイジンみたい』と言われていたリンネに、せめて日本人らしい祝福を受けさせようというママの気遣いだったと気づいたのは、多分、数年後のことだった。
「か、かわいい……」
横から写真を覗き込んできた類が、呆然と呟いたあと、ハッとした様子で凛音の顔をまじまじと見てくる。
「大丈夫! 凛音くんも可愛いよ!」
「どういう意味!?」
優しさでフォローしてくれたのはわかるが、どうにも無理やりな気配がする。
「ごめん、大事な写真を汚しちゃって」
愁が神妙に呟いた。
汚れているのは、ずっと持ち歩いていた証拠。
そして、にじんだ跡があるのは、もしかしたら涙によるものかもしれない。
「……シュウちゃんは、リンネのママがいまどこにいるのか、知ってる?」
「わからない。スウェーデンに帰ったんじゃないか、って話をご近所さんがしてるのは聞いたことがあるが、詳しいことはなにも……。確か、リンネが亡くなってから二年後ぐらいにいつの間にか空き家になってたんだ。そのあと、別の家族が住んでいるらしいが……」
「あ、それなんだけど、リンネの家はいま、類くんが住んでるみたいだよ」
「オレ?」
類は自分を指さし、きょとんと首を傾げる。
「うん……実は類くんの家、僕が前世で住んでた家なんだ」
真剣に告げた凛音に、類は吹き出した。
「あはは! なにそれ! どういう偶然!? アニメみたいじゃん。いや、そもそも生まれ変わりがどうの、っていうのもアニメみたいな話だけど」
軽く笑い飛ばしてくれた類につられて笑いそうになる凛音だったが、愁は口元に手を当て、なにやら考え込む仕草をしている。
「藤枝くんの家は、リンネ……来栖リンネの家族から直接あの家を譲り受けた、ということはないだろうか?」
「うーん、そのリンネちゃん? って子の話は聞いたことないけど、確かママが……アヤちゃんの紹介でいい家を格安で譲ってもらえることになった、って言ってたような……」
「アヤちゃん?」
聞き覚えのある名前だ。
でも、どこにでもいるような名前だ。
まさか同一人物だとは思えないが……。
「さっき言ってた、漫画描いてる従姉弟だよ」
「鳴沢綾子か?」
凛音が聞く前に愁が疑問を口にした。
「なるさわ……? 鳴沢、うん、そうだったかも。うちのママはいつも『アヤちゃん』って呼んでるけど、おばさんは『あやこ』って呼んでた気がする」
「あいつか……」
苦々しそうに呟いて、愁は天を仰ぐ。
鳴沢綾子。
リンネの同級生。
いつも一緒に遊んでいた友達のうちの一人。
それが……類の従姉弟?
「えっ、なに? 友達?」
「元同級生、かな。確か、鳴沢の父親は不動産関係の仕事をしていたはずだから、家の譲渡に関わっていても不思議はない」
「アヤちゃんの家なら知ってるよ。行って、聞いてみようか?」
「鳴沢の家ならオレも知ってるが……悪い、そろそろ時間だ」
愁は休憩スペースの壁にかけられた時計をちらりと見てから、飲みかけの水を飲み干して立ち上がる。
「今日は合同合宿の打ち合わせがあるから休めないんだ。また今度な」
「ごめんシュウちゃん、忙しい時に……」
「また連絡する。暑いから、気をつけて帰れよ」
慌ただしく愁が去ったあと、取り残された小学生二人は、しばしぼんやりと黙り込んでいた。
「……買い物、行く?」
「……うん」
頷きながらも、凛音が気乗りしていない様子なのは明らかだったことだろう。
夏休みはまだ一ヶ月以上ある。すぐに貯金箱を作らなければいけない理由はどこにもなかった。
「……アヤちゃんち、二人で行ってみる?」
「行く」
今度はキッパリと凛音は答えた。
日差しが照りつけるなか、二人は川の向こうにある鳴沢宅を目指して歩き出すこととなった。
「アヤの家……全然変わってないや」
鳴沢綾子の家は、記憶のままだった。
庭に無造作に並べられた鉢植えの数は増えた気がするが、家の門から先の景色は、そのまま昔の面影を残している。
「来たことあるの?」
「うん……」
前世でなら、来たことがある。
綾子は漫画が好きでたくさん持っていたから、よくリンネは借りにいっていた。
「おばさーん、アヤちゃんいますかー?」
「まぁ、類くん、遊びに来てくれたの? あの子がこんな暑い中出かけるわけないわよ。どうせ暇してるんだから、外に引っ張り出してやって」
「いやぁ、今日はアヤちゃんに聞きたいことがあって……」
玄関に出てきたおばさんは、記憶よりも老けているように見えたけど気さくな雰囲気はそのままで、懐かしさがこみあげてくる。
部屋で綾子と漫画を読んでいたら、いつもせんべいなどのお菓子を持ってきてくれたおばさんの姿を思い出す。
「あら……今日はお友達も一緒?」
目が合って、ドキリとする。
一瞬、自分がリンネだということがバレるのではないかと思ったが、もちろんそんなことはなく、おばさんは愛想よく笑っただけだった。
「うん。学校の友達。凛音くんていうんだ」
「りんね……」
その単語には、おばさんはわずかに困ったような表情を浮かべた。
「懐かしいわねぇ。綾子の友達にもリンネちゃんて子がいたのよ。女の子だったんだけどね」
類と凛音は顔を見合わせた。
「そうなんですか」
凛音は曖昧な笑みを浮かべることしかできなかった。
それ以上話は盛り上がることなく、二人は綾子の部屋に案内される。
綾子の部屋は六畳の和室で、壁には本がぎっしり詰まった本棚がいくつも並んでいる。
さらには、棚に入りきらなかったらしい本の一部は、床に積み上げられていた。
「……あのねぇ、お母さん、私、暇じゃないのよ。いま、原稿中」
机に向かっていた綾子が億劫そうに振り返る。
伸びた前髪が顔にかかっている。さらに、眼鏡のレンズが光を反射して綾子の表情は読めなかったが、不機嫌そうな声だというのはハッキリわかった。
「ご、ごめんなさい……」
「えっ、なにその美少年……!」
おそるおそる謝罪の言葉を凛音が口にすると、従姉弟以外のお客さんがいることに気づいた綾子がパッと立ち上がる。
「類くんの友達。凛音くんだって」
「リンネ!?」
ずんずんと目の前までやってきた綾子は、眼鏡をはずすと、まじまじと凛音の顔を見つめてくる。
「あの……その、リンネのことで、聞きたいことが……」
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

それ以上近づかないでください。
ぽぽ
BL
「誰がお前のことなんか好きになると思うの?」
地味で冴えない小鳥遊凪は、ある日、憧れの人である蓮見馨に不意に告白をしてしまい、2人は付き合うことになった。
まるで夢のような時間――しかし、その恋はある出来事をきっかけに儚くも終わりを迎える。
転校を機に、馨のことを全てを忘れようと決意した凪。もう二度と彼と会うことはないはずだった。
ところが、あることがきっかけで馨と再会することになる。
「本当に可愛い。」
「凪、俺以外のやつと話していいんだっけ?」
かつてとはまるで別人のような馨の様子に戸惑う凪。
「お願いだから、僕にもう近づかないで」
ループももう17回目なので恋心を捨てて狼を愛でてスローライフを送りたい
箱根ハコ
BL
怪物シュタインを倒そうとした勇者パーティの補助系魔術師ルカスはシュタインを倒そうとして逆に殺された瞬間、2年前の魔術学校の生徒だった頃に戻された。そうして16回、学生からシュタインに殺されるまでの2年間を繰り返しついにパーティ全員生存ルートにたどり着くことができた。更には愛する相手であり、何度も振られてしまったレオンの幸せを祈り、彼の幼馴染であるエミリアとレオンの結婚式にまでこぎ着けた。これ以上はない最高のハッピーエンドだと越に入っていたルカスだったが、またも時間が巻き戻され17回目のループに突入してしまう。
そうして彼は決心した。レオンの幸せを願って成就したのにループから抜け出せなかったのだから自分の幸せを求めて生きていこう、と。そんな時に一匹の狼と出会い、彼とともにスローライフを送りたいと願うようになったが……。
無口系剣士☓一途な補助魔術師のループBLです。
「小説家になろう」にも投稿しています。
以下、地雷になるかもしれない事柄一覧
冒頭で攻めが別の女性と結婚します。
流血表現があります。
こちらのお話のスピンオフを開始しました。
興味ある方がいらっしゃいましたらよければどうぞ!
https://www.alphapolis.co.jp/novel/461376502/980883745

あなたと過ごした五年間~欠陥オメガと強すぎるアルファが出会ったら~
華抹茶
BL
子供の時の流行り病の高熱でオメガ性を失ったエリオット。だがその時に前世の記憶が蘇り、自分が異性愛者だったことを思い出す。オメガ性を失ったことを喜び、ベータとして生きていくことに。
もうすぐ学園を卒業するという時に、とある公爵家の嫡男の家庭教師を探しているという話を耳にする。その仕事が出来たらいいと面接に行くと、とんでもなく美しいアルファの子供がいた。
だがそのアルファの子供は、質素な別館で一人でひっそりと生活する孤独なアルファだった。その理由がこの子供のアルファ性が強すぎて誰も近寄れないからというのだ。
だがエリオットだけはそのフェロモンの影響を受けなかった。家庭教師の仕事も決まり、アルファの子供と接するうちに心に抱えた傷を知る。
子供はエリオットに心を開き、懐き、甘えてくれるようになった。だが子供が成長するにつれ少しずつ二人の関係に変化が訪れる。
アルファ性が強すぎて愛情を与えられなかった孤独なアルファ×オメガ性を失いベータと偽っていた欠陥オメガ
●オメガバースの話になります。かなり独自の設定を盛り込んでいます。
●最終話まで執筆済み(全47話)。完結保障。毎日更新。
●Rシーンには※つけてます。
15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~
深冬 芽以
恋愛
交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。
2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。
愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。
「その時計、気に入ってるのね」
「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」
『お揃いで』ね?
夫は知らない。
私が知っていることを。
結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?
私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?
今も私を好きですか?
後悔していませんか?
私は今もあなたが好きです。
だから、ずっと、後悔しているの……。
妻になり、強くなった。
母になり、逞しくなった。
だけど、傷つかないわけじゃない。
ゼラニウムの花束をあなたに
ごろごろみかん。
恋愛
リリネリア・ブライシフィックは八歳のあの日に死んだ。死んだこととされたのだ。リリネリアであった彼女はあの絶望を忘れはしない。
じわじわと壊れていったリリネリアはある日、自身の元婚約者だった王太子レジナルド・リームヴと再会した。
レジナルドは少し前に隣国の王女を娶ったと聞く。だけどもうリリネリアには何も関係の無い話だ。何もかもがどうでもいい。リリネリアは何も期待していない。誰にも、何にも。
二人は知らない。
国王夫妻と公爵夫妻が、良かれと思ってしたことがリリネリアを追い詰めたことに。レジナルドを絶望させたことを、彼らは知らない。
彼らが偶然再会したのは運命のいたずらなのか、ただ単純に偶然なのか。だけどリリネリアは何一つ望んでいなかったし、レジナルドは何一つ知らなかった。ただそれだけなのである。
※タイトル変更しました
幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。
秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚
13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。
歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。
そしてエリーゼは大人へと成長していく。
※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。
小説家になろう様にも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる