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第14話 夫の帰還

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 王都に響き渡るのは楽隊の行進曲。
 三年前ひっそりと出立した第二王子フィリップの率いる騎士団一行は、王都を埋め尽くす歓声に包まれながら王都への門を通り過ぎていく。
 先発したフィリップ達へ増援を送り出す時に、王都中にグロースアーマイゼ国の侵攻が知れ渡ったのだった。ベルガー領へのグロースアーマイゼ国の侵攻は長期に渡り、そして今、大国の軍を退けたフィリップ率いる騎士団は大歓声を受けての凱旋だった。
 警備についていたルイスは通り過ぎていく馬を見上げながら、鎧に身を包んで真っ直ぐに前を見つめている義兄を睨みつけていた。

「やっと帰って来れたね。取り敢えず三年足らずで帰って来られて良かったよ」

 朗らかな笑みを浮かべながら群衆に手を振るフィリップは、鎧を着て自慢の金髪も傷んでいるというのに妙な色気が放たれており、集まっていた女達が悲鳴を上げて倒れていく。振り返りながらフィリップは苦笑いをしていた。

「少しはご自分の影響力をお考えください、殿下」
「せっかく歓迎してくれているのだから手くらい振ってあげないと可哀想じゃないか」
「これだけ集まっている中で倒れる方が可哀想です。何かあったらどうするおつもりですか」
「大丈夫だよ、警備に当たっている騎士達がちゃんと護衛してくれているから。騎士と言えば……」

 フィリップは楽しそうに少しだけ馬の足を緩めてアルベルトに並んだ。

「さっき物凄い表情で睨みを利かせていた騎士がいたよね。知り合い?」
「義理の弟だと思います。成長して容姿は変わっていますが、あの顔立ちは目立ちますから」
「確かにモンフォール家の者達は美男美女が多いからね。アル君が斬られちゃうのかと思ってハラハラしたよ」

 何を話しているのか分からないだろうが、上機嫌なフィリップの姿に群衆からは再び歓声と悲鳴が上がる。しかしその中でいくつかアルベルトの名前を呼ぶ声も聞こえてきていた。

「アル君も人気みたいだけど、既婚者だから残念だったね」
「どういう意味ですか」
「私達はどう見ても英雄扱いだよ? しばらく女性には困らなそうだなって」
「それは今まで女性に困った事があるような口振りですね。フィリップ様こそそのうち誰かに刺されそうで心配です」

 軽口を叩くアルベルトを横目で見ながら馬の足を早めた。城門が見えてくる。

「私を心配してくれるなんて感激だな。この数年で大分距離が縮まったって事だよね」
「どう捉えて頂いても結構ですよ」

 フィリップを先頭とする騎士団が次々に城へと入っていく。それでも王都に流れる音楽も歓声も鳴り止む事はなかった。


 土埃に塗れた身体を拭き、急ぎ着替えて向かったのは王の間だった。
 国王と第一王子のジークフリート、ラインハルト騎士団長にオレリアン兵団長、そしてフィリップとアルベルトという、出立の日を思い出すような面子に加え、新たに加わったのはフェンゼン大公、ベルトラン侯爵、そしてモンフォール伯爵だった。外のお祭り騒ぎとは打って変わり、肌がひりつくような緊張感に包まれていた。

「帰って早々にすまないな。まずは無事に帰還した事を嬉しく思うぞ」
「ありがたきお言葉にございます」

 フィリップはにこりとした顔を上げると、真っ直ぐに国王を見た。

「まずはグロースアーマイゼ国を退けた功績は大きいぞ、フィリップよ」
「ベルガー家とモンフォール家の軍と、私に付いてきてくれた騎士達のおかげです。そして王都から援軍を送って下さりありがとうございました」
「どうやら仲間を思いやる心も育ったようだな。今のお前なら国を治める事も出来るかもしれん」

 その瞬間、今までにない緊張が王の間に走る。静まり返った緊張を切り裂いたのは他でもないフィリップだった。

「ははッ、またまた御冗談を。私は王位を継ぐ器ではありませんよ。今までのように気ままに他国を外遊している方が性に合っているのです」

 国王はしばらくフィリップを見つめ、そして深く息を吐いた。

「経過報告は受けていたが、まずは此度のグロースアーマイゼ国侵攻の一連について報告を頼む」

 一斉に視線がフィリップに集中する。フィリップは珍しく緊張した声色で話し始めた。

「ベルガー領付近に現れたグロースアーマイゼ国は、モンフォール領に眠る地下空間を目指していたようです。国境付近は岩山に覆われているのでベルガー領から侵攻しようとしたのでしょう。それと質問なのですが、ここにモンフォール領にまつわる噂をご存知の者はどれくらいいますか?」

 集まった者達は頷く者もいれば知らない者もいるようで、探るように互いを見合っていた。

「王家に近い者しか知らない情報ですから、ご存知なくても無理はありません。モンフォール領は此度の災害で大地の地表部分が水で流れてしまいました。そして、地下へ降りる入口が見つかったのです」
「にわかには信じられないがやはりあったのだな。戦いの後で更にモンフォール領に残っての遺跡調査もご苦労であった」
「陛下、我々にも分かるようにご説明をお願い致します! 我々兵団は今回増援部隊として出発しましたが、戦場ではそんな話を一つも聞いておりません!」

 オレリアンがそう言うのも無理はない。オレリアン率いる兵団は、フィリップの命令で終戦後速やかに帰還していた。

「その件についての説明はモンフォール伯爵からしてもらいます。宜しく頼む」

 モンフォール伯爵は頷くと、国王に頭を下げてから話し始めた。

「災害の後に発覚した事実ですが、フィリップ様の仰る通りモンフォール領の地下には広い空間が広がっております。地下空間は入り組んでおり、住居のような作りになっておりました」
「中を見たのか?」
「もちろんですと言いたいところですが、まだ全てではありません。水が引かず、しばらく地下空間に降りるのに時間を要しました。水の引いた箇所から調査をしてきましたが、率直に申し上げますと地下空間にはある秘密が隠されておりました」
「続けよ」
「あったのは主に壁画です。そこにはモンフォール領の成り立ちが描かれてあり、モンフォール一族はグロースアーマイゼ国の王族の血を継いでいるようでした」
「馬鹿な! それならモンフォールの者達はグロースアーマイゼの王族の血を継ぐというのか!」

 思わず声を上げたのは、普段は口数の少ない第一王子のジークフリートだった。

「現在も調査中ですが、大まかな内容は写してきた絵を見て頂ければ宜しいかと思います。それに、地下空間には生活していたと思われる食器や祭壇なども見つかっております」
「そんな物見る必要はない! 他国とはいえ一つの国に王族の血を引く一族が二つもあってたまるか!」

 ジークフリートは興奮したように叫びながら、胸を押さえた。

「あまり興奮するでない。体調が悪化してしまうぞ」
「陛下! まさかお信じになっているのではありませんよね?」
「多くの者がその目で見たというのであれば少なからずその壁画はあるのだろう。なあフィリップ?」
「はい陛下。そしてこれも見つかりました」

 フィリップは国王に小さな巾着を渡した。

「これはまさか」
「王の指輪にございます」

 国王は箱の中からそっと金色の指輪を摘んで持ち上げた。

「この紋章はグロースアーマイゼ国のものか」

 両側から挟み込むような大きな歯が彫られたカメオの周囲を囲むように、黒曜石が幾つも嵌め込まれていた。
 
「おそらく遥か昔にこの土地に流れ着いたグロースアーマイゼ国の王族は、この指輪を持っていた。そしてモンフォールの地に住み着いたというのが我々の調べた結果です。それと、指輪は対の造りになっているようで、王の指輪と王妃の指輪があるそうですが、残念ながらもう一つはまだ見つかっておりません」

 もし昔からグロースアーマイゼ国の王の指輪がジュブワ王国にあるという言い伝えがあったのだとしたら、今回の侵攻はこの指輪を奪う事が目的だったのかもしれない。それ程にこの指輪には今もなお影響力があると思えた。

「まさかグロースアーマイゼ国の指輪が出てくるとはな。捕らえた捕虜から何か聞き出せたのか?」
「前線にいたほとんどが末端の兵か傭兵のようで、数はいるのですが統制はあまり取れていないようでした。しかし次から次に補充しているようで、有象無象の相手ばかりに手こずり、結局指揮官が誰かも分かりませんでした」
「それではまるで幽霊と戦ってきたようだな。だがまずは敵を追い返した。それが大事だろう」

 国王がそう言うと、フィリップは頭を下げた。

「これは私が預かるとしよう。フィリップは引き続きモンフォール伯爵と共に地下空間の調査に努めてくれ」
「私が行きます! 軍事ではないなら私の方が適任ですよね? 調査ならば私にさせて下さい、知識なら私の方があります!」

 ジークフリートは今だ青白い顔のまま立ち上がったが、国王は首を振るだけだった。

「危険がないのであれば私が適任ですよね!」
「確かに兄上は博識でいらっしゃいますが、モンフォール領までは長旅になります。陛下は兄上のご体調をご心配されていらしゃるのです」
「ッ! どうせ本しか読む事の出来ない出来損ないだと思っているのだろう!」
「本から得た知識は宝そのものですから、兄上の方が調査には向いていると私も思っております。実際の調査には私が出て、兄上にご報告致しましょう」

 そう言うフィリップを一瞥したジークフリートは、何も言わず椅子に座った。




「やはりあの場でご報告するべきだったのではありませんか?」

 王の間で解散となり、アルベルトは早々に部屋を出ていったフィリップの後を追い駆けていた。

「どう動くのか高みの見物といこうよ。それにアル君も久し振りのお家なんだからゆっくり休みなさい」

 保護者のようにそう言うフィリップが離れて行く。

「殿下のお考えにお任せしようと決めたではありませんか」

 後ろから来たのはモンフォール伯爵だった。

「あの忌々しい水害が人為的なものだった可能性があると、あの場で明かしたかったのは私も同じです」

 アルベルトはとっさに拳を握り締めた。誰よりもモンフォール伯爵が水害について明らかにしたかったに決まっている。モンフォール伯爵が失ったものはそれ程に大きいのだ。

「それはそうと、アルベルト様はフェリックスに会うのはお初めてですよね。楽しみにしていて下さい。とても愛らしいですよ」
「愛らしい、ですか?」
「それはもう! 目に入れても痛くない程に。……いや、それは揶揄ですが。結婚して早々離れ離れになり大変な時期でしたが、あなたと娘はこれから嫌という程共に過ごす時間があるのです、どうか会話をする事を忘れないで下さい」

 そう言いながらモンフォール伯爵はポケットの中にある物を握り締めていた。
 
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