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そんなこんなで、一年以上が過ぎた。何度か発情期を共に過ごすうちに僕は河原のいる発情期に慣れてきたし、プレイも割と河原が順応してきて最近はリードを見せるだけで顔を蕩けさせるようになった。指摘すると絶対否定するんだけど、しばらくするとまたうっとりした表情になってくるから面白い。この分だといつかスペースにも入れるんじゃないかな。楽しみだな。
この日常が永遠に続くんじゃないかと思い始めた、ある日のこと。
その日は休日で、僕は河原と買い物をしていた。荷物持ち要員なだけではなく、河原はなんと忙しい僕のために料理まで作ってくれるのである。料理が上手くない自覚はあったのでありがたいけど、なんだかこっちが飼われてる気になるな…っていうか河原だって僕と同じくらい忙しいはずなんだけどな…。
そんなことを思いながら歩いていると、河原の背中にぶつかった。「ちょっと、急に止まらないでよ」って言おうとしてその顔を見ると、河原がある一点を凝視していた。その先には2人連れの男性がいて、片方が同じように河原を見つめていた。
知り合いか?と思ったら、首元に違和感が生じた。触ってみると…項の噛み跡が消えていた。
一瞬世界が止まった気がして、それからざあっと血の気が引いていった。「運命の番」だ。そうに違いない。会う確率は宝くじの1等が当たるくらいとすら言われるのに、そんなことってある?
彼は運命の番を見つけてしまった。僕の嘘にも気づいたはずだ。もうここにはいられない。それだけが僕の頭を占めた。どこに行けばいいのかも分からないまま、とりあえず踵を返して離れようと数歩走って…。
「ねえ、どこへ行くんです?」
その声が聞こえると同時にぴたりと足が止まった。しょうがないだろう。αの強いフェロモンがそのままこちらに向けられたら、僕には逆らえない。運命の番ならともかく、僕と河原の間にはフェロモン抑制剤も感知抑制剤もあるはずなのにどういうこと?発情しているとはいえ、こいつそんな強いフェロモン出せるの?僕はあんなに苦労したのに!
それに声が、地を這うようなその猫撫で声が恐ろしい。逃げなくちゃいけないのに、体が震えて言うことを聞いてくれない。
「あなたは僕と帰るんですよ、そうでしょう?」
見なくてもわかる。河原はこっちを向いている。どうして僕の方を見てそんなことを言ってるんだ。αの威嚇フェロモンぶちまけてるから僕だけじゃなくてみんな固まってるじゃないか。
「ああ、動けないんですね。可哀想に。じゃあ、僕が連れて行ってあげましょう」
いつの間にか真後ろから声がして、ひ、と声が出た。それで気づいたら抱えあげられていて、景色が勢いよく流れていた。色んな人の悲鳴が聞こえてくる。
威嚇垂れ流しながら全速力で走るなんて、それこそ犯罪じゃないだろうか。僕が言えたことじゃないけど。…なんて言おうとしても、威圧がすごすぎて口が動かせない。震えるだけで精一杯。そのうちに家についた。
「僕ねえ、フェロモンがなんとなく『視える』んですよ」
ずかずかと玄関に上がり、荷物を片付けている間河原は無言だった。僕は逃げられなくて、それを見ているしかなかった。そしてなぜかまた僕を抱えあげ、どこかへ運びながら河原は口を開いた。
「例えば僕が前付き合ってた人のフェロモンは凛としていて、まさに澱みの中から咲く蓮の花のように澄んでいるんです。対して、あなたのフェロモンは粘っこくて、そうですね、まるで葛湯のようで、見やすいんですよね」
過去の男を引き合いに出され、僕のフェロモンについてもどこか引っかかるような言い方をされてむっとする。いいじゃないか葛湯。僕は好きだぞ。そしてここはベッドだよね?
「で、あなたのフェロモンは僕に向かって真っ直ぐに飛んできたんです。だから僕も騙されましたよ。あなたが僕の運命の番だって。
でもさっき本物に会って初めて知ったんですけど、Ωが運命の番に会って発情した時もフェロモンは辺りに撒き散らされるんですね。指向性を持たないんです。
あれじゃあ感知抑制剤がなかった時代は大変だったでしょうね。だからαもいち早く発情を起こして他のαを威嚇するのかもしれませんが。
いや、こうして憶測を並べ立てるまでもない。『僕はさっき本物の運命の番に会った』、これはもう紛れもない事実です。ということは、ですよ?あれ、あなたの仕業だったんですね?発情期を利用してαと番になろうとするなんてよくある事件ですけど、まさか僕がまんまとやられるとはね。
というか発情期の周期からは外れてるから、もしかして誘発剤でも使ったんですか?よくそんなことやりましたね。出すとこ出せば捕まるどころか人生終わりますよ?ほら、飲んでくださいこれ」
早口でまくし立てる河原の言う通りだ。じゃあなんで、今こいつは僕を押し倒している?運命の番からはずいぶん離れて頭も冷えたはずなのに、まだフェロモン出しっぱなしでさ。僕の発情も誘発されてるじゃないか。このままセックスしてこいつが僕の項を噛んだらまた番になってしまうというのに、なんで僕の服を脱がせにかかってるんだ?それで今飲ませてきたこれは発情期用避妊薬だな?
「でも僕、あなたが運命の番じゃなくてよかったって思ってますよ。あなたが何を思ったのか知りませんけど、『運命の番』って僕にとっては思い出したくない言葉なので。
昔付き合ってたΩDomを繋ぎ止めるために、苦し紛れに『運命の番』なんてワードを出して、無理矢理レイプしようとしたんですよ。次の発情期には番になるって約束してたのにね。あの人が僕を愛していたことだって分かっていたのに、醜い嫉妬なんかして。
それで捕まって、未練たらたらでストーキングするものだからまた捕まって。ようやく出られたと思ったらこれですから。ほーんと、嫌になっちゃいますよね」
だからなんでなんだよ。最初から僕は間違えてたってことじゃないか。こいつの地雷を踏み抜いてたのに、なんで今まで僕に付き合ってくれてたんだ?運命の番だから離れられないと思ったのか?いやその割にはあっさりさっきのΩからは離れてたよな?「運命の番じゃなくてよかった」ってなんだ?
「早く種明かしして欲しいって顔してますね?いやあ、だって、ねえ?僕をここまで好いて束縛してくれる人から離れるわけないじゃないですか?それに見てなかったでしょうけど、あっちも今の番の方がいいみたいでしたよ。血が出そうなくらい自分の腕を噛んでまで僕を拒絶してましたもん。もう妬けちゃいますよね、羨ましい限りで。ですから、」
僕達もそろそろ進みましょうよ、との声に怖気が走る。でも発情した身にはそれすらも快楽だ。それなのにこんなことをつらつらと考えられるくらいには理性がある。いや、その程度の理性は残るように調整されている。
どうしてこんなものを拾ってしまった。従順な犬だと思ったのに、これじゃあまるで蛇だ。いつの間にか僕を絡めとって、その牙で今度こそ一生消えない毒を流しこもうとしている。
それが、たまらなく、うれしい。
「僕を無理やり番にしたことは黙っててあげますから、もう一度やり直しましょうよ。僕達、共犯ですよ?ねえ?いい響きでしょ?」
薄い笑みを浮かべたまま河原がこちらを覗き込んでくる。おぞましいほどの歓喜で視界が滲む。
もうこの泥沼に、堕ちる以外に道はない。ようやく、口が動いた。
「分かった。一緒に、行こう」
それを聞いてより一層嬉しそうに笑ったαからさらに容赦のないフェロモンが発せられる。フェロモンは嘘がつけない。こんな話し方しか出来ないけれど、この不器用なαSubは確かに僕を愛しているのだと分かる。そして僕も、やはり彼を愛している。そもそも僕の方は会う前から彼に惚れ込んでいたのだ。
随分遠回りをしたが、僕達は結局似合いの番だ。
この日常が永遠に続くんじゃないかと思い始めた、ある日のこと。
その日は休日で、僕は河原と買い物をしていた。荷物持ち要員なだけではなく、河原はなんと忙しい僕のために料理まで作ってくれるのである。料理が上手くない自覚はあったのでありがたいけど、なんだかこっちが飼われてる気になるな…っていうか河原だって僕と同じくらい忙しいはずなんだけどな…。
そんなことを思いながら歩いていると、河原の背中にぶつかった。「ちょっと、急に止まらないでよ」って言おうとしてその顔を見ると、河原がある一点を凝視していた。その先には2人連れの男性がいて、片方が同じように河原を見つめていた。
知り合いか?と思ったら、首元に違和感が生じた。触ってみると…項の噛み跡が消えていた。
一瞬世界が止まった気がして、それからざあっと血の気が引いていった。「運命の番」だ。そうに違いない。会う確率は宝くじの1等が当たるくらいとすら言われるのに、そんなことってある?
彼は運命の番を見つけてしまった。僕の嘘にも気づいたはずだ。もうここにはいられない。それだけが僕の頭を占めた。どこに行けばいいのかも分からないまま、とりあえず踵を返して離れようと数歩走って…。
「ねえ、どこへ行くんです?」
その声が聞こえると同時にぴたりと足が止まった。しょうがないだろう。αの強いフェロモンがそのままこちらに向けられたら、僕には逆らえない。運命の番ならともかく、僕と河原の間にはフェロモン抑制剤も感知抑制剤もあるはずなのにどういうこと?発情しているとはいえ、こいつそんな強いフェロモン出せるの?僕はあんなに苦労したのに!
それに声が、地を這うようなその猫撫で声が恐ろしい。逃げなくちゃいけないのに、体が震えて言うことを聞いてくれない。
「あなたは僕と帰るんですよ、そうでしょう?」
見なくてもわかる。河原はこっちを向いている。どうして僕の方を見てそんなことを言ってるんだ。αの威嚇フェロモンぶちまけてるから僕だけじゃなくてみんな固まってるじゃないか。
「ああ、動けないんですね。可哀想に。じゃあ、僕が連れて行ってあげましょう」
いつの間にか真後ろから声がして、ひ、と声が出た。それで気づいたら抱えあげられていて、景色が勢いよく流れていた。色んな人の悲鳴が聞こえてくる。
威嚇垂れ流しながら全速力で走るなんて、それこそ犯罪じゃないだろうか。僕が言えたことじゃないけど。…なんて言おうとしても、威圧がすごすぎて口が動かせない。震えるだけで精一杯。そのうちに家についた。
「僕ねえ、フェロモンがなんとなく『視える』んですよ」
ずかずかと玄関に上がり、荷物を片付けている間河原は無言だった。僕は逃げられなくて、それを見ているしかなかった。そしてなぜかまた僕を抱えあげ、どこかへ運びながら河原は口を開いた。
「例えば僕が前付き合ってた人のフェロモンは凛としていて、まさに澱みの中から咲く蓮の花のように澄んでいるんです。対して、あなたのフェロモンは粘っこくて、そうですね、まるで葛湯のようで、見やすいんですよね」
過去の男を引き合いに出され、僕のフェロモンについてもどこか引っかかるような言い方をされてむっとする。いいじゃないか葛湯。僕は好きだぞ。そしてここはベッドだよね?
「で、あなたのフェロモンは僕に向かって真っ直ぐに飛んできたんです。だから僕も騙されましたよ。あなたが僕の運命の番だって。
でもさっき本物に会って初めて知ったんですけど、Ωが運命の番に会って発情した時もフェロモンは辺りに撒き散らされるんですね。指向性を持たないんです。
あれじゃあ感知抑制剤がなかった時代は大変だったでしょうね。だからαもいち早く発情を起こして他のαを威嚇するのかもしれませんが。
いや、こうして憶測を並べ立てるまでもない。『僕はさっき本物の運命の番に会った』、これはもう紛れもない事実です。ということは、ですよ?あれ、あなたの仕業だったんですね?発情期を利用してαと番になろうとするなんてよくある事件ですけど、まさか僕がまんまとやられるとはね。
というか発情期の周期からは外れてるから、もしかして誘発剤でも使ったんですか?よくそんなことやりましたね。出すとこ出せば捕まるどころか人生終わりますよ?ほら、飲んでくださいこれ」
早口でまくし立てる河原の言う通りだ。じゃあなんで、今こいつは僕を押し倒している?運命の番からはずいぶん離れて頭も冷えたはずなのに、まだフェロモン出しっぱなしでさ。僕の発情も誘発されてるじゃないか。このままセックスしてこいつが僕の項を噛んだらまた番になってしまうというのに、なんで僕の服を脱がせにかかってるんだ?それで今飲ませてきたこれは発情期用避妊薬だな?
「でも僕、あなたが運命の番じゃなくてよかったって思ってますよ。あなたが何を思ったのか知りませんけど、『運命の番』って僕にとっては思い出したくない言葉なので。
昔付き合ってたΩDomを繋ぎ止めるために、苦し紛れに『運命の番』なんてワードを出して、無理矢理レイプしようとしたんですよ。次の発情期には番になるって約束してたのにね。あの人が僕を愛していたことだって分かっていたのに、醜い嫉妬なんかして。
それで捕まって、未練たらたらでストーキングするものだからまた捕まって。ようやく出られたと思ったらこれですから。ほーんと、嫌になっちゃいますよね」
だからなんでなんだよ。最初から僕は間違えてたってことじゃないか。こいつの地雷を踏み抜いてたのに、なんで今まで僕に付き合ってくれてたんだ?運命の番だから離れられないと思ったのか?いやその割にはあっさりさっきのΩからは離れてたよな?「運命の番じゃなくてよかった」ってなんだ?
「早く種明かしして欲しいって顔してますね?いやあ、だって、ねえ?僕をここまで好いて束縛してくれる人から離れるわけないじゃないですか?それに見てなかったでしょうけど、あっちも今の番の方がいいみたいでしたよ。血が出そうなくらい自分の腕を噛んでまで僕を拒絶してましたもん。もう妬けちゃいますよね、羨ましい限りで。ですから、」
僕達もそろそろ進みましょうよ、との声に怖気が走る。でも発情した身にはそれすらも快楽だ。それなのにこんなことをつらつらと考えられるくらいには理性がある。いや、その程度の理性は残るように調整されている。
どうしてこんなものを拾ってしまった。従順な犬だと思ったのに、これじゃあまるで蛇だ。いつの間にか僕を絡めとって、その牙で今度こそ一生消えない毒を流しこもうとしている。
それが、たまらなく、うれしい。
「僕を無理やり番にしたことは黙っててあげますから、もう一度やり直しましょうよ。僕達、共犯ですよ?ねえ?いい響きでしょ?」
薄い笑みを浮かべたまま河原がこちらを覗き込んでくる。おぞましいほどの歓喜で視界が滲む。
もうこの泥沼に、堕ちる以外に道はない。ようやく、口が動いた。
「分かった。一緒に、行こう」
それを聞いてより一層嬉しそうに笑ったαからさらに容赦のないフェロモンが発せられる。フェロモンは嘘がつけない。こんな話し方しか出来ないけれど、この不器用なαSubは確かに僕を愛しているのだと分かる。そして僕も、やはり彼を愛している。そもそも僕の方は会う前から彼に惚れ込んでいたのだ。
随分遠回りをしたが、僕達は結局似合いの番だ。
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