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34 騒動の終焉②

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「それで、俺はこれ以上は近づけないんですか?」
「ここからで十分でしょう。特に話せる訳でもないんですから」

 ジャスパーとイーライは、魔術塔の中にあるクレイシーの監禁場所となった一室の前で、互いに視線を合わせぬまま話していた。王城の地下牢の一部は魔素が充満した為、大規模な浄化が魔術師達によって行われていた。特にクレイシーはその危険性から魔術団預かりとなり、魔素を大量に浴びたクレイシーには魔廻を持たない者は近づく事を禁止されていた。

「それで様子は?」
「魔素を過剰に取り込んだせいで魔廻は完全に破壊されていますよ。普通なら死んでいるはずなので、一体今がどんな状態なのやら」
「ジャスパー様、先生。陛下がお呼びです」

 メリベルは珍しく並ぶ二人の背中を見つけて声を掛けた。魔素を取り込んでも一時は意識を取り戻したものの、その後再び意識を失ったクレイシーは三日後に目を覚ました。しかし目を覚ました時にはもうすでに言葉を話す事が出来なくなっていた。言葉を忘れたのか、ぼんやりと宙を見つめたままほとんど動く事はなく、結局何の為にクレイシーが魔廻を集めていたのか、仲間はいるのか何も解明されないままこの騒動は幕引きとなった。

「ジャスパー殿下、大魔術師イーライ様、アークトゥラス侯爵家ご令嬢メリベル様をお連れ致しました」

 王の間にいたのは、両陛下とノルン大公、アークトゥラス侯爵のみ。騎士が扉を閉めた事からも、今回招集されたのはこれで全部なのだろう。

「集まったようだな。此度の騒動について、クレリック侯爵家とそれに連なる家門より正式な嘆願書が届いている。この騒動はクレイシー・クレリックが独断で行った事であり、当主含め誰一人として知らなかったとの事だ」
「誰が信じるってんだよ」

 呟いたイーライは国王に睨まれても平然と続けた。

「あの女を庇う訳じゃないが、貴族の女が一人で妙な仲間を集めて、僕ですら知らない魔廻を奪うなんていう代物を手に入れられる訳がないだろ。必ず仲介役や手足となる奴らがいたはずだ。そんな奴らとのやり取りを侍女や護衛が気づかない訳がない!」

 勢いのまま話し切ると、申し訳なさそうにノルン大公の手が肩に乗った。

「イーライ、そんな事は皆分かっているさ。だが仕方がないんだ。クレリック侯爵の承諾の元、本邸や別邸の捜索に加え使用人達への聞き込みもしたが、証拠は出ずじまい。誰も知らないの一点張りだったんだよ」
「そ、それを早く言えよ!」

 バツの悪そうなイーライはそのままそっぽを向いてしまった。

「クレリック侯爵家の監視は引き続きしていくとして、家門への処罰についてだが、クレイシー単独の行いを知らなかったとはいえ家門に責任がないとは言えない。よって今回は贖罪として各聖堂への遠征費二年分の負担と聖堂での無償奉仕の人員をクレリック侯爵家から出す事とした。それと、これはクリック侯爵家からの提案だが、クレイシーをオーウェン領にある修道院に送る事になったぞ」
「オーウェン領とはまた随分遠い地ですね」

 ノルン大公が呟くと、国王も少し考えるように唸ってから言った。

「正直な所かなり迷ったがな。しかしオーウェン辺境伯は長らく防壁としての役割を担い信頼も厚い人物だから、問題ないだろうと判断した。気候は厳しいがその分自然が多くあり、クレイシーも心身を癒やすのに最適だろう。魔廻を奪われたイーライには甘い処罰だと言われそうだがな」
「……別に僕には関係ないね。奪われた僕の魔廻は行方知れずだし、あの女の壊れた魔廻は治らない」

 誰もが沈黙する。クレイシーの壊れてしまった魔廻はもう元には戻らない。奪われたのと壊れたのでは話が違う。もう魔術は使えないし、魔素に触れようものなら魔獣になるか今度こそ死んでしまうだろう。だからもう魔廻を奪ったり、魔素に近づく事は出来ないのだ。

「クレリック侯爵家は娘を切り捨てたという事ですね」

 ジャスパーの声には棘が潜んでいる気がした。

「オーウェン辺境伯にはその後もクレイシーに接触する者がいないか監視をしてもらうつもりだ。それにクレリック侯爵家をこのままにもしておけん。今後も何か動きがないか慎重にならねば。そんな時にお前達の婚約者問題で足を掬われる訳にはいかんのだ。アークトゥラス侯爵、もうこれ以上沈黙する事は出来んぞ。メリベルが婚約者だと発表する晩餐会を開く。二言は許さんぞ」
「承知致しました、陛下」




 クレイシーは子供の頃から、自らの一族が混沌の神を祀っていると知っていた。ソル神、ルナ神の創世記の神々よりも以前から世界に存在していた神。

 まさに世界そのものであった混沌。

 その混沌こそが真の神として祀る者達は今も一定数いる。ただその神を崇める自体が恐ろしい事なのだと知った時にはもう、すでにクレイシーはその教えに染まりきっていた。
 大きくなるに連れ、周囲の人達と信じる神が違う事に気付き、表向き訪れる聖堂に崇める神がいない事を知った。全ては二神から始まり、それ以前は存在していないかのようで、まるでクレイシーの世界そのものが否定されたかのような感覚だった。自分達が間違っていないのなら、なぜこんな風に隠れて祈らなくてはならないのか。なぜ人に話してはいけないのか。なぜ崇める神は二神に討ち滅ぼされた歴史なのか。

ーー何故何故何故何故。

 世界が間違っているのか、自分達一族が間違っているのか。誰も答えてはくれず、希望を持って問いを投げた父親には言葉が通じていないかのように怪訝そうな顔をされた。それなら誰が答えをくれるのか。間違った世界で誰が正しき神へと導いてくれるのか。

ーー誰が誰が誰が。

『俺は正直、どんな神も信じてないんだ』

 偶然聖堂の裏で出会った少年のその言葉は衝撃的だった。礼拝中に聖堂から逃げ出して来たのが同じ理由だったのかまでは分からない。後日、その言葉を発したのがこの国の王子だと知った時には更に衝撃を受けた。
 王族はソル神の末裔とされ、誰よりも二神を崇めているはず。そう思っていたが、それが妄想だと頬を引っ叩かれたように目が覚め、クレイシーはその日からこの国の王子を心の糧に生きるようになっていった。


「もう二度と会う事はないだろうが、君に言葉が戻る事を祈っている。オーウェンの地は凍えるように寒いと聞くから、体に気をつけて過ごせ」

 格子の付いた馬車の窓から返事の代わりに頷いた。
 罪人だというのにこうして見送りに来てくれるジャスパーは、そう言うと視線を御者に移した。

「オーウェン領に向けて出発!」

 お腹に響く凛々しい声が聞こえる。聖堂の裏で出会った声よりもずっと大人に、ずっと立派になった声を胸に、その声がいつまでも消えないように目を閉じた。
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