大好きなあなたを忘れる方法

ランチ

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26 期待する気持ち

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 医官の診察を終えたジャスパーが一息ついた所で扉が叩かれた。

「ジャスパー殿下にお客様がいらしておりますがいかが致しましょうか。学園のご友人だそうで……」

 バンッと勢いよく扉を開け、侍女の言葉も途中に歩き出した。

「どこに通した?」

 歩きながら侍女に問うと、侍女は慌てて答えた。

「一階の応接室でございます!」

 城の入り口に一番近い応接室へ一目散に向かうと、扉の前で一旦呼吸を整えてから勢いよく押し開いた。

「待たせた、な……」

 中にいたのはクレイシーだった。

「突然の訪問をお許し下さい。どうしてもご体調が気になってしまい、直接お顔を拝見しに参りました。ご迷惑でしたでしょうか?」
「いや、大丈夫だ。一人で来たのか?」
「アビゲイルも誘おうかと思ったのですが、あの一件の時もかなり怯えていたので思い出さない方がいいかと思い、一人で参りました。……あの、ジャスパー様?」

 返事をしないジャスパーに、クレイシーは困惑したように首を傾げた。

「なんでもない。怪我はもうこの通り順調に回復している。医官によるとメリベルの治療のお陰だそうだ」
「それは何よりです。それでメリベルさんはお見舞いにいらしたのでしょうか?」
「見舞いは不要だと言っておいたから来ていないな」
「そうでしたか。でもメリベルさんもお忙しいですもの、冬休み中も園芸員のお仕事はあるみたいですし、ほとんど毎日学園に行ってらっしゃるみたいですから」
「ほぼ毎日? そんなに行く必要があるのか?」
「さあ、私も園芸には詳しくありませんので何とも。でも少し心配ですよね、あの園芸員も男性ですから。良からぬ噂が立たなければいいのですが」

 じろりとジャスパーの金色の瞳がクレイシーを捉えた。

「メリベルは学生として与えられた仕事に懸命に取り組んでいるだけだ。実際俺もそんなメリベルに助けられた。今後はそういう軽はずみな言動をするな。お前に免じて今のは聞かなかった事にしてやる」
「申し訳ございません。失言でした」
「俺達も生徒会の仕事があれば集まるだろう。メリベルもそれと一緒だ」
「そうですね。私もそう思います」

 その時、応接室の扉が開いた。

「ジャスパー、こんな所で何をしているんだ? そちらのご令嬢は?」
「父上! どうしてここに?」
「お前こそ視察に向かうというのにまだそんな格好をしているのか?」

 国王はジャスパーと同じ金色の瞳でクレイシーを見た。ジャスパーよりもやや背が高く、がっしりとした体格の国王は自然を見下ろすような格好になっている。礼に則ってクレイシーは視線を下げて少し体をずらした。

「そなたは確か、クレリック侯爵の娘か?」

 するとクレイシーは綺麗な所作で頭を下げた。

「ご挨拶が遅くなり申し訳ございません陛下。今日はジャスパー様のご容態をどうしても知りたく、お約束をしていないにも関わらずこうして押しかけてしまいました」
「ジャスパーの容態を知りたいとは何故だ? 王族の容態はおいそれと口にしてよいものではないぞ」
「誤解です父上! クレイシーは学友として心配して来てくれたのです。それ以上に深い意味はありません」

 国王は小さく唸ってから頷いた。

「息子を気に掛けてくれた事は感謝する。だがジャスパーは婚約者がいる身、今後会いに来る時は信用出来る友人か、ノアを同席させよ」

 扉の後ろにはいつの間にかノアが息を潜めるようにして立っていた。普段の学園の制服ではないからだろうか、どことなく近づき難い雰囲気をか持ち出しているノアは、友人としてではない探るような視線をクレイシーに向けていた。これが本来のノアなのかもしれない。騎士団ではなく、ただ一人の騎士となる事を選んだ男。クレイシーはノアに頭を下げると、ジャスパーに向き直った。

「ご多忙にも関わらずお時間を割いて下さりありがとうございました。お元気そうなお姿に勝手ながら安心致しました」
「せっかく来てくれたのにすまないが、公務があるのでこれで失礼する」

 クレイシーは国王とジャスパーの姿が見えなくなるまで頭を下げて見送った。

 ノアが持ってきていた上着に袖を通すと、次の物を受け取ろうとしてに首を振られた。

「まだいけません。剣は医官の承認が出てからお渡し致します」
「剣がないと落ち着かないんだ。ただ持っているだけだ」
「なりません。私が殿下をお守りしますので剣は不要です。体調が優れない中で剣を持てば回復の妨げになってしまいます」
「だからそばに置いておくだけと言っているだろ」
「諦めろジャスパー。ノアは私やお母様よりお前に厳しいぞ」

 ノアの表情は変わらなかったが、ジャスパーは渋々眉間を掻きながら返事をした。

「それじゃあお前が常に俺の剣も持っていろ。そして緊急事態には必ず寄越すように」
「この身に代えても殿下の剣はお守り致します」
「……命掛けで剣を守る必要はない。命の危険なら剣は捨て置け」
「殿下の剣を捨て置く事など死んでも出来ません」

 すると前を歩いていた国王は耐えきれずに大声で笑った。

「お前達は相変わらずのようだな。ワード騎士団長もノアの頑固さには早々に諦めていたが、ジャスパー至上主義は今だ健在のようだ」
「父は私の意思を尊重して下さっております。今はまだ従騎士ですが卒業したら必ずや殿下の騎士になってみせます」
「あれは尊重というよりも諦めたのだろう。良い機会だから今一度問うが、お前は本当に騎士団には入らず、ジャスパー専属の騎士になるのが希望なのだな?」
「もちろんでございます。殿下はもちろん私などがいなくても十分にお強いですが、今度剣を携帯する事が難しい場面もあるでしょうから、私を剣と盾としてお使い下さい」
「お前の事を盾にする気は毛頭ない。ですが父上、俺もノアがそばにいてくれるのは心強いです」

 準備されていた馬車に二人乗り込み、ノアは馬車の隣りを並走する為、馬に騎乗した。
 二人きりの空間に、ジャスパーは緊張気味に背筋を伸ばすと、馬車がゆっくりと走り出す。国王がカーテンの隙間からノアを見つめて呟いた。

「あれのように忠誠を誓う家臣を持つ事は良い事だ。心粋させるのは国を治める者にとって必要な素質だが、人は理由はどうであれ裏切るものだ。それに心を動かされてはならん」
「父上はそのようなご経験がお有りで?」
「さあどうだったかな。裏切り者はその都度ねじ伏せてきたから記憶になど残っておらんな」

 そうニッと笑うと、そこで話は終了したのだと分かった。
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