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14 眠りについた令嬢
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「メリベル! 会いたかったよ! お見舞いはいらないって言うから我慢したけど、心配でウズウズしてたんだからね!」
園芸室から教室に着いたのは、結局午前の授業が一つ終わってからだった。
教室に入るなりシアが抱き着いてくる。そしてマイロも大型犬のように駆け寄ってきた。
「アップルパイちゃん! 心配したんだぞ! もう大丈夫か?」
「二人共ありがとう。もう大丈夫よ、心配掛けてごめんなさい」
その時ツカツカと足音がし、クレイシーが教室に入って来た。静まり返る教室でクレイシーは少し気まずそうにメリベルの前に立った。
「メリベルさん、ご体調はいかが?」
「もう大丈夫よ。昨日はせっかくお見舞いに来てくれたのに会えなくてごめんなさい」
「いいのよ。元気そうで良かったわ」
クレイシーは悪い人ではない。少し冷たく見え、気が強い所もあるがそれは認めるべき個性だ。そしてこうしてわざわざ律儀に会いに来てくれる所もクレイシーの人柄が出ている気がした。
「でもとても怪我をしているようには見えないわね。少し大袈裟だったんじゃないの?」
「止めなさい、アビー」
クレイシーの後を付いてきたアビゲイルは、じろりと制服の上から腕を凝視してきた。包帯は巻いているがもちもん制服の上から分かるものではない。ははッと笑い適当に流すと、シアがアビゲイルの横に行き、険しい顔で見上げた。
「ちょっとあなた! なんて失礼な事を言うのよ! メリベルは本当に怪我をしていたのよ」
「ちょっとちょっとシア! 皆もうこの件は忘れましょう。いいわね?」
「……メリベルがそう言うなら」
「さっすがアップルパイちゃん! 男気があるなぁ」
冷やかすようなマイロの声にも友人としての愛情を感じられるのは、出会った頃には考えられない事だった。
「メラニーお願いがあるんだけれど」
なんとか数日振りの学園生活を終え、家に着いた時には少しだけ疲れが出ていた。着替えを済ませた所で先生から貰った薬を鞄から取り出した。
「はいこれ」
怪訝そうに麻の袋を受け取ると、怪しむように目を細めながら匂いを嗅いた。
「これは薬ですか? でも今日はお医者様に診て頂いていないですよね?」
「先生に貰ったの。そんな顔しなくても大丈夫よ」
怪しむ事を止めないメラニーの手から丸薬を一つ取ると、ひょいと口に入れた。
「あ! お嬢様お待ち下さい!」
しかし躊躇う事なくゴクリと飲んでしまう。メラニーは慌てて水差しからコップに水を注ぐと手渡してきた。丸薬は小さくて水なしでも飲める程の大きさ。しかし心配そうなメラニーの為に一応水を含んだ。
「今日の夜の分は今飲んだから、明日の朝から出して頂戴。念の為の薬だと先生は言っていたけれど、お父様が心配するといけないから、一応部屋でお願いね。それじゃあ少し疲れたから休むわ」
まだ納得していないメラニーに笑いながら背中を押して部屋から出すと、そのままベッドに沈み込んだ。
しかし、メリベルはそれから眠り込んでしまった。
真夜中、馬に乗ったアークトゥラス侯爵が王都の街を駆けて抜けて行く。その後ろを侯爵家専属の騎士が追い掛けていた。
馬車を使わなかったのは、その方が静かだし早いからだ。アークトゥラス侯爵は馬から飛び降りると、王都の外れにあるそれ程大きくない屋敷の門を叩いた。
程なくして中から高齢の老人が出てくる。そしてアークトゥラス侯爵を見ても特に動じる事なく、ゆっくりとした動きで門を開けた。
「夜分にすまない。ノルン閣下にお目通り願いたい!」
しかし老人は首を振るだけで動こうとしない。
「火急の要件なのだ!」
それでも老人は前に立ち塞がっていた。
「失礼するッ」
痺れを切らしたアークトゥラス侯爵は高齢の老人の横を擦り抜けると、門からすぐの玄関にぶつかるようにして手を掛けた。しかし玄関の扉は押しても引いてもびくともしない。
「頼むから開けてくれ! 一刻を争うのだ!」
その時、到底老人の力とは思えない勢いで肩を引かれた。ミシッとした痛みが掴まれた肩に走る。振り返り見た老人の姿が一瞬波打つように歪んだ気がした。
「全く騒々しいね。なんだい?」
「閣下! ご無礼は承知で参りました! お話をさせて頂けませんか!?」
「君ねぇ、学園の朝は早いんだよ。今じゃなくては駄目なのかい?」
「娘が、メリベルが目を覚まさないのです! イーライ殿から頂いた薬を飲んだ後に眠り込んでしまったようで、医者に診てもらいましたが原因不明と診断されてしまいました!」
「……玄関は駄目だ。イーライの防御魔術が効いているからね。窓から来るといい」
アークトゥラス侯爵が困惑していると、高齢の老人はみるみる内に若い男性になり、アークトゥラス侯爵を軽々と抱えると押し上げてきた。
「わ、ちょ、待て! 押すな!」
なんとか窓枠を掴むと肘を掛けてよじ登り、開いていた窓から倒れ込むように中へと入って行った。
薄暗い部屋の中、数本の炎がちらついている。ユラユラと動く木の椅子に座っていた男は優雅に葉巻の煙を吐いた。
「あの者は一体……」
「イーライの土魔術さ。そんな事よりも火急なんだろう?」
「そ、そうなのです! ノルン閣下、いえ、今は学園長とお呼び致しますが、イーライ殿の居場所を教えて頂きたいのです」
学園長のもう一つの顔、今は王兄ノルン大公として目の前にいる男を敢えて学園長と呼ぶと、今度は深く煙を吐き出し、葉巻を灰皿に置いた。
「メリベルがイーライ殿から薬を頂いたようなのですが、夕方にそれを飲んだきり、目を覚まさなくなってしまったのです」
「ただ疲れて眠っているだけではないかい?」
「ありえません! 揺すっても多少叩いても全く身じろぎすらしませんでした。ですからイーライ殿にすぐお会いしたいのです!」
するとノルン大公は僅かに逡巡した後、消えかけてきた葉巻の火を見つめながら言った。
「今すぐには無理だな。今頃は温室にいるだろうから、明日学園に行って園芸室から出て来た所を捕まえるとしよう。あの部屋はそもそもイーライが魔術で鍵を掛けているし、それを解けるのなんてイーライかあなたのお嬢さんくらいだからね。私はそもそも魔術が扱えないし。君の魔術の力量は?」
「私にイーライ殿が掛けた魔術を解く事は出来ません。なんとかなりませんか? このままではメリベルの身がどうなってしまうのか……」
「イーライが作った物なのだから危険な物ではないと思うが、まあ本人に聞くのが一番良いだろうね」
「それなら明日は私も学園に同行させて頂きたいのですが宜しいでしょうか」
「学園に部外者は入れないよ。それに君が居たらお嬢さんに何かあったのかと騒ぎになってしまうよ」
「閣下がそう仰るのなら従います。ですがもしメリベルに何か変化が起きたなら、その時は学園に入らせて頂きます」
「旦那様、ジャスパー殿下よりお嬢様にこちらが届いております」
メラニーは真っ赤になった目と疲労感の滲んだ表情で、玄関に届いている大きな贈り物を指し示した。
「お前も少しは眠りなさい」
そう言いながら大きな荷物を開けると、中には明後日予定されているパーティ用のドレスと靴、そしてネックレスが入っていた。ドレスは薄水色のふわりと広がるドレスで、メリベルの柔らかい雰囲気に合っており、ネックレスはイエローダイヤモンドが美しく目を惹く物だった。そしてその下には封筒が入っていた。
「なるほど、これがジャスパー様の想い方か」
封筒の中には明日の主役である画家のこれまでの活躍が年表になっており、代表する作品についての注釈と、王妃が好きな絵の説明が書かれていた。それもジャスパーの直筆であるところを見る限り、パーティが決まってから急いで纏めたのだろう。
「公務も詰まっていただろうに」
アークトゥラス侯爵は封筒を脇に抱えると、贈り物はメリベルの部屋に運ぶように言った。
「お嬢様はパーティまでには目覚めるでしょうか」
不安そうにそう呟くメラニーの目にはじんわりと涙が溜まっている。メリベルがこうなった事への責任を感じているようだった。
「まずは朝に学園長がイーライ殿に会いに行って下さるから、我々もすぐに動けるようにだけしておこう。もしもの時の為に、一応ジャスパー殿下へのお断りの手紙を書いてくるから後で書斎に取りに来ておくれ」
メラニーは深く頭を下げると、目を擦りながら踵を返した。
園芸室から教室に着いたのは、結局午前の授業が一つ終わってからだった。
教室に入るなりシアが抱き着いてくる。そしてマイロも大型犬のように駆け寄ってきた。
「アップルパイちゃん! 心配したんだぞ! もう大丈夫か?」
「二人共ありがとう。もう大丈夫よ、心配掛けてごめんなさい」
その時ツカツカと足音がし、クレイシーが教室に入って来た。静まり返る教室でクレイシーは少し気まずそうにメリベルの前に立った。
「メリベルさん、ご体調はいかが?」
「もう大丈夫よ。昨日はせっかくお見舞いに来てくれたのに会えなくてごめんなさい」
「いいのよ。元気そうで良かったわ」
クレイシーは悪い人ではない。少し冷たく見え、気が強い所もあるがそれは認めるべき個性だ。そしてこうしてわざわざ律儀に会いに来てくれる所もクレイシーの人柄が出ている気がした。
「でもとても怪我をしているようには見えないわね。少し大袈裟だったんじゃないの?」
「止めなさい、アビー」
クレイシーの後を付いてきたアビゲイルは、じろりと制服の上から腕を凝視してきた。包帯は巻いているがもちもん制服の上から分かるものではない。ははッと笑い適当に流すと、シアがアビゲイルの横に行き、険しい顔で見上げた。
「ちょっとあなた! なんて失礼な事を言うのよ! メリベルは本当に怪我をしていたのよ」
「ちょっとちょっとシア! 皆もうこの件は忘れましょう。いいわね?」
「……メリベルがそう言うなら」
「さっすがアップルパイちゃん! 男気があるなぁ」
冷やかすようなマイロの声にも友人としての愛情を感じられるのは、出会った頃には考えられない事だった。
「メラニーお願いがあるんだけれど」
なんとか数日振りの学園生活を終え、家に着いた時には少しだけ疲れが出ていた。着替えを済ませた所で先生から貰った薬を鞄から取り出した。
「はいこれ」
怪訝そうに麻の袋を受け取ると、怪しむように目を細めながら匂いを嗅いた。
「これは薬ですか? でも今日はお医者様に診て頂いていないですよね?」
「先生に貰ったの。そんな顔しなくても大丈夫よ」
怪しむ事を止めないメラニーの手から丸薬を一つ取ると、ひょいと口に入れた。
「あ! お嬢様お待ち下さい!」
しかし躊躇う事なくゴクリと飲んでしまう。メラニーは慌てて水差しからコップに水を注ぐと手渡してきた。丸薬は小さくて水なしでも飲める程の大きさ。しかし心配そうなメラニーの為に一応水を含んだ。
「今日の夜の分は今飲んだから、明日の朝から出して頂戴。念の為の薬だと先生は言っていたけれど、お父様が心配するといけないから、一応部屋でお願いね。それじゃあ少し疲れたから休むわ」
まだ納得していないメラニーに笑いながら背中を押して部屋から出すと、そのままベッドに沈み込んだ。
しかし、メリベルはそれから眠り込んでしまった。
真夜中、馬に乗ったアークトゥラス侯爵が王都の街を駆けて抜けて行く。その後ろを侯爵家専属の騎士が追い掛けていた。
馬車を使わなかったのは、その方が静かだし早いからだ。アークトゥラス侯爵は馬から飛び降りると、王都の外れにあるそれ程大きくない屋敷の門を叩いた。
程なくして中から高齢の老人が出てくる。そしてアークトゥラス侯爵を見ても特に動じる事なく、ゆっくりとした動きで門を開けた。
「夜分にすまない。ノルン閣下にお目通り願いたい!」
しかし老人は首を振るだけで動こうとしない。
「火急の要件なのだ!」
それでも老人は前に立ち塞がっていた。
「失礼するッ」
痺れを切らしたアークトゥラス侯爵は高齢の老人の横を擦り抜けると、門からすぐの玄関にぶつかるようにして手を掛けた。しかし玄関の扉は押しても引いてもびくともしない。
「頼むから開けてくれ! 一刻を争うのだ!」
その時、到底老人の力とは思えない勢いで肩を引かれた。ミシッとした痛みが掴まれた肩に走る。振り返り見た老人の姿が一瞬波打つように歪んだ気がした。
「全く騒々しいね。なんだい?」
「閣下! ご無礼は承知で参りました! お話をさせて頂けませんか!?」
「君ねぇ、学園の朝は早いんだよ。今じゃなくては駄目なのかい?」
「娘が、メリベルが目を覚まさないのです! イーライ殿から頂いた薬を飲んだ後に眠り込んでしまったようで、医者に診てもらいましたが原因不明と診断されてしまいました!」
「……玄関は駄目だ。イーライの防御魔術が効いているからね。窓から来るといい」
アークトゥラス侯爵が困惑していると、高齢の老人はみるみる内に若い男性になり、アークトゥラス侯爵を軽々と抱えると押し上げてきた。
「わ、ちょ、待て! 押すな!」
なんとか窓枠を掴むと肘を掛けてよじ登り、開いていた窓から倒れ込むように中へと入って行った。
薄暗い部屋の中、数本の炎がちらついている。ユラユラと動く木の椅子に座っていた男は優雅に葉巻の煙を吐いた。
「あの者は一体……」
「イーライの土魔術さ。そんな事よりも火急なんだろう?」
「そ、そうなのです! ノルン閣下、いえ、今は学園長とお呼び致しますが、イーライ殿の居場所を教えて頂きたいのです」
学園長のもう一つの顔、今は王兄ノルン大公として目の前にいる男を敢えて学園長と呼ぶと、今度は深く煙を吐き出し、葉巻を灰皿に置いた。
「メリベルがイーライ殿から薬を頂いたようなのですが、夕方にそれを飲んだきり、目を覚まさなくなってしまったのです」
「ただ疲れて眠っているだけではないかい?」
「ありえません! 揺すっても多少叩いても全く身じろぎすらしませんでした。ですからイーライ殿にすぐお会いしたいのです!」
するとノルン大公は僅かに逡巡した後、消えかけてきた葉巻の火を見つめながら言った。
「今すぐには無理だな。今頃は温室にいるだろうから、明日学園に行って園芸室から出て来た所を捕まえるとしよう。あの部屋はそもそもイーライが魔術で鍵を掛けているし、それを解けるのなんてイーライかあなたのお嬢さんくらいだからね。私はそもそも魔術が扱えないし。君の魔術の力量は?」
「私にイーライ殿が掛けた魔術を解く事は出来ません。なんとかなりませんか? このままではメリベルの身がどうなってしまうのか……」
「イーライが作った物なのだから危険な物ではないと思うが、まあ本人に聞くのが一番良いだろうね」
「それなら明日は私も学園に同行させて頂きたいのですが宜しいでしょうか」
「学園に部外者は入れないよ。それに君が居たらお嬢さんに何かあったのかと騒ぎになってしまうよ」
「閣下がそう仰るのなら従います。ですがもしメリベルに何か変化が起きたなら、その時は学園に入らせて頂きます」
「旦那様、ジャスパー殿下よりお嬢様にこちらが届いております」
メラニーは真っ赤になった目と疲労感の滲んだ表情で、玄関に届いている大きな贈り物を指し示した。
「お前も少しは眠りなさい」
そう言いながら大きな荷物を開けると、中には明後日予定されているパーティ用のドレスと靴、そしてネックレスが入っていた。ドレスは薄水色のふわりと広がるドレスで、メリベルの柔らかい雰囲気に合っており、ネックレスはイエローダイヤモンドが美しく目を惹く物だった。そしてその下には封筒が入っていた。
「なるほど、これがジャスパー様の想い方か」
封筒の中には明日の主役である画家のこれまでの活躍が年表になっており、代表する作品についての注釈と、王妃が好きな絵の説明が書かれていた。それもジャスパーの直筆であるところを見る限り、パーティが決まってから急いで纏めたのだろう。
「公務も詰まっていただろうに」
アークトゥラス侯爵は封筒を脇に抱えると、贈り物はメリベルの部屋に運ぶように言った。
「お嬢様はパーティまでには目覚めるでしょうか」
不安そうにそう呟くメラニーの目にはじんわりと涙が溜まっている。メリベルがこうなった事への責任を感じているようだった。
「まずは朝に学園長がイーライ殿に会いに行って下さるから、我々もすぐに動けるようにだけしておこう。もしもの時の為に、一応ジャスパー殿下へのお断りの手紙を書いてくるから後で書斎に取りに来ておくれ」
メラニーは深く頭を下げると、目を擦りながら踵を返した。
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