大好きなあなたを忘れる方法

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12 魔術と剣術の合同大会

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「確認だけど、ここって国内の優秀な学生が集まる場所よね。それなのにこんな事してていいのかな?」

 シアがそう言うには訳があった。
 丸一日を費やして行われる大会は、魔術と剣術それぞれで実技試合をして学生が切磋琢磨して成長する、というよりはむしろお祭り騒ぎにのようになっていた。
 学園内の開いている場所には露天が並び、大会に参加しない生徒達は自由に飲み食いをしている。そして何より場所取りという熾烈な攻防を繰り広げていたのは、横断幕を掲げた女子生徒達だった。

ーージャスパー殿下は国宝です!
(確かにね、私も許されるなら掲げたいくらい同感よ)

ーーマイロ君頑張って! 
(マイロって本当に人気あったんだ……)

ーーノア先輩しか見えません! 
(ノア先輩は正統派って感じだものね)

ーーリーヴァイ様眼鏡掛けて!
(……もはや意味不明よ)

 それぞれ応援する生徒達の名前を思い思いに書き、競技場となる訓練場の周囲の陣地争いをする光景に心の中で感想を言いながら、メリベル自身も競技に参加する為選手枠の控室に入っていく。選手は先日の実技試験結果で選ばれる為、メリベルが選ばれるのは確定だった。
 そして程なくし、大会が始まるという放送が学園中に響き渡った。

「只今より、魔術科・剣術科による合同大会を開催致します! 今年の優勝者への褒賞は、なんとジャスパー殿下におねだり出来る権利です! ただし学生としての常識の範疇に限ります! 実家への援助とか結婚して欲しいとかはなしですからねッ! それでは能力の限り頑張りましょう」
「「「え?」」」

 控室で幾人かの声が重なる。とっさに少し離れているジャスパーを見ると、当の本人も知らされていなかったようで唖然としていたが、すぐにリーヴァイ副生徒会長の方を睨み付けていた。

「前生徒会長には特例として、生徒会長の代わりに緊急時に決裁が出来る権限があるんだよ。知っているだろう?」
「緊急時っていうのはいつの話だ?」
「ジャスパー様が休まれた日だよ。その日に申請があったんだけど、すぐに返事が欲しいって言っていたからさ。緊急だろ?」

 明らかに確信犯のリーヴァイは楽しげにジャスパーを見ていた。ジャスパーは深い溜息を吐いたが、すでに発表されてしまったせいか諦めたようだった。

「大丈夫ですかジャスパー様」

 こそっと近づき声を掛けると、腕組をしていたジャスパーは呆れたように窓から騒がしい園内を見ていた。

「皆思いの外楽しみにしているんだ。水を差すような真似は出来ないだろ」
「でもとんでもないおねだりが来たらどうするんです?」
「必ず叶えるとは言っていない。だたし可能な限りは応えるさ」

 格好いい、という心の声はしまいながら、そうこうしている間に波乱の合同大会が始まった。




「勝者、魔術科メリベル・アークトゥラス!」

 判定の声と共にシアの歓喜の叫びが上がる。シアは第一試合で負けてしまい、早々に気楽な観客側に回っていた。シアが打ち負かされた相手はクレイシーだった。
 試合は魔術で円の外に押し出されたら負けという簡単なもの。決められた円から出なければ魔術で後ろに壁を作っても構わないし、相手を吹き飛ばしてもいい。多少の怪我ならば許されており、側には医務室の先生や外部からの医師も呼ばれていた。しかし故意に怪我をさせようと判断された場合や、命に関わる重大な魔術を使った行為は棄権となるだけでなく、退学となる場合が為使う者はいなかった。
 実技には定評のあるメリベルはその後も順調に勝ち残り、とうとうクレイシーとの一騎打ちを迎えていた。

「アップルパイちゃーーん! シアちゃんの仇を取ってくれよーーッ!」

 広い訓練場を二つに仕切り、同時に二つの試合が行われている最中、自分の試合そっちのけでこちらに声援を送ってきたのは、絶賛試合中のマイロだった。その瞬間、マイロのすぐ横を強風が過ぎていく。フワッと動いた体は円の少し手前でなんとか踏み留まったようだった。

「全くもう、自分の事を心配しなさいよ」
  
 マイロから遅れる事少し、メリベルはクレイシーと向かい合い審判のサーベラスが来るのを待っていた。

「随分彼と仲が良いようね」
「マイロはあんな性格だから誰にでもああなの」

 するとクレイシーは少し首を傾げた。

「そうかしら? 少なくとも私には、彼にとってメリベルさんが特別のように見えるわ」
「私がマイロの特別!? そんな事ないわ!」
「どちらにしても彼の想いは叶わないわね。学園内では能力重視だから忘れてしまいがちになるけれど、私達は本来彼らが目も合わす事すら許されない身分だもの」

 クレイシーは楽しそうに騒いでいる生徒達に冷めた視線を向けた。それは蔑みや嫌悪などではなく、ただ事実を述べているだけというような真っ直ぐな物言いだった。友人のように話しても、同じ教室で勉強をしても、こんな風に大会で騒ぎながら楽しんだとしても、きっとクレイシーは次の日にもし学園外で会ったとしたら、きっと貴族と平民として接するのだろう。さもそれが当然かのように話す事が出来てしまうクレイシーが少し怖くもあり、と同時に貴族としての自分はおかしいのかとも思ってしまう。

「もし優勝したらあなたは何を願うか決まっているの?」
「優勝だなんて考えていないわ」
「あらそうなの。だったら優勝は私が貰うわね。大会に出る以上優勝を目標にするのは当たり前の事と思っていたけれど、あなたは違うのね」
「それじゃあクレイシーさんは願いが決まっているの?」

 するとクレイシーはスッと息を吸い込み、メリベルを真っ直ぐに見据えた。

「私が優勝したら、卒業式のパーティでジャスパー様のダンスのお相手にして欲しいと願うつもりよ」

 挑むような視線が突き刺さってくる。真っ直ぐな想いがメリベルの心臓に突き刺さった。メリベルはこんな風に堂々とジャスパーへの想いを表す事が出来ない。秘密の婚約者で、それを隠す為に到底友人とも言えないこの距離感が、今のジャスパーとの間にある事実だったからだ。
 試合開始の合図が鳴る。メリベルは頭が真っ白になったまま、クレイシーの声が遠くで聞こえていた。気が付いた時には遅く、クレイシーの放った炎が腕に直撃する。とっさに構えた腕にぶつかった炎に押されて、メリベルは円の中から半歩足が出てしまっていた。

「勝者、クレイシー・クレリック! メリベル・アークトゥラスは至急医務室に向かいなさい」

 服は焦げていたが痛みはまるで感じない。それよりもクレイシーが勝ってしまった事に呆然としてたまま、立ち尽くしていた。

「アップルパイちゃん! 大丈夫!? ほら腕回して!」

 先に試合が終わっていたマイロはすぐさまメリベルの前に走って来る。

「大丈夫よ、一人で歩けるわ」
「無理すんなよ! 俺が走った方が早いから!」

 怒鳴ったマイロに驚いていると、マイロは自分の上着を脱いで腰に巻き付けてきた。

「これで我慢な」

 そう言うと一気に抱き上げられた。周囲から悲鳴が上がる。と同時に男子生徒の冷やかすような声も聞こえてきた瞬間、メリベルは一気に血の気が引いてしまった。こんな失態はあってはならない。良くない噂が広がればジャスパーにかける迷惑は計り知れなかった。

「やっぱり自分で歩くから降ろして……」

 しかしマイロはすでに走り出してしまった。


 魔術科の優勝者はクレイシーだと聞かされたのは、試合が終わり様子を見に来たサーベラスからで、治療が終わってすぐの事だった。
 マイロは医務室から戻らずに棄権とみなされ、クレイシーは不戦勝だったとベッドの上で聞いた時は、メリベルの心は真っ黒に塗り潰されたようだった。きっと今頃、クレイシーはあの願いをジャスパーに伝えている頃だろう。ジャスパーも出来る限り願いには応えると言っていた。
 クレイシーの願いは決して無理な願いではない。たかがダンス。されどダンス。卒業パーティのダンスは特別なもの。それでも叶えられない程の願いではない。そもそもそのパーティで共にダンスを踊るとは、ジャスパーと約束していないのだから。
 腕の痛みは時間が経つにつれ、ヒリヒリとし始めていた。しかしさすがは先生の作った薬。赤みのあった皮膚は程なくして沈静し、我慢できる程度の痛みに変わっていく。試合にも出なかったマイロはといえば、先程サーベラスに怒られながら片付けをするようにと引っ張り出されて行った所だった。

「メリベル大丈夫? さっきマイロに会って、代わりに側に付いててくれって。そんなに酷いの?」

 メリベルはシアを片手で呼ぶと、ベッドの縁に座らせた。シアにはお願いをして剣術科の試合を見届けてもらうように頼んでいた。どうしてもジャスパーの戦いぶりや試合結果が知りたかったからだった。

「どうだった? 向こうは誰が勝ったの?」
「それがね、剣術科の勝者はなんと……ジャスパー様だったの! 自分で自分で願う訳にはいけないから、ジャスパー様へのお願いはクレイシーさんだけって事になるね。でも何を願うんだろ」
「願い事はその場で言わなかったの?」
「一応願い事には配慮すると言ってその場では言われなかったわ。だからむしろ憶測が憶測を生んで大会が終わったっていうのに外は凄い騒ぎよ。メリベルは何だと思う? かといってあのクレイシーさんの願い事なんて想像もつかないなぁ」
「……私にも分からないわ」

 そう答えるので精一杯だった。


「こんな所に呼び出さないといけないような“おねだり”なのか? 意外だな、君はこんな悪ふざけには付き合わないと思っていたが」

 窓から夕日が差し込んでいる生徒会室でクレイシーはジャスパーに向き直った。

「私にだって願いくらいあります。ジャスパー様にしか叶えられない事です。私を……」

 ジャスパーはクレイシーから溢れた言葉に驚いた後、静かに口を覆った。


 医務室から出ると外はすっかり日が落ち始めていた。学園内が静かになってから帰ろうと休んでいたらこんな時間になってしまい、家の迎えには伝言をお願いしていた。しかしきっとメラニーの事だから門ギリギリに立ち、今か今かと到着を待っているに違いなかった。

「メリベルが怪我をしたって聞いた時は驚いたけど、それよりも皆マイロに驚いていたみたいよ。かなり心配してくれて、マイロって良い人だよね」

 シアが関心したようにそう言った瞬間、前を歩いていたシアの背に思い切りぶつかってしまった。

「ごめん! 大丈夫だった?」

 ぼんやりと考え事をしていたせいで前を見ていなかったメリベルは、何かを見て固まっているシアの視線を追った。

「メリベル! 医務室に戻ろう! 私忘れ物しちゃった!」

 ぐいっと押された腕を押し返す。しかしシアより背が高い為シア越しに見えたのは、誰もいなくなった中廊下の真ん中で、抱き合うジャスパーとクレイシーの姿だった。

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