いまさら好きだと言われても、私たち先日離婚したばかりですが。

山田ランチ

文字の大きさ
上 下
16 / 46

第16話 深まる疑念

しおりを挟む
「副団長は随分と気が立っておられるよな」
「シッ! 命が惜しければ黙食しろ」

 アルベルトはフィリップに会いに行く前に騎士団宿舎に寄り、訓練と称して部下達を立てなくなるまで付き合わせると食堂へ直行していた。

「戻って早々力が有り余っているみたいだね」
「ラインハルト団長は優し過ぎです。それにあいつらの体力がなさ過ぎるだけですよ」

 笑いながら隣に座ったラインハルトは小さく笑った。

「フィリップ殿下と仲良くなったみたいだね」
「どこのどいつです、そんな事を言ったのは」
「フィリップ殿下さ」

 アルベルトは咳き込むと袖で口を押さえた。

「仲良くなんてなっていませんよ!」
「そうムキにならなくてもいいのに。それで久しぶりの我が家はどうだった? 息子には会ったんだろう?」
「会いましたけど泣かれました」
「父親のあるあるだね。どうしても共に過ごす時間が少ないからよそよそしくなってしまうようだよ」
「うちは妻が出て行ったので互いに苦手とも言ってられないでしょう」

 するとラインハルトは、スプーンで掬ったシチューをポタポタと皿に溢しながら唖然とアルベルトを見た。

「落ちてます」
「今のはどういう事? 妻が出て行ったって」
「近日中に離婚する予定です」
「離婚!?」

 さすがに声が大きかったのか食堂から視線が集まる。ラインハルトは咳払いをして声を潜めた。

「君の奥さんてモンフォール家のご令嬢だったよね? 相手の家は了承しているの?」
「妻はそう言っていました。手紙でですが」
 
 アルベルトは食べ終わると席を立った。

「これからフィリップ殿下の所に向かいますので失礼致します」
「あぁ、モンフォール領の調査だよね。騎士団の任務からは外すようフィリップ殿下から仰せつかっているから気兼ねなく働いておいで」
「……以前ラインハルト団長が仰っていたフィリップ殿下の事ですが、少しだけ理解出来たような気もします。仲良くはなっていませんが」

 そう早口に言うと食堂を出て行ってしまう。ラインハルトは小さく笑ってからシチューに口を付けた。




 フィリップの執務室にはアルベルト、そしてモンフォール伯爵とその従者のカールが同席していた。

「遠い所ご苦労だったね」

 カールは姿勢を正すと緊張した面持ちで顔を上げた。

「やはり川の上流は意図的に水が放流されなかったと判断して良いと思われます。水がモンフォールに集まるように細工されていたのは明らかです。そしてそれを行ったのは町の者達ではなく、どこからか現れた“見知らぬ者達”のようでした。町の人々に聞き込みをしても、その者達は姿は隠しており、激しい雨のせいで姿を見る事は出来なかったと口にしていました。数人様子の気になる者達もいましたが、おそらく口を割る事はないでしょう」
「無理にでも吐かせれば良かったんじゃないのかい?」
「お言葉ですが、そうすれば今度はその者達の命が脅かされるかもしれません。それは我々としても望んでおりませんので、そういった場合はカール達には引くように命じておりました」

 口を挟んだモンフォール伯爵は、フィリップの視線に捉えられても真っ直ぐな姿勢を崩す事はなかった。

「まぁ結果を出してくれればやり方は好きにして構わないよ。さて、地下の調査だけれど引き続き私とモンフォール家だけで行おうと思う。本当は遺跡や歴史の有識者も連れて行きたいんだけれど選抜に時間を掛けてはいられないからね。私達で調査をして持ち帰り、内容を専門家に分析してもらおうと思う」
「という事は私は不参加ですか?」

 アルベルトは、思わず声を上げていた。

「アル君には陛下の護衛に就いてもらういたい。あと数人信頼出来る者を選出してくれ」
「かしこまりました」
「くれぐれも陛下の御身の保護を優先にね」

 そう言うと、フィリップはヒラヒラと木の葉のような手の振り方で解散させた。

「カールには引き続き水害について調査してもらおうと思っているが、数日屋敷で休息を取っていきなさい。任せ切りですまないね」
「旦那様、謝らないで下さい。せっかくのお言葉ですが俺達はもう出発しようと思います」
「ならばせめてエルザに会って行ったらどうだ? ベルトラン家のお屋敷にいるから立ち寄ってみるといい」

 するとカールは日に焼けた顔で微笑みながら言った。

「会いには行きません。俺達にはまだやる事がありますから」




「あれはまだ起きているか?」

 屋敷に帰って早々、アルベルトは屋敷の中をぐるりと見渡した。

「お部屋におられますよ。運が良ければまだ起きていらっしゃるかもしれません」
「部屋はどこだ?」

 ルドルフが案内した部屋は、二階にある夫婦の寝室から二つ離れた場所だった。軽くノックをしてから扉を開いてみると、部屋の中にはおもちゃが散乱していた。積み木やぬいぐるみ、おままごとセットまで。足の踏み場もない程に散らかり、部屋の奥に鎮座している一際大きなクマのぬいぐるみに目が留まった。じっとこちらを見ているようで目が逸らせないでいると、後ろから笑いを堪えるような声色が聞こえてきた。

「アルベルト様がお送り下さったぬいぐるみです」
「俺が送った?」

 しばらく思考を巡らせた後、再び巨大なクマのぬいぐるみを見た。

「あのリスト、どうして大きさまで書いておいてくれないんだ」
「最初は大泣きしてしまい大変でしたが、最近では一番のお気に入りですよ」

 投げ出されたぬいぐるみの足に引っ掛かるようにして小さな子供が倒れている。そしてその横には共に寝落ちしてしまったエルザがいた。

「よくあのようにしてそばで眠る事があるのです。あとはぬいぐるみの下に敷いてある絨毯がお気に入りというのも理由だそうですよ」

 ぬいぐるみの下には毛足の長い白く丸い絨毯が敷かれていた。

「奥様がぬいぐるみのお尻が冷たいだろうからご準備されたのです」
「ぬいぐるみだから冷たくはないだろう?」
「奥様の優しさですよ」
 
 アルベルトは床に散乱している物を避けながらフェリックスの元に向かうと、小さな後頭部を指差した。

「ところでこれはいつになったら起きるんだ?」
「これなどと。そのうち目を覚まされますよ」
「子供だからと遊んでばかりでいいのか?」
「遊ぶのが仕事みたいなものですから」

 壁は薄水色と淡黄色の二色で塗られ、天井には白い雲が描かれている。寝具に使われているリネンや毛布も水色で統一されていた。不意に足元に違和感を感じると、いつの間にかズボンの裾を小さな手が握っていた。

「おい、起きたのか?」

 返事はない。足を動かして引いてみると小さな身体は付いてきてぬいぐるみからずり落ち、今度は仰向けで寝息を立てていた。

「このままベッドに運んでしまいましょう。エルザ、エルザ起きて下さい」

 ルドルフはエルザの口を触れないように押さえた。

「今日はこのまま静かに寝かせて差し上げましょう」

 エルザはいつの間にか部屋の中にいたこの屋敷の主人を驚いた目で追いながらも、コクコクと頷いてフェリックスをそっと抱き上げた。


 アルベルトは寝室に向かうと、暗い部屋の中で立ち尽くした。
 この部屋で夫婦で過ごしたのはあの最悪な一夜だけ。正直に言えばカトリーヌの顔さえうろ覚えだった。覚えているのはさらりとした薄茶色の長い髪に幼い声。身長差があるからか顔ははっきりと見た覚えがなかった。
 ベッドに近づいて行くと小さく溜息が漏れた。本当は少しだけ期待していた。もしかしたらカトリーヌが自分好みの好きな寝具にしているかもしれないと。触れたベッドはあの日のままのようにひんやりとしていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめる事にしました 〜once again〜

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【アゼリア亡き後、残された人々のその後の物語】 白血病で僅か20歳でこの世を去った前作のヒロイン、アゼリア。彼女を大切に思っていた人々のその後の物語 ※他サイトでも投稿中

【完結】捨てられた双子のセカンドライフ

mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】 王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。 父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。 やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。 これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。 冒険あり商売あり。 さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。 (話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)

あなたの愛が正しいわ

来須みかん
恋愛
旧題:あなたの愛が正しいわ~夫が私の悪口を言っていたので理想の妻になってあげたのに、どうしてそんな顔をするの?~  夫と一緒に訪れた夜会で、夫が男友達に私の悪口を言っているのを聞いてしまった。そのことをきっかけに、私は夫の理想の妻になることを決める。それまで夫を心の底から愛して尽くしていたけど、それがうっとうしかったそうだ。夫に付きまとうのをやめた私は、生まれ変わったように清々しい気分になっていた。  一方、夫は妻の変化に戸惑い、誤解があったことに気がつき、自分の今までの酷い態度を謝ったが、妻は美しい笑みを浮かべてこういった。 「いいえ、間違っていたのは私のほう。あなたの愛が正しいわ」

初めから離婚ありきの結婚ですよ

ひとみん
恋愛
シュルファ国の王女でもあった、私ベアトリス・シュルファが、ほぼ脅迫同然でアルンゼン国王に嫁いできたのが、半年前。 嫁いできたは良いが、宰相を筆頭に嫌がらせされるものの、やられっぱなしではないのが、私。 ようやく入手した離縁届を手に、反撃を開始するわよ! ご都合主義のザル設定ですが、どうぞ寛大なお心でお読み下さいマセ。

初耳なのですが…、本当ですか?

あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た! でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。

妾に恋をした

はなまる
恋愛
 ミーシャは22歳の子爵令嬢。でも結婚歴がある。夫との結婚生活は半年。おまけに相手は子持ちの再婚。  そして前妻を愛するあまり不能だった。実家に出戻って来たミーシャは再婚も考えたが何しろ子爵領は超貧乏、それに弟と妹の学費もかさむ。ある日妾の応募を目にしてこれだと思ってしまう。  早速面接に行って経験者だと思われて採用決定。  実際は純潔の乙女なのだがそこは何とかなるだろうと。  だが実際のお相手ネイトは妻とうまくいっておらずその日のうちに純潔を散らされる。ネイトはそれを知って狼狽える。そしてミーシャに好意を寄せてしまい話はおかしな方向に動き始める。  ミーシャは無事ミッションを成せるのか?  それとも玉砕されて追い出されるのか?  ネイトの恋心はどうなってしまうのか?  カオスなガストン侯爵家は一体どうなるのか?  

貴方にはもう何も期待しません〜夫は唯の同居人〜

きんのたまご
恋愛
夫に何かを期待するから裏切られた気持ちになるの。 もう期待しなければ裏切られる事も無い。

婚約破棄をされた悪役令嬢は、すべてを見捨てることにした

アルト
ファンタジー
今から七年前。 婚約者である王太子の都合により、ありもしない罪を着せられ、国外追放に処された一人の令嬢がいた。偽りの悪業の経歴を押し付けられ、人里に彼女の居場所はどこにもなかった。 そして彼女は、『魔の森』と呼ばれる魔窟へと足を踏み入れる。 そして現在。 『魔の森』に住まうとある女性を訪ねてとある集団が彼女の勧誘にと向かっていた。 彼らの正体は女神からの神託を受け、結成された魔王討伐パーティー。神託により指名された最後の一人の勧誘にと足を運んでいたのだが——。

処理中です...