延識機兵団 ※SFコメディーです。

甲 源太

文字の大きさ
上 下
1 / 5

第一話 BMI -ブレイン・マシン・インターフェース-

しおりを挟む
生き物の帰巣本能というのは凄まじい。鮭という地球産の魚類は生まれた川に1度海に出たあと子をつくるためにその川へ戻るというし、電話すら無かった時代に人類は鳩という鳥類に手書きの文章を書いた紙をくくりつけて通信の手段にしていたという。地図も標識を読めずによくもそんなことができるものだ。しかし、人類もまた故郷というものに対して並々ならない情熱をもつことがあるようだ。かつて人類の生活圏が地球に限られていた頃、世界規模の戦争のあとに2000年前に奪われた土地を奪い返し国家を打ち立てた民族がいたらしい。その民族は土地を持たずに金融業で様々な国家の元に繁栄を築いていた。その財力が功を奏し国家樹立に至ったようである。なんとも恐ろしい執念である。そして、かく言う我々も史上最大規模の巣帰りを実行している最中なのだ。
星々の煌めきに反発するように漂う闇。これを見ていると自分が無限の彼方へと吸い込まれていくような気分になる。星は航宙の拠点であり休憩するだけの場だ。平穏はあれど闇に飛び出していく時の、あの独特な胸の奥が熱くなるような感覚は味わえない。そう、星々の間に横たわる闇こそが無限のフロンティアなのだ。
    などという他人に言うには恥ずかしすぎる、感情が迸るのは外壁に取り付けられているカメラの映像のせいである。それはクルーのストレスを和らげるのに有効なひとつの重要な装備だ。どこまでも続く闇は窮屈な船内環境を誤魔化してくれるのだ。あくまで気分の問題なのだが、気分というものを侮ってはいけない。人は気分1つで人を殺すこともあれば救うこともできる。困難な障害を乗り越え、目標を達成するに、気分の高揚は必要不可欠なものだ。それさえあれば物量不足などの向かい風も逆に闘志を燃やす追い風に変えてしまうことがある。そういった気分に対して、我らの祖先はあまりにも過信して手痛い失敗をしているのだが、まあその話は遥か古の話だ。歴史の授業はあまり得意ではない。とにかく私、いや我々の胸にあることはたったひとつ。我らヤマトの民が地球を手に入れることだけだ。
「さあ、円陣だっ!」
格納庫に設置されたモニターから振り返ると、パイロットスーツに身を包んだ青年が仲間に呼びかけた。
緊張した面持ちで同じパイロットスーツを着た青年達が肩を抱き円陣を組み始めた。
「終にこの時が来た。長く辛かった訓練の成果を発揮する時だ」
声をかけた青年が切り出した。
「地球を我らの物にせんがため、惜しくはないぞ、この命」
「馬鹿野郎、間抜けな地球人なんかにくれてやる命なんざありはしねえよ」
「ほう、言うねぇ。ならオレは一時間でワシントンを占領してやるよ」
「俺らだけで手柄を全部取っちまおうぜ、第二降下部隊には治安維持だけさせてやりゃあいい」
応!応!
若者達は胸に志を膨らませて、それぞれの機体へ乗り込んだ、心にへばりつく恐怖を払い除けながら。
漆黒の空間を進み行く航宙母艦。その発進デッキで地球降下の指示を待つ若者の眼には通信モニターに映し出された青く美しい星が輝いていた。


体育館裏へ来るよう言われた時、紅介は帰宅後の予定を考えながら鞄に荷物を詰めている最中であった。
「ベタだよね、放課後体育館の裏に先輩から呼び出しとかさぁ」
紅介は一緒に歩いている同窓の男の子に笑いながら声をかけてみた。しかし、彼は聞こえているのかいないのか、生返事だけをして行く先をただ一点に見つめ続けて歩を進めるのみである。明らかに怯えているのだ。
先ほど、先輩が呼んでいると教えてくれたのは彼であったが、紅介が理由を聞いても答えなかった。紅介は彼の様子、なかでも教室内にいた担任の先生に聞こえないような声で慎重に発音されたその声色で大まかな状況を察しただけであった。
「タカシ君…であってるよね?」
「確か陸上部に入るってこの前、言ってたでしょ自己紹介でさぁ」
「足、速いの?」
うん、まあ、としか言わない彼に少し腹立たしさを憶え始めたころ、二人は既に目的地に着いていた。

「コイツか?例の空手家って一年坊は」
「うすっ、コイツです、先輩」
明らかにガラの悪い先輩達が三人ほど待ち構えていた。そして彼らの横にはタカシ君の友達であろう他クラスの男子が青白い顔をして直立していた。
「なるほど、なるほど。タカシ君、『走れ、メロス』をやってたわけね」
「ああん、何言ってんだ、コイツ」
紅介の冗談を先輩達は理解できずにキョトンとしていた。教養と知性を持たぬ者にユーモアは通じない。
「多分あれっすよ、先輩にビビってテンパってんすよ、アイツ」
ゲラゲラと品の無い笑い声が響いた。先ほどから先輩と呼ばれている者は体が大きい。分かりやすく、ボスであった。
「で、自分に何の用事ですかね」
紅介は不快な笑い声を遮った。
「お前が舐めた態度とってるって聞いたからよう、ちょいと礼儀ってやつを教えてやろうと思ってな」
ボス猿先輩が口を開いた。
「うーん、身に覚えがないんですけどね」
「うるせぇ、てめえのその澄ました態度が気に入らねえんだよ」
手下Aがボス猿先輩の横で吠えた。
「はあ…、態度ですか、難しいっすね」
紅介は一応、後輩としての身の振り方をわきまえているつもりだった。あくまでつもりである。彼が道場の先輩達から文句を言われないのは、その実力故に言えないのであって、紅介の他人を意に介さない態度は十分先輩から目をつけられるものであった。言葉づかいや挨拶をちゃんとはしているのだが、それに身が入っておらず、形式だけやっている雰囲気がでてしまうのだ。もちろん、友人や本当に尊敬している人には心が籠るのだが、興味のない者への無関心振りがあまりにもはっきりと相手に伝わってしまうのである。
そういうことに敏感な人種というのは少なからずいるもので、こういう輩はみな周りからどう思われているか常に気を配っているから、紅介の態度に面子を潰されたと手前勝手な被害意識をもつのも、まあ道理ではある。
紅介は今やっと思い出したが、三年生のボス猿先輩の横で息まく一人、二年生の手下Aには会ったことがあった。その時、少し挨拶しただけで大した会話はしていなかったが、紅介のとなりで同じ中学出身の友人が手下Aに向かって、紅介って空手の大会で優勝とかしてるんですよ、などと言わなくても言いことを言っていた。テキト―に相槌を打つ紅介は敬語を使っていたのだが、表情は無であり、校則に違反した服装をただボーっと眺めていた。
「おい、お前らもう行っていいぞ、ちゃんとお使いできて偉いぞ、がっはっはっは」
タカシ君と彼の友達である人質君は目を合わせると速足でその場を後にした。去り際にゴメンと紅介にだけ聞こえる声で零れ出たタカシ君の言葉が紅介の耳に残った。
「どんだけ強いのか知らんけどよお、何発か殴ったら許してやるからよ、大人しくしてたらすぐ終わるぜ」
相変わらず無表情な紅介にボス猿先輩は大股で近づいて来た。紅介が冷静に距離を計っているなどということは全く想像せずに。
紅介の間合いまで2m、1m、50㎝、30㎝、10㎝、5㎝……。
「っセイぁああああ」

………………。

時が止まった。一瞬である。
電光石火、疾風迅雷。神速の足運びからの、爆ぜる様な気合の掛け声と共に紅介の拳がボス猿先輩の鼻先にだけ触れて引っ込んだ。紅介の挙動はあまりに速すぎて避けるどころか目をつむることさえ許さなかった。
反応出来ないものを見ると、人間は幻を見たような気になる。ボス猿先輩には理解するまで少し時間が必要であった。伝統派空手の逆突きを素人に反応させること自体に無理がある。ただ、その迫力は寸止めながら、ボス猿先輩に恐怖を与えるには効果絶大であった。
「せっかく先輩が礼儀を教えて下さるのに残念ですね。自分、段持ちなんでね、できないんすよ、喧嘩」
じゃあ、失礼しますねと言うとさっと身を翻して、紅介は校門へと向かってしまった。
「え、先輩…?」
手下AとBには何が起きたか分からないで困惑していた。ボス猿先輩が死角になって紅介の体はすっぽりと隠れていたから、大きな声がしたとしか思えなったのである。うるせぇ、アイツには手を出すなと怒鳴り声をあげるくらいしか彼のプライドを保つ手段がなかった。彼にとって一番重要な事は少し漏らしたことを知られないよう一分でも速く家に帰ってシャワーを浴びて着替えることであったからである。紅介を追う気など毛頭なかった。

軍装の老人と白衣の中年男性がオートウォークを登っている。窓は一切無いが通路は明るく照らされ、白を基調とした清潔な壁や天井が逆に不気味だ。その中では白衣こそふさわしいが軍服では違和感がある。しかし、これで良いのだ。ここは間違っても病院のような施設ではないのだから。
「君の息子、紅介君はいくつになったのかね」
「はい、十六になりました」
そうか、早いものだな、そう言って老人は目を細めると皺くちゃの顔が緩んだ。幾つもの戦場を渡り歩いてきた男の顔である。線は細いが剃刀のような鋭い雰囲気があり、白衣の男も最初は緊張で辟易してしまっていた。だが、徐々にその生真面目な人柄に惹かれていった。
「司令、紅介のBMI手術はもう十年も前になります」
「十年…、火威(ひおどし)博士、奥方の理解は終に得られなかったかね、やはり」
「一月に一度紅介と会っていますが、私とは目を合わせてもくれませんよ」
「母としては当然の反応だな」
「はい、こんな仕事をしていなければと今でも思うことがあります」
「辛いものだな、自分の仕事に負い目を感じるとは」
「世界平和の為とはいえ、息子を国家へ捧げる。これで失敗したら私の行為はただの虐待ですな」
二人で苦笑し始めると、その光景はごく普通の上司と部下が冗談を交わしているようにしか見えない。世界平和だの国家だの大上段に構えた言葉を並べたところでも、冗談で終わればこの話もそれでお終いなのだが…。
それは突然の出来事だった。強烈な振動ともに響く衝撃音。突然停止したオ―トーウォークに詰んのめり、白衣の男は前に転びそうになった。しかし、司令と呼ばれた軍服の老人に体を支えられ助けられたのである。こういうところに、自分とこの老人が全く違う人間であることを自覚させられる。いつ何時も気を抜くことがない、戦場の習いである。などと考えている白衣の男を起すと、司令は先ほどから身に着けていたインカムのボタンを押した。
「何が起きている、状況を報告せよ」
「格納庫で爆発、敵方の工作かと思われます」
「エンキ1号は無事か!」
「はい、爆破の被害を受けてはいますが、損傷軽微、運用に問題ありません」
「して、人的被害は」
「負傷者多数、現在救護班が現場に向かっています」
「先に警備兵を行かせろ、救護班が負傷しては被害が拡大する」
「はっ」
「救護班は正面エントランスホールで待機、警備兵は担架を持って行き負傷者をホールまで運搬、私と博士は今すぐそっちへ向かう」
「了解」
何事にも動じない、流石は常在戦場のもののふ、などとまた悠長に感慨に耽っていると博士は司令に行くぞと発破を掛けられ司令室へと走ることになった。司令と博士の足の速さは兎と亀程の差がある。老人ながら自らの身を以って新兵に格闘術を教える一方、博士は年相応の体型に加えて、研究室で一日中座ってばかりいるのだ。二人の間隔はだんだんと広がっていく。
「紅介君に説明している暇はなくなってしまったな」
司令の言葉に「はい」と答えるにはあまりにも博士の息は乱れ過ぎ、目的地に着いて息を整えてから、
「そうで…、ハアハア、すね」
なんとか絞りだした。博士が顔を上げて正面のモニターに目をやると、赤いロボットが映し出されていた。装甲に多少の傷はあるが表面だけで内部は何の問題も無さそうである。そう判断すると安堵して胸を撫で下ろした。

「世界的に権威ある科学雑誌、『ナイチャー』2002年の5月2日号で衝撃的な論文が掲載されました。それ自体はたった2ページのシンプルなものでしたが、当時の科学者を震撼させました。では、その内容を火威君読んで下さい」
「え、あ、はい」
唐突に指されたことで紅介はぶっきらぼうに対応した。昨日、先輩を虚仮にしたあと、タカシ君を追ったが見当たらず、今日になって顔を合わせたが気まずくなり挨拶もできないでいた。そして、そのまま現在はお昼過ぎの授業である。
「遠隔操作によるネズミの運行指示…」
英語を直訳した、少し変な日本語であった。それもそのはずで、この文章は英語の論文のコピーを一週間前に渡されていてそれを宿題で紅介が日本語訳したものだったからである。もちろん、この宿題は全員に出されていたが、紅介が指されたことで他のクラスメートは内心ホッとしている。
論文の内容はネズミの脳に電極を刺し、生きているネズミをパソコンでコントロールするというもの。倫理的な問題はもちろんあったが、それ以上に生身の体と機械が融合という未知の領域に人類が踏み入れたことになるのである。もちろん、それまでに人間において義手や義足というものはあったが中枢神経と機械が結合した試しはなかった。
「はい、よく訳されていますね。」
先生が優しく微笑むと、紅介はふぅと一息ついた。
「ネズミに行った実験は確かに動物愛護の精神から色々と問題がありそうですね。しかし、そういった声はすぐに下火になりました。なぜかというとこういった研究成果が特殊義手や特殊義足として活用され始めたからです。このネズミの実験から数年後、米国テネシー州の電気工事技術者チェイシ―・カリバンは工事中に事故で両腕を失いましたが、胸や肩の神経と機械をつなぎ、チェイシ―さんの意思に反応して意のままに操ることができる義手が開発されました」
紅介達からしたら中学校で既に習った内容である。サイボーグとつい呼んでしまいがちだが、それは差別語であるとして公的な場では使用を憚られる言葉だ。そのため特殊義体装着者という言葉をつかっている。しかし、英語ではcyborg(サイボーグ)と何の戸惑いもなく使われ、表現されているのである。誰が言い出したか、差別につながるとして問題が起きる前にとにかく使うなという雰囲気が立ち込め、マスコミが煽った。だから例え英語の文書でサイボーグと書いてあっても特殊義体装着者、もしくは略して特義者と訳さなければならない。日本人の変な文化である。
「やはり、火威君もお父さんのような研究者になるんですか」
先生の何言ない一言に紅介は内心舌打ちをした。確かに、成績は良い。特に理数系は父親譲りで得意だ。さらに分からないところは父の助手に聞けば学校の先生よりも分かりやすく詳しく丁寧に教えてくれる。これで成績が悪い筈がない。
「まあ、そうっすね」
面倒な質問にはだいたいこれで対応する、紅介の悪い癖だ。しかし、この女性教員はボス猿先輩のように腹を立てはしない。頑張ってくださいねと言うのみである。
退屈だった。高校生になればなにか変るかもしれない。そう思っていた。タカシ君のことは少しイレギュラーなこととして退屈しのぎにはなる。しかし、どうせならカワイイ女の子と何かあればいいのになどと男子として健全な妄想を繰り広げながら、窓をぼんやりと見遣った。
青く澄んだ大空。中学校の時と変わらない。平凡な毎日が高校でも繰り返される。そう思っていた。
「ん? なんだ、あれ?」
教室が騒がしくなった。それもそのはず。空の向こうに何台ものヘリコプターが何か馬鹿デカイものを運んで学校に向かっているのだ。よく見ると、ヘリは全て運搬に使われているわけではなく、護衛用に対地装備のヘリも数台あるようだ。そしてその一群を守るように戦闘機が4機周囲を警戒していることまでは紅介にも気づけなかった。
「あの攻撃型ヘリ、親父が設計したやつか」
紅介がボソッと言った。
「ああ、やっぱりね。今日の授業で写真を見せようと思っていたのよ。火威君のお父さんが設計した最新の延識兵器でしょ。興味を持ってもらおうと思って用意したんだけど。やっぱり実物の方がいいわよね」
「先生、呑気すぎませんか。運搬だけならともかく、攻撃型ヘリが出動するって普通じゃないですよ」
「火威紅介君はいるか!」
そこへ突然教室に警察官が二人入って来た。ざわざわとした喧騒が一瞬で止み、皆が紅介を注目し始めた。
「.......僕ですけど」
突然の来訪者の前に紅介は訝しみながら歩み出た。
「さあ、一緒に来なさい。君を保護するよう指示されている」
先生、よく分からないけどちょっと行って来ます、などと状況に合わない抜けた声で断りをいれて教室を後にした。
警察官に連れられて校庭まで来ると、ヘリの一群はもう校庭の上にいた。空中で静止していると思ったら少しずつ高度を下げているが、紅介には逆光のせいで何が運ばれてきたのか分からなかった。
そして校庭には自衛軍の兵士が場を固めている。閑静な住宅街にある普通の高校に軍隊が詰めている。野次馬すら怖くて近寄れないでいた。
「御苦労」
黒服の男達が3人を出迎えた。警官達は彼らに敬礼すると紅介を引き渡すとそそくさとその場を離れた。
「驚いていると思うが、私達を信用して欲しい。怪しい者でない」
「こんな状況でよくもそんなことが言えますね」
「……さあ、火威博士と通信が繋がっている」
「おい、聞こえない振りしてんじゃねぇよ。あんた親父の部下か?」
「まあ、そんなところだ」
言って黒服の男の一人は通信機を差し出して来た。
「いいよ、別に。スマホあるから」
紅介はポケットからそれを取り出して、そんな訳分からんもん使ってたまるかと捨てゼリフを吐いた。そして電話はすぐに繋がった。
「親父、こいつはいったいなんの騒ぎだ」
「すまん、説明している暇はないから、とりあえずその人たちの指示に従ってくれ。伝えたかったのはそれだけだ。じゃあ頼むぞ」
「……」
一方的に電話が切れた。
「っておい、ふざけてんのか」
「では、我々の指示に従ってもらいますよ」
「ったく、分かったよ。で、何すりゃいいんだよ」
「あれに搭乗してもらいます」
「ん、あれ?」
ドシンと、それは着地した。ヘリはゆっくりと降下したきたものの、大質量のものが吊り上げられた状態から接地すればそれなりに大きい音がでる。
「紅の巨人…」
赤を基調としたデザインに人間に近いフォルム。全体的になんだかのっぺりとしている。それはロボットというには独特な生々しさがあった。
「って、これに乗れってか」
「さあ、行くぞ」
紅介は黒服の男二人に両脇を抱えられ、もう一人のさっきまで話していた男はインカムで指示を飛ばしている。すると梯子車のような車がやってきてロボットの足元で停車した。そしてその車はロボットの胸辺りまで梯子を伸ばした。
梯子の根元には籠があり、紅介と黒服3人が乗り込むと籠が梯子を登っていく。そして徐々にロボットの胸まで近づいていくと胸のハッチが開いた。
「さあ、ここに座って」
指示のままに紅介は訝しみながらも、コックピット?に乗り込んだ。カチャカチャと黒服の男達がシートベルトのようなものを装着してくれて、他にもなにかゴソゴソとそこかしこいじっている。
「これでよし。では、紅介君頼むぞ」
「いや、だから何をするんだよっ。説明しろよっ」
ハッチがしまった。暗い。一体何が何だか。
「キュイーン」
なにかが動き始めた。どこから音が鳴っているのか。辺りを見回そうと首を振ってみた。といっても暗いので何も見えない。耳を澄ませてみよう。……。どこから鳴っているのかまるで分からない。音が来る方向が分からない。首を振って耳の位置が変われば聞こえの違いから音の発信源を特定できるものだが、どんなに足掻こうと聞こえる感じは全く変わらない。そうしているうちに恐ろしい思いつきが頭に浮かんだ。

「この音…オレの頭の中から…?」

突然、頭が熱くなった。
「なんだ!なんなんだよ!」
全身が硬直している。力んでいる。
「この感覚、おれの体が全身がっ」
広がっていく、引き延ばされていくっ。もう言葉を出すことは出来なかった、自分の口からは。

「広がっていく、引き延ばされていくっ」
大音量が校庭に響いた。それは男性の声のような電子音だった。そしてまぎれもなく紅介の心の「声」であった。
「パイロット、エンキ1号の全身を身体延長化に成功。シンクロしています」
梯子車の中で女性オペレーターの声が響いた。
「よしっ。口はOKだな」
先ほどの黒服が拳を握りしめて喜んだ。
「ん、なんだ?急にモニターがついたのか明るくなって…、おっ校舎より高い位置にあるんだなこのロボットのメインカメラ」
エンキと呼ばれたロボットからその見た目に似合わない人間らしい口調の声が響いている。
すると急にエンキの腕が校舎の屋上に伸びた。それは乗用車のボディを人が拭き掃除をしているような手軽さであった。
「あれ?おれ操縦桿なんて握っていないのに、何も動かしていないのに」
ただ、触れてみたい。そう思っただけであった。そしてそのイメージが湧くとその通りにエンキは動いていた。
「動いた、動いたぞーーー」
自衛軍の兵士らが歓喜の声を上げて小躍りし始めた。
「紅介君よくやった」
梯子車から出ると黒服の男が拡声器を使ってエンキに、いや紅介自身に声をかけた。
「おい、なんなんだよ、おれの思った通りに動いているのか、このロボットは」
「そうだ、落ち着いてくれ。すまない緊急事態だったんだ。君は今そのロボットと同化している」
「同化だと?」
自分の手を見ようとした。しかし、そこには機械の掌があった。自分の手を見ようと腕を動かしたはずだった。その意思、意識がそのままロボットに伝わり動き、そして自分が腕を動かしたという感覚のフィードバックが確かにあった。
そして気づいた。自分の声が慣れ親しんだ自分の声ではないことに。
「機械の声?」
「理解が早くて助かるよ」
「この映像、この音、この感触、直接脳に流れて来ているのか」
「そうだ」
「ちょっと待て、オレがBMI手術をした記憶はないぞ」
「…それは」
「熱源確認、敵部隊来ます」
紅介と黒服の男の会話がオペレーターの声で中断された。
「敵?おい今、敵っつったか?」
「そうだ、手短に言うぞ。空手やってるんだろ、敵に拳叩きこんでやれ」
「ちょっ待っ、お前」
言い終わる前に背中に衝撃が走った。
「がっ」
前に倒れて校舎を破壊しそうになったがなんとか足を踏ん張って堪えた。
「痛ってえな、痛みまで再現されてんのか」
叫びながら振り返った。
「ん?」
空にロボットが4機浮いている。
「クッソ、いつの間に接近していたんだ」
「気をつけろ、敵は我々の科学力を遥かに超えている」
「そりゃあ、ロボットの敵って大体そういうもんなんだろうけど」
「ああ、お約束だ」
「って悠長に会話してないで全校生徒を非難させろよ」
「言われなくてもやっている」
「よし、ならおれが生徒の避難が完了するまで身を呈して…、なんて燃えるシチュエーションだっ」
紅介は思っていることが外にダダ漏れていることに気がつかなかった。
「やいっ、謎のロボット軍団、平和な地球を脅かすことはこの火威紅介が許さん」
右の人差し指で指しながら、なにかそれっぽいポーズをとってみた。
「ノリが良くて助かったな」
黒服の男が半ば呆れながら独り呟いた。

敵ロボット群は地上に降り立つとゆっくりと紅介に近づいて来た。探り探り様子を見ているようで、各ロボットは右手に銃のようなものを持っている。先ほどの背中の痛みはこれだろう。
「おい、オッサン。相手、飛び道具持ってるぞ。こっちはなんかあるのか?だいたいこんなヤワヤワな拳で突いたら拳の方がぶっ壊れるわっ」
「すまん…無い」
「んだとぉ」
「だから、緊急事態だったんだよ。最終調整中に敵の襲撃を受けて、奪われる前になんとかこうしてパイロットを搭乗させることに成功したんだ」
「ってことはこれ未完成じゃねえか」
尻込みする紅介を見て、ロボット達は笑っているように見えた。紅介の本当の拳は巻藁を突いて鍛え上げたゴツゴツとした岩のような塊である。しかし、このロボットのそれはつるっとしていて相手を打ち込む衝撃に耐えられそうにない。それを僅かな時間と緊迫した状況で判断できるのも紅介が武道においてある領域に達しているからなのだが、使い慣れた武器が無いという不安までは隠せない。するとそのうちの一機が銃を味方に預け、前に突出して来た。そして手首を返して手招きしている。
「ほう、舐めてくれるぜ」
ファイティングポーズをとる敵ロボットにじりじりと紅介は近寄っていく。レスリングの様に身を屈め校庭の土をギュッと握りしめながら…。
痺れを切らした敵は駆け寄って来た。一歩一歩踏みしめる度に小さな地震が起きる。地下の水道管などは大丈夫であろうか。だが、そんなことはどうでもよく、敵はあと二歩で手が届く間合いに入った。
「今だ!」
紅介は「泥団子」を敵ロボットの顔に投げつけた。すると一瞬、固まった。
「よっしゃー」
紅介は勢いよく飛び込んで、後ろをとって腹部を抱えた。
「ぃよいしょぉおおーーー」
敵の体が一気に浮いた。その勢いのまま肩の高さまで上げると、今度は逆に足元に叩きつけ、背中を強打した敵の頭部を踵で踏みつけると、それはそのまま動かなくなった。
「さあ、次はどいつだ」
残りの三機が慌てて銃を紅介に向かって構えた。
「うおっ、やべっ」
紅介は足元で寝ている敵を抱えて盾にして、銃弾をやり過ごした。
「ったく、正義の味方がダークな戦い方しちまったぜ」
言いながら、紅介は「盾」を構えたままのこりの3機まで走った。
「うらあ」
そして、頃合いのタイミングでそれを投げ飛ばした。
怯んだ1団の1機を飛び蹴りで倒すと、残りの2機は飛び退いて距離を置いた。紅介が片方に間合いを詰めると、それが右の拳で殴りかかって来る。
「おっと」
相手の右拳を左腕で外から内に弾き、そのまま首を両手で抱えながら間合いを潰してガラ空きの胴に右膝をぶち込むとそれは力なく地に伏した。
「さあ、4つ目ぇえええ」
紅介は最後の一機に振り向くとそこには陰すら残っていなかった。
「何っ」
それは既に手の届かない高さにいた。そして紅介が飛んでくると思った、彼の機体は出鱈目に銃を乱射して来た。
「くっ」
幸いにも両腕をクロスして防ごうとした紅介に弾は当たらなかった。焦った敵は銃口を紅介の方に向けただけで狙いは不十分で打ちまくったのだ。
「おっさん、これ飛べねえのか」
「……」
「おい、おっさん」
飛んでこないのが分かると敵は背を向けて飛んで行ってしまった。
「ちぃっ、逃げられちまったじゃねえか」
紅介は校舎の方、先ほどの梯子車の方へゆっくりと振り返った。
「ちゃんと完成したら飛べるように…」

銃弾は出鱈目だった。当たらなくてもいい、ただ紅介が怯めば良かった。だから紅介の周囲も少し離れた所も銃痕だらけになっている。校舎も梯子車も。
「あ、あ……」
半壊した校舎の瓦礫が多くの生徒達を下敷きにしている。その瓦礫から跳ねて飛び出してきたように腕があらぬ方向に曲がった上半身だけのタカシ君がこっちを見つめていた。
紅介は気を失い、糸が切れた操り人形のように膝から崩れ落ちると大きな音と振動が辺りに響いた。


次回予告
紅介「突然、変なロボットに乗せられて戦うことになった、おれ火威紅介。世界中に侵略を開始した謎の宇宙からのロボット軍団。なぜおれがこのロボットを操縦できるのか、おれの体に一体なにが。次回、おれの秘密が明らかになるぜ!タイトル『父母の愛』絶対見てくれよな!」
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

【完結】忘れてください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。 貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。 夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。 貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。 もういいの。 私は貴方を解放する覚悟を決めた。 貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。 私の事は忘れてください。 ※6月26日初回完結  7月12日2回目完結しました。 お読みいただきありがとうございます。

【完結】離縁ですか…では、私が出掛けている間に出ていって下さいね♪

山葵
恋愛
突然、カイルから離縁して欲しいと言われ、戸惑いながらも理由を聞いた。 「俺は真実の愛に目覚めたのだ。マリアこそ俺の運命の相手!」 そうですか…。 私は離婚届にサインをする。 私は、直ぐに役所に届ける様に使用人に渡した。 使用人が出掛けるのを確認してから 「私とアスベスが旅行に行っている間に荷物を纏めて出ていって下さいね♪」

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【商業企画進行中・取り下げ予定】さようなら、私の初恋。

ごろごろみかん。
ファンタジー
結婚式の夜、私はあなたに殺された。 彼に嫌悪されているのは知っていたけど、でも、殺されるほどだとは思っていなかった。 「誰も、お前なんか必要としていない」 最期の時に言われた言葉。彼に嫌われていても、彼にほかに愛するひとがいても、私は彼の婚約者であることをやめなかった。やめられなかった。私には責務があるから。 だけどそれも、意味のないことだったのだ。 彼に殺されて、気がつけば彼と結婚する半年前に戻っていた。 なぜ時が戻ったのかは分からない。 それでも、ひとつだけ確かなことがある。 あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。 私は、私の生きたいように生きます。

離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。

しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。 私たち夫婦には娘が1人。 愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。 だけど娘が選んだのは夫の方だった。 失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。 事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。 再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。

処理中です...