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第七話『それって隠蔽じゃない!?』

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――口火を切ったのは吉村リーダーだ。
「……日野、休憩入っていいぞ」
可哀想な人を見るような目だった
「わ、あの、疲れてるとかそういうのじゃなくてーっ」
違くてーっ、とワタワタしている。
う……。
小毬さん、すまん。
「ホントだ」
スマホを操作していた南雲くんが眉をひそめた。
「メインページに遷移すると出るね、コレ」

正解。
コメントはメインページに書くことができる。
つまり、コメントに埋めたスクリプトは『メインページを見た人全員』に対してもれなく実行される。
なのでもしこれをやられたら、このサービスを使う全ユーザーが被害に遭うということになるだろう。

「それやったの、私です」
私が口にすると、「は?」という目線が集まった。
「えぇぇぇっ!! み、美月ちゃん、ど、ど、どういう……?」
小毬さんなんて普通に声に出ている。

「――メインページのコメントに、htmlタグを入れるとコメントにタグが反映されます」
さっきコメントに反映させた『2段の表』をみんなに見せた。
キョトン、とした小毬さんに南雲くんが何かをささやいている。たぶん軽く説明しているのだ。
「これは――まぁタグ反映も問題ですが、そのタグを悪用して、ユーザーがプログラムを実行できてしまいます」
……危険度が伝わっていないのか、みんなが「それで?」といった顔になっている。
「例えば、今みたいに勝手にポップアップを出すこともできます」
「こ、これ……?」
小毬さんがスマホに表示された「こんにちは」を見ていたので、私はコクリとうなずいた。
「万が一、悪意あるユーザーに利用されるとポップアップを無限に出してユーザーがサービスを使えなくしたり、詐欺サイトに飛ばしたり、登録したユーザーの情報を抜かれる恐れがあります」
「それって……それって……」
大きく目を見開く小毬さん。
「使ってくれるユーザーの人たちが……大変なことになる……?」
SNS炎上くらいで済めばいいが、ウチの規模の会社ならニュースサイトにおもしろおかしく晒されるか、最悪広告主やユーザーからの訴訟問題だろう。
「もしやられたら大変な事になるのは間違いありません」
「えええええええぇぇぇぇぇぇーーーっ!?」
事の大きさに気付いたのか、小毬さんが目を白黒させて飛び上がった。
「えと、えとえと!! ば、バグチケットの登録……ううん、えと、もう明日リリースだしまず企画さんに第一報を――」
いやよかった。リリース前に重大な問題を見つけられ――

「待て日野!!」
「っ!?」

吉村リーダーが険しい顔で小毬さんを制止した。
「――なぁ、おまえさぁ」
私を苛立たし気に睨みつけてきた。
「誰がペットの里親サイトなんかにプログラム打ちに来んだよ?」
「え……? いや、なので万が一悪意あるユーザーが来たら……」
「で」
――苛立たしいのか、人差し指の先で机をカンカンと叩き始めた。
「その万が一の悪意あるユーザーってのは、週一で来るのか? 月一か?」
「それは……」
これは発生頻度の類の問題ではない。
一回遭遇したら大ダメージを与えていく問題だ。
けどその「一回」はサービス存続中に一度もないかもしれないし、来週かもしれない。
「状況わかってねぇみたいだから言うけどな、明日オレたちリリースでカツカツなわけよ」
バリバリと頭をかく。
「ウチはテスト項目がまだ片付いてないんだわ。進捗見てるけどおまえの担当なんて完了1項目ってどういうことだよ? な?」
何しくれるんだと言いたげな目が向けられる。
「開発もバグ修正とリリース準備でカツカツで余裕ないわけよ。わかってるか?」
これ見よがしに大きなため息。

「おまえの言ったそれは。」
「このクソ忙しい今。」
「やる必要があんのか?」

「…………っ」
散々言われて悔しい。
けどだ。
言われた通りカツカツの状況なのだ。
ここまで言われると、この状況で緊急で修正を突っ込まずとも、後日修正して配布するのが妥当にも思えてくる。
内部の設計によって修正の難度は変わる。
開発に報告してリリース前の修正可否の判断を仰ぐのが妥当――

「ったくよ。いいから黙ってテスト項目書進めろ。わざわざそんなもん報告すんな」

――ッ!
待て。
報告するなって言った?
リスクがあることがわかったのに?
現状とリスクの天秤で今すぐ修正するかしないかの判断はあるかもしれない。
けどね。
報告しないのは違うだろ。
「お言葉ですが――」

「はいはいはいーーーっ!!」

割り込むように小毬さんが突然元気に手を挙げた。
「美月さんにバグチケットの登録のやり方を教えていないので、今ので練習してもらおうと思います!」
「あ?」
吉村リーダーの厳しい目線が飛ぶ。
「えと……えと……修正の優先度は最低で登録してもらいます」
何か考えた吉村リーダーだったが
「修正担当者は空にしておけよ」
「はい!」
……この会社のフローは知らないが、修正担当者が空の場合は誰も拾わないバグチケットとなりそうだ。
あぁこれ。
問題が発生していることを知られたくないヤツか。
何か問題に気付いて対応が入ることになれば明日リリースができなくなるかもしれない。
ということもあるが……面倒ごとを増やしたくない……なんてこともあるかもしれない。

「――どっと疲れたわ」
吉村リーダーが立ち上がった。
「19時過ぎたし、老兵はあがるとするわ」
………………は?
ちょっと待って。
あんた1分前に自分で「クソ忙しい」って言ったばっかりじゃなかった?
「日野ーあと任せるな。いいか、今日中だぞ」
「はい! お疲れ様です~」

吉村リーダーは「あーしんどいわー」とぼやきながら、バタム、と外へ出て行った。

「……………………」
誰だ『普段はやる気がないけど、いざという時にイイ感じのことを言うオジサマタイプ』とかいったヤツは!
私だよ!
……はぁぁぁ……。
これはアレだ。『普段はやる気がないけど、いざという時は仲間を潰しに来るタイプ』に変更だ。

「美月ちゃん~」
小毬さんがトテトテと寄ってきた。
「じゃあ、バグチケットの登録の練習をしよっか」
いつもの笑顔だ。

――さっき小毬さんが止めに入ってくれなかったら私はどうなっていた?
間違いなくケンカだ。
そんなことをしたら、私はご飯も食べられなくなって今の部屋を追い出されて路頭に迷っていたところだ。

「小毬さん、ありがとね」
「なにが?」
にっこりとした笑顔が向けられた。
ああ。
これは「わかってる」というときの顔か。
マジ天使か!!
「さっきのアレ、今すぐ絶対直さなきゃいけないものじゃないよね?」
南雲くんから言葉が飛んできた。
責めているわけではなくマイルドな言い方だ。
「まぁ……そう……かもだけどさ」
「報告しないっていうのは違うって俺も思ってるから」
なぜかプイ、と顔をそらす南雲くん。
「それ、なんのためにテストしてんだよってなるし」
……これは彼なりのフォローなのかもしれない。
「ナグくん、優しいでしょ?」
フフフと小毬さんが言った瞬間
「な――ッ!!」
南雲くんが秒で真っ赤になった!

あぁ……これは……
これは尊い!!
とても尊い!!
さっきのことでくすんだ心が洗われるよう!
ああ!
お姉さん、キミたちのこと応援してるから!

とか思いながらゆるんだ顔で南雲くんを見たら

「なに?」
――スン……

え……。
なんでそんな一瞬でスン……ってなるの?

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