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11 お花のお兄さんの秘密
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「私がですか?」
たまたま廊下で会った学園長は、先生に依頼されていた物が手に入ったから今から届けて欲しいと、小さな袋を手渡してきた。
「ずっと頼まれていた物なんだよ。彼はこの時期とても忙しいからね。すまないが届けてくれるかい?」
「でもしばらく来ないように言われているんです」
「園芸員なのだから、堂々と会いに行ったらいいよ」
にこやかにそう言われればこれ以上は断れない。仕方なく紙袋を受け取ったはいいが、部室の前に到着してしばらく立ち尽くしてしまっていた。
紙袋の中に入っているのはごく普通の種が数粒。だが見た目に惑わされてはいけない。学園長が手配したのだからきっと貴重な物に違いないのだろう。飛んでしまわないようにしっかりと袋の口を閉じると、一応園芸室の扉を叩いてみた。もちろん返事はないし、鍵も掛かっている。扉が開くイメージをして取手に左手で触れた。その瞬間、スパンと音を立てて扉が横に開き、メリベルは吸い込まれるように中に入ってしまった。
「ッつ、いったい」
思っていた方向に開かなかった扉に驚き、着地を間違えてしまったメリベルは、前に両手と膝を着いていた。どう見ても押し扉の作りだったのに開き方は横開き。だからイメージも押して開けていた。そのせいか扉の開き方に相違があり、今のこの惨状に繋がっていた。膝を擦りながらとっさに投げ出された紙袋を見る。
「種は!? 良かった、無事だった」
紙袋を抱えて見渡した園芸室の中は、外から見えていた空間とは全く違い、部屋の中は教室の三倍程広かった。そして驚く事に階段が螺旋状にずっと上まで続いている。壁には無数の本がぎっしりと並び、ちらっと見ただけでも全て魔術や薬学に関するものばかり。それどころか文字すら読めない物もある。そして窓はないのに、どこから採光しているのか分からない光が程よく空間を満たしていた。
床には同じような白衣が何枚も落ちており、歩き場所が無い為、仕方なく拾って進んで行くと、扉のない区切られた部屋を見つけた。
中には剣が散乱して、床にはこんもりと膨らんだ毛布がある。上下する膨らみは明らかに誰かが入っており、メリベルは呆れた溜息を吐いた。どこの世界に剥き出しの剣に囲まれて熟睡出来る者がいるというのか。おそらく前に聞いた剣に力を付与するという作業に没頭していたのだろう。先生とは言ってもなんとなく男性の体に直接触れるのは憚られて、とっさに木のスプーンを掴んでツンツンと突付いた。先端は柔らかいものに当たりとっさに手を離す。すると今度は毛布が大きく波打った。
「先生ですよね? 学園長から預かり物をしてきました」
恐る恐る声を掛けてみる。しかし熟睡しているのか返事はない。もう一度落としてしまったスプーンを拾うと毛布を突付いた。その瞬間、寝返りを打ったのか毛布が剥がれ落ちた。
「ワウッ」
中から出てきたのは先生ではなく、大きな銀色の犬だった。驚いているのか寝ぼけているか、振り向くような格好で緑色の丸い瞳を目一杯に見開いてこちらを見てきている。目に掛かるフワフワの前髪が鼻息で揺れている。メリベルは半ば無意識にフカフカの背中に手を埋めていた。銀色の犬は驚いているのか固まっている。メリベルはそのまま手を滑らせて抱き着いた。
「ふわふわぁ! はぁ~、癒やされるぅ」
その瞬間、銀色の犬は奇声とも悲鳴とも言える声を上げて思い切り体を捩ると腕の中から脱走し、勢いよく部屋を出て行ってしまった。
「あ~あ、逃げられちゃった」
誰もいなくなった部屋の中で仕方なく周囲を見渡すと、その部屋にも服が散乱していた。
「結局先生はどこに行ったのかしら。せんせーい! どこにいるんですかー?」
上から駆け下りてくる音に螺旋階段の上を覗くと、シャツの釦は掛け違え、中々白衣の袖が通せないまま降りてくる先生の姿があった。
「おま、お前なぁ! なんでここにいるんだよ! 鍵は掛けておいたはずなのに勝手に開けるな! 不法侵入だぞ!」
「ここは学園の一室ですよ。園芸員なんですから私は入っても構わないですよね」
「しばらく来なくていいって言っただろ!」
メリベルは次第に苛々が募っていき、学園長に預かった袋を押し渡した。
「学園長から頼まれ物をしたので仕方なく来ただけです。別に来たくて来た訳じゃありません!」
「あいつも自分で持ってくればいいのに……」
「それより先生! 大っきなワンちゃん飼っているんですか?」
「へ? あ、あぁ、まぁ」
「どこです? さっき驚かせてしまったみたいでいなくなってしまって。会わせてもらえませんか?」
「会ってどうする気だよ」
なんとなく嫌がっている先生は袋を抱えたまま一歩後退した。
「どうってモフらせてもらうんですよ! でもどうしても触られるのが嫌いな子なら少し撫でさせてもらいたいんです。すっごく目の綺麗な可愛いわんちゃんですよね!」
すると先生はバッと腕で口元を隠した。
「可愛い? アレがか!? 嘘だろ」
「酷いですよ先生。自分のうちの子だったらそんな風に言っちゃ駄目です。お願いします先生! また会わせて下さい!」
「駄目だ! 絶対に駄目だ!」
「なんでですか? もしかして人見知りとか?」
「……か、噛むんだよ。見境なく噛むんだ。怖いだろ? だから駄目だ」
「そんな子には見えませんでしたよ。とてもお利口さんでしたし、どちらかというと臆病な感じがしました」
「誰が臆病だ!」
「そんな気がしただけですから怒らないで下さいよ。分かりました、そんなに駄目ならもういいです」
そう言うと先生はようやく落ち着いたようだった。
「それはそうと、もう剣の作業は終わったんですか? あんなに剣が一杯ある場所でお昼寝させるなんて、飼い主としての責任感を疑ってしまいました」
「あれは疲れ過ぎて……疲れていたようだったからそのまま寝かせてやってたんだ。それにちゃんと何が危険かは分かっているから大丈夫なんだよ」
「やっぱりお利口さんじゃないですか。でも私も剣に魔術を掛ける所見たかったです」
「まだ一本残っているからお前がやってみるか?」
「え、私にも出来るんですか?」
「簡単な呪文を掛けながら粉を振りかけるだけだから簡単だ。むしろその一本だけどの粉を掛けていいか決まらず、先延ばしにしていたから丁度いい。お前が見てくれ」
メリベルは剣が沢山あった部屋に戻ると、先生に差し出された剣を受け取った。ずしりを重い剣は両手でないと支えられない。剣術科の生徒達はこれを振り回して訓練しているのだと思うと、単純に尊敬した。
「付与が完了した物はこれだ」
そう言って先生は一本の剣を掴むと目の前に差し出してきた。一見普通の剣に見える。しかし刀身の中を一瞬、黃緑色の線が走っていった気がした。
「視えたか?」
「視えたというか一瞬だったのでなんとも言えません」
「何色に視えた?」
「黄緑色?みたいな。でもそんな色の花はなかったと思うので見間違いでしょうか」
すると先生は笑っていた。
「その色で正解だ。この剣には二つの付与がある。この剣には黄色の花と茎から出来た粉を振り掛けたんだ。補助と防御に特化した剣になる」
「つまり?」
「支援型の戦い方だな」
「もしかして、これって持ち主にとって今後を左右する物凄く大きな作業なのではありませんか?」
「そうだな。今後の学園での成績、就職にも、もっと言えば人生にも関わってくるものだ」
その瞬間、メリベルは寄越された剣を返そうとした。しかし先生は受け取らずに逃げ回ってしまう。これだけ重い剣を持ってこれ以上走る事は出来ないし、落としてしまったらと思うと気が気ではなくてとうとう観念した。
「もし私に出来なかったから先生がやって下さいね」
「いいからウダウダ言わずにやってみろ。剣をよく見て何色を掛けて欲しいか聞け」
言い返そうとしたが止めて目の前にある剣に集中してみる。剣は美しく研がれ、鈍く光り、こちらの顔を映している。そもそも何色を掛けて欲しいだなんて剣が言うだろうか。
「先生やっぱり……」
その瞬間、剣は赤紫に染まった。しかしそれはそう視えただけで再びただの剣に見える。訳が分からなくて先生を見ると、顎を摘みながらブツブツと何事かを呟いていた。
「なるほどなるほど、赤紫ねぇ。それにしても僕には視せずメリベルには視せるなんて、持ち主に似てへそ曲がりだな」
「えっと、これって視えたっていう事でいいんですか?」
「上出来上出来。それじゃあ赤を多めに、青を少なめにこうババッとササッと振り掛けて終わりだ。さっさと仕上げてくれ。僕は早く温室に行きたいんだから」
「え、待って下さい! 刀身全体に掛けるんですか?」
「適当に掛ければ大丈夫だって。ほら早く! そうそう、掛けながら、“純然たる可能性と闇を抱く旅人よ、セレマの意志と共に安息の地へといざ行かん”って詠唱しろよ」
「もう! そんなに大事な事は最初に言って下さいよ!」
陶器の入れ物に入った良い香りのする粉を摘み、赤を多め、そして青を少なめに慎重に刀身全体に振り掛けていく。
「“純然たる可能性と闇を抱く旅人よ、セレマの意志と共に安息の地へといざ行かん”」
振り掛けた粉はどういう訳が剣に吸い込まれ、消えてしまった。剣を覗き込むと、中心に赤紫の光が走る。成功したのだと分かった瞬間の充実感は物凄かった。
「さてと、これで僕の今年の仕事は終わったも同然だし、これから温室に籠もるから今度こそ来るなよ。よくよく花壇の世話をするように。枯らせたら今後授業で使う薬草はなくなるから、お前が全生徒に詫びるんだぞ」
掛け違えた釦も直さずに白衣を肩から掛けると、ヒラヒラと手を振って園芸室を出て行く先生は、悔しい程にどこからどう見ても優秀な男に見えた。
たまたま廊下で会った学園長は、先生に依頼されていた物が手に入ったから今から届けて欲しいと、小さな袋を手渡してきた。
「ずっと頼まれていた物なんだよ。彼はこの時期とても忙しいからね。すまないが届けてくれるかい?」
「でもしばらく来ないように言われているんです」
「園芸員なのだから、堂々と会いに行ったらいいよ」
にこやかにそう言われればこれ以上は断れない。仕方なく紙袋を受け取ったはいいが、部室の前に到着してしばらく立ち尽くしてしまっていた。
紙袋の中に入っているのはごく普通の種が数粒。だが見た目に惑わされてはいけない。学園長が手配したのだからきっと貴重な物に違いないのだろう。飛んでしまわないようにしっかりと袋の口を閉じると、一応園芸室の扉を叩いてみた。もちろん返事はないし、鍵も掛かっている。扉が開くイメージをして取手に左手で触れた。その瞬間、スパンと音を立てて扉が横に開き、メリベルは吸い込まれるように中に入ってしまった。
「ッつ、いったい」
思っていた方向に開かなかった扉に驚き、着地を間違えてしまったメリベルは、前に両手と膝を着いていた。どう見ても押し扉の作りだったのに開き方は横開き。だからイメージも押して開けていた。そのせいか扉の開き方に相違があり、今のこの惨状に繋がっていた。膝を擦りながらとっさに投げ出された紙袋を見る。
「種は!? 良かった、無事だった」
紙袋を抱えて見渡した園芸室の中は、外から見えていた空間とは全く違い、部屋の中は教室の三倍程広かった。そして驚く事に階段が螺旋状にずっと上まで続いている。壁には無数の本がぎっしりと並び、ちらっと見ただけでも全て魔術や薬学に関するものばかり。それどころか文字すら読めない物もある。そして窓はないのに、どこから採光しているのか分からない光が程よく空間を満たしていた。
床には同じような白衣が何枚も落ちており、歩き場所が無い為、仕方なく拾って進んで行くと、扉のない区切られた部屋を見つけた。
中には剣が散乱して、床にはこんもりと膨らんだ毛布がある。上下する膨らみは明らかに誰かが入っており、メリベルは呆れた溜息を吐いた。どこの世界に剥き出しの剣に囲まれて熟睡出来る者がいるというのか。おそらく前に聞いた剣に力を付与するという作業に没頭していたのだろう。先生とは言ってもなんとなく男性の体に直接触れるのは憚られて、とっさに木のスプーンを掴んでツンツンと突付いた。先端は柔らかいものに当たりとっさに手を離す。すると今度は毛布が大きく波打った。
「先生ですよね? 学園長から預かり物をしてきました」
恐る恐る声を掛けてみる。しかし熟睡しているのか返事はない。もう一度落としてしまったスプーンを拾うと毛布を突付いた。その瞬間、寝返りを打ったのか毛布が剥がれ落ちた。
「ワウッ」
中から出てきたのは先生ではなく、大きな銀色の犬だった。驚いているのか寝ぼけているか、振り向くような格好で緑色の丸い瞳を目一杯に見開いてこちらを見てきている。目に掛かるフワフワの前髪が鼻息で揺れている。メリベルは半ば無意識にフカフカの背中に手を埋めていた。銀色の犬は驚いているのか固まっている。メリベルはそのまま手を滑らせて抱き着いた。
「ふわふわぁ! はぁ~、癒やされるぅ」
その瞬間、銀色の犬は奇声とも悲鳴とも言える声を上げて思い切り体を捩ると腕の中から脱走し、勢いよく部屋を出て行ってしまった。
「あ~あ、逃げられちゃった」
誰もいなくなった部屋の中で仕方なく周囲を見渡すと、その部屋にも服が散乱していた。
「結局先生はどこに行ったのかしら。せんせーい! どこにいるんですかー?」
上から駆け下りてくる音に螺旋階段の上を覗くと、シャツの釦は掛け違え、中々白衣の袖が通せないまま降りてくる先生の姿があった。
「おま、お前なぁ! なんでここにいるんだよ! 鍵は掛けておいたはずなのに勝手に開けるな! 不法侵入だぞ!」
「ここは学園の一室ですよ。園芸員なんですから私は入っても構わないですよね」
「しばらく来なくていいって言っただろ!」
メリベルは次第に苛々が募っていき、学園長に預かった袋を押し渡した。
「学園長から頼まれ物をしたので仕方なく来ただけです。別に来たくて来た訳じゃありません!」
「あいつも自分で持ってくればいいのに……」
「それより先生! 大っきなワンちゃん飼っているんですか?」
「へ? あ、あぁ、まぁ」
「どこです? さっき驚かせてしまったみたいでいなくなってしまって。会わせてもらえませんか?」
「会ってどうする気だよ」
なんとなく嫌がっている先生は袋を抱えたまま一歩後退した。
「どうってモフらせてもらうんですよ! でもどうしても触られるのが嫌いな子なら少し撫でさせてもらいたいんです。すっごく目の綺麗な可愛いわんちゃんですよね!」
すると先生はバッと腕で口元を隠した。
「可愛い? アレがか!? 嘘だろ」
「酷いですよ先生。自分のうちの子だったらそんな風に言っちゃ駄目です。お願いします先生! また会わせて下さい!」
「駄目だ! 絶対に駄目だ!」
「なんでですか? もしかして人見知りとか?」
「……か、噛むんだよ。見境なく噛むんだ。怖いだろ? だから駄目だ」
「そんな子には見えませんでしたよ。とてもお利口さんでしたし、どちらかというと臆病な感じがしました」
「誰が臆病だ!」
「そんな気がしただけですから怒らないで下さいよ。分かりました、そんなに駄目ならもういいです」
そう言うと先生はようやく落ち着いたようだった。
「それはそうと、もう剣の作業は終わったんですか? あんなに剣が一杯ある場所でお昼寝させるなんて、飼い主としての責任感を疑ってしまいました」
「あれは疲れ過ぎて……疲れていたようだったからそのまま寝かせてやってたんだ。それにちゃんと何が危険かは分かっているから大丈夫なんだよ」
「やっぱりお利口さんじゃないですか。でも私も剣に魔術を掛ける所見たかったです」
「まだ一本残っているからお前がやってみるか?」
「え、私にも出来るんですか?」
「簡単な呪文を掛けながら粉を振りかけるだけだから簡単だ。むしろその一本だけどの粉を掛けていいか決まらず、先延ばしにしていたから丁度いい。お前が見てくれ」
メリベルは剣が沢山あった部屋に戻ると、先生に差し出された剣を受け取った。ずしりを重い剣は両手でないと支えられない。剣術科の生徒達はこれを振り回して訓練しているのだと思うと、単純に尊敬した。
「付与が完了した物はこれだ」
そう言って先生は一本の剣を掴むと目の前に差し出してきた。一見普通の剣に見える。しかし刀身の中を一瞬、黃緑色の線が走っていった気がした。
「視えたか?」
「視えたというか一瞬だったのでなんとも言えません」
「何色に視えた?」
「黄緑色?みたいな。でもそんな色の花はなかったと思うので見間違いでしょうか」
すると先生は笑っていた。
「その色で正解だ。この剣には二つの付与がある。この剣には黄色の花と茎から出来た粉を振り掛けたんだ。補助と防御に特化した剣になる」
「つまり?」
「支援型の戦い方だな」
「もしかして、これって持ち主にとって今後を左右する物凄く大きな作業なのではありませんか?」
「そうだな。今後の学園での成績、就職にも、もっと言えば人生にも関わってくるものだ」
その瞬間、メリベルは寄越された剣を返そうとした。しかし先生は受け取らずに逃げ回ってしまう。これだけ重い剣を持ってこれ以上走る事は出来ないし、落としてしまったらと思うと気が気ではなくてとうとう観念した。
「もし私に出来なかったから先生がやって下さいね」
「いいからウダウダ言わずにやってみろ。剣をよく見て何色を掛けて欲しいか聞け」
言い返そうとしたが止めて目の前にある剣に集中してみる。剣は美しく研がれ、鈍く光り、こちらの顔を映している。そもそも何色を掛けて欲しいだなんて剣が言うだろうか。
「先生やっぱり……」
その瞬間、剣は赤紫に染まった。しかしそれはそう視えただけで再びただの剣に見える。訳が分からなくて先生を見ると、顎を摘みながらブツブツと何事かを呟いていた。
「なるほどなるほど、赤紫ねぇ。それにしても僕には視せずメリベルには視せるなんて、持ち主に似てへそ曲がりだな」
「えっと、これって視えたっていう事でいいんですか?」
「上出来上出来。それじゃあ赤を多めに、青を少なめにこうババッとササッと振り掛けて終わりだ。さっさと仕上げてくれ。僕は早く温室に行きたいんだから」
「え、待って下さい! 刀身全体に掛けるんですか?」
「適当に掛ければ大丈夫だって。ほら早く! そうそう、掛けながら、“純然たる可能性と闇を抱く旅人よ、セレマの意志と共に安息の地へといざ行かん”って詠唱しろよ」
「もう! そんなに大事な事は最初に言って下さいよ!」
陶器の入れ物に入った良い香りのする粉を摘み、赤を多め、そして青を少なめに慎重に刀身全体に振り掛けていく。
「“純然たる可能性と闇を抱く旅人よ、セレマの意志と共に安息の地へといざ行かん”」
振り掛けた粉はどういう訳が剣に吸い込まれ、消えてしまった。剣を覗き込むと、中心に赤紫の光が走る。成功したのだと分かった瞬間の充実感は物凄かった。
「さてと、これで僕の今年の仕事は終わったも同然だし、これから温室に籠もるから今度こそ来るなよ。よくよく花壇の世話をするように。枯らせたら今後授業で使う薬草はなくなるから、お前が全生徒に詫びるんだぞ」
掛け違えた釦も直さずに白衣を肩から掛けると、ヒラヒラと手を振って園芸室を出て行く先生は、悔しい程にどこからどう見ても優秀な男に見えた。
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