いまさら好きだと言われても、私たち先日離婚したばかりですが。

山田ランチ

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第39話 選ばれし者

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 コツコツと石の階段を下りていく足音が二つ。城の地下牢の中でもとりわけ罪の重い者達が隔離されている場所があった。
 カビ臭さが充満する暗い廊下を進んでいくと、二つの足音はぴたりと止まった。

「まさかまたお前の顔を見る羽目になるとはね。嫌味での言いに来たか」

 一層暗い地下牢の一室で、クロードは掲げられたランプの灯りから避けるように顔を背けた。

「ジュブワ国王からご承諾を頂きましたのであなたを国に連れ帰る事になりました」

 その瞬間、格子が思い切り蹴り飛ばされた。金属音が遠くまで響いていく。廊下の先から向かってきた兵士に手を挙げると、アルベルトはかつての部下を見下ろした。

「クロード、出ろ」
「嫌だ! 国には帰らない! それなら今すぐここで殺せ!」
「父が亡くなりました」
「は? なんで」

 その時、初めてアデルの瞳が揺れた気がした。アルベルトもグロースアーマイゼ国の王の死因については聞いていない。

「私が殺しました。それ以外にも父を傀儡としていた貴族共もです。ただ一掃できてはいないので、あなたにも協力頂きたい。前王権を潰したいという点では同じなのでは?」
「証拠は? あいつが死んだっていう証拠を出せよ!」

 アデルはアルベルトと目配せをすると、廊下の先で待機していた兵士に合図を送った。程なくして軽い足取りが近付いてくる。
 ずっと気になっていた女だった。容姿はシャー・ビヤーバーンの使節団にいてもおかしくない。しかしすれ違っているであろうシャー・ビヤーバーンの者達も一切この女に触れる事はなかった。

(奴隷が珍しいがいない訳ではないからな)

 ジュブワ王国にはいないが、グロースアーマイゼ国のような大きな国では色々な国の者達が生きている。その中には多くはないが昔の名残を引き摺った悪習があると学んだ事があった。
 女は格子の前に行くと、じっとクロードを見下ろした。

「その薄青い目の色、間違いないな。連れて行くぞ」
「おい! お前何者だ!」

 クロードは立ち上がり格子を掴んでいた。女は無表情のまま言った。

「私は死を纏う一族の末裔だ」




 石の台座の前で、クロードとアイシャは指輪を付けて血を流した。満たされた水に滲んだ血は、ゆっくりと動き始め、薄まりながらも流れていく。そして中央へと辿り着いた。固唾を呑んでその様子を見守っていた三人はやがて中央の窪みから三つ目の指輪が現れた。
 指輪は少し小さく、華奢。一切の曇りもサビもなくたった今磨き上げられたかのように輝いていた。

「これが王女の指輪だ」

 アイシャは自ら付けていた指輪を外すとその指輪の横に置いた。クロードも同じように指輪を外して横に置く。すると三つの指輪は台座の上で一層光った。眩しさに顔を背け、もう一度目を開けた時には指輪は一つになっていた。

「おい! 誰か取ったな!」
「よく見て下さい。指輪が変化したのですよ」

 アデルは三つのどれとも同じではない指輪の装飾に魅入っていた。

「帝王の指輪。死を纏う一族の中で最も力があったとされる呪師が生み出した物で、この指輪を手に入れた者は世界の覇権を取ると言われている」
「なんで奴隷のお前がそんな事を知っているんだ!」

 アイシャはきつくクロードを睨み付けると、洞窟内に風が吹いた。

「この者は“死を纏う一族”の末裔です。シャー・ビヤーバーン一族との争いに負け、消えた民と言ってもいいでしょう。西の砂漠の国では幾つかの部族が戦い、そして滅びましたから。いくら志半ばで逃げ出したあなたでもそのくらい知っているでしょう?」
「俺は知らない。聞いた事もなかった」
「我々は砂漠の民は残虐で危険な存在だとそう擦り込まれ、奴隷にしても罪悪感など微塵も感じないように育てられてしまいました。ですが彼女の姿はどう見えますか?」
「……俺が知るか。それでその指輪はどうするんだよ。お前の物になるのか?」
「指輪はすでに持ち主を選んでいるようです」

 クロードはとっさにアイシャを見たが、すでに指輪はアイシャの小指にピタリと嵌っていた。

「やはりそうでしたか。その指輪は元々あなたのご先祖様がお作りになったものですしね」

 驚いたままのアイシャは、強張らせた頬を動かした。

「お前は王になりたいんじゃなかったのか? この指輪が必要だろう?」
「私がいつ王になりたいと言いました?」
「父親を殺したじゃないか! 親殺しは解けない呪いに掛かるんだぞ。お前の魂はもう汚れてしまったんだ」

 その瞬間、アデルの笑い声が漏れた。

「いえ、すみません。いくら呪師の一族だとはいえ今だにそんな迷信を信じているなんてね。親殺しで呪いですか。それも結構。ですが私はそんな呪いなんて受けませんよ。そんなもの信じるかどうかは自分次第でしょう」
「信じないのか? 呪力を持つ我が一族の言い伝えだぞ!」
「ですが滅びましたよね。それが全てです。そんなに素晴らしい力があるのならなぜシャー・ビヤーバーンに破れたのです? 答えは簡単です、力が足りなかったのですよ。あなた達は自分達の力を過信するあまり滅びたのです」

 アイシャは指輪を抜きかけて止まった。

「……どうせ今更足掻いた所で我が一族は滅びたんだ」
「おい指輪を見てみろ」
「何を言っている」
「いいから見てみろよ!」

 アイシャの小指に嵌っていた指輪の色が次第に薄くなり、アイシャの指に溶けていく。そしてあっという間に消えて無くなってしまった。

「まさか幻覚?」

 クロードが何度も目を瞬かせながらアイシャの手元を凝視している。

「もしかして最初からなかったのか?」
「……先に言ったでしょう。呪術を使う一族が生み出した物だと。どのような思いでその指輪を後世に残したのかは分かりませんが、あなたの体にその力が宿ったのは間違いないようですね」

 アイシャは自分の掌を見つめてから、弾かれたようにアデルを見上げた。金色に鈍く光った瞳がアデルとかち合う。そして呟いた。

「王になるのはお前ではない。お前に似ているがお前ではない」

 予言めいた言葉を発した後、アイシャは倒れた。


 前国王の妾を腕に抱き、アデルは石の階段を上がっていく。城の入り口には兵士達が隊列を作って待ち構えていた。

「まさか堂々をお戻りになるとは驚きですよ。アデル殿下。第二王子のように行方知れずになってしまうかと思っておりました」
「それって俺の事か?」

 アデルの後ろにいたクロードを見つけた瞬間、兵士達に守られるようにして立っていた元老院の老人達は、幽霊でも見るように狼狽えた。

「どうして戻って来れたんだ? 死んだんじゃないのか!」

 ハッとしたように口を噤んだがもう遅い。クロードはアデルを追い越すと元老院の老人の前に進んだ。兵士達が剣を向けるが、国王殺しの容疑はアデルであってクロードではない。王族を何の罪もなしに拘束する事など出来る訳がなかった。

「俺が戻って来たら不都合があるみたいだな。悪かったなしぶとくて!」
「全く、あんな風に暴走しなければもっと早くに連れ戻せたものを」
「連れ戻す? お前は俺を殺そうとしたんじゃないのかよ!」
「まあ別に死んでも良かったのですが、無理に連れ帰るとそれこそあの父親に殺されてしまいそうでしたからね。私と違って頭が回らなそうでしたから」
「もしかして俺がジュブワ王国の捕虜になったのって……」

 アデルの中で気を失っていたアイシャの瞼が動き出す。そして片目だけを上げた。

「少し考えれば分かるだろう。お前を逃がそうとしていたのさ」
「嘘だろ、回りくどすぎ。しかもなんだよ、俺の方が兄なのに」
「生まれた月はね。年は同じですよ」

乾いた笑い声を上げたクロードと、表情の読めないアデルを見比べた元老院の老人達は、兵に号令を掛けた。

「その者は陛下を弑した反逆者だ! その奴隷がきっと手引したのだ! 全員捕らえろ!」

 俺は?というクロードの声は掻き消され、その代わり大量の金属の音が響いた。

「待て! ここに帝王の指輪を従えた者がいます! その者に刃を向けるのならば、お前達がグロースアーマイゼ国を築き上げた王家を否定する事になるのですよ!」

 アイシャの手をアデルが掲げた。

「無いじゃないか。どこにもないではないか!」
「アイシャ、指輪を出せますか?」
「無理だ。消えてしまったんだから」

 兵士達がじりじりと距離を詰めてくる。

「まずいって。まさか本当に王政をこんな小娘に任せるっているのか? 気でも狂ったか」
「指輪が行方不明になるまでは指輪を巡って争いが耐えませんでした。指輪が選んだ王が国を治めた時だけ、国は穏やかに栄えたという記録が残っているのです。ですが必ず平和を快く思わない者達もいるのです。戦いの只中であろうと自分達さえ良ければいいという者達がね」
「お前、本当に王になる気はないのか?」

 アイシャはゆっくりと体を起こすと指輪が消えた手を見つめた。

「歴代の王達の悪政によって指輪に掛けられていた術の真実が歪められてしまいました。しかし国を照らす者も見つかった今、私が王にならなくても十分に国は変化していくでしょう。邪魔者は排除しなくてはならないですがね」

 アデルの後ろにアデル達を支持する貴族達が集まり出す。その中の一人がアデルに紙の束を渡した。

「あなた方が前王と共に私腹を肥やしていた証拠はすでに見つかっています。というか捕まる訳がないと高を括っていたのでしょう。ずさんにも程がありますがこちらとしては探す手間が省けましたね」

 アデルに書類を持ってきた男に、クロードはギリッと男を睨み付けた。

「オヴァルお前生きていたのか! 寝返ったんだな」
「失礼な事を言うな。最初から僕はこっち側だ」
「最初からっていつからだよ!?」
「ジュブワ王国に戦争を仕掛ける構想を練っている時からだよ。本当に間抜けだよね。あまりアデル様にお手間を掛けさせるなよな」
「オヴァルには諜報活動をさせていましたからね。彼は元々伯爵家の人間だし、頭もいいからあなたよりよっぽど役に立ってくれていますよ」
「まさかのらりくらり戦争を延ばしていたのもお前か!」

 するとオヴァルは小柄な体を揺すって笑った。

「だってあのままじゃすぐに負け戦だったよ。ベルガー辺境伯は戦術実践に置いても一目置く価値のある人だったし、フィリップ殿下も中々手強かったよね。懐かしいなぁ。アデル殿下がこっそりと増援してくれた兵士達を傭兵の中に紛れさす事が出来たお陰でモンフォール領まで入れたし、結果こうして指輪も手に入ったしね」

 すでに元老院の老人達は反論する気が失せているようだった。

「あぁ、ちなみにこれもありますよ。グロースアーマイゼ国、ジュブワ王国、西の国のシャー・ビヤーバーンとの同盟書になります。もし我々に危害を加えるようであれば、この二カ国を敵に回すという事になりますので、心しておくように」

 アデルの圧勝に兵士達はもはや剣を向ける理由はなかった。
 
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