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本編
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他に場所がなかったため、神原はとりあえずしばらく会社のプレイルームを使う許可を取った。しかし裏を返せば新家と神原がこれから毎週プレイをすることになったということが職場内に知れ渡ったということでもあり、そのためか同僚達の視線をしばしば感じた。好奇というよりは心配だ。
新家自身も何か言いたげに遠慮がちな目をこちらに向けることがあったが、神原はどれも無視して普段通りに業務をした。Domの動揺をSubは敏感に感じとる。多くのSubを相手にする「レン」として、それは当然避けるべきことだった。
金曜日がやってきた。朝から新家は見るからに落ち着かない様子だったので神原はこいつ大丈夫かなと思いながらオフィスを出たが、帰ってきて様子を見る限りはいつも通り今日もミスなく仕事をこなしたようだった。さすがにαと言うべきなのだろうか。
「残業したら神原さんに迷惑かかるじゃないですか」
終業後、他の職員が帰って2人きりになった後にそれとなく褒めたら、新家は当然のようにそう言った。
「え、気にしなくていいのに」
「気にしますよ、元はと言えば僕のせいなんですからこれ以上僕が足引っ張るわけにはいきません」
「そっか、ありがとな」
そう言うと新家が嬉しそうに目を細めた。
「繰り返すけど、プレイ中に俺のことを呼ぶ時は『レン』って呼んで。セーフワードは『ロータス』。コマンドも仕事で使うものだけ。それだけ覚えてくれたらいいから」
ゴム手袋をはめながら、神原は新家に言う。
Dom派遣サービスが公営だった時代は、性的あるいは暴力的行為は徹底的に禁止されていた。それ以外の行為であってもSubに触れるのは手袋越しという規則まであった。民営化後にはニーズに応じてそれらのサービスを提供する会社もいくつか出来たと聞くが、そういったところはさらに厳しい基準を満たす必要がある。当然リスクも高いため、今でも大多数の企業は以前の規則を継承している。神原も別にたとえ仕事とはいえ見ず知らずのSubにそういう行為が出来る人間ではなかったため、限られたサービスのみを提供する会社で働いている。
前に勤めていた会社も、そうだった。
「分かりました」
「覚えが早くて助かるな。じゃあとりあえずKneelの姿勢になって」
コマンドを投げかけるとともに、神原は「レン」に切り替わる。口調は軽く、なるべくにこやかに、しかしグレアは忘れずに。レンはそれを心がけていた。グレアも強すぎるとSubが萎縮する場合もあるし、逆に性的な刺激になってしまうこともある。そのため、常にグレアの量は少ないままで保つ必要があった。かと言って少なすぎるとプレイ欲が解消されず、プレイの意味がなくなってしまう。適量はSubによって異なるので、その絶妙なバランスを測る必要がある。
これが結構難しい。Domは基本的にSubを支配したい欲求を持つのでグレアが強くなりやすい。逆にSubを悦ばせたいと思って無意識にグレアの量を増やしてしまうこともある。Domのグレアは本能の領域なのだ。それを理性で抑え込み、Subの反応を見て精密に量を調節する技術を習得出来るかは、まずはそのDomの素質次第だ。それに加えて相当な訓練をする必要がある。この仕事を何年も続けている今のレンは慣れているが、資格を得るまでにはそれは大変な努力をしたものだ。
新家がぺたんと座り込む。最近のスーツは動きやすいというが、やはりプレイ中は楽な服がいいだろうということで事前に別室で持参した服に着替えてもらっていた。地味なスウェットを着た新家がレンを見上げる。
「ちゃんとおすわり出来るんだな、偉い偉い」
「さすがにそれくらいは出来ますよ。プレイが初めてというわけでもないですし」
「いや、結構出来ないやつもいるんだって。そういう場合はまずやりやすいKneelの姿勢を探すところから始める」
「そうなんですね」
そろそろ新家が次のコマンドが欲しそうな顔をし始めた。それを見てレンがあるものを取り出す。
「これ、なんだか分かる?」
「何って…ボール?」
「正解。じゃあちょっと四つん這いになって、そうそう。じゃあこれ投げるから、手で持ってきて。行くぞ、取ってこーい」
ボール投げは意外とΩSubには人気である。繰り返す内に楽しくなってくるらしい。実際最初は困惑したように首を傾げていた新家も、何度も褒めると次第に笑顔になってきた。なんとなく人懐こい犬のようだ。
レンの腕が疲れたところで、あらかじめセットしていたタイマーが鳴った。
「はい、ここまでだな。お疲れ様。…調子はどうだ?」
プレイの終了を告げ、「神原」に戻る。新家は少しの間ぼうっとしていたが、我に返ったように軽く頭を振って立ち上がる。
「そうですね、仕事後なのになんか久々に頭が軽い気がします。結構無理してたんですね、僕」
「そうだな、なんか雰囲気がさらに明るくなった気がする」
「神原さんのおかげですよ。さすがプロですね」
「そりゃ、伊達にこの仕事やってないから。どうだ?続けるか?」
「そうですね、神原さんの迷惑でなければ」
「全然。じゃあ来週もプレイしような」
神原は新家に笑いかけた。1回プレイしただけだが、新家への苦手意識が薄くなった気がする。新家も微笑んで、またスーツに着替えるため別室に戻った。後は全部新家が片付けるというので、お言葉に甘えて神原は先に帰ることにした。
新家自身も何か言いたげに遠慮がちな目をこちらに向けることがあったが、神原はどれも無視して普段通りに業務をした。Domの動揺をSubは敏感に感じとる。多くのSubを相手にする「レン」として、それは当然避けるべきことだった。
金曜日がやってきた。朝から新家は見るからに落ち着かない様子だったので神原はこいつ大丈夫かなと思いながらオフィスを出たが、帰ってきて様子を見る限りはいつも通り今日もミスなく仕事をこなしたようだった。さすがにαと言うべきなのだろうか。
「残業したら神原さんに迷惑かかるじゃないですか」
終業後、他の職員が帰って2人きりになった後にそれとなく褒めたら、新家は当然のようにそう言った。
「え、気にしなくていいのに」
「気にしますよ、元はと言えば僕のせいなんですからこれ以上僕が足引っ張るわけにはいきません」
「そっか、ありがとな」
そう言うと新家が嬉しそうに目を細めた。
「繰り返すけど、プレイ中に俺のことを呼ぶ時は『レン』って呼んで。セーフワードは『ロータス』。コマンドも仕事で使うものだけ。それだけ覚えてくれたらいいから」
ゴム手袋をはめながら、神原は新家に言う。
Dom派遣サービスが公営だった時代は、性的あるいは暴力的行為は徹底的に禁止されていた。それ以外の行為であってもSubに触れるのは手袋越しという規則まであった。民営化後にはニーズに応じてそれらのサービスを提供する会社もいくつか出来たと聞くが、そういったところはさらに厳しい基準を満たす必要がある。当然リスクも高いため、今でも大多数の企業は以前の規則を継承している。神原も別にたとえ仕事とはいえ見ず知らずのSubにそういう行為が出来る人間ではなかったため、限られたサービスのみを提供する会社で働いている。
前に勤めていた会社も、そうだった。
「分かりました」
「覚えが早くて助かるな。じゃあとりあえずKneelの姿勢になって」
コマンドを投げかけるとともに、神原は「レン」に切り替わる。口調は軽く、なるべくにこやかに、しかしグレアは忘れずに。レンはそれを心がけていた。グレアも強すぎるとSubが萎縮する場合もあるし、逆に性的な刺激になってしまうこともある。そのため、常にグレアの量は少ないままで保つ必要があった。かと言って少なすぎるとプレイ欲が解消されず、プレイの意味がなくなってしまう。適量はSubによって異なるので、その絶妙なバランスを測る必要がある。
これが結構難しい。Domは基本的にSubを支配したい欲求を持つのでグレアが強くなりやすい。逆にSubを悦ばせたいと思って無意識にグレアの量を増やしてしまうこともある。Domのグレアは本能の領域なのだ。それを理性で抑え込み、Subの反応を見て精密に量を調節する技術を習得出来るかは、まずはそのDomの素質次第だ。それに加えて相当な訓練をする必要がある。この仕事を何年も続けている今のレンは慣れているが、資格を得るまでにはそれは大変な努力をしたものだ。
新家がぺたんと座り込む。最近のスーツは動きやすいというが、やはりプレイ中は楽な服がいいだろうということで事前に別室で持参した服に着替えてもらっていた。地味なスウェットを着た新家がレンを見上げる。
「ちゃんとおすわり出来るんだな、偉い偉い」
「さすがにそれくらいは出来ますよ。プレイが初めてというわけでもないですし」
「いや、結構出来ないやつもいるんだって。そういう場合はまずやりやすいKneelの姿勢を探すところから始める」
「そうなんですね」
そろそろ新家が次のコマンドが欲しそうな顔をし始めた。それを見てレンがあるものを取り出す。
「これ、なんだか分かる?」
「何って…ボール?」
「正解。じゃあちょっと四つん這いになって、そうそう。じゃあこれ投げるから、手で持ってきて。行くぞ、取ってこーい」
ボール投げは意外とΩSubには人気である。繰り返す内に楽しくなってくるらしい。実際最初は困惑したように首を傾げていた新家も、何度も褒めると次第に笑顔になってきた。なんとなく人懐こい犬のようだ。
レンの腕が疲れたところで、あらかじめセットしていたタイマーが鳴った。
「はい、ここまでだな。お疲れ様。…調子はどうだ?」
プレイの終了を告げ、「神原」に戻る。新家は少しの間ぼうっとしていたが、我に返ったように軽く頭を振って立ち上がる。
「そうですね、仕事後なのになんか久々に頭が軽い気がします。結構無理してたんですね、僕」
「そうだな、なんか雰囲気がさらに明るくなった気がする」
「神原さんのおかげですよ。さすがプロですね」
「そりゃ、伊達にこの仕事やってないから。どうだ?続けるか?」
「そうですね、神原さんの迷惑でなければ」
「全然。じゃあ来週もプレイしような」
神原は新家に笑いかけた。1回プレイしただけだが、新家への苦手意識が薄くなった気がする。新家も微笑んで、またスーツに着替えるため別室に戻った。後は全部新家が片付けるというので、お言葉に甘えて神原は先に帰ることにした。
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