そよ風に香る

あのにめっと

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本編

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 希と霞はとある店の中にいた。
「こ、こんにちは、予約していた井浦と申します」
 霞が緊張した面持ちで2人の身分証明書を見せる。
「わあ、2人ともよく来たね、待ってたよ。こっちこっち、早くおいで」
 それを確認して笑顔で2人を手招いた、希よりも遥かに軽薄そうな見た目の男を目の前にして、人を見た目で判断してはいけないと思いつつ、希も本当にここが「Ice」で、この男がIceの店長なのだろうかと不安になった。
「心配しなくても俺が店長だよ、アキラって呼んでよ。2人とも今日はよろしく」
 店長のアキラはそんな希の心中を見透かしたようににこやかに言った。
「兄さんがそんな見た目だからみんな警戒するんだと思うよ」
 店長によく似た茶髪の店員が呟く。
「ええ~なんで~?この方が話しかけやすいかなって思って~」
 アキラが指先でくるくると脱色した金髪を巻く。呆れたように店員はため息をつき、ちょうど来た客への対応を始めた。
「…まああいつのことは放っておいてだね、そうそう、この部屋、さあ入って」
 アキラはある部屋の前で止まると、カードでロックを解除して中に入る。2人もそれに続いた。
 ドアが閉まったのを確認し、アキラはソファを2人に勧めると、自分は向かいの椅子に座って話を切り出した。
「それで、首輪Collarの件で予約してくれたんだよね?どんな感じのがいい?」

 首輪Collarを買うならここにした方がいいと希の両親が勧めてくれたのがこの店だった。といっても、2人ともこの店の名前はよく知っていた。
 希達が小学生の頃、「Ice」1号店が生まれた。「全ての性を平等に」を掲げるこの店では、バース・ダイナミクスだけではなく全ての性に関わる商品を取り揃えていた。それだけではない。店には病院と薬局が併設され、客は商品について医師の説明を受けた上で買うことができる。もちろんプライバシーは完全に守られており、通販も展開した。それらを全て一度に行ったαDomの店長「アキラ」は、「現代に彗星のように現れた若き奇才」として名を馳せ、当時起きていた「解放運動」とも関連付けられ各種メディアで良くも悪くも有名になった。
 アキラはその後じわじわと「Ice」の店舗を増やし、今や国外にもいくつかの店を出しているという。ここはその本店であり、当時から変わらずアキラが店長を勤めている店だ。といってもわざわざここを選んだのではなく、偶然にもここが2人の家からは1番近かったのである。
 こう聞くとかなりの高級店である印象を受けるが、商品のお値段は実にリーズナブル。他では高い商品でも、ここでは大学生でも手が届くと人気の店である。
 ここでは指輪や首輪の受注も行っており、2人は首輪の注文のためここに来たのである。

「ねえ、首輪どういうのにする?」
 引っ越した先でいくつかのダイナミクス用雑誌を床に広げ、首輪Collarコーナーを見比べながら希が尋ねた。ここに載っているのはあくまで一例であり、Sub用の首輪は特注するのが良しとされる。世界に1人だけのSubには世界に1つだけの首輪を、ということだ。
 もちろんDomが全額負担する。DomとSubの契約は結婚や番ほど法的にも物理的にも拘束力があるわけではないが、だからこそ大事な時には形式が重要なのである。
「うーん…1から考えるのも無理ですけど、こうもいっぱい例があると選べないですね…」
「土台は丈夫な方がいいよな、鎖繋げるかもしれないし」
「はい…いや、はいじゃない、その話まだ続いてたんですか!?」
「でもって、俺としては金属の装飾が欲しい。なんかかっこいいし」
「流された…」
「でも俺金属そんなに強くないから、チタンがいいかな。で、デザインはどうする?」
「そこを丸投げするんですか…」
「だってさぁ、思いつかないんだもん」
「僕も思いつかないですよ…」
 しばらく2人で頭を悩ませる。そんなやり取りを何度か繰り返した後、ふと、ある雑誌の記述に目が留まった。
「そうだ、こうしない?」
 希の話に霞は耳を傾けた。

「ふむふむ、土台の方は明るい茶色の革で作って、前にチタンで南京錠型のチャームを付けるのね」
 話を聞きながらアキラはさらさらと首輪のデザイン図を描いていく。まさに希達が説明した通りの見た目だ。
「はい、ごっついの」
「そんで錠ついてる輪っかに鎖つけるの?」
「なんでアキラさんまで!?」
「いやー俺もαDomだし?いろーんな人のために首輪Collar作ってるわけだし?」
「プロの目はごまかせないってことだろ」
「そういうこと」
 そう言ってアキラはウィンクをした。確かに聞いていた通りである。「アキラ」は一見ただの軽薄な男に見えるが、話してみると話しやすく、こちらの言外の意図まで汲み取ってくれる…と。

「で、もう一つ、腕輪が欲しくて」
「えっ」
「ははーん、霞君の方には揃いの腕輪を付けて、そこに鍵の装飾を付けるんでしょ?」
「そう、それで、その腕輪は俺のお金で払います」
「ちょっと!それ初耳なんですけど!?」
「俺の心を霞は開いてくれた。そうだろ?」
「それは僕の方だって、希さんも僕を自由にしてくれました」
「いや違う、この鍵と錠はこのDomがこのSubの心の鍵を握っています、このDomだけがこのSubをスペースに導けます、っていう意味なのよ」
「ちょっと、そこまではっきり言われると恥ずかしい…」
「えっ…あっ!?」
 希が顔を両手で覆い、一瞬遅れて霞が希と同じく真っ赤になる。
「そんで首輪とセットで買う腕輪は、このDomはいついかなる時でも相手のSubのリードを離しませんって意味があるわけ。ふーん、これ希君が考えたの?」
「お、俺は偶然雑誌で見ただけで…」
「でも選んだの希君でしょ?いいね~、めちゃくちゃ愛されてるよ、君。結構Subの方も執着重いことが多いんだよね、それがいいんだけどさ」
 アキラはニヤニヤ笑いながら描き進め、トントンとペンで紙を叩いた。
「じゃあこれで決まり?」
「はい、それでお願いします」
「本当にイメージの通りだ…よろしくお願いします」
「よーし決まりね」
「それで、その、お値段なんですけど…」
「ああ値段ね、うーん、そうだな…」
 アキラは電卓を叩いて希達に見せる。それを覗いて、2人は目を丸くした。
「えっ、これでいいの!?」
「大丈夫なんですか!?桁1つ間違ってません!?」
「ううん、これで合ってるよ。君達まだ若いし、元々この仕事は道楽でやってるようなもんだし、これらは俺からの応援価格ってことで」
「そんな…ありがとうございます!」
「まあその分払えるやつらからふんだくればいいわけだし?」
 アキラがほくそ笑む。せっかくいいことを言ったのに台無しである。
「ええ…言っちゃっていいんですかそんなこと…」
「いや、あいつら言い値で買うもん。俺の製品めちゃくちゃ良いから。その分君達のような若者に回せるってわけ。んで君達付き合いたてでしょ?必要なものとか色々出てくると思うし、その時はどうぞ当店をご贔屓に!それにうちでは指輪も作ってるからな!」
「しょ、商売上手…」

 完成次第連絡するということで2人はIceを後にした。
「はあ…話しやすくはありましたけどどっと疲れましたね…」
「俺はまあ、楽しい人だと思ったよ」
「確かに楽しそうにしてましたね。というかあの腕輪…」
「うん、アキラが言ってたのは全部本当。だって霞は俺だけのDomだろ?」
「…はい」
 繋いだ手がもじもじと動く。それを希はしっかりと握り直した。
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