上 下
25 / 25
本編*第三章 - 始動編 -*

番外編 - 3、再認識

しおりを挟む
《著者:浮世春之助》

都心を離れれば草木が茂る自然が見えてくる。
舗装された道路を車で走ればさぞ気持ちいいだろうその自然の中にぽつんとひとつの教会が見えてくるだろう。
それは立派というにはこじんまりとしており、古いというには綺麗に掃除がしてある場所だ。
そこには4人の家族が住んでいた。
2人の男女の天使と、その2人の子であろう男の子が2人いる。
男の方は気だるげでまるで生気を感じない。
神父の服を来ていることから彼がこの教会の主であることは予想ができることだろう。
一方女の方はパッチリとした希望に溢れた目をし、元気に走り回り家事をしている。
まるで正反対の彼らの間にできた子は兄は活発で弟は大人しかった。
兄である青年…ファウストはとにかく色んなところを走り回り力仕事も進んで行う働き者であると反対に弟である青年…セジールは怠け者で一日の大半を家で過ごすような者であった。
いや、怠け者だと言うのは酷すぎるだろう。
両親や兄の技術を目で盗み、それを完璧に真似をするのだ。
ただ、戦闘技術に関してはやはりコピーに過ぎないため弱い。
そんな、真面目で働き者の兄と天才と言っても過言ではない吸収能力を持つ弟の2人の子を持つ天使の4人家族がその教会に席を置いている。
「おーい。ファウスト。これを持ってくれ」
父は久々に帰省したファウストを呼ぶ。
ファウストは教会の修繕を手伝っており、色あせた壁を白くペンキで塗っている。
「分かりました父上」
壁に立てかけた梯子の上に白ペンキの缶とはけを持っていたファウストは上から父を見下ろすと手招きしている父の方へ行こうとハシゴからおりる。
父とファウストの顔は瓜二つと言っても過言ではなく、髪型と服装が違うだけのようにも見える。
父はいつもの黒い神父服にハーフアップの髪型、ファウストは職場にいる時とは違い黒色の円菅服に長い前髪を上で束ねピンで止めている。

彼はここ最近帰省するといつも教会の修繕をする。
親孝行者とはファウストのことを言うのだろうか。
彼は教会の修繕、畑仕事に家事までこなす。
一方、セジールはそんな兄を見ながら木の上で昼寝をしていた。
庭に生えている大きな樫の木は彼らが産まれる前からここにある。
そこですやすやと寝息を立て木漏れ日を浴び寝ていた。
父が呼んでも起きないため見かねたファウストは木の下へと行き、落ちている小石を拾うとセジールに向かって投げた。
それは的確に彼の体に当たり彼は痛そうに呻く。
「…にい…なに…」
気だるげにセジールは上から見下ろし唇をとがらせる。
それを見たファウストは呆れたように息を吐くと「父上がお呼びだ。降りろ」とまた小石を拾いあげ構える。
それを見たセジールは仕方がないというようにのそりと降り、「はいはい行けばいんでしょ~」とやる気なさげに父の元へと向かっていった。
大体この通りである。
ファウストは家族のために真面目に働き、セジールは穀潰しかのごとく家でゴロゴロ。
この2人があのかの有名な組織に属している兄弟であるとは誰も思わないだろう。

***

《著者:雪野鈴竜》

 いつもと同じ朝、いつもと同じ職場、いつもと同じ仕事……。彼──ファウスト・サンチェスは毎日の任務を淡々とこなす。正直、削除者という仕事にやり甲斐は感じているが、何故この職に就こうとしたのか、動機なんて記憶から薄れてしまった。
 きっかけも、ただただ刺激欲しさに入った……それだけだった気もする。たったそれだけで入ったのならば、自分を追っかけて後に入ってきた元婚約者──テネシティが居るこの仕事を辞めてもいいのではと考える。だが、これだけ自分にとってやり甲斐のある場所もそうそうないし、それに今では想い人であるアロンザという大きな存在もあるので、今更辞める意味もなかった。
 ファウストは続けたいがために、自分がこの仕事を辞めない理由が欲しかったのかもしれない。勿論、理由がなかったからといって辞める必要なんてないし、想い人と共に仕事を続けたいといった理由だけでも充分だろうが、一度気になれば全てを知れるまで気が済まない性格だったため、自分の気持ちを再認識したかったのだ。
……桃ノ花(※幹部の総称)花ノ一枚、エルネストから呼び出され執務室にやってきたファウストは、新たな任務内容を聞かされた。今回は先輩のアロンザ無しでもこなせる内容だったため、さっさと終わらせようと考えて部屋を出ようとしたファウストに、エルネストはこんな事を言い出した。
「たまにはご両親に顔でも見せたらどうかな?」
 丁度いい機会かもしれない。一度故郷に戻ってじっくりと自身について考えてみようと決めた。

──その頃、冥界にある確保署ではセジールと裏鏡の二人が喧嘩をしていた。喧嘩……というより、セジールの言葉で頭に血が上った裏鏡が一方的に激怒している。
 裏鏡にはコンプレックスがあった。それは兄(姉でもある)の"表鏡おもてかがみ"の存在だった。二人が一つの鏡から同時に生まれた時に、能力・発育等といったものが片方の表鏡に注がれてしまったため、周りからの評価も自然と表鏡に偏っていた。
 今もそうだが、裏鏡が普段男性の姿にばかり維持しているのも、女性になった時に二人の胸を比較すると、Fカップの表鏡に比べて裏鏡はAカップ……全てにおいて兄と比べてしまうために劣等感に苛まれるらしい。まぁ、二人が男性の姿になった時に比較してみると、身長も若干表鏡に負けているのだが……。
 たまたま、セジールが任務から帰還し廊下を歩いている時に、ふと表鏡がどんな人物か気になり隣で歩いている裏鏡に聞いたのだ。すると裏鏡に変なスイッチが入ったのか、少々不快そうに愚痴を漏らし、コンプレックスの話になったという訳だ。
 しかし、セジールはその話を聞いた上で、自分なりの感想を含めた考えを伝えた。その言葉は、"生まれ持った能力や容姿とかはしょうがないけど……なら、表鏡さんの巧みな技術とか見て盗んじゃえばいいんじゃないかな~……なんて思います。"と申したのだ。
 セジールは昔から両親や兄の技術を目で盗み、それを真似していた。どんなに欠けている部分があっても、ならば他で補えばいい。補った部分を主に鍛え上げていけば目立ってくるし、いずれ周りからの評価にも繋がってくる。あくまでこれは自分の体験であり、それが裏鏡にとっていいアドバイスになるだろうかと、良かれと思っての事だったが……。
 どうやら、裏鏡にとっては劣等感の対象である"表鏡から盗む"という行為自体がプライドに触ったようで、「それ、私の気持ちを考えた上でしたのなら、とてもいい性格・・・・・・・をしていますね!」と、皮肉を込めたねっとりとした笑みで勢いよくこちらに顔を向け、そう言葉を強調した。
 セジールは自分の発言で彼を不快にさせたと理解し困惑する。悪気がないとはいえ、気分を悪くさせたのには変わりないし、それに相手は一応先輩だ。まずは謝罪をするべきだろうと判断し、口を開こうとしたが──裏鏡が眉間に皺を寄せながら先に前へすたすたと歩き進んでしまう。
 足を止めずに、裏鏡は「暫く貴方の顔を目にしたくはありません。今日はもう解散だ。」と言ってくる……が、何かを思い出したのかすぐにその足を止め、背を向けたままセジールにこんな事を言う。
「そうそう、幹部の"水面みなも"からセジールに、"たまには休んだらどうか"と言われました。……全く、そんなに私は貴方をこき使いまくっているように周りは見えるのでしょうか、とても心外です。」
 裏鏡は肩をすくめ、溜め息を吐きながら発言するが、こき使われまくっているセジールは流石に内心"事実……でしょ"と呟いた。
 セジールは確保者としての仕事に不満はなかった。初めはファウストと同じ削除者になって、近くで兄の技術を盗み見ようと考えていたのだが、ファウストから"自分達家族だけでなく、他人もよく観察する事"を勧められた。そのために、あえて兄とは別の職である確保者を選んだ。結果、今まで"自分達家族"の世界しか知らなかった以上の、いろんな者達の技術や考えが知れて、新鮮な気持ちになれた。
 それだけではない。裏鏡は勿論、同僚であるビニール傘のお化け"雨宿あまやどり"や、人魚の"ボブレ"といった様々な種族にも出会い仲良くもなれて、そこそこ楽しめている。
……いろんな他人・・との接触はいい刺激にはなるが、確かに最近は家族に顔を見せてやれていない。休暇を取ると兄からメッセージアプリが届いていたのを思い出し、いい機会だとも思った。折角なので、二人で帰省する事にした。


 ***

「お疲れ、……ん」
「にい……Dankeダンケ
 父の手伝いも終わり汗をかきながらも再び木の上で眠りにつこうと木に手を伸ばすが、バスケットを片手にこちらへやって来たファウストからカップケーキを差し出され、木に手を置いたところで動きが止まる。一目で母の手作りとわかったその菓子はシュヴァルツヴェルダー・キルシュトルテ。
 シュヴァルツヴァルトは"黒い森"、キルシェは"サクランボ"という意味で、つまり"黒い森のサクランボケーキ"という意味だ。アメリカでは"ブラックフォレストケーキ"とも呼ばれているドイツのお菓子。母はよくおやつにこのお菓子をカップケーキに食べやすく作ってくれていた。
 セジールはカップケーキを受け取ると"ぅあっ"と大きな口をカポッと開けて食べようとするが、その前にファウストからウェットティッシュを渡される。「さいしょに渡してよ……」とセジールがムスッとしながら受け取れば、ファウストは「忘れてた」と一言。
 手を軽く除菌した後に、木の下に胡坐をかけば漸くおやつにありつけた。噛みついた瞬間に口の中で広がるココアのほろ苦さと、甘さ控えめのクリームはふんわりとした大人の味わい。クリームの上に乗っているダークチェリーは最後のお楽しみに大事に取っておこうと決めた。
「食べないね」
「にい……!」
 隣に兄が居るのを忘れていた……ひょいっとサクランボのを摘まれてそのまま兄の口の中へポイッと入ってしまった。兄は美味しい物は先に手を出しておくタイプだったのだから、警戒するべきだったとセジールは後悔する。ファウストはニッと薄く笑って、「いいじゃん、まだあるから」なんて言うが、そういう問題ではない。
 おやつも食べ終わり、持ってきたホットの缶コーヒーで口の中の甘さを溶かしていると、二人はお互いの職場での調子はどうかと報告し合い始めた。
──元々ファウストは吸収力があり、仕事の飲み込みが早く、すぐにフラワーランクサンシュユにまで昇進。それでもまだまだ未熟な部分もあるため、アロンザや他の先輩達から教わる事も沢山あって、いろいろ勉強にもなっている。
 ファウストは感情をあまり顔に出していないが、職場で出会った者達も皆個性的で、彼なりに面白いと思いながら接している。次はどのような人物と接触できるのか、観察が趣味の彼としては内心、毎日ワクワクしている。
 最近ではサフィニアの子……鶴野恩織鶴といったか、その子の恋愛相談を何故か受ける事が多くなった。表情や言動、仕草がこれまた面白いくらいに極端にコロコロ変わる子で、おっちょこちょいというやつか、たまに変なドジをかましてしまい、あのファウストが吹き出してしまった事がある。
 アロンザに憧れを抱いているスペランツァという彼と同じくサンシュユの子も、頻繁にアイテム製作部屋で変な発明をしては爆破させ、懐かれてしまったのか、アロンザの近くによく居るというだけですぐにファウストの元へ行けば発明品を彼で試してくる。この前は発明品を爆破させ、漫画みたいなアフロにさせられた。
 二人して黒焦げアフロになったため、後から製作部屋へやってきたアロンザは珍しく吹き出すし、サラはその場を見てスペランツァを怒鳴った。自業自得だが、その後スペランツァはノックスによって"アニマルベロベロ"の刑に処されてしまう。
「へー、なんだかんだ、楽しんでるんだ。」
「セジールは?」
 兄の事だから何処へ行っても上手くやれるだろうと心配はしていなかったが、それでも兄弟として、上手くやれているのだと話が聞けて内心ホッとするセジール。今度は自分の番に回ってきたので話し始めようとする。……しかし、仕事や職場関係はそこそこやれていたが、先日、裏鏡を怒らせてしまった事だけが引っ掛かっていた。
 とりあえず、裏鏡の事以外を話し始める。ファウストと同じく、セジールも職場では個性的な人物達が多く、兄と比べそれ程社交的ではないが、知り合った同僚とはそこそこ楽しくやれていた。削除者とは違い、確保者は天使に絞らずなれる職業で、いろんな人物と知り合っていく度に新たな発見もあって楽しい。
 幹部には河童もいるし、同僚には唐傘お化けではなくビニール傘のお化けもいるし、人魚や猫又もいる。他にも種族はいるが、上げ切れない程だ。
……初めて幹部の水面に会った時、セジールは執務室に充満するラーメンの匂いに眩暈がした。一瞬、自分は執務室ではなくラーメン屋に入ったのではないかと思ったくらいだ。原因は、人を呼び出しておいて昼食を始めようとしていた水面が、デスクに約十杯のいろんな種類のラーメンを並べていたからだ。
 彼女は『今、ダイエット中だから』と、いつもは二十杯のところを十杯に減らしたのだという……"うそでしょ?"と内心呟いたが、隣にいた裏鏡に何となく表情を読まれたらしく、『何事も"慣れ"、ですよ。』と言われてしまった。
 ビニール傘の雨宿は兎に角気難しい上に神経質で、仕事終わりに夕飯を食べようと約束をした日、報告書を届ける時間が少々遅れてしまい三分待ち合わせに遅刻した時に、もう少しスケジュール管理を云々……と棘のある言い方をしてきた。その後に『怒ってはないよ?』とは言っていたのも記憶に残っている。
 その後、レストラン"ガシスンナァ"でメニューを選んでいたら、雨宿がやたら一日に摂取するカロリーが云々とブツブツ呟きながら真剣に選び、結局三十分悩んでいたのも覚えている。セジールは遠慮なく先にカロリーも気にせず"チーズイン寝惚堕ねぶとりハンバーグ定食"や"地獄の閻魔パスタ"に"猫又クラクラあんみつ"等。沢山頼んで平らげた。……雨宿の奢りを良い事に。
 人魚のボブレは種族的に口数はどうしても少ない。人魚は大昔から陸に上がり両足を持つ時は口元がファスナーに変わる。言葉を話せる時は人魚の姿に戻り水の中に入っている時だけだ。気が合うのか知らないが、ボブレはよく雨宿とつるんでるのをセジールは見かける。セジールに対しても何やかんや面倒見よく、任務先で何度かボブレに手助けしてもらった。
 雨宿とボブレは癖が強いコンビではあるが、絡んでいて退屈しないし、確保署に行けば表情の少ないセジールもよく微笑むようになった。……それから、それから裏鏡は──もしかすると、彼(彼女)に嫌われたかもしれない。あの男(女)はアロンザ以外には非常に塩対応だ。
 最近、裏鏡と任務に行く機会も多く、セジールは彼(彼女)が自分に対して接し方が少々柔らかいような一面も見えてきていた。普段他人に対し興味もなく絶対にしないであろうに、この前は裏鏡が自身の好物であるたこ焼きのおススメのお店も教えてきた。表情もどこか柔らかく、奢ってもくれたのもセジールは覚えている。
 なのに、たった一つのあの言動で関係が気まずくなったら、今後どのように彼(彼女)に接していけばいいのかわからない。どうすれば機嫌が良くなるのか、そもそもまだ怒っているのか、……気になってしまう。内心不安……不安? こんな感情、初めてだ。
「なんかあったんだ?」
 隣で座っていたファウストに顔を覗き込まれ、セジールは目を丸くする。表情に出ていたのだろうか、いや、きっと兄弟だからこそ何かを感じ取ったのかもしれない。先程までぽつりぽつりと自分のペースではあるが、心なしか明るい声で話していた弟が、裏鏡の事を頭に浮かべると表情を曇らせていたのか……それは兄にしかわからない。
 "にいにはかなわないな……"と、どうせ隠していても聞き出してきそうなので早めに白状する。因みに、心配している部分は多少あるだろうが、大体は一度気になれば知りたいという好奇心であろう。セジールは自分のペースで、ぽつりぽつりと事情を説明した。
 自分で話しながら、セジールは自身の気持ちに困惑していった。話せば話す程、初めての感情なんだと自覚していく。ファウストは何故か、「ふぅん?」と相槌を打ちながらも表情はニヤついていた。そして次のファウストの言葉で、セジールは目を丸くする。
「俺……裏鏡さんには会ったことないけど、……つまり、お前はその人に"嫌われたくない"ってこと?」
「そう……だね。」
 "そう、自分は彼(彼女)に嫌われたくないんだ。"と、漸くここでセジールは一つ確信する。前までは家族以外には嫌われても"まぁいっか"で済んでいたはずだが、裏鏡にだけは自分を嫌ってほしくないとセジールは強く思う。何故嫌われたくないのかと聞かれれば……そこまでは理解していなかった。
 ファウストは何となく、セジールの裏鏡への気持ちに気づき始めてはいたが、それは本人で自覚する事だ。兄はこれ以上弟自身の問題に突っ込めない。ふと、ファウストはついでに、「相手、女の人? 男の人?」と裏鏡の性別をセジールに聞いた。
「ぇと……、"男"。」
「オゥ……。」
 間違ってはいないが、正確には、"(女にもなれるけれど普段は大体)男(の姿)"なのだが……セジールは少々言葉足らずのようだ。ファウストは一瞬動揺を見せたが、兄として、弟の恋愛事情にそれ以上は深入りしなかった。

──隣でうたた寝をし始めたセジールを横目に、ファウストは漸くじっくりと一人考え事を始められる。
 ファウストは今の仕事に不満はない。職場での教わった事は確実に身となり、彼は将来有望だと周りからも評価されている。任務を遂行する中で、削除者ならば誰しもが通る自殺者との葛藤にも乗り越えられている。そしてどう自殺者達と向き合い、任務を遂行するか、勉強になる事が多い。
 "勉強"……と聞くと少々そっけなく聞こえるが、自殺者の中でもただ辛くて死を選んだ者だけではなく、人によってはどうしようもなく不憫な者もおり、生活環境によっては死を選ぶしか逃げ道がなかった者も中にはいる。それでも削除者は、再びその者に自殺を繰り返させるよう武器を振るわねばならない。ただ仕事を全うするのではなく、削除者にも一人一人心があるのだから、何とも思わないはずがないだろう。
……訂正しよう。"ただ辛くて"は非常に不適切だ。自殺にまで追い込まれる・・・・・・・・・・・事自体が問題なのだ。削除者にも一人一人心があるように、人間にも一人一人心がある。だからこそ悩み、苦しみ、そして自殺という道を選ぶ者が出てくるのだ。
(……そうか、だから続けているんだ。)
 削除者を続け、こうして自殺者と向き合っていくからこそ"命"というものを改めて痛感させられる。……これが削除者を続けている意味だ。ファウストは漸く一つの答えが見つかり、心地よく吹いてきた風にきらきらとした金の髪を揺らしながら、どこかスッキリした表情で空を見上げる。
 空はオレンジ色にほんのりと全体を染めており、もう一時間辺りで日が落ちるとわかる。焦燥感にはまだ駆られていない、もう少しこの木の下でのんびりと物思いにふけりたかった。ファウストは、優しげな風を頬で感じながら目を閉じた。

 ***

 突然だが、彼の元婚約者について少し昔話でもしようか……。第一印象は"綺麗な天使"、名は"テネシティ・ローズブレイド"という……。髪の色は紫陽花を連想させる者もいるが、この時ファウストはヤグルマギクを連想させた。ヤグルマギクを連想させるその色を持つ髪は、一本一本が細く風にあたると優雅に揺れる。髪だけでなく立ち振る舞いもとても上品で、誰が見ても文句無しの完璧な相手だった。
 だからこそ、両親も彼女のそういったところを気に入った上で婚約に賛成した。しかしファウストだけは、彼女がただの育ちのいいお嬢様ではなく、小柄な見た目に似合わず岩の如く固い意志を持っていると感じ取っていた。彼女自身の口から聞いたわけではない。ただ、初めて出会った時に、彼女の目がそう言っていた。
 きっと無意識だったのだろう。彼女のオブシディアン色の瞳は、隠す気もさらさらないくらいに"誰にも甘く見られるもんか"と主張していた気がする。何が彼女をそうさせたのかまではわからなかったが、ファウストはそれが少し怖くもあり、ここで同時に"尊敬"の気持ちも抱いた。

《著者:浮世春之助》
 
……婚約を結んでからは、お互いを知るために度々会うようになった。互いの家を行き来し親交を深くしていったが、ある時衝撃的なものを目撃することとなる。
それが原因で婚約破棄をするのだが……。
当時は親同士が決めたこともあり、あまり乗り気ではなかった。
それも年上の女性と婚約させられファウスト自身は正直うんざりしていた。家の事情があるとはいえ顔の合わせたことのない年上の女性と一緒になれというのは当時未成年であった彼にとっては苦痛でしかなかったが、初の顔合わせで嫌な気持ちは消えた。それは彼女が美人であったこともあるが彼女の一挙一動の洗練された動きに感嘆した。
それもそのはず。彼女の家系は代々から富豪の一家のひとつとして名を存在している。
……なにで儲けていたか忘れてしまったが。
そんな彼女を見て素直に綺麗だと声に出た。それが聞こえていたのか彼女は顔を歪めてしまったが、仲良くなるのにそう時間はかからなかった。
ファウストが彼女の家に通い詰め、彼女の両親と仲良くなった後許可を得て彼女と自宅ではあるが逢瀬を繰り返した。
そんな地道なことを繰り返した結果、徐々に彼女の心を開くことに成功した。
すぐに彼女はファウストの家にも来るようになり、弟のセジールとも仲良くなってくれた。いまでも弟とは仲がいいのかよく話しているのを見る。兄として、元婚約者としては複雑な気持ちではあるが、あまり人と関りを持っていない弟が仲良くしているのを無理に引きはがすのは忍びないのと、自分にあり得ないほど執着を見せてはいるがいい人であることは変わらないため特に強くは言っていない。
……そう、衝撃的なことはこの彼女の執着心に関係する。
彼女は事あるごとに自分に引っ付くようになった。無断で泊まりに来たこともあるし、彼女の部屋にあり得ないほどの量の自分の写真が飾られているのも見た。
束縛を嫌う自分にとって彼女は苦手な部類の天使であり、髪の毛や使用済みのストローを保管しだしたときにはもう限界だった。
両親に頼み込み婚約をなんとか破棄してもらったが、問題は他にもあった。
それは彼女の祖父にあたる人物であるディラン・ローズブレイドによるわが家への乗り込みだ。
彼はテネシティがショックで寝込んだのを知り乗り込み事情を直接聞きに来たのだ。
大きな体躯に立派な口ひげは彼の高貴さをしっかりと表しており、体がすくんでしまったほどに圧巻で流石ローズブレイド家だと思った。
彼は自分に糾弾するかと思えば事情を聞いて頷けば一言「迷惑をかけた」と言って去っていった。
その後、テネシティがまたわが家に来、深々と頭を下げると謝罪をしてくれた。
・・・・まあ、やはり諦めきれないのか付きまとってきているが、話しかけることはなくなった。
セジールも影で見ているテネシティを見かけると「テネちゃんはどうしたの?」と不思議そうに聞いていたが事情を知ると前から知っていたのか苦笑して納得していた。
 
 ***

《著者:雪野鈴竜》

 物思いにふけていたらいつの間にか少し眠っていたらしい……ファウストは体を伸ばす。空は先程より濃くオレンジ色に染まり大分日も落ちてきていた。……仕事を続けたい意味もじっくり考える事ができてスッキリしたファウストは、ちらりと横に目線を向ける。
「……さ、て。……そろそろ起こすか。」
 未だ木にもたれ掛かっているセジールに手を伸ばし、肩を揺さぶると、セジールは顔をクシッと歪ませ唸る。次にファウストは左手をデコピンポーズにさせ額に近づけ──たところでハッと起きられた。どうやら何となく危険を察知したらしい。
 ファウストに「日も暮れたから帰るよ」と言われ、セジールは大きな欠伸をする。二人はゆっくりと立ち上がり、セジールは背伸びをし、ファウストは持ってきた空のバスケットを手に取ると──それぞれ想い人の顔を脳内に浮かべながら、兄弟して同時に"早く会いたいな。"と思った。

 ***


──帰宅したセジールは、確保署で早速裏鏡に睨まれた。内心、"やっぱりまだ怒ってる"と落ち込みかけるセジールだったが、ズカズカと目の前にまでやってきた裏鏡に「随分のんびりでしたね?」と、相変わらずの冷めた瞳だが、心なしか拗ねているようにも見える雰囲気と声だった。
 思った反応と違う事に、セジールは目を丸くしながら固まる。次に裏鏡は、両腕を組んでネチネチと愚痴を漏らす。
「お陰様で! あれから貴方の仕事まで任されも~ウンザリです!! 居なかった分、バンバンこき使うので! 頼みますね!」
 "あぁ、やはりそうなるんですねぇ"とは口には出さない。きっと仕事を増やされるに違いないので、余計な事は言わずに過ごすべきだと判断する。裏鏡はセジールに背を向けると歩き始めるのだが……「あぁ、そうそう」と、何かを思い出したように言いながら足を止め、ゆっくりとこちらに振り返る。
一度だけ・・・・しか言いませんので、聞き逃さないでくださいね! 先日は少々・・感情的になりました。貴方の言っている事は"一理ある"ので、……すみませんでした。」
「……ぇ?」
 聞き間違いか耳の調子が悪いのだろうかとセジールは自身を疑ったが、何秒かかけて漸く聞き間違いでない事に気づきハッとして、段々と心がポカポカと温かくなっていった。嬉しさのあまり、先程の彼(彼女)の言った事を忘れて、後ろからついて行きながらセジールは話を続けて謝罪しようとする。
「おれも、すみませ──」
「あーあーあーあー! きーこーえーなーいー! その話はもうお終いだと言ったでしょ~がッ!!」
 相手の言葉を遮りながら両耳を塞ぎ、わざと大きな声を出して聞こえない振りをする裏鏡。その顔はリンゴのように真っ赤である。どうやら自分の非を認める事自体が、彼(彼女)にとっては屈辱的らしい。セジールは無自覚ではあるが、そんな彼(彼女)も可愛いと思ってしまい吹き出してしまう。裏鏡もセジールのこんな様子を見るのは初めてなようで、目を丸くした。

──その頃、同じく帰宅したファウストも、削除署にくるとアロンザから「何か良い事でもあったか?」と聞かれた。来て早々に意外な事を言われたファウストは、"自分、今顔がニヤついていたのか"と困惑していた。それに対しアロンザは、「いや、気のせいかもしれんが、」と話しを続ける。
「……どこか表情がスッキリして見えたんだ。」
 そう言うと、アロンザはまるで自分の事のように嬉しそうに笑みを浮かべる。ファウストは、自分の小さな変化は両親でもなかなか気づかないので、彼女が気づいてくれた事に、内心とても嬉しく思った。
……改めて、"あぁ、この人とずっと傍に居たいな。"と感じたファウストだった。
「ファウスト、今日の任務が終わったら居酒屋行くか。」
「いいですね。」
しおりを挟む
感想 8

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(8件)

カタギリユウ

正直に言います・・・・
泣きました🥲
少女の事情を知るといたたまれないけど、それでも仕事を全うしなきゃいけない気持ちはすごくわかります!!

雪野鈴竜(ユキノリンリュウ)
2021.08.25 雪野鈴竜(ユキノリンリュウ)

作者として、作品を読んでいただき読者が泣いてくれて嬉しい気持ちでいっぱいです!これからも頑張って書いていきますので、楽しんでやってください。(´;ω;`)

解除
グッさん
2021.08.17 グッさん

怨念につかまると、あんなふうになるのは怖いですね。初コメント失礼しました。

雪野鈴竜(ユキノリンリュウ)
2021.08.25 雪野鈴竜(ユキノリンリュウ)

貴重な感想ありがとうございます。怖がってくれたようで、作者としてはかなり嬉しかったです。(*^^*)

解除
雅樹
2021.03.01 雅樹

読みながら(・∀・)ニヤニヤしてしまう
続き楽しみにしています!

雪野鈴竜(ユキノリンリュウ)
2021.03.01 雪野鈴竜(ユキノリンリュウ)

わーい!ありがとうございます!(´;ω;`)

解除

あなたにおすすめの小説

【一話完結】3分で読める背筋の凍る怖い話

冬一こもる
ホラー
本当に怖いのはありそうな恐怖。日常に潜むあり得る恐怖。 読者の日常に不安の種を植え付けます。 きっといつか不安の花は開く。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

誰でもよかった 私じゃなくてもよかった

石田空
ホラー
広告代理店で働きながら、副職でネット受注のデザイナーをしている綾瀬。ある日家に帰った彼女は、体に覚えのない痕が付いていることに気付いた。病院で診てもらったが症状はわからないが、体が重い……。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

【なにか】助けてくれ【いる】

一樹
ホラー
異世界掲示板ホラー話です。

所以

津田ぴぴ子
ホラー
実家を出て一人暮らしをしながら、アルバイトで生計を立てている十時未汐は、十歳より前の記憶が抜け落ちている。 ある日彼女のもとに、一通の不気味な手紙と、祖父の危篤の報せが届いた。 無くした記憶、忘れてはいけなかった人、昔の約束、呪詛。 「あんた、相当あの子に執着されてるよ」

【完結済】ダークサイドストーリー〜4つの物語〜

野花マリオ
ホラー
この4つの物語は4つの連なる視点があるホラーストーリーです。 内容は不条理モノですがオムニバス形式でありどの物語から読んでも大丈夫です。この物語が読むと読者が取り憑かれて繰り返し読んでいる恐怖を導かれるように……

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。