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第八話 その名はアーサー(1)

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 港町は侘しいほどに静かである。
「バーニシアの軍船が沖に展開しているので漁にも商いにも行けないんですよ」
「なるほど、それでこの有様か」
 ライラがカドワロンに向かって肩をすくめた。
「通商も漁業も国の大事だ、カドワロンこれではグウィネズの財政は逼迫しているのではないか、これでは税収などままならんだろ」
「おっしゃるとおりですよ、エドウィン、つまりそれだけ反バーニシアの気運がこの地においても高まっているということです」

「・・・・・」

「ん?どうしたペンダ」
 ライラが声を掛けた。
「ああ、すまんな、海を見るのは初めてなんだ」
「そうか、お前はずっと森で育ったんだっけか」
「いや、幼少期はマーシアの王都にいたのだが・・・、まあマーシアの人民はほとんどが海を見たことはないがね」
 言い終わると、ペンダは浜辺を歩いて行った。残りの四人はただ黙って彼の後ろ姿を見つめている。
 波打ち際の白い淡の屑がペンダの靴にへばりついた。引いては打ち寄せる波の動きがどうにも珍しく、ペンダはしゃがんで海水に揉まれている砂粒をまじまじと見始めた。

「僕は宿を確認してきます、みなさんはここで待っていて下さい」
 カドワロンが言うと、エドウィンが、ああ頼むぞ、と返した。

「そういえば、お前と初めてあったのも海辺だったよな」
 ペンダを見つめたまま、横にいるエドウィンにライラが言った。
「そうだな、あの時は必死で逃げることばかり考えていたよ、既にバーニシアの勢力圏から出ているとはいっても、この首を以ってエゼルフリッドに取り入ろうとする輩もいたからな」
「それでいきなり、お嬢に斬りかかったわけか」
 二人にとってその記憶は遠い昔のことのように思えた。実際には大した時間を経たものではなくとも、その間にあまりにも多くの出来事が起こりすぎたのだ。ライラにとってエドウィンの態度に不満を抱きながらもそれをいちいち気にしなくなっていたし、エドウィンも何かがあれば素直にライラを頼るようになっていた。

「がはっ、ごっごほっ」
 突然、ペンダが咳き込んだ。
「おいっ、どうした?」
 咳きを続けるペンダに二人は急いで駆けつけ、エドウィンが問いかけた。
「ああ、すまない、海の水には本当に塩が入ってるんだな」

「はあ・・・、驚かせやがってよ」
 二人が胸を撫で下ろすと、ライラが悪態をついた。
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