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6 結婚への包囲網
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エミリアの最近の日課と言えば、生徒達が下校した後の静かな図書室で勉強する事だった。
「最近は熱心に勉学に励まれるのですね」
その言葉は最もだ。今までは授業が終われば家に直帰していたし、たまにサマンサ達と街へ買い物にも行ったりもしていたが、今は父親から学園以外の外出禁止命令が出ている。前の自分ならばこんなに勉強するなど考えられなかったが、今は目標がある。少しでも知識を付け、当主の座を譲ってもいいと思ってもらえる様になる為なら図書室に籠もるのも苦ではなかった。
「ヴァートも好きに過ごしていいわよ? 好きな本を読んだり、それこそ仮眠を取ったりしていいからね」
「それなら私も本を探して参ります」
「本を読むの?」
「読みますよ。お嬢様もずっと私に見られていては勉強しづらいですよね? 何か隣で読む事に致します」
そういうと適当に歩き出した。さすがは王立だけあって大きな図書室は、すぐにヴァートの姿を隠してしまった。静まり返った図書室の中、遠くの方でヴァートの声が聞こえてくる。何を話しているのかまでは分からないが女性の声も聞こえてきた。最初は気が付かない振りをしていたけれど、女性の嬉しそうな声が聞こえてきて止まる事はなく、エミリアはとうとう立ち上がると声のする方へ向かっていった。
ヴァートと話をしていたのは一学年下の女生徒だった。
「あなた達、図書室では静かにするようにと子供でも分かるのに向こうまで声が聞こえてきていたわよ」
「皆少しくらいおしゃべりをしながら勉強をされていますよ?」
「ヴァートはうちの使用人なのだから、他の生徒に迷惑が掛からないようにしたいだけよ」
「まあ、ヴァートさんが他の生徒に迷惑を掛けるなんてありえませんよ。エミリア様はご自分の侍従への評価が低くていらっしゃるのですね」
顔が熱くなる。何故まるで自分がヴァートを否定しているような言い方をされなくてはいけないのか、苛立ちを押さえるので一杯になってしまっていた。
「お嬢様は私をとても信頼して下さっております。至らない点があるのは事実なのでもっと努力してお嬢様をお守り出来るようになりたいと常々思っているのですよ。さあ、この本ですよね、どうぞ」
ヴァートは手に持っていた本を机の上に置いた。
「この方のお探しの本を取って差し上げていたのですよ」
エミリアはヴァートの置いた本の題名を見てぎょっとした。
――闘技場の成り立ち、持論と歴史を辿る旅。
確かにそう書いてある。はっとして女生徒を見ると目を逸らされた。
――ヴァートに手の届かない場所の本を取って話しかけるのか目的だったのね。
しかし当のヴァートは本の題名には興味がないようでこちらに向き直った。
「私はやはりお嬢様のおそばにいても宜しいでしょうか? お勉強のお邪魔は致しません」
そうにっこり微笑むヴァートに思わず頬が緩んでしまう。さっきまでも怒りの炎が嘘のように鎮火されていた。ヴァートは隣の椅子を引いて座ってきた。そして手元にある本を一緒に覗き込むようにしてくる。肩先が触れてしまいそうな距離にいるヴァートに、息の仕方も分からなくなってしまいそうだった。
「もしやこれから先の事をお考えで勉学に力を入れられているのですか?」
確かに手元にあるのは経済学や、経営学、地図といったものばかりだった。とっさに企みがバレてしまったのかと思いそっと手で机の本を奥へ追いやった。
「別にこれはそういう意味じゃなくて、私もそろそろ自覚をというか心構えと言うか」
しどろもどろで答えると、ヴァートは小さく息をついて立ち上がった。
「どうかした?」
「明日は王妃教育の日でもあるとごいうのに、立派なお心構えでございます」
「そうよ! 明日は王妃教育があったんだわ!」
「なんだ忘れていたのか」
「そうなのすっかり忘れていたのよ! ……って、殿下!?」
いつも間にかヴァートの横に立っていたフェリドは、不機嫌そうに眉を潜めていた。
「大事な王妃教育の日を忘れるとは、お前は今までの記憶だけでなく日々の記憶も失くすのだな」
意地悪な笑みを湛えているフェリドの表情が怖かった。
「お言葉ですが殿下、お嬢様はすでにほとんどの王妃教育課程を終えられております。明日はご記憶の事もあり、確認の為にとお声がかかっているだけでございます」
「そんな事は知っているさ。もし明日不合格が出たら再教育だ!」
フェリドはびしっと言い残すとその場を後にした。
――本の題名を見られなくて良かったわ。ああ見えてフェリド様は聡いから。
ヴァートは基本仕事が出来る完璧侍従だが、本の題名を見てまさか当主を継ぎたがっているとは思いもしないだろう。
「明日の為にもう休むわ。再教育なんて受けてたまるものですか」
「それでは選ばれた本を借りて参りましょうか?」
「いいの、ここへ来て読むから大丈夫よ」
持ち出した本の題がフェリドに知られでもしたら、たまったものではない。ぐったりした気持ちで家へと帰ったのだった。
「最近殿下のご様子がおかしいのよね」
ヴァートに淹れてもらったお気に入りのジャスミンティーを飲みながら、思わずこぼれ落ちてしまった言葉に俯いた。
「おかしいとは具体的にどのようにお感じなのですか?」
相変わらずフェリドとの昼食は継続している。しかし献立は大分良く変わっていた。今までよりも野菜が増え、肉の品数が減ったようにも思う。それだけフェリックスが日々の食事を観察して好む物を用意してくれているという事なのだろう。
「先日の王妃教育で合格点をもらえたのはいいんだけれど、それでも王城に来てお茶の相手をしろというし、学園でも日に何度も話しかけて来るのよ? 今までは……今まではどうだったかしら?」
うっかり昔の話をしてしまいそうになりヴァートを見ると、怪訝そうに眉を潜めていた。
「殿下はあまりお嬢様にご興味はお持ちではないようでした」
「そうなの? そうよね! それなのにどういった心境の変化なのかしら」
「お嬢様が怪我をなさったのを機に大事にする気になったとか」
「ないわね。お見舞いに来た時の態度をあなたも見たでしょう? あれは心配する人の態度じゃないわ」
「いよいよ結婚が近づいてきてようやく距離を詰めようとしているとか」
「私達はいい関係だったと思うの。……あまり覚えてはいないけれど。なんとなく同志というような、戦友というような?」
するとヴァートは菓子を皿に分けながら頷いていた。
「私、結構混乱しているのよ?」
「仕方ありません、殿下とお嬢様は婚約者なのですから」
「……そうね。私は殿下の婚約者なんだわ」
――今はまだ。
「エミリア! エミリア! 大変だぞ、大変だ!」
騒がしい声と音を立てて近づいてくる足音に、ヴァートは勢いよく飛び込んできたポミエ家の当主を猪でも捕まえる様に抑え込んだ。
「エミリア大変なんだ!」
ヴァートに押さえられているので進めてはいないが、気持ちだけは前に向かっているようで手を振りながら叫んでいた。
「さっき陛下に呼ばれてな、お前達の結婚を繰り上げると仰ったんだよ! 一体殿下との間に何かあったのか? まさか、お前、お腹に」
それ以上は口を開かせないようにヴァートが口を抑え込んでいた。ふがふがともがいている父親の前に行くと、エミリアは思い切り睨みつけた。
「酷いですお父様! そんな事、本気でお思いなのですか!」
しかし父親は何も言わない。
「なんとか言ったらどうなんです? 私は傷ついているのですよ!」
ジタバタとしている父親を見て、ふとヴァートに声を掛けた。
「……手を離して」
すると父親は何度も空気を吸いながらヴァートの胸を叩いた。もちろんそれだけの力でヴァートが微動だにする訳がない。それでもとっさに殴られた胸を庇うように手で押さえると、意外と熱く、そして厚く硬い胸に驚いて固まってしまった。
「お、お嬢様、手を……」
「ごめんなさい! 私ったらつい」
どちらともなく視線を泳がせていると、父親はじれたように間に割って入ってきた。
「それよりも結婚を早めたいという変化になにか心当たりはないのか?」
「特にありません。陛下がお決めになったのでは?」
「どうやら言い出したのは殿下らしいんだ。お前は先日の王妃教育の見直しでも合格だったし、もうこれ以上待つ必要はないとの事らしいぞ」
「ちょっと待ってください。具体的にはどのくらい早めるご予定なのですか」
「半年後だ」
「半年後!?」
そもそも結婚する気がないのだから予定が早まるのはかなりまずい状況だった。驚いたまま再びヴァートと顔を見合わると、思う所は違うだろうがヴァートも驚いているのは間違いない。このままではほぼ間違いなくフェリドと結婚させられてしまう。
――悠長にしている暇はないわね、予定変更よ。
エミリアは心の中で作戦変更する事にした。
~Sideヴァート~
エミリアが授業を受けている間は邪魔にならないようにと教室にいるのは止める事にしていた。学生の好機の目には晒されたが、そんな事は昔に比べれば大した事はなかった。
「ヴァート様、あの御方からお手紙を預かって参りました」
ヴァートはエミリアの授業中に中庭で噴水の方を向いて立っていると、後ろから気配なく近付てきた者へと僅かに体を傾けた。
「読んでくれ」
「それでは失礼致します。“もうすぐそちらに参ります。お会いできるのを楽しみにしておりますね”」
「楽しみ、か」
「私も楽しみです」
ヴァートは呆れた視線をちらりと向けた。
「お前はあれを美化しているだけじゃないのか?」
むっとした表情と共に足音が離れていく。ヴァートはとっさにその背を呼び止めた。
「アニ! お嬢様は今日も遅くなると家の者に伝えてくれ」
呼ばれたアニは、綺麗な姿勢で頭を下げると、来た時と同じように静かに去っていった。
アニがフェリックスにちょっかいを出すので改めて身辺調査をしてみた。しかし一回目の調査同様、やはり何も出て来なかったが、接触は向こうからあった。そして今では秘密を共有している。ヴァートは整えていた前髪をくしゃりと掻き回す。そしてすぐに戻すとエミリアの教室近くへ戻っていった。
「最近は熱心に勉学に励まれるのですね」
その言葉は最もだ。今までは授業が終われば家に直帰していたし、たまにサマンサ達と街へ買い物にも行ったりもしていたが、今は父親から学園以外の外出禁止命令が出ている。前の自分ならばこんなに勉強するなど考えられなかったが、今は目標がある。少しでも知識を付け、当主の座を譲ってもいいと思ってもらえる様になる為なら図書室に籠もるのも苦ではなかった。
「ヴァートも好きに過ごしていいわよ? 好きな本を読んだり、それこそ仮眠を取ったりしていいからね」
「それなら私も本を探して参ります」
「本を読むの?」
「読みますよ。お嬢様もずっと私に見られていては勉強しづらいですよね? 何か隣で読む事に致します」
そういうと適当に歩き出した。さすがは王立だけあって大きな図書室は、すぐにヴァートの姿を隠してしまった。静まり返った図書室の中、遠くの方でヴァートの声が聞こえてくる。何を話しているのかまでは分からないが女性の声も聞こえてきた。最初は気が付かない振りをしていたけれど、女性の嬉しそうな声が聞こえてきて止まる事はなく、エミリアはとうとう立ち上がると声のする方へ向かっていった。
ヴァートと話をしていたのは一学年下の女生徒だった。
「あなた達、図書室では静かにするようにと子供でも分かるのに向こうまで声が聞こえてきていたわよ」
「皆少しくらいおしゃべりをしながら勉強をされていますよ?」
「ヴァートはうちの使用人なのだから、他の生徒に迷惑が掛からないようにしたいだけよ」
「まあ、ヴァートさんが他の生徒に迷惑を掛けるなんてありえませんよ。エミリア様はご自分の侍従への評価が低くていらっしゃるのですね」
顔が熱くなる。何故まるで自分がヴァートを否定しているような言い方をされなくてはいけないのか、苛立ちを押さえるので一杯になってしまっていた。
「お嬢様は私をとても信頼して下さっております。至らない点があるのは事実なのでもっと努力してお嬢様をお守り出来るようになりたいと常々思っているのですよ。さあ、この本ですよね、どうぞ」
ヴァートは手に持っていた本を机の上に置いた。
「この方のお探しの本を取って差し上げていたのですよ」
エミリアはヴァートの置いた本の題名を見てぎょっとした。
――闘技場の成り立ち、持論と歴史を辿る旅。
確かにそう書いてある。はっとして女生徒を見ると目を逸らされた。
――ヴァートに手の届かない場所の本を取って話しかけるのか目的だったのね。
しかし当のヴァートは本の題名には興味がないようでこちらに向き直った。
「私はやはりお嬢様のおそばにいても宜しいでしょうか? お勉強のお邪魔は致しません」
そうにっこり微笑むヴァートに思わず頬が緩んでしまう。さっきまでも怒りの炎が嘘のように鎮火されていた。ヴァートは隣の椅子を引いて座ってきた。そして手元にある本を一緒に覗き込むようにしてくる。肩先が触れてしまいそうな距離にいるヴァートに、息の仕方も分からなくなってしまいそうだった。
「もしやこれから先の事をお考えで勉学に力を入れられているのですか?」
確かに手元にあるのは経済学や、経営学、地図といったものばかりだった。とっさに企みがバレてしまったのかと思いそっと手で机の本を奥へ追いやった。
「別にこれはそういう意味じゃなくて、私もそろそろ自覚をというか心構えと言うか」
しどろもどろで答えると、ヴァートは小さく息をついて立ち上がった。
「どうかした?」
「明日は王妃教育の日でもあるとごいうのに、立派なお心構えでございます」
「そうよ! 明日は王妃教育があったんだわ!」
「なんだ忘れていたのか」
「そうなのすっかり忘れていたのよ! ……って、殿下!?」
いつも間にかヴァートの横に立っていたフェリドは、不機嫌そうに眉を潜めていた。
「大事な王妃教育の日を忘れるとは、お前は今までの記憶だけでなく日々の記憶も失くすのだな」
意地悪な笑みを湛えているフェリドの表情が怖かった。
「お言葉ですが殿下、お嬢様はすでにほとんどの王妃教育課程を終えられております。明日はご記憶の事もあり、確認の為にとお声がかかっているだけでございます」
「そんな事は知っているさ。もし明日不合格が出たら再教育だ!」
フェリドはびしっと言い残すとその場を後にした。
――本の題名を見られなくて良かったわ。ああ見えてフェリド様は聡いから。
ヴァートは基本仕事が出来る完璧侍従だが、本の題名を見てまさか当主を継ぎたがっているとは思いもしないだろう。
「明日の為にもう休むわ。再教育なんて受けてたまるものですか」
「それでは選ばれた本を借りて参りましょうか?」
「いいの、ここへ来て読むから大丈夫よ」
持ち出した本の題がフェリドに知られでもしたら、たまったものではない。ぐったりした気持ちで家へと帰ったのだった。
「最近殿下のご様子がおかしいのよね」
ヴァートに淹れてもらったお気に入りのジャスミンティーを飲みながら、思わずこぼれ落ちてしまった言葉に俯いた。
「おかしいとは具体的にどのようにお感じなのですか?」
相変わらずフェリドとの昼食は継続している。しかし献立は大分良く変わっていた。今までよりも野菜が増え、肉の品数が減ったようにも思う。それだけフェリックスが日々の食事を観察して好む物を用意してくれているという事なのだろう。
「先日の王妃教育で合格点をもらえたのはいいんだけれど、それでも王城に来てお茶の相手をしろというし、学園でも日に何度も話しかけて来るのよ? 今までは……今まではどうだったかしら?」
うっかり昔の話をしてしまいそうになりヴァートを見ると、怪訝そうに眉を潜めていた。
「殿下はあまりお嬢様にご興味はお持ちではないようでした」
「そうなの? そうよね! それなのにどういった心境の変化なのかしら」
「お嬢様が怪我をなさったのを機に大事にする気になったとか」
「ないわね。お見舞いに来た時の態度をあなたも見たでしょう? あれは心配する人の態度じゃないわ」
「いよいよ結婚が近づいてきてようやく距離を詰めようとしているとか」
「私達はいい関係だったと思うの。……あまり覚えてはいないけれど。なんとなく同志というような、戦友というような?」
するとヴァートは菓子を皿に分けながら頷いていた。
「私、結構混乱しているのよ?」
「仕方ありません、殿下とお嬢様は婚約者なのですから」
「……そうね。私は殿下の婚約者なんだわ」
――今はまだ。
「エミリア! エミリア! 大変だぞ、大変だ!」
騒がしい声と音を立てて近づいてくる足音に、ヴァートは勢いよく飛び込んできたポミエ家の当主を猪でも捕まえる様に抑え込んだ。
「エミリア大変なんだ!」
ヴァートに押さえられているので進めてはいないが、気持ちだけは前に向かっているようで手を振りながら叫んでいた。
「さっき陛下に呼ばれてな、お前達の結婚を繰り上げると仰ったんだよ! 一体殿下との間に何かあったのか? まさか、お前、お腹に」
それ以上は口を開かせないようにヴァートが口を抑え込んでいた。ふがふがともがいている父親の前に行くと、エミリアは思い切り睨みつけた。
「酷いですお父様! そんな事、本気でお思いなのですか!」
しかし父親は何も言わない。
「なんとか言ったらどうなんです? 私は傷ついているのですよ!」
ジタバタとしている父親を見て、ふとヴァートに声を掛けた。
「……手を離して」
すると父親は何度も空気を吸いながらヴァートの胸を叩いた。もちろんそれだけの力でヴァートが微動だにする訳がない。それでもとっさに殴られた胸を庇うように手で押さえると、意外と熱く、そして厚く硬い胸に驚いて固まってしまった。
「お、お嬢様、手を……」
「ごめんなさい! 私ったらつい」
どちらともなく視線を泳がせていると、父親はじれたように間に割って入ってきた。
「それよりも結婚を早めたいという変化になにか心当たりはないのか?」
「特にありません。陛下がお決めになったのでは?」
「どうやら言い出したのは殿下らしいんだ。お前は先日の王妃教育の見直しでも合格だったし、もうこれ以上待つ必要はないとの事らしいぞ」
「ちょっと待ってください。具体的にはどのくらい早めるご予定なのですか」
「半年後だ」
「半年後!?」
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――悠長にしている暇はないわね、予定変更よ。
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~Sideヴァート~
エミリアが授業を受けている間は邪魔にならないようにと教室にいるのは止める事にしていた。学生の好機の目には晒されたが、そんな事は昔に比べれば大した事はなかった。
「ヴァート様、あの御方からお手紙を預かって参りました」
ヴァートはエミリアの授業中に中庭で噴水の方を向いて立っていると、後ろから気配なく近付てきた者へと僅かに体を傾けた。
「読んでくれ」
「それでは失礼致します。“もうすぐそちらに参ります。お会いできるのを楽しみにしておりますね”」
「楽しみ、か」
「私も楽しみです」
ヴァートは呆れた視線をちらりと向けた。
「お前はあれを美化しているだけじゃないのか?」
むっとした表情と共に足音が離れていく。ヴァートはとっさにその背を呼び止めた。
「アニ! お嬢様は今日も遅くなると家の者に伝えてくれ」
呼ばれたアニは、綺麗な姿勢で頭を下げると、来た時と同じように静かに去っていった。
アニがフェリックスにちょっかいを出すので改めて身辺調査をしてみた。しかし一回目の調査同様、やはり何も出て来なかったが、接触は向こうからあった。そして今では秘密を共有している。ヴァートは整えていた前髪をくしゃりと掻き回す。そしてすぐに戻すとエミリアの教室近くへ戻っていった。
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