こっそり侍従に恋してます

山田ランチ

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13 鈍感にも程がある

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 オニキス王国第一王女の為に開かれた夜会は大規模なものだった。
 王城一の規模を誇る広間はこの国の貴族達で一杯になっていた。今回の夜会へのエスコートはなしだと思っていた。しかしフェリドから迎えに行くと連絡が来たのはほんの一日前。例えフェリドが来なかったとしても他の男性に頼む訳にもいかず、今回は父親と出席しようと考えていたので、フェリドからの手紙を読んだ時には正直驚いた。

 それならクリスティナのエスコートは誰がするのだろうと、会場につき広間の中に視線を巡らせていると、大きな歓声が上がる。入り口には人見知りの第二王子が青い顔をし、固まった動きでクリスティナと腕を組んで入場してくるのが目に入った。思わず二度見をしながらフェリドを見上げると、苦い顔をしていた。

「ラウル殿下は大丈夫でしょうか。お顔が真っ青ですが」
「これくらいしてもらわないと困るな。いくら苦手だといっても王族の責務だろ」

 周囲に聞こえないくらいの声で話していると、寄り添って見えるようになるのが気に食わないが、なぜかフェリドは肘に添えていた指先をぐっと押さえるように脇を閉じたまま開放してくれる意思はない。

「でも今にも倒れてしまいそうです。別に今日くらいクリスティナ様のエスコートでもよかったのですよ」

 するとフェリドは驚いた様にこちらをちらりと見てきた。

「お前はそれでいいのか?」
「他国の王女をお迎えしたのならエスコート役はおのずと決まってまいります。殿下しかいないことくらい分かりきっていたでしょうに」
「お前は今王城に流れている噂を耳にしていないのか?」

 噂なら色々なものが飛び交っている。一体どれの事を指しているのか分からずにしばらく思案していると、小さな溜め息が漏れ聞こえた。

「俺とお前が婚約破棄するかもしれないというものだ。耳にした事くらいあるだろう?」
「ああ、その事でしたか。それなら私は気にしておりませんのでご心配には及びませんよ」
「本当に?」
「殿下とクリスティナ様とのご結婚の方が私と婚姻関係を結ぶよりも両国にとって利益となるのは明白ですから」

 にっこりと微笑んで見せるとフェリドは面白くなさそうに顔を顰めた。やがて音楽が鳴り出す。最初のダンスを踊るべく広間の中央ほどに向かって歩いていく際にもこの話は続いていた。

「このままでは俺達の婚約はなかった事にされてしまうかもしれないだぞ。それでもいいのか?」
「オニキス王国とは良好な関係を築いておりますから、より強固にしたいと思うのは自然の流れだと思います。といいますか、そもそもなぜ私達は婚約する事になったのですか? ずっと気になっていたのです。自分で言うのもなんですが、お相手なら侯爵家のご令嬢にもいたはずです。私はまあ悪くはない、程度の相手ですよ」

 フェリドは優雅に足を動かし出す。やはり自分勝手な癖のある動きにも対応してしまう自分が共に過ごしてきた歳月なのだと感じながら、いつの間にか随分背の高くなったフェリドの顔を盗み見た。

「理由は忘れた。ジロジロ見るな」
「それではじっくり拝見させて頂きます」

 するとフェリドはよく見えるようにわざと顔を近づけてきた。笑いながら体を弾き回ると、再び腕の中に戻った。
 フェリドの事は嫌いではない。もともと同志というか友人のような関係を築いてきたのだ。周りの女性達から見れば王子様でこれだけの美貌を持つフェリドの婚約者という立場は羨ましがられるかもしれないが、エミリアからすれば全く無価値なものだった。エミリアにとって価値のあるものはヴァートのそばにいること。ただそれだけ。本当はそれ以外欲しいものなどなかった。

「もし仮にこの婚約がなくなったとしても、殿下を恨みませんからご安心下さい」

 冗談ぽく言ったつもりだったが、フェリドは心底驚いた顔をした後さっと手を離した。ちょうど曲が終わったらしい。フェリドはこちらを見る事もなく、クリスティナの方へと歩いて行ってしまった。

「おやおや、愛しの婚約者どのは別の女性の所に行ってしまったようだね」

 声のした方を振り見ると、そこにはレイモンド公爵が立っていた。

「お久し振りです、閣下」

 微笑むと少し驚いたような表情が返ってきた。

「記憶がなくなっていると聞いていたけれど思い出したのかい? それとも私の事だけは覚えていてくれたのかな?」

 いたずらっぽく話すレイモンド公爵は、茶目っ気と色気のある雰囲気を出しながら笑った後、表情を曇らせた。

「落馬の責任は私にもあると思っていたんだ。落ち着いた頃にでも馬を引き取り、代わりの物を贈ろうと思っていたんだよ」
「クララは悪くありません! どうかこのままクララを我が家に置いておいていただけませんか?」
「そう言ってくれるのか。やはりあなたは優しい人だな。なぁソフィア?」

 金色のカールがかった柔らかそうな髪の毛がふわりと揺れる。その時レイモンドのそばに八歳くらいの少女が並んだ。こちらを伺うように大きな瞳を向けてくる。エミリアは嬉しくなり少し深めに屈んで礼を取った。

「ソフィア様、すっかりお綺麗になられましたね。私全て忘れた訳ではないんですよ」

 するとソフィアは嬉しそうに頬を染めていた。

「覚えていてくれて嬉しいわ。エミリア様が記憶を失ったと聞いた時にとっても悲しかったの」

 父親そっくりの金色のカールがかかった髪が美しいソフィアは、思わず抱き締めたくなるようないじらしい表情をしてそう言った。胸がきゅんとなり思わずその小さな手を取るとソフィアはびくりと肩を震わせた。

「あの時お譲り頂いたクララもとても元気にしておりますよ。今度ぜひ会いに来て下さい」
「本当に? 今度乗せてくれる?」
「それはクララ次第ですね。あの子はとってもお利口さんなのでぜひ交渉してみてください」

 ソフィアは少し不安そうにしながらも頷いた。

「大丈夫ですよ、その時はそばにヴァートがおりますから絶対にソフィア様を守って下さいます」
「ヴァート?」
「私の……大事な人なのです。ほら、あそこに控えておりますでしょう? 薄茶色の髪の男性ですよ」

 ソフィアは一生懸命に人で一杯の広間の中に視線を巡らすと、ぱっと顔を明るくした。

「こちらをじっと見ている人?」

 エミリアは頷くと壁に向かって手を上げた。気づいたヴァートが頷きとも会釈ともとれる小さな合図をしてきた。それだけの事なのに顔が思わずにやけてしまう。すると、上から小さな呟きが聞こえてきた。

「もしかして私の甥は使用人に負けてしまうかもしれないね」

 聞き間違いかと思い、首を傾けるとレイモンドは優しく微笑んで首を振った。

「私は君がどんな選択をしても応援するよ。娘を助けてくれた恩はクララ程では足りないと思っているからね」
「本当にもうお気になさらないで下さいませ」

 レイモンドは慈しむようにソフィアの肩を抱きながら離れていく。エミリアはフェリドとクリスティナが貴族達に囲まれている事など気にもせず、一目散にヴァートのいる方向へと人波を分けて進んでいった。

「やれやれ、どちらが婚約者か分かったものではないな。うかうかしているとエミリアを取られてしまうぞ」

 レイモンドは離れていくエミリアを振り向きざまに見ながら、広間で分かれているフェリドとエミリアを見比べていた。




「フェリド様? どうかなさいました?」

 貴族達が離れた束の間、レイモンドと話が終わった様子のエミリアが向かっていく方向を一瞬見つめながら、フェリドは王太子としても笑みを浮かべて視線を外した。

「別になんでもありませんよ」

 クリスティナは、用意されている軽食をヴァートと一緒に楽しそうに口にしているエミリアを見止めると、視線をちらりとフェリドに向けた。

「どうなさるおつもり? このままでは本当に婚約破棄なんて事になりかねませんわね」
「そんな事にはなりませんよ。でも今はヴァートがそばにいてくれて良かったと思っています」
「愛、ですわね」

 するとフェリドは驚いたようにクリスティナを見た。

「違うのですか? 私はてっきりエミリア様を愛していらっしゃるのかと思っておりましたが」
「私達はそういう関係ではありません」
「それならば何故? こういってはなんですがエミリア様は身分としては問題ありませんが、あなたならばもっと別の方との縁談もあったはずです」
「さあ、理由は忘れてしまいました。私も幼かった頃に決まった事ですからね」

 話しながらフェリドはちらりと周囲に視線を巡らせると、クリスティナに目配せをした。

「そろそろお疲れではありませんか? 少し休憩しましょうか」

 クリスティナはそっと差し出されたフェリドの腕に捕まると、ひと目を避けるように広間を出ていった。




 屋敷に着いた時にはまだいつもなら夕食を食べている頃の時間だった。ヴァートが止めるのも聞かずに珍しいお菓子が並んでいるものだから次々に食べてしまったせいで、夕飯などとても食べられない程にお腹は苦しくなっている。すぐに侍女達に手伝ってもらい夜会用の豪華なドレスを脱ぎ捨てると、ほっとしてソファに座り込んだ。

「食べ過ぎですよ。これを飲んだから横になって下さいね。もちろんお夕食はなしです」
「……さすがに食べられないわ」

 淹れてもらったカモミールティーを口にしながら夜会を後にしようとしていた時の事を思い出していた。広間のどこを見てもフェリドの姿は見つからなかった。そしてクリスティナの姿も。それが少しだけ引っ掛かってしまう。

「殿下とクリスティナ様のお姿が見えなかったわね。ご挨拶しないで来てしまったわ」
「大丈夫ですよ。ちゃんと伝言を残してきましたから。そもそも広間を抜け出すのが悪いんです」

 そういうとヴァートははっと口を噤んだ。

「抜け出す? 見ていたの?」
「何も見ていません。いないという事はそうなのかなと」
「そうよ。きっとそうよ、二人は抜け出していたのよ!」

 エミリアは勢いよくソファから立ち上がった。

「怒らないで下さいお嬢様! まだそうと決まった訳ではございませんから。くれぐれも殿下を責めてはいけませんよ?」
「どうして私が責めるの? お二人が惹かれ合っているのなら仕方がないわ。涙を飲んでお譲りしましょう」
「……普通のご令嬢は、婚約者が他の女性と親密になっていると知ったら怒るんですけどね」
「でも相手は王太子だもの。向こうが破棄すると言えば頷くしかないの。破棄は明日かしら。それとも陛下にお話を通してだからもう少し先だと思う?」

 するとヴァートは困ったように溜め息を吐いた。

「お嬢様はそれほどまでに婚約を破棄したいのですね? そんなにお嫌でしたか? もしや、他に想い人がおられるのですか?」

 その言葉にどきりとして言葉が詰まってしまう。ずっとそばにいたヴァートがその動きの変化を見逃す訳がない。ヴァートも言葉に詰まると両肩を掴まれた。

「どこの家の者です? 相手の令息はお嬢様のお気持ちにお気づきなのですか?」
「れ、令息ではないわ」
「令息ではない。まさか学園の教師ですか? それとも学園長? もしや年上が好みだったのですか?」

 その言葉に顔が真っ赤になってしまう。するとヴァートは顔を青褪めさせていた。唇が驚く程に白い。そして肩を掴む手に力が籠もった。

「駄目ですよ、いくらなんでも離れ過ぎています!」

 まさかのヴァートの発言に火照っていた顔から血の気が引いていく。思わず食い入るようにヴァートの顔を覗き込んだ。

「なぜ駄目なの? 年が離れている夫婦くらい沢山いるわ!」
「限度というものがございます! 第一誰にも許されはしませんよ。旦那様も陛下も絶対にお認めにはならないでしょう。もちろんこの私も」
「そんなの話してみないと分からないじゃない! ……でも、ヴァート自身が駄目だというのなら考えるわ。でも絶対に諦めないから。ちゃんと私を見てくれるまで頑張るつもりよ」
「絶対に駄目です。許容出来ません」
「身分の事はまず置いておいてどう思っているの?」
「ですから何度も言いますが年が離れ過ぎております、レイモンド公爵とは! それにお子がいらっしゃるのですよ? その若さで子持ちになるおつもりですか? 確かに今日遠目から拝見した時には仲がよろしいようでしたが、母となるのはまた違う話でございます。第一、レイモンド公爵には奥様がいらっしゃいます!」

 エミリアは放心状態で捲し立ててくるヴァートを見上げていた。

「お嬢様聞いていますか?」
「誰の話をしているの?」
「お嬢様の想い人の話ですが」
「私の想い人は誰?」
「レイモンド公爵でしょう?」

 エミリアは息を止めた後、人生で初めてではないかと思うほどの、特大で長い溜め息を吐いた。
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