上 下
6 / 13

イメチェンしてナンパ

しおりを挟む
 初めて行く美容院は、とても緊張した。
 オシャレな雰囲気に対して地味なスタイルの俺。とてつもない場違い感だ。

 美的センスのない俺は、おまかせで切ってもらうことにした。
 美容師の意見に全肯定して、全力で乗っかる。

「出来ましたよ。お疲れ様でした」

 美容師から労りの言葉を聞き、鏡に映る自分を再確認する。

 めっちゃいいじゃん。

 そこには見違えるほどかっこよくなった自分がいた。
 髪型と眉を整えるだけでこんなにも爽やかになるなんて思ってもみなかった。やはりプロの美容師は凄い。

 施術代は安くなかったが、これなら堂々とした立ち振る舞いが出来る気がする。

 あとは服か。

 残りの金はもう少ない。もちろんファッションセンスも持ち合わせていないので、安くてオシャレな服をマネキン買いする必要がある。

 そうだ。シーユーに行ってみよう。

 店に到着した俺は、店内のマネキンで一番自分好みのやつを一式購入した。

 いい感じじゃん。

 今風のイケメンに変身した俺は、自分自身の姿を見て、自信に満ち溢れていた。

 あとは知り合うだけだな。

 ネカフェに戻り、作戦会議を開始する。

 色々と調べた結果、出会い系やSNSは会うまでに時間がかかるらしい。
 金銭面を考えると、ゆっくり関係を築いている余裕はない。

 ナンパに挑戦してみるか。

 家を出た日、キャバクラらしきものの勧誘を受けたことを思い出す。
 
 夜の店で働く人は、誰かに貢ぐ特性を持っているはず。その弱みに付け込むことさえ出来れば、養ってもらえる可能性は十分にある。

 夜の店が集まっている場所を調べ、地図の内容を頭に入れる。
 もてなし術を学び、万全の体制で臨むことにした。

 ◇

 日が暮れ、ネオンの光できらびやかに着飾られた繁華街に俺は立っていた。

 ついに来てしまった。

 今の俺にとって、ここは戦場。明るい未来を手に入れるため、都合のいい人を捕まえなくてはならない。

 誰に声をかけよう。

 目標は清潔感があり、高級ブランドのアイテムを身に着けていて、愛に飢えていそうな人。

 すれ違う人を細かく観察し、好みの女性に声をかける。

「あ、あのー、今から一緒に飲みに行きませんか?」

 緊張で声がどもってしまい、上手く会話が進まない。
 俺の態度に呆れた表情を浮かべた女性は、有無を言わさず立ち去ってしまった。

 あれ? ナンパって想像以上に難しい?

 学生時代、クラスの女子と話すのには何の躊躇いもなかった。
 数年間引きこもっていたせいで、女性への免疫がなくなってしまったのかもしれない。

 これは長い戦いになる。覚悟しなければ。

 俺は持ち得る限りの勇気と根性を捻り出し、ナンパを続けた。

 ◇

 全然だめだった。あー、疲れた。

 夜の街で戦い続けて数時間。メンタルがボロボロになってしまった俺は、休養をとるため、ネカフェに一時撤退していた。

 結果は連戦連敗。
 声をかけても無視されるのがほとんどで、パパ活に間違えられたり、奢ってもらうためだけに付いてこようとしてきたりと、養ってくれそうな人は誰一人見つからなかった。

 遊び人ばっかりで嫌になる。こっちは今後の生活がかかっているっていうのに。

 早く親密度を上げて、ヒモにならなくちゃいけない。
 明日は昼から街中を探索しよう。
 
 喉が乾いたので、ドリンクを取りに席を立つ。

 すると同じタイミングで一人の女性が部屋から出てきた。

 週末の夜に若い女がネカフェで一人か。

 店内が薄暗いので顔立ちは確認出来なかったが、佇まいは美しく見える。
  
 コップを片手に持っていたので、きっと彼女もドリンクを取りに行くのだろう。

 声をかけてみよう。ネットとマンガが好きなら趣味も合いそうだし。

 彼女の後を早足で追いかける。ドリンクバーへ到着し、先ほど目にした女性の姿がはっきりと目に入ってきた。

 綺麗な人だな。

 艷やかな黒髪が後ろで束ねられ、うなじがあらわになっている。
 カジュアルでオシャレなジャケットとパンツが、スタイルの良さをより一層引き立たせていた。

「あのー、何のマンガが好きなんですか?」

  警戒されないよう軽いノリで話しかける。

 すると彼女はこちらを振り返り、苦い顔でこちらを見てきた。

 あ、これはダメかも。

 視線を逸し、なんとかして誤魔化そうとする。
 短い沈黙のあと、彼女は俺に向けてこう言い放った。

「もしかして、かずくん?」
しおりを挟む

処理中です...