4 / 31
4 迷い
しおりを挟む「……嘘でしょ?」
「ごめん! 松山さんが胃腸炎で倒れちゃって、急にピンチヒッター頼まれて……凛音、一人で森倉くんのところ、行ってきてくれる?」
翌日。つまり、愁に会いに行く約束をした日、一緒に行く予定だった母が、急に行けなくなったと言い出した。
なんでも、自治会のイベントで運営の仕事をする予定だったご近所さんが急病になったとかで、代役を頼まれたらしい。
「お礼が言いたいって言ってたのはあんたでしょ? お菓子を渡してありがとうって言うだけでいいから。凛音ももう小学一年生だから、それぐらいできるわよね?」
「…………」
「市民プール、この時間だと電話が繋がらないのよ。予定の変更を伝えることもできないから、行くしかないわ」
愁の家の電話番号なら知っている。前世で何度も電話をかけていたから、覚えている。
でも、それを今の母に伝えることはできない。
「それじゃ、行ってきまーす!」
言葉を探して黙り込んでいる間に、母は慌ただしく出かけていってしまった。
現在の時刻は朝の七時。
市民プールがあくのは九時で、愁と待ち合わせの約束をしているのは八時だ。
あと一時間しかない。
プールまでは、徒歩十分ぐらい。
凛音はまだ寝起きで着替えてもいないけど、パンを食べるぐらいの時間ならあった。
(どうしよう。なにを言えばいいんだっけ?)
とりあえず、この間助けてもらったお礼を言って、それから……?
『リンネだよ。シュウちゃんならわかってくれるよね……? 生まれ変わったら男の子になっちゃったけど、また仲良くしてね』
そう無邪気に言えたなら、どんなによかっただろう。
この間、再会した時は、まわりに人がたくさんいたからゆっくり話すこともできなかった上、『また会えた』という凛音の言葉に愁がなにか反応を返す前に、凛音は半泣きの母に抱きつかれて、それどころではなくなってしまったし。
洗面所で顔を洗ったついでに、鏡に映った今の自分の顔を見る。
黒髪の男の子が映っていた。
顔はそんなに不細工じゃないと思うけど、特別可愛いわけではない。
リンネとは似ても似つかない。別人だ。
そもそも性別が違う。
「待って、もしかして、男の子じゃ、シュウちゃんと結婚できない……?」
生まれ変わって再会できたなら、今度こそシュウちゃんに告白して恋人になって、いずれは結婚できたらいいな、と考えていた。
(日本の今の法律って、どうなってたっけ……?)
少し前にテレビのニュースで、同性婚がどうとかやっているのをチラリと見た気がするが、その時は記憶が戻っていなかったので、気にもしていなかった。
「ていうかシュウちゃん、いくら中身がリンネでも、体が男の子なら付き合うのとか無理だったりして……?」
差別を嫌う愁のことだから、たとえば友達で同性しか好きになれないとかいうタイプの人間がいたとしても、偏見を持ったりせずに普通に接してくれると思うけど、自分が当事者になるのは話が別だろう。
「そもそもシュウちゃん、もうすでに彼女がいたりして……?」
愁は昔から優しくて人気があった。
成長して逞しさが加わり、さらにカッコよくなっていたから、彼女の一人や二人ぐらいいてもおかしくはない。
「リンネ、死んじゃったんだもんね。しょうがないよね……」
忘れてほしくない。
でも、愁にとって、来栖リンネは死んだ人間で、二人の思い出も過ぎ去った過去でしかなく、仮にもしあの頃、愁もリンネのことを好きだったとしても、十年たった今もなお好きでい続けることを強要できる者など、誰一人としていないのだ。
「でも、もし恋人がいなかったら、僕を恋人にしてもらおう」
絶望的な気分にさらされた凛音だが、これぐらいのふてぶてしさがなければ、生まれ変わってまで好きな人に会いに来たりしない。
なぜだか、逆に燃えてきた。
「よーし、この間買ってもらったおしゃれな服着ていこ!」
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

それ以上近づかないでください。
ぽぽ
BL
「誰がお前のことなんか好きになると思うの?」
地味で冴えない小鳥遊凪は、ある日、憧れの人である蓮見馨に不意に告白をしてしまい、2人は付き合うことになった。
まるで夢のような時間――しかし、その恋はある出来事をきっかけに儚くも終わりを迎える。
転校を機に、馨のことを全てを忘れようと決意した凪。もう二度と彼と会うことはないはずだった。
ところが、あることがきっかけで馨と再会することになる。
「本当に可愛い。」
「凪、俺以外のやつと話していいんだっけ?」
かつてとはまるで別人のような馨の様子に戸惑う凪。
「お願いだから、僕にもう近づかないで」
ループももう17回目なので恋心を捨てて狼を愛でてスローライフを送りたい
箱根ハコ
BL
怪物シュタインを倒そうとした勇者パーティの補助系魔術師ルカスはシュタインを倒そうとして逆に殺された瞬間、2年前の魔術学校の生徒だった頃に戻された。そうして16回、学生からシュタインに殺されるまでの2年間を繰り返しついにパーティ全員生存ルートにたどり着くことができた。更には愛する相手であり、何度も振られてしまったレオンの幸せを祈り、彼の幼馴染であるエミリアとレオンの結婚式にまでこぎ着けた。これ以上はない最高のハッピーエンドだと越に入っていたルカスだったが、またも時間が巻き戻され17回目のループに突入してしまう。
そうして彼は決心した。レオンの幸せを願って成就したのにループから抜け出せなかったのだから自分の幸せを求めて生きていこう、と。そんな時に一匹の狼と出会い、彼とともにスローライフを送りたいと願うようになったが……。
無口系剣士☓一途な補助魔術師のループBLです。
「小説家になろう」にも投稿しています。
以下、地雷になるかもしれない事柄一覧
冒頭で攻めが別の女性と結婚します。
流血表現があります。
こちらのお話のスピンオフを開始しました。
興味ある方がいらっしゃいましたらよければどうぞ!
https://www.alphapolis.co.jp/novel/461376502/980883745

あなたと過ごした五年間~欠陥オメガと強すぎるアルファが出会ったら~
華抹茶
BL
子供の時の流行り病の高熱でオメガ性を失ったエリオット。だがその時に前世の記憶が蘇り、自分が異性愛者だったことを思い出す。オメガ性を失ったことを喜び、ベータとして生きていくことに。
もうすぐ学園を卒業するという時に、とある公爵家の嫡男の家庭教師を探しているという話を耳にする。その仕事が出来たらいいと面接に行くと、とんでもなく美しいアルファの子供がいた。
だがそのアルファの子供は、質素な別館で一人でひっそりと生活する孤独なアルファだった。その理由がこの子供のアルファ性が強すぎて誰も近寄れないからというのだ。
だがエリオットだけはそのフェロモンの影響を受けなかった。家庭教師の仕事も決まり、アルファの子供と接するうちに心に抱えた傷を知る。
子供はエリオットに心を開き、懐き、甘えてくれるようになった。だが子供が成長するにつれ少しずつ二人の関係に変化が訪れる。
アルファ性が強すぎて愛情を与えられなかった孤独なアルファ×オメガ性を失いベータと偽っていた欠陥オメガ
●オメガバースの話になります。かなり独自の設定を盛り込んでいます。
●最終話まで執筆済み(全47話)。完結保障。毎日更新。
●Rシーンには※つけてます。
15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~
深冬 芽以
恋愛
交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。
2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。
愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。
「その時計、気に入ってるのね」
「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」
『お揃いで』ね?
夫は知らない。
私が知っていることを。
結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?
私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?
今も私を好きですか?
後悔していませんか?
私は今もあなたが好きです。
だから、ずっと、後悔しているの……。
妻になり、強くなった。
母になり、逞しくなった。
だけど、傷つかないわけじゃない。
ゼラニウムの花束をあなたに
ごろごろみかん。
恋愛
リリネリア・ブライシフィックは八歳のあの日に死んだ。死んだこととされたのだ。リリネリアであった彼女はあの絶望を忘れはしない。
じわじわと壊れていったリリネリアはある日、自身の元婚約者だった王太子レジナルド・リームヴと再会した。
レジナルドは少し前に隣国の王女を娶ったと聞く。だけどもうリリネリアには何も関係の無い話だ。何もかもがどうでもいい。リリネリアは何も期待していない。誰にも、何にも。
二人は知らない。
国王夫妻と公爵夫妻が、良かれと思ってしたことがリリネリアを追い詰めたことに。レジナルドを絶望させたことを、彼らは知らない。
彼らが偶然再会したのは運命のいたずらなのか、ただ単純に偶然なのか。だけどリリネリアは何一つ望んでいなかったし、レジナルドは何一つ知らなかった。ただそれだけなのである。
※タイトル変更しました
アラフォーだけど異世界召喚されたら私だけの王子様が待っていました。
ぬくい床子
恋愛
40才の誕生日、異世界に召喚されてしまった。
初めてのはずなのに何故か私のことを知ってる人達がいる。
どうもこの世界に聖女として来たことがあるらしい。
魔王が復活しそうなのでまた召喚されてしまった。
何故か見た目が若返っている。
「君が確かにここにいると感じたい」と王子様に抱きしめられるが以前の記憶がない。
魔王の攻撃を受けるが影を倒すたびに一度目に召喚された時の記憶が少しずつ戻ってくる。
「何としても君の記憶を取り戻したい」
自分との記憶を思い出して欲しい王子様。
召喚されたからにはこの世界を守りたいと聖女は願う。
完結しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる